今世③
「と、盗賊だー! 盗賊が襲って来たああぁぁー!」
村中に届いたと思えるほどの声量で響いたその言葉に、私とバルドさんの背筋が伸びた。
「ヴェリア、お前は家に帰ってろ」
「わ、分かった。バルドさん、気を付けてね」
バルドさんは大剣を携え、声のした方角へ走っていった。私はその後ろ姿を見つめながら考える。
盗賊。街道を歩いていれば稀に襲われることはあると言う。私が産まれてから十五年、近くで盗賊が出たという噂も何度か聞いたことはある。だが、村を直接襲うなんて事は今まで一度もなかった。しかも、こんな何もない村。襲うメリットなど大してないだろうに、何故?
疑問が湧きかけたところで先ほどの会話を思い返す。昨日訪れたという貴族。もしかしてそれを狙って?
「そうだ……シャリー!」
私は駆け出した。妹は今日も友達の家に向かっているはず。まずは妹の安全を確保する事が優先だ。今の私は無力。それでも出来る事を、と一目散に妹の下へと向かった。
不安はあった。シャリーがいると思われる場所は、声の聞こえてきた方角と同じ。そして貴族を狙っているという予想があっていたなら、盗賊は相応の準備をしているに違いない。
「――っ!」
表道に出たところで思わず息を呑んだ。しばらく忘れていた匂いが嫌でも鼻につく。
それは誰だったろうか。道の脇に無造作に倒れる村人の姿が見えた。赤黒い水たまりの中、力なく項垂れるその姿に生気は感じられない。
ガキィィン!
金属のぶつかり合う音が耳をつんざく。音の方へと目を向けると、白銀に身を包んだ騎士と思しき女性が盗賊と交戦していた。見慣れない騎士……貴族のお供の人だろうか。女騎士は複数の盗賊相手に一人果敢に奮闘している。迫るナイフを盾でいなし、その隙を見逃さず斬りかかる様はまさに一騎当千を思わせる。
これが闘技場か何かの戦いであったなら、その凛々しい姿を最後まで観戦していたい所だったろう。だが、今はそんな状況ではない。私は視線をずらし周囲を見渡した。
騎士と盗賊の戦いの先、視界の隅に見慣れた姿が目に留まった。シャリーだ。盗賊から逃げようと脇道に逃げ込もうとしている様子だった。
騎士は盗賊と交戦中でシャリーにまで気を回せる様子はない。
助けられる者は私を置いて他に……ない。
「シャリー!」
私は叫びながらシャリーの後を追う。大切な家族を盗賊どもに指一本触れさせない為に。
「あ……あ……あ……」
「悪ぃなぁ嬢ちゃん。恨むなら姫さんを恨んでくれや」
脇道に入った私の視線が最初に捉えたのは地べたに座り込み声にならない悲鳴を漏らすシャリー。ふわりとゆれる長髪は力なく垂れ下がり、いつもはパッチリと輝く瞳は涙で滲んでいる。そんな痛ましい様子に心が潰されるような苦しみを覚えた。
シャリーの前にはナイフを構える盗賊の後ろ姿がある。
込み上げてくる怒りに、躊躇は無かった。
「シャリーに近づくなっ!!」
後先考えず全力ダッシュで盗賊の背後に迫り、勢いづいたまま蹴りをお見舞いする。不意を突かれたせいか盗賊はたまらず前のめりに倒れこんだ。その勢いで盗賊を乗り越えシャリーを庇うように前に立つ。
「くそっ! ガキが、調子に乗りやがって!」
盗賊が倒れたのも一瞬、既に立ち上がり体勢を整えている。やはり相応の精霊と契約している者か、その胆力は私の力では屈服させるに至らない。
シャリーを怖がらせた罪をこの場で償わせてやりたいところだが、それが叶わぬ非力な自分が恨めしい。
「シャリー、逃げるよ!」
シャリーの手を取り、踵を返そうとした。が、妹を引っ張るその手が止まる。シャリーのうめき声が聞こえたからだ。
振り返ってシャリーの姿を見る。よく見れば、擦りむいたのか膝に血が滲んでいた。恐怖や痛みを我慢してでも走るべき状況。しかし、それをシャリーに決断させるにはあまりに幼過ぎた。
盗賊への怒りだけでなく、無力な自身への怒りが我が身を襲う。
「どうした? 逃げないのか?」
盗賊が下卑た笑みを浮かべて私に問いかけてくる。分かっているのだ。私にシャリーを連れて逃げる力も無い事が。子供一人抱えて逃げる力すら今の私には無い。
「くっ……」
背後には妹がいる。後退る事も出来ない。一か八か戦うか。その辺の一般人相手なら負ける道理もないが、相手は相応の精霊契約者に相違ない。
身体能力の圧倒的な差を今の私が覆せるか?
「観念したかぁ? それじゃ、仲良くあの世に行っちまいな!」
盗賊が迫る。
ああ。
ここまでなのか。ここで終わりなのか。
このままではあと一歩どころか……これじゃ前世の方がまだ後悔もなかったのに。
そんな絶望が心を過ぎった。
その時だった。
ドンっ!
