前世
時は未来。地球圏が統一地球政府として一つにまとまり、更には人類が宇宙に進出し、時代が西暦から宇宙歴になって100年を過ぎた頃。
地球人類が宇宙の開拓を進め居住可能な惑星や生命の存在する惑星を発見していく中、ついにそれと遭遇していた。人類史上最大の敵となる存在に。
敵の名を《邪星ゾア》という。その名が示す通り、星そのものが意思を持つ人類の敵となっていた。
最初の遭遇から数年、戦いは激化していく一方であり、地球人類は数多の犠牲を出していた。しかし、ついに……
人類はゾアとの最終決戦に臨む所までこぎつけていた――
星というには余りにも禍々しい、秩序無く肥大化した物体。中心部には微かに球体であった事を思わせる形が見受けられるが、そこから枝のように広がる各所のパーツは、進化の方向性を見失ったように不格好であった。
周囲のあらゆるものを取り込み捕食していく暴食の悪魔。
それが邪星ゾアと呼ばれる星だった。
その悪魔を打倒すべく人類の尖兵たる統一地球軍が打ち出した作戦は、心臓と呼べるであろう中心を一点集中で穿つ事。単純にして明快、しかして実現は困難を極める作戦だった。
だが、その不可能とも思える作戦を可能とする切り札を人類は有していた。
《エルディバイド》。人類史上最大の人型兵器の名である。
全長約三十メートル。宇宙を構成するダークマターと太陽光から無限にも近しいエネルギーを生み出すエンジンを有し、単機で量産型千機相当の戦果を生み出す化け物のような機体。
本体だけでも圧倒的な性能を誇りながら、パイロットに合わせたカスタマイズがなされ、無敗を誇る超常の兵器。
スーパーロボットと言っても過言ではないそのエルディバイドの九機ある内の一機に搭乗しているのがリーヴィッツ・ハウンゼンだった。
ダークブルーを基調としたエルディバイド四番機を駆る彼の任務は、囮と陽動。作戦の中心となる狙撃特化型の六番機に敵の注意がいかないよう、敵機を引き離す事が求められていた。
「リエル、状況を」
リーヴィッツはエルディバイド四番機に搭載された人工知能に声をかける。量産型と違い、より複雑化された操作をサポートするAIがエルディバイドには内蔵されていた。
「周囲の残存敵機は4割を切りました。しかし味方機の消耗も7割を超える勢いです」
リエルと名付けた人工知能からきびきびと返答がくる。
戦局は統一地球軍側が押されていた。リーヴィッツの駆る四番機も各所から警告音が響くほどに損傷が激しい。このままでは一時間と持たないだろう事は明白だった。
だが、それは想定内。一撃さえ決められれば全ては決着する。その為の礎になる覚悟がリーヴィッツにはあった。
正面から敵機が迫る。《土偶》と呼ばれる不格好な人型の兵器が突進してきていた。
それをビームブレードで一刀の下に斬り伏せ、リーヴィッツは自身でもレーダーを確認する。
味方を示すマーカーが瞬きする間に減っていく。敵を示すマーカーも減っていくのは変わりないが、そもそもの絶対数が多すぎてまるで変化を感じられなかった。
そしてリーヴィッツが牽引する部隊の反応は――
「アルス……クーガー……すまん」
リーヴィッツはいつの間にか生命反応の消えていた仲間の名前を呟く。激闘の最中にあって、いつそうなったかすら分からなかった。ただその事実を飲み込むように謝罪を口にする。
それでも目を瞑りはしなかった。どちらを見ても敵ばかりいる状況なのだから。
無敗を誇るエルディバイドの名を汚すわけにはいかなかった。
「マスター」
背後から強襲してきた敵機を斬り伏せる中、リエルより通達が届く。
「八番機が追い込まれています」
エルディバイド八番機、それは高速戦闘に特化した攪乱を得意とする機体だ。リーヴィッツの四番機と同じく陽動任務についていた。
「八番機……サリア・サザーランドか!」
パイロットの名を呼び、リエルの示す方角を確認する。
モニターに映ったのはオレンジを基調とした同型機。本来の高機動を欠片も見せず、後退しながら敵機の迎撃に精一杯と言った様子の姿だった。その四方を敵機が取り囲んでいる。絶体絶命という言葉が頭を過ぎる。
