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憧れ

作者: あまのよしひこ
掲載日:2024/07/01

死への憧れは失ったが、死に方には憧れがある。


―― 死ぬときは野垂れ死にたい。

誰にも看取られることなく。

死ぬ瞬間を自覚しながら ――


旅先で、道端で、電車の中で。

自室で孤独死もいい。

見つからなくてもいい。

見つかるにしても、死後数週間後ぐらい、

いい具合に朽ちて発見されるのが理想だ。

後始末をする人には、迷惑だろうけど。


母はいたのか、いなかったのか。

父はいたのか、いなかったのか。

きょうだいはいたのか、いなかったのか。

親戚はいたのか、いなかったのか。

友はいたのか、いなかったのか。

恋はしたのか、しなかったのか。

つまはいたのか、いなかったのか。

こどもはいたのか、いなかったのか。

師はいたのか、いなかったのか。

弟子はいたのか、いなかったのか。

神や仏はいたのか、いなかったのか。


寒かったのか、暑かったのか。

乾いていたのか、潤っていたのか。

若かったのか、老いていたのか。

健康だったのか、病んでいたのか。

元気だったのか、疲れていたのか。

裕福だったのか、貧乏だったのか。

満腹だったのか、腹ぺこだたのか。

美食だったのか、粗食だったのか。

酔っぱらっていたのか、素面だったのか。

忙しかったのか、暇だったのか。

働き者だったのか、怠け者だったのか。

せっかちだったのか、のんびりだったのか。

使っていたのか、仕えていたのか。

使っていたのか、作っていたのか。

知っていたのか、知らなかったのか。

博識だったのか、無知だったのか。

拘っていたのか、適当だったのか。

柔軟だったのか、頑なだったのか。

ぶれていたのか、定まっていたのか。

気前が良かったのか、吝嗇だったのか。

夢見がちだったのか、現実的だったのか。

正直だったのか、嘘吐きだったのか。

だましたのか、だまされたのか。

優しかったのか、厳しかったのか。

愛されていたのか、憎まれていたのか。

愛したのか、憎んだのか。

社交的だったのか、内向的だったのか。

笑っていたのか、怒っていたのか。

悲しんでいたのか、楽しんでいたのか。

尊敬されていたのか、軽蔑されていたのか。

羨んでいたのか、蔑んでいたのか。

憧れていたのか、妬んでいたのか。

美しかったのか、醜かったのか。

惜しまれたのか、喜ばれたのか。

助けたのか、助けられたのか。

奪ったのか、与えたのか。

殴ったのか、殴られたのか。

犯したのか、犯されたのか。

守ったのか、守られたのか。

戦ったのか、逃げたのか。

勝ったのか、負けたのか。

強かったのか、弱かったのか。

決めたのか、迷ったのか。

運がよかったのか、悪かったのか。

先だったのか、後だったのか。

捨てたのか、捨てられたのか。

泣いたのか、泣かれたのか。

安らかだったのか、苦しんだのか。

満足だったのか、後悔に塗れていたのか。

幸せだったのか、不幸だったのか。

誇り高くいたのか、恥じていたのか。


男だったのか、女だったのか、どちらでもなかったのか。

感謝していたのか、恨んでいたのか、当たり前だったのか。

間違っていたのか、正しかったのか、分からなかったのか。


そんなことは、どうでもいい、どれでもいい。

選ぶ必要もない。

選ばされる由もない。

知りたくはないが、知られてもいい。

言いたくはないが、言われてもいい。


恨むのも、恨まれるのもごめんだ。

いろいろと抱え込むのも一興だが、無理をするのは馬鹿らしい。

無理しなくても、今この瞬間も、あらゆる命が生まれて、死んでいく。


生まれて、やがて死ぬ。

当たり前のことだ。

感謝こそすれ、恨むべくもない。


だから、死んだ後のことなんて、生きている今、考えたくもない。

でも、私は人間だから、愛するものが失われたら悲しい。

だから、残された者は、もっと悲しい。

それを、忘れてはならない。


殺すのも殺されるのもいやだ。

でも、いま口にしている、酒も肴も。

私の代わりに殺してくれた人がいるから、ここにある。

それを、忘れてはならない。


知らなかったと、間違っていたと、失敗したと、悔やむのはいい。

だが、悔いに捕らわれてはいけない。

でも、悔いを忘れてはならない。


今、生きている私にできることは、ものを考え、それを書く。

それだけだ。

それしかできない。

それでいい。

でも、それを、忘れたくない。


残したい。

でも、残らなくてもいい。

それを、忘れたくない。


残されたものが、失ったものが、愛すべきものなら。

それを愛でて伝えればいい。

それを、忘れなければいい。


生きていることを、責められる由はない。

生きていれば、飲んで小便をし、食って糞をする。

当たり前のことだが、それだけで、既に事を為している。


どうせ、死んだあとは、灰になり、土になり、水に溶け、

運がよければ何ものかの血肉になる。


どうせ、何十億年かあとには、星は砕けて、すべてと混ざって、

また、星になる。


好んで罪を犯すつもりはない。

なぜなら、罪を犯せば法の裁きを受けなくとも、

必ずその報いを、いつかどこかで受けることになるから。

だから、もし罪を犯した時は、自ら警察に行こうと思っている。


奪うよりは奪われる方が、気が楽だ。

なぜなら、奪ったものは、いずれ奪われるから。

だから、もし奪う方が気が楽だと思ったら、医者に行こうと思っている。


人のために生きるのは、気が楽だ。

なぜなら、情けは、いずれ返ってくるから。

だから、もし人のために死にたくなったら、医者に行くことにしている。


快楽も、痛みも。

楽しみも、苦しみも。

希望も、絶望も。

愛も、憎しみも。


すべて己の中にある。

それを共有するのはいいが、奪いたくも、奪われたくもない。

押しつけたくも、つけられたくもない。


どうせ、私を痛めつけた人たちは、私の死など歯牙にも掛けない。

でも、私を癒やしてくれた人たちは、私の死に悲しみ絶望する。

だから、自死なんて。

つまらない。

もったいない。

馬鹿馬鹿しい。


だから、私は死への憧れを失った。

でも、死に方への憧れが生まれた。


―― 死ぬときは野垂れ死にたい。

誰にも看取られることなく。

死ぬ瞬間を自覚しながら ――


でも、きっとそれは選べない。

死なんていつ訪れるか、わからないのだから。


でも、それでいい。

命とは、そういうものなのだから。


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― 新着の感想 ―
私の小さな短編に思いのほかの感想をいただき、優しい方なのだな、と思ってからふと不安になり、ここを読みに来ました。 安心いたしました。 とてもいい感性をお持ちだと思いました。 もしよかったら拙作『夢見る…
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