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第6策: 予想外

「わしに続けぃ!!!!!!」


ほぼ単騎でエルフ軍の槍兵の塊に突っ込み、熊オヤジ(アレーヌ卿)は右へ左へと馬上槍を突き立てた。エルフ兵の数人を槍でなぎ倒したらエルフ兵一人を串刺しにして槍を手放し、流れる様な動きで長剣を抜刀してエルフ陣内へと進み続けた。


そのまま熊オヤジは鬼の形相で前を阻める乗馬したエルフ部隊長に切りかかった。エルフ隊長は槍の柄で上からの一撃を受け止めようとしたら、熊オヤジは真っ二つに槍の柄を切り裂き、エルフ隊長を袈裟斬りにして血しぶきと共に沈めた。


熊オヤジ率いる精鋭騎士の集団はものともせずにエルフ兵をなぎ倒して突き進み、エルフの陣内へと後から次から次へと後続の騎士が突入して行った。熊オヤジの周りの陣形が溶ける様に崩れていく事が遠目にも分かる。熊オヤジの長剣の一振りで鎖帷子を装備した槍兵が藁人形の様に両断されて吹っ飛ばされていく。


挿絵(By みてみん)


「逆なんじゃよ、お前。常識は。」


ふと数年前の師匠の言葉を思い返した。


俺とベルトランの師匠は武術の鍛錬の休憩、または雨の日等に師匠の自宅で座学の授業を受けされられた。座学では師匠からランシア王国の陣形、戦術や過去の有名な戦で使われた奇策等も一通り教え込まれていった。正直俺は身体的鍛錬より座学の方が楽しかったけど、ベルトランは常に死にそうな顔をしていたっけ。


俺は前世で古代から現代史にまで広く戦史を読んで戦術の本を読んできたのだが、師匠より学んだ一つの事は俺の「認識のズレ」だった。


「将に資質において、知と剛が双方重要なのは当然じゃ、じゃがどちかがより大切かに関してはヒューゴ、お前には相変わらずも面白い答えを出してくれるな。()()()()()()では逆なんじゃよ。剛が最も重視されるのが当然とされるのじゃ。」


「師匠でも、将に知が無かったら罠にかかったり、不利な状況に誘導されたりして負けませんか?」


「それはあり得る、実際に一部の兵法家では知の重要性を説く先生方もいる。じゃがコネターブル(大将軍)や王はともかく、将は兵を率いて前線にでるのが前提じゃ。まずは剛や勇が無ければ兵がついてこない、と言う意見は一般常識じゃ。わしは()()()()も興味深いとは思うのじゃが・・・・ まず戦場では知略より将棋指しが如くに詰んだ盤面を作っても、その盤面を叩き壊して殴りかかる将がいる。知略など所詮は小細工、と言い切れるのが真の猛将じゃ。知将を目指すなら、敵対する時に知将より真の猛将の方が怖いやも知れんぞ。」


なるほど。「アレ」か。


~~~~~~~~~~~~~~~


西風に乗せられた黒雲が空を覆い尽くした頃、陰った戦場でアレーヌ卿(熊オヤジ)の部隊の奮闘は目を見張る物があった。


戦闘の混乱の中にアレーヌ卿は馬は槍兵に突かれて落馬したが、徒士となったからとて簡単には止められない猛獣と化していた。敵兵の槍を盾で跳ね飛ばし、卿は接近して剣で首をはね、盾も振り回して敵の頭蓋骨を叩き割るほどの勢いでぶつけ、当たるところに敵なしとエルフ陣内を進んでいった。


その猛威に引っ張られる様に青龍騎士団の騎士たちも次から次へと馬防柵の内側に突入していった。


両端の丘からエルