今世②
契約。それが意味するのは精霊の存在だ。
この世界には精霊が存在する。とはいっても普段目にする事は無く、多くは契約した者にしか見えないらしい。
ほとんどの人は自分に適合した精霊と十歳前後で出会い、契約を行う。そうする事で精霊の力を引き出せるようになる。その一つが魔法と呼ばれる力であり、その一つが私がバルドさんに力で圧倒された理由……身体能力の向上だった。字面の通り、精霊と契約すると身体能力が飛躍的に上昇する。それは精霊の強さによって上昇度が大きく異なる。上位となれば元の数倍……私の小手先の技では通用しなくなるほどに。
契約するだけで単純に強くなる。この世界で衛兵のみならず、兵士や冒険者など戦いを生業とするならば上位精霊との契約は必須と言えた。
「はぁ……なんで私には精霊さん来てくれないんだろ」
仰向けに倒れ、思わず口に出た言葉。
ほとんど全ての人が精霊と契約するこの世界で、私は未だ精霊と出会っていなかった。こうした事例は全くないわけではないらしいが、歴史上で記録されているのは片手で数えられる程度だという。それだけ私は、悪い意味で特別らしかった。
とはいえ実際の所、それで今の生活に不自由をしているわけではない。下位精霊との契約だと身体能力向上の恩恵はほとんどないという。そういう人たちでも生きていけるくらいにはこの世界は優しい。
ただ少しだけ物事を楽に行える手段と自衛の手段がないだけ。平和であれば何も問題はない。
そう。平和な時分であるならば……
「精霊ってのは気まぐれだからなぁ。明日にでもふらっと来るかもしれん。
ま、気長に待つこった」
バルドさんもその場に座り込み、私を慰めるように笑う。
私は薄笑いで返し、天を見上げた。
――他の人はともかく、私に精霊が来ないのは私が転生者だからではないだろうか。
時折そんな考えが頭を過ぎる。過去の私を憂い、戦いから遠ざけようとしてくれているのではないか。そんな妄想をする事もたまにあった。
だとしたら。
それは優しいけれど、不満もあって。
ぼうっと見上げていた天から視線を下ろし、バルドさんへと向ける。
バルドさんは一息ついている様子で額の汗を拭っていた。
「てかさ、こんなにのんびりしてていいの?」
バルドさんは村で唯一の衛兵だ。訓練を疎かにするのもいけないと思うが、いつまでも油を売っていていいものか。
「いいんだよ。ほら……昨日、街の方からでっかい馬車が来たろ」
「あぁ……貴族っぽい人たちが来てるんだっけ?」
そういえば昨日はその話で持ちきりだった事を思い出す。辺境で何もない村だが、交流が全くないわけではない。だが、領主以外の貴族が来るなんて事態は流石に無く、村長が大慌てだったとかで村中に噂が広まっていた。
私は……まぁ、さして興味を持たなかった。平凡な日常を謳歌する方がよほど大切だと感じていたからだ。
「それがどうかしたの?」
「そのお供で来た騎士様がな、代わりに警備してくれるって言うんで俺は今日お役御免なのさ」
「それは信用していいものなの?」
「そりゃお前、信用しなきゃ問題になるだろうよ」
それもそうか、と納得する。向こうのメンツを潰して変に絡まれるくらいなら、普段取れない休みを謳歌する方がよほど建設的と言えるだろう。バルドさんの力量や経験はこんな片田舎で燻ぶらせるには勿体ないほどだと思うのだが、だからこそそのバルドさんがこうしてのんびりしている事実は、その騎士様とやらの実力を裏付けるものとなっている。
「ま、この辺にゃ大した魔物もいないしな」
「そういえば、最近魔物が活発化してるって聞くけど」
たまに行商に来る商人などから、毎回のように聞く噂があった。近年、魔物の動向が活発になっているという。あまりに頻繁に聞くものだから、シャリーなんかは怖がっていた。それもまた、私が自衛の力を身に着けようと思った理由でもある。
「らしいな。ま、俺たちには関係ねぇよ。ここいらの魔物が活発になってもどうってこたねぇ」
バルドさんがハハハと笑いながら握り拳を見せる。頼もしい限りだけど、自分じゃ何も出来ないもどかしさもあった。
「さて、んじゃもう一戦いくか?」
「おっけー! 今度は完璧に勝つからねっ!」
我が身の無力を嘆く気持ちをひた隠し、そんな事を言いながら立ち上がった時。私達の耳に『それ』は届いた――
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