第7策: 覚醒
アレーヌ卿の猛突進より、最前方の王国兵にはエルフの公国軍本陣がはっきりと目視できる200メートル以内に接近した頃だった。一人の黄金の鹿の角を模した大兜を被った男が本陣前方に馬上で丘から見下ろしていた。
その男は興奮も焦燥感も怒りも悲しみも、何の感情もこもらぬ声で、まるで庭師に木の枝を一本庭から切り落とす事を指示するが如く命じた。
「左翼後構えケント伯隊、 右翼後構えモンタギュー伯隊、 中央後構え白鹿隊、時が来たれり。逆さ鶴翼より総攻撃をかけよ。」
「殿下、御意のままに」
エルフの王子の指示を受け、一人のエルフ騎士が陣から前進し、丘の上で一騎抜刀してゆっくりと剣を頭上で円を描く様に回した。
四方からエルフ兵より歓声が上がり、合図のラッパが鳴り響き、全てが動き始めた。
それは木の葉が川の濁流に翻弄され、水流の気まぐれのままに右往左往と押し流されるが如く。丘の上に伏せられていた予想外のエルフ重歩兵部隊が突如現れた事で王国軍、アレーヌ卿(熊オヤジ)の部隊は翻弄された。
後方のアレーヌ卿軍第2騎士隊部隊長のラマルシェ伯が必死で周りの兵を鼓舞して何とか持ち場を守り通そうとしていた。
「引くな! ここはなんとしても持ちこたえろ! 我らが引けばアレーヌ卿閣下が孤立する!」
丘の頂上から攻め下りる公国重歩兵騎士の猛攻にランシア王国騎士は必死の抵抗を見せたが、あまりにも体力、兵力と地形の優位がエルフ側にあった。
伏兵の出現の前より王国騎士は丘の攻略に苦戦していた。
騎馬が駆け上がるのが難しい傾斜の上にある陣は攻めるのが困難。張り巡られた馬防柵。地形を利用した防御。エルフ弓兵は鎖帷子の鎧に加えてプレートメールを貫く事に適した尖った戦槌を装備していた。馬防柵や傾斜に馬の機動力が殺され、隙を見せればエルフ弓兵は手早く騎士を馬から引き落とし、騎士すらも倒す事ができる。
丘攻略を命じられた多くの王国騎士は下馬して丘を攻め上ろうとした。しかし、身軽な弓兵と戦いながら200メートルほどの高さの丘を重い鎧を着て登っていくには大変な体力を使った。王国騎士たちは頂上に近づく頃には体力の限界にすでに近かった。
一方で両側が苦戦する間も先頭ではアレーヌ卿は敵本陣に向けて突き進んで行ってしまった。また、手柄を望む騎士は自然と大将首の栄光と報酬に釣られ、中央へ、中央へと誘導され、アレーヌ卿の猛攻の後へと続き、自然と敵陣の奥へ奥へと流し込まれていった。
その状況を虎視眈々と見下していた伏兵が今か、今かと合図を待っていた。丘の頂上には下からはどうしても死角となる場所が生まれる。その死角で体力を温存した数百のエルフ騎士の出現はその数と比較にならない計り知れない衝撃を疲れ果てた王国軍に与えた。
伏兵の出現と戦闘への参加より頂上に向けて進んでいたランシア騎士の前進は止まり、逆流となった。その動きは雪崩の様に丘の下へと流れる様に押し戻されていった。
その逆境の中も返り血がべったりと付き、槍は折れて刃こぼれがついた剣を振るう王国軍のラマルシェ伯の悲痛な声が鳴り響いていた。
「引くな、引くな、ここで踏みとどまれ、踏みとどまるんだ。時間を稼げればアレーヌ卿が何とか状況を覆してくださる!」
しかし、上から攻めるエルフ騎士はその訓練精度の高さは一目瞭然。一人一人の槍の使い手の技量もさることながら、部隊が統率の取れた動きを崩さず、一つの集団として次から次へと「集」として奮闘するランシア騎士を複数人が同時に連携して突き、ランシア騎士は血反吐を吐きながら次々と倒れて行った。
「踏ん張れ、ここが勝負時だ! アレーヌ卿閣下に小細工は効かない、あの方を倒せる者等この世にはいない! 閣下を信じて戦え! 我々が踏みとどまれば必ず勝利に導いてくださる。あとすこ・・・グ・・・ググ」
ラマルシェ伯の横に回り込んだエルフ騎士が伯の背中に槍を突き立てたのだった。
アレーヌ卿の腹心のラマルシェ伯の討ち死により最後の抵抗をしていた後方のランシア騎士は多くが抵抗する力を失い、投降する者、力尽きてエルフ騎士の槍に突き殺される者の後が絶たなかった。
