今世②
「そういえば、パッと見た感じ損傷は直っていたように見えたが」
前世における最終決戦の記憶と、数刻前に見上げた威容を思い返す。最終決戦時は私が死ぬレベルの損傷を負っていたはずだが、今日ボルタ村を戦慄させた姿に損傷跡は無いように思われた。
『はい。邪星ゾアの戦闘宙域には双方の破片が散ってましたので。
それらの回収を行い、私の自己修復機能によって破損した部位はほぼ完全に直しました。
完全な状態に比べて99.6%、戦闘含めあらゆる活動に支障はありません』
エルディバイドには自己修復用のナノマシンが存在している。また、機体内部には素材生成用の製造装置や修復を行う小型メカも内蔵されている。これらは単体で永続的な運用が出来る事を想定されたエルディバイドの機能の一つだ。それは決して万能なものではないが、四番機は長期戦を想定した仕様である事から、他のエルディバイドよりも部品製造・修復機能は優れていた。それが幸いしたと言う事か。とはいえ、コクピットの直撃という致命傷に近いダメージからここまで修復するにはどれほど時間を費やしたのだろう。
『ワープ航法に必要な部位に問題がなかった事は幸いでしたね。
もしワープに支障があったら未だこの星にたどり着くことはなかったでしょう』
ワープ機能もエルディバイドの特殊機能の一つだ。通常のワープ装置は戦艦サイズにしか搭載されていない。これを人型兵器に搭載する技術もまた、エルディバイドが九機しか存在しない理由の一つである。
このワープ機能は機体ごとの転送に用いるのみで、物資輸送などにはまだ応用は利かない。
「補修しながらワープしてここまで来たって事か。
しかし、よくこのタイミングで来てくれたな。ほんの少し遅かったら危なかったところだ」
『いえ、私がこの星に辿り着いたのは約六年前です』
「……ん?」
私はてっきりリエルが絶妙なタイミングでこの星に辿り着き、私を見つけて現れたものだと思っていたが……六年前?
『先ほど申し上げたように、私はマスターをずっと見ておりましたので』
そういえばそんな事を言っていた。
「一体どういう事だ? なんで六年も……」
『マスターが仰ったように、リーヴィッツ・ハウンゼンとリヴェリア・ハーシェルは個体として別人です。
私がこの星に辿り着いた時、マスターの生命反応は感知できませんでした』
確かにその通りだ。以前とは背格好も性別も何もかも違う私を、来て早々見つけられるはずもない。
「……だとしたら、どうやって俺を見つけたんだ」
『この星の住民全てを視たのです。一人一人、その動向を。
……そして、貴方に目が留まりました』
何だその力技は。この星の総人口は知らないが、それでも数千、数万ではあるまい。それだけの人数を手あたり次第?
幾ら機械とはいえ、あまりの途方もなさに眩暈を覚える。
「よく俺だと推測できたな?」
『簡単です。マスター以外に地球人と同じ格闘術を使う方は見当たりませんでしたから』
そういえば、子供のころからバルドさんや大人相手に体は鍛えていた。それを視られていたのか。
「なるほど。それで怪しいが確証は持てなかったところで今日の事態が起こったわけか」
『はい。マスターに死なれては元も子もなかったので。
ですがお陰でマスターと判明したのですから、いいきっかけではあったのかもしれませんね』
私の平穏がメチャクチャになったというのに、良かったはずがあるか。
シャリーとも離れ離れにされたんだぞ。最愛の妹と両親と長い別れを余儀なくされたんだぞ。
心の中で悪態をつくも、リエルが悪いわけではない事は分かっているし、助けられたのも事実なので黙っておく。
『それでマスター、いつ出発なされますか?』
「ん? 話も終わりならそろそろ行こうかと思うが。明日の朝までには町に着けそうだしな」
『……いえ。私が申しているのは地球へ帰らないのかという話です』
リエルの言葉に、私は体が強張るのを感じた。
それはエルディバイドの姿を見てから心の片隅に浮かんでいた迷い。
改めて言語化された選択肢が、私を惑わせる。
そう、今の私には地球へ帰還する手段がある。エルディバイドのワープ機能とパイロットの生命維持機能があれば問題なく地球への帰還は成るだろう。
邪星ゾアを討ち果たし、平和を迎えたはずの地球の様子は気にならないと言えば嘘になる。
しかし。
「悪いけど、私は地球へ帰るつもりはないよ」
統一地球軍のリーヴィッツ・ハウンゼンはとっくの昔に戦死した。ここにいるのはリヴェリア・ハーシェルであって、『俺』ではない。『私』は意識を切り替え、はっきりとそれを口にした。
『何故です? 平和になった地球を謳歌するのが、マスターの夢ではなかったのですか』
