プロローグ
右肩から指先にかけて燃え広がる炎のように燃え立つ光のゆらめきが立ち上がり、痺れを伴う痛覚だけに思考が支配された。
慌てて剣を左手に持ち替え、苦痛を分散させるように唸り声をあげていれば、やがて透明な<虫>は腕一本食らって空気に溶け込むように四方八方に散らばっていく。
「うぅ……ぐっ」
利き手を失ったショックを振り払うように、目の前を飛び交う<虫>の群れを斬りつける。
剣先が触れる<虫>は溶けるように消えたが、周囲から小さな欠片が湧きだして群れを成した。
本当に厄介な<虫>だ! 利き手ではないので殺傷力は落ちる。
だが、今が最後の機会だ。たとえ体が欠損しようと止まることは許されない。
「ヒュー!」
「俺よりも、先に、やれ!」
こちらを心配そうに見やる彼女を絶叫にも近い声音で怒鳴りつけ、がむしゃらに剣を振るう。
腕がないとバランスをとるのも困難で煩わしい。
俺を泣きそうな顔で一瞥して、すぐに彼女はその目を前方に向けた。
そうだ、まだ終わりじゃない。
腕が一本なくなっても、ここまで来たのだ。終わりじゃない!
「……わかった! 構えて!」
よく響く声で高々と彼女がそう叫べば、彼女の周りに光の輪が浮かび上がり、<虫>は動きを止めた。
彼女が両手を前に突き出し念じると、動きを止めた<虫>が一つの塊に凝縮されていった。
あと、もう少し!
転倒しないよう耐えながらも、俺は剣を構えなおす。利き手でなくても剣は扱える。腕を失うのも初めてではないし。
ただ、体のバランスは何度やってもつかみにくい。
絶対にしくじるわけにはいかない。<虫>がじりじりと集結していく様子を眺めながら微調整を行った。
「今っ!」
彼女が叫ぶのと同時に俺は駆けた。
剣を振り上げ、ひとつに固まった<虫>の集合体に渾身の力を込めて振り下ろす。
音はなかった。
静かに<虫>は消滅し――そしてすべては終わった。
白い世界だけが残った。
ここに至るまでの苦悩も困難も、すべては過去のことだ。
この先には何もない、余白のように何も描かれていない。ただの白。
残ったのは俺と彼女だけだが、不思議と絶望感はなく達成感もわずかしかない。
隣に立つ彼女は、着ているものも肌も髪もところどころ<虫>にやられていて、見るも無残なものだ。四肢が無事であることが幸運であるように見える。
しかしその目は濁ることなく、この状況でも真っ直ぐに前を見据えている。
不意にその目が俺をとらえた。彼女は何かを言いかけたが、すぐにかぶりを振った。
俺も咄嗟に口を開く。
だが、言葉は喉で途切れる。ここに至るまでに失ってきた物も、取り戻そうとあがいてきた時間も何もかもが全て遠い出来事のように感じ何を言ったらいいのかわからなかった。
――ただ彼女の名を呼んだ。
SYSTEM END
――そして、世界は終わった。
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全テノ世界ヲ解放 時間軸ヲ修正
起動準備開始
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