まるで後ろから「蓋」を閉じる様に、エルフ騎士部隊は馬防柵沿いを奪回し、陣内にすっぽりとランシア騎士隊6千が退路を断たれた。
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敵本陣に向けて進んでいた大半の騎士は方向転換がままならず、進むも退くもならず、阿鼻叫喚の光景となっていた。王国軍の主力部隊がなすすべもなく殺されていく光景に絶望し、首を垂れて目をそらす者は少なくなかった。
しかし、俺たちの側にはこの惨状から一切目を逸らさずに睨みつける様な眼光を放ち続ける御仁が居た。
「爺! いや、バーレ伯! 出るぞ!」
「お待ちくだされ殿下! 陛下よりの厳命を仰せつかっています、殿下の身の安全が最優先であると。」
「かまわん、これは将の裁量の範疇、私からの厳命だ。このままでは我が軍の主力が全滅する、見殺しにして何が王家か。」
「しかし殿下、主力の騎士団はすでに出陣しております。王国騎士を破った相手に農民兵は突撃に応じませぬ。我がランシア王国軍は騎士に始まり、騎士に終わりまする。騎士部隊無くしては、兵が動きませぬ。」
「私が動かす。」
虎の子の騎士団が包囲され、俺たちの周りの兵は明らかに落胆と諦め表情が農民兵や軽騎馬隊の兵士の顔に刻み込まれていた。誰もが王国軍の要と理解する騎士団の包囲の意味は誰にも分かる事で、特に農民兵はもう戦意を完全に喪失し、撤退の合図を待つばかりだった。
その時、白馬に乗り、黄金の大兜の面を開いて顔をさらした目を見張る様な美男子が一人で軍の前方に出た。彼の声は良く通り、遠くまで鳴り響いた。
「私はランシア王国が大王、シグベール王陛下の第2子、嫡男かつ王位継承第一位、ヴィエノワ―ル公爵、王太子アレク! 父上、シグベール王陛下の世継ぎである。」
王太子の御自らの呼びかけにその場の全ての人の目が引き付けられた。
「兵士たちよ、お前たちも見たであろう、道中の焼き払われた民家を。奪い尽くされた蔵を。射殺された赤子を。エルフたちを止めなければ、あの惨状はさらに広がる。
ランシアの軍勇は騎士であると長年言われてきた。騎士が王国を守る。エルフどもは我が騎士たちを取り囲んだ事で勝利したと思っている。」
王子は間を保ち、声に静かな怒りが加わり、燃える様な目を我々に向けた。
「我がランシア王国の民兵よ、お前たちはそれで良いのか? 母が、妻が、娘が蹂躙され、家が焼かれ、全てを奪われる事を甘んじて受けるか? 騎士がくじければ、全てを諦められるのか?」
周りの兵士の多くばビクっと何かに打たれた様な反応をした。
「否!私はまだ諦めはしない。騎士は王家を守り、騎士は民を守る。しかし、騎士が窮地に立たされれば、お前たちはどうする? 私は答えられる! 王家が騎士を救いに出る。王家は騎士に救われてきたので、王家は騎士を窮地で見捨てはしない事を約束できる! では、民に王家に続く者は居るか?!!!!」
炎が付いた。王子が火をかけたんだ。
「応う!!!!!!!!」
と怒号の様な声で左翼の兵が一斉に応えた。
「軽騎兵、私の親衛隊と共に先頭を進むぞ。民兵はその後より続け。全軍突撃!!!!!!」
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中世ヨーロッパ豆知識#7:中世ヨーロッパの騎士=プレートメールと言うイメージがありますけど、実は騎士はプレートメールの発達より遥かに古い歴史を持ちます。プレートメールが西ヨーロッパで一般的となったのは13世紀末、百年戦争時代よりです。
例えば、12世紀の第一次十字軍や、獅子心王リチャード3世の第3次十字軍(13世紀末)等はプレートメールの発達の100年以上も前になります。騎士の原型となった地域の城を守る為エリート職業騎兵と言う概念はローマ帝国時代のディオクレティアヌス皇帝(在位284年~305年AD)にもさかのぼります。
プレートメールの発達以前の時代の騎士は鎖帷子の鎧を全身で守ったりするのが一般的でした。
本作の鎧テクノロジーはおおよそに13世紀末~14世紀初頭の物をベースとして考証していますが、ややフィクション・ファンタジー要素も取り入れています。