私と盗賊の間の地面が爆ぜた。私は咄嗟に両手で顔を覆う。
砂塵が舞い、肌に無数の衝撃がぶつかってくる。
それはあまりに突然の事だった。
数秒し、落ち着いたのを肌で感じて私は恐る恐る目を開ける。
未だ砂煙の漂う中で、眼前の地面に黒い箱が刺さっているのが見えた。
「な、なんだぁ!?」
盗賊もたじろいでいる。彼らにとっても予想外の出来事のようだ。盗賊の罠などの類でもないらしい。
「お姉ちゃん!」
シャリーが悲痛な声を上げて、私の足を掴んでいた。次々に訳の分からない恐怖が襲ってくるこの状況では無理もない。
シャリーを宥めたい気持ちを抑え、私は足元に視線を向けた。
ようやく砂煙も鳴りを潜め、お陰で『それ』をちゃんと確認する事が出来た。
「嘘でしょ……」
それはかつて、前世で何度も見た形の箱だった。金属製の特殊コーティングが施された、中身を保護する為の輸送箱。
そう、これは前世で統一地球軍が物資の保護に用いていたものだ。惑星降下の際、物資を送る時などに用いられていた。超高高度から射出される落下の衝撃を内外含め極限まで抑える技術が盛り込まれた特殊な輸送箱だ。
何故、そんなものが今、目の前に落ちたのか。
いや、そもそも統一地球軍製の物が何故目の前に存在するのか。
疑問に思いながらも、私の手は自然とその箱に伸びていた。ロックがかかっている。試しに記憶にあるパスワードを入力すると、当然のようにそれは開いた。
その中から出てきたのは白く、金属の光沢があり、成人男性が持つに丁度良い大きさの『武器』。
最後に見たのは十五年前か。
『これは……俺の……?』
思わず口から洩れた言葉は、地球公用語。そこにあったのは、かつて統一地球軍パイロットだった頃に支給された光粒子照射型ハンドガン《MF-0808 ライトニング・イーグル》に相違なかった。ビームを放つ点はロボットが持つそれと同じだが、当然出力は大きく異なる。それでも人間サイズの敵と戦うならば圧倒的な威力を誇る強力な武器だ。
だが。
何故それが今、私の足元に?
「なんだってんだ、くそがっ!」
盗賊の荒れた声で我を取り戻す。そうだ、目の前にはまだ敵がいる。
私は本能的にハンドガンを拾い上げた。かつて握った時とは手の大きさも違うはずなのに、不思議と馴染んだ。
「これが……」
「ああん?」
私の口から漏れ出る言葉は盗賊に向けたものではなかった。
「これが、何でここにあるのかなんて関係ない。
私には守りたい家族がいて。その為の力がこれだと言うのなら……」
「何をごちゃごちゃと訳わかんねぇ事を!」
「こう言ったら伝わる? 私がシャリーを守るって事よ!」
私は叫びながら盗賊に銃口を向け、トリガーを引いた。
一筋の閃光が風を切った。
「はがぁぁぁ!?」
盗賊が絶叫を上げて悶え苦しみだす。私の一撃は盗賊の右肩を大きく抉っていた。その痛みは想像するに難くない。少なくともすぐに動けるものではないはずだ。
心臓は敢えて外した。これが現実である確証はまだなかったが、万が一にもシャリーに、私が人を殺すところを見せたくはなかったのだ。
「どうした!?」
「今のはなんだ!?」
盗賊の悲鳴を聞いてか、二人の盗賊が脇道に押し入ってきた。
こんな路地裏に駆けつけるほど盗賊たちに戦力の余裕があるのか。
表で騎士たちと戦っている分を含めて、盗賊の数が多すぎる気がする。本当に、彼らは盗賊なのか?
沸いた疑念を振り払う。それを考えるべきは今ではない。
再び銃口を盗賊たちに向け、小さく息を吐く。
「き、気をつけろ! あいつ妙な武器を使いやがる!」
ビームに焼かれ倒れていた盗賊が後から来た者達に注意を叫んだ。
ちっ。
盗賊たちの殺気が強まる。警戒されたか。
先の一撃が上手くいったのは、向こうに油断があった事も理由にある。それが今は二人とも、こちらの一挙手一投足に注意を向けている。
一人ならまだしも、二人同時に来られれば対応しきれないかもしれない。
それでも、やるしか――
ズドオオオォォォォン!!!
思考が中断される。まともに立っていられないほどに大地が大きく揺れた。私の足を掴むシャリーの手により一層の力がこもる。
「なんだ!? 何が起こった!?」
「地震か!?」
盗賊たちも混乱しているようだ。無理もない。地震など、そうは起きない。これほど大きなものであれば尚更だ。
いや、そもそもこれは地震か?
前世でもほとんどを宇宙で過ごした私には、文献で得た知識しかない。それでも、これは違う気がする。むしろ私が知っている類の揺れに似ているような。
「いや……なんだ……あれは……」
盗賊の一人が、空を見上げ絶句していた。釣られたのかもう一人の盗賊も空を見上げ、そして眼を見開いた。
「そんな……まさか……!?」
「あ、あんなのが出てくるなんて聞いてねぇぞ!」
「に、逃げろ逃げろおおお!!!」
盗賊の声色は地獄の悪魔でも見るかのように。慌てふためき逃げていく。私の視線もまた、その声に釣られて天へと向いた。
そして、見た。村から離れた山間に立つ雄々しき姿を。私の十五年の記憶を越えて、『俺』の言葉が口端から零れゆく。
『俺は……夢でも見ているのか……?』
忘れるわけがない。三年以上、ともに戦ってきた者を。
忘れるわけがない。命の最後を迎えた瞬間を。
忘れるわけがない。ダークブルーの装甲輝く全長約三十メートルの巨体を。
『エルディ……バイド……』
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