「何年も見てたのなら分かるでしょ。今の私はリヴェリアで、家族がいて、暮らしがある。
それに……」
眼を閉じて一呼吸置く。
『それに?』
「イレーナ姫様たちに誤解させたまま帰るのは無責任でしょう」
もしここで私が何もかも捨てて地球へ帰ったとしたら。
イレーナ姫は私を勇者と、エルディバイドを闇の精霊と誤解したまま延々とその捜索を続けていくかもしれない。そしてあの光景を見たボルタ村の人たちもいつまでも居もしない幻影に怯える事になる。
別に私が勇者をやろうとか、世界を平和に導こうなんて気概はないけれど。私やリエルが原因で生み出された誤解がなくなるまで見届けるくらいの責務はあるだろう。それは真の勇者が現れるとか、魔物の活性化が収まるとかそういう事でもいい。そうすれば私も堂々と村に帰れるし、願ったり叶ったりだ。
『どうあっても帰るつもりはないと。そう仰るわけですね』
「えぇ。今の私の帰る場所はボルタ村だから」
『……分かりました。であれば、私の使命はマスターを護る事。それ以外存在しません。
以後はマスターの安全確保に尽力しましょう』
思いのほかリエルの納得が早くて助かる。
『では付近に降下しますのでご搭乗ください』
訂正。リエルは何も理解していなかった。
「リエル……さっきあれだけ騒ぎになったの忘れてる?」
『忘れてなどいません。ですが、安全を考えたらこれが最適解です』
身の安全は守れても社会的な安全が守れないんだが?
というかリエルはここまで私第一主義だっただろうか。それでも構わないが、私の望みを汲み取る事も頑張って頂きたい。
「……降下は却下で。身の安全も大事だけど、私の目的は平穏な暮らしだから。
エルディバイドはこの星では目立ちすぎるの」
それに。目立つだけならまだしも、イレーナ姫がそうであったように、今のエルディバイドは闇の精霊と誤認されかねない。ともに戦った愛機が悪の親玉のように思われるのは心外だ。既にボルタ村では誤解されているとはいえ、これ以上誤解を広げたくはない。
私自身の噂のほとぼりを冷ます事が目的ではあるが、エルディバイドの誤認を解く事も私にとっては大切だった。
『……仕方ありません。では私自身は監視の域に留めるとします。
ですが、何者かに襲撃を受けた場合、現在のマスターの装備では不安があります』
リエルの語気が心なしか強めに感じる。不安が表に出過ぎているのか。
確かに今の私はただの村娘の恰好で、最低限の旅具と硬貨が幾ばくか。武器は最初に送られた光粒子照射型ハンドガン《MF-0808 ライトニング・イーグル》があるとはいえ万能の武器ではない。
『なのでバトルスーツの着用を提案します』
バトルスーツ。統一地球軍の戦闘服だ。
統一地球軍のスーツは状況に応じて適切な装備に換装する仕組みになっている。
まず基本となるベーススーツ。スキンタイトスーツタイプで肌に密着し、筋肉の可動を最大限に高める性質を持つ。この世界における精霊の身体能力向上と似たようなものだ。尤も、精霊の恩恵程の効果は無いが。
そしてこのベーススーツの上に着用するのがジャケットと呼ばれ、ダイバー・ライブ・テクニカル・バトルが存在する。
ダイバーは調査・探索用で、あらゆる場所で活動できるような装備が豊富。ライブは生命維持用で着用者の命の保全を最優先するもの。テクニカルはパイロットとしてのマシン操作をフォローする装備が拡充されている。
そしてバトルは文字通り、戦闘を想定した各種武装と防御機構を多数内蔵した実戦仕様だ。当然ながら相応の大きさと見た目を誇る。つまる所、目立つ。
「却下で」
『ではせめてダイバースーツを……』
「目立つって言ってんの!
え、リエル……六年もこの星を見てたんだよね? この星の文明レベル分かってるよね?
私が目立ちたくないってさっき言ったの聞いてたよね?」
未開惑星の文明に影響を与える怖さはリエルとて分かっているだろうに。
何を考えてるのだこのポンコ……リエルは。幾ら私の安全を優先するとは言ってもここまで融通が利かないやつだったろうか。それとも、本来起こりえない事態に判断基準がバグっているのか。何にしても私の意向をもっと汲み取ってもらいたいものだ。
そんな意思をぶつけるように私はリエルにチクチクと小言を続けた。
『……では、せめてベーススーツだけでも。
最低限の可動補助と対衝撃・防刃性のみで心許ないですが……。
これなら衣服の下に着用できますし、目立たないはずです。これ以上の譲歩は致しかねます』
「それでよし。というか、私も最初からそう思ってたところよ」
リエルの言う通り、ベーススーツは肌に密着するタイプなので上から衣服を着こなせる。
多少の露出はするだろうが大きく目立つことはないだろう。安全性とのバランスを考えたら妥当なところだ。