「スラスターをやられたのか!? くそっ!」
通信を呼び掛けるが八番機からの応答はなかった。通信システムも破損したのかもしれない。
ビームライフルによる射撃と合わせ八番機へ進路を向ける。敵から逃れる為移動してきたのか、距離はそれほど遠くなかった。
だが、救援行動を察知されたのか進路上に無数の敵機が現れ、行く手を阻んだ。
「どけぇぇぇぇ!!」
四番機の胸部から無数のレーザーが射出される。サウザンドレーザーと称されるこのレーザーは同時に千のレーザーを周囲にばらまく。その分一つ一つはか細く、他の武装に比べて威力は低い。が、それでも統一地球軍量産機の主兵装並、量産型の敵機を一撃で撃破できるだけの威力は誇っていた。
瞬く間に進路上の敵機が塵と化す。残骸となったゴミをバリアを纏う事で蹴散らしながら、リーヴィッツは八番機の下へと急行する。
しかし、既に八番機は無数の敵機に捉えられつつあった。
「警告。当機が危険に晒される可能性大。救援に向かうべきではないと判断します」
「お前と問答している時間はない! 急げ!」
リエルからの警告を無視し、リーヴィッツは眼前の仲間へと視線を固定する。その胸中にはこれ以上の犠牲を防ごうとする絶対的な意志があった。
間に合う。間に合わせる。
今日までに失った家族を、仲間を、部下を想い決意する。
絶対に。
助けてみせると。
「間に合えよおおおお!!」
更に救援を阻むかのように現れる敵機を撃墜しながら、あと少しで手が届く距離まで近づく。
その時。
八番機を狙い槍状の武器で突撃してくる敵機があった。直撃すれば致命傷になりかねない事は明白。
リーヴィッツはビームライフルによる迎撃を行った。光線が吸い寄せられるように敵機に向かう。が、直撃には至らず仕留めきれない。
もう一度トリガーを引く……が、射線上に次の光線が現れる事はなかった。ビームライフルの残量がいつの間にか底をついていた。
「警告。このまま進むのは危険です」
分かっている! 心の中で叫びながらも直進はやめない。
「超長期戦型が聞いて呆れる!」
エルディバイド四番機は長時間の戦闘に特化した機体だった。エネルギー量は他の比ではなく、今日まで戦闘中にエネルギーが枯渇するなんて事はなかった。故に、過信があったのかもしれない。
残る兵装は近接戦闘用のビームブレイドだけとなっていた。
「守る……守ってみせるっ!!」
八番機と敵機の間に滑り込み、ビームブレイドを振り下ろす。
刹那。
敵機の槍がエルディバイド四番機の腹部……コクピットを貫いた。
「がはっ――」
「マスター!」
リーヴィッツの口腔から鮮血が噴き出す。血の味を感じる余裕などなく視界が霞みだした。
その時。
霞む視界が眩い光で覆われた。それは世界を白く染めるかのような暖かな光だった。
確認せずとも、その光が何なのかリーヴィッツには理解できた。
「やった……か……」
「……はい。六番機、邪星ゾアの中核を撃ち抜きました」
誰に言ったわけでもなかった独り言に、リエルが応える。全てが終わったという安堵がリーヴィッツの胸中を巡った。
そう。今、戦いは終わったのだ。
だが。
だがしかし。
リーヴィッツの体から体温は消え、視界も暗闇に落ちようとしていた。
リーヴィッツは思う。
「あと一歩……あと一歩で……平和が見えたのにな……」
戦い抜いた事に後悔はなかった。
それでも。
リーヴィッツは思う。
これまでの人生、あと一歩足りなかった事が余りに多すぎたと。
「……見たかった……な……平和な世……界……」
そうして。
リーヴィッツ・ハウンゼンは息を引き取った――
数分後。
全ての音を失くした戦場跡にて。
主を失った機体の中で、不可思議な事象が起こっていた。
「…………」
「マスターの生命反応を検知」
「ありえない」
「誤反応の可能性大」
「誤反応でない確率――0.0000000001%」
「ゼロではない」
「…………マスター」
誰に当てたでもない言葉とともに。
その機体はどことも知れない闇へと姿を晦ましたのだった――
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