第8策: 一騎打ち
ドクン、ドクン、ドクン。心臓の高鳴りが止まらない。体が熱い。王子の檄一つで兵の大半が戦意を取り戻し、王子と親衛隊10数名が先頭を駈け出したら7000は残る左翼の軍が一斉に動き出した。
斥侯を主な生業とする軽騎兵の突撃等はほとんど聞いた事が無いとの事だったが、今はともかく王子と共に馬が進んでいる。
ヒュンと言う音が鳴り、耳の横を矢がスレスレに飛んでくる。シュト、シュトと盾にも数本の矢が突き刺さるが、ほとんど気にも留めない。
衝突までほんの数分だろう。
「ベルトラン!」
「応よ!」
「今何が最も重要か把握しているか?」
「敵を倒して騎士たちを救う事だろう!」
「違う!見失うな。ランシア王国の主力が大打撃を受けても立て直す事はあり得るだろう。でも、国のトップが戦死したりすると、国は揺らぎかねないのは歴史が示している。あの王子の檄を聞いただろう。俺たちの為にもあのお方をこんな所で死なすわけにはいかない。王子の護衛の数は少ない、俺たちも王子の安全を優先する事が母さんたちの安全の確保にも繋がる! 王子を守るぞ!」
「ガッテン承知だ、親友。だが、一番肝心な事をお前が忘れているぜ。」
「何だ?」
「お前が死ぬなよ。」
「ああ。お前もな。」
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「進め、進め!!!」
王子の檄と共に突撃を開始し、王子を中心とした三角形の陣形が出来上がっていた。その先端を走る王子の親衛隊と軽騎兵が中心となり、ランシア軍の兵は前へ前へと殺到した。
騎士団の脱出口となり得るエルフ兵の包囲が最も薄い「外側」の部分へと王子はこの濁流を誘導し、王子の部隊が激しく衝突した。王国、公国の兵が入り乱れ、孤立した騎士団が殲滅される前に救い出そうとする時間との闘いの乱戦がくり広げられていった。王子親衛隊の騎士、我ら軽騎兵が馬上で槍や剣を振るい、農民兵も槍を握って全力でエルフ兵に襲い掛かっている。
王子からやや斜め後ろに馬を走らせていた俺とベルトランはその混乱した乱戦に向けて馬を走らせていた。
突如、エルフの公国歩兵と目が合う。
奴は皮の鎧、盾に手槍、装備から見て相手は雑兵だ。エルフ騎士の重歩兵ならプレートメールを装備している。なら馬上であり、グンターさんに頂いた立派な鎖帷子に守られ、剣の訓練を受けて来た俺が圧倒的に優位のはずだ。
俺の馬がそのまま前に突き進む。周りの騒音が聞こえない、心臓の音だけが馬鹿みたいに聞こえる。
槍を構えた相手が穂先を突き出してくる。単調で読みやすい動きだ。師匠の槍の半分以下の速度だろうか?
右手の剣で槍を横に流し、槍は顔から数cmの距離を通り過ぎていく。
ピシュン
と言う音と共に俺の剣が敵の防御を掻い潜り、相手が崩れ落ちる。
その初対戦を考える暇は与えられず、別の公国兵が斜め後ろから槍を突き出し、左の脇腹にガツンと言う衝撃が走る。あまり質の良い槍では無く、相手もあまり技量が無かったのか、鎖帷子を装備しているのを知らなかったのか。ともあれ、俺はグンターさんの鎧に救われる。
返す剣で槍先を切り落とし、二の太刀で相手に肩から深い傷を負わし、相手は槍を落として逃げ始めた。
プハー、ハー―、ハー―
息をするのを忘れていた。落ち着け。落ち着け。
そういえば、ベルトランは?
「ウワーーーーー、ウワーーーーー!!!!」
と言う悲鳴が上がっている。ベルトランは得物の両手で振るう大剣のグレートソードを持ち、大剣の一振りで鎧ごと敵兵が薙ぎ払される。3人目ほどが吹き飛ばされたあたりで近隣のエルフ兵に動揺が走り、悲鳴を上げながらわらわらと周囲が逃げ始めた。
張飛益徳かよ。
囲いの外からの総攻撃を予測していなかったのか、「蓋」の役割を果たしていたエルフ兵は内と外から挟撃され、丘の陣へと押し戻されている。徐々に騎士団の撤退の道が開かれていった。
頃合いを見て王子は撤退の角笛を吹き始め、徐々に騎士がバラバラと後方に撤退を開始する。
最悪の事態は免れる様に思えて来た。
だが戦場ではちょっとした事で事態が急変する事を俺は思い知らされる事になった。
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「王子殿下の御加勢を無駄にするな、ここは順次撤退じゃあ!殿を務める者はワシの両翼を支えい! 負傷者から後方に回せい!」
波の様に押し寄せるエルフ騎士の追撃をアレーヌ卿(熊オヤジ)を中心とした部隊が背後の防波堤となった。その防波堤に頼り、既に大打撃を被ったランシア騎士団は統率のとれた動きで後方へと引き、撤退の流れが出来つつあった。
しかし、エルフ軍はこの「統率の取れた撤退」を「パニック」に変えるべく手を打ってきた。両側の丘より待機していた弓隊が突如アレーヌ卿の周りの乱戦に向けて矢を大量に浴びせかけたのである。
当然エルフ軍の歩兵も近距離に居るので犠牲になるが、撤退を行おうとしているランシア騎士の統率を乱し、混乱が広がった。それも、一射では終わらず、5-6秒間隔で次から次へと矢が降り注ぎ、ランシア騎士、エルフ兵双方が多数バタバタと倒れて行き、矢は最後尾の殿部隊を務めるアレーヌ卿の周辺に集中した。
「ぬううう、卑怯なりエルフども、尋常な勝負をせぬかあ!」
乱戦の中に腕、肩、背中に矢を受けても剣を手放さず仁王立ちを続けるアレーヌ卿だったが、ピュルルルと言う笛の音が鳴り響いた。笛の音と共に周りのエルフ歩兵が戦うのを止めてスススっと引いていき、乱戦が中断されてアレーヌ卿への道が開かれた。
エルフ重騎兵が登場したのである。
その先頭にはバシネット(大兜)の面を開いたままの一騎がゆっくりと進み、槍を掲げてアレーヌ卿へと敬意を示した。
「戦場の理にて馬上より失礼いたします。我は大公閣下が配下、グラリー伯爵ジョン。出来得るなら全力の貴公との真っ当な決闘をいたしたかったですが、ここは戦場故に致し方ありません。今、ここで公国騎士団筆頭騎士たる私がお相手いたします。」
「ぬかせ小僧、我が婿殿の敵が出てくるとは好都合、我が首を欲しくば取りに来い。貴様の血を婿殿の昇霊のはなむけとしてくれるわい。」
勝負は一瞬で決した。
グラリー伯は馬を全速でアレーヌ卿に向けて走らせ、槍を構えた。アレーヌ卿は徒歩で盾と剣を構え、槍からの一撃を警戒した。
アレーヌ卿の斜め前よりグラリー伯は槍を繰り出し、その滑らかな動きによりアレーヌ伯の兜を的確に貫くかの様に思えたが、その動きを予測していたアレーヌ卿は盾で槍を上に受けながし、剣でグラリー伯の胴に切り上げた。
グラリー伯が負けた、と誰もが思ったその直後、いつの間にかグラリー伯の剣がアレーヌ卿の右肩の首元に体の奥深くまでに上から刺し込まれていて、血しぶきが宙を舞った。
「グ・・・見事。槍からの一撃が囮だったとはぬかったわ。」
グラリー伯も無傷では無く、左わき腹が切られていた。しかし、傷は深くは無く、致命傷では無かった。
グラリー伯は馬を翻し、
「ランシア王国四槍に恥じぬ豪傑と勝負ができて光栄に存じます。」
とグラリー伯が馬上より会釈すると同時に蹄の地響きが鳴り、数百の温存されていたエルフ重騎兵が周りより進撃を再開し、力尽きたランシア騎士の防衛を粉砕し、蹂躙していった。
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「アレーヌ卿討ち死に! アレーヌ卿討ち死に!」
グラリー伯にアレーヌ卿が討ち取られた事は一瞬の内に戦場を広がり、ランシア兵を落胆させ、エルフ兵を勢いづかせた。その影響は特にランシア王子の檄に乗せられ落胆させ、エルフ兵を勢いづかせた。その影響は特にランシア王子の檄に乗せられただけだった農民兵に絶大な影響を及ぼした。
素人集団の兵は熱しやすく、冷めやすい。一度その勢いが失われたら、その失速は致命的な物となっていった。
「アレーヌ卿が討たれた?」
「もう騎士たちはダメだ、どうにもならない。」
「エルフ騎士団が突撃してきているらしいぞ!早く逃げないと踏みつぶされる!」
「あ、待て、俺も行く!」
その様な悪い流れが出来つつあるなか徹底的な凶報がこんどは後ろの伝令から届いた。
「シグベール王が包囲され、捕らわれた!」
「王の親衛隊、金竜騎士団は全滅!」
「王国軍右翼は崩壊、退却中!」
「本陣が既に危うい」
このワンツーパンチで王子旗下の左翼部隊の士気は完全に崩れ去った。
一人、また一人の農民兵が戦意を失って逃げ始めるとその周りの兵を諦め逃げ始め、戦線を農民兵で繋いでいたランシア軍は瞬く間に総崩れとなっていった。その流れにはランシア騎士や軽騎兵も巻き込まれ、重い剣や鎧を脱ぎ捨ててまで逃げる騎士も居るほどの収取のつかないパニックとなっていった。
この混乱状態の中にエルフ重騎兵が乱入し、身分の高そうな騎士を見つけては優先的に討ち取り、または捕虜として捕らえ、散り散りとなるランシア軍に追い討ちをかけて行った。
状況が急変し過ぎて頭が真っ白になりそうだ。こういう時は落ち着け。落ち着け。
スー、ハー。スー、ハー。
最重要事項は? 王子の安否だ。
俺はベルトランの肩を掴んだ。
「ベルトラン、今が大事な時だ。王子だ! 王子を追うぞ!」
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中世ヨーロッパ豆知識#8: 西ヨーロッパの諸国(仏英等)では全市民に軍役の義務がありましたが、その義務はお金を払えば免除されました。なので、基本的に中流階級以上の人(裕福な独立農民、商人や職人、その他)は軍役に服す事は稀でした。この集められた軍役免除の資金より領主はプロの傭兵団を雇い、騎士、傭兵と雑兵より構成された軍が中世中期までは一般的でした。
14世紀から15世紀にかけて、職業兵への以降が起こり、傭兵の重要性があがり、無訓練の雑兵は重要性を失っていきます。
この作品ではだいたい13世紀~14世紀前半ぐらいの頃の中世軍をモデルにしていますが、色々と脚色は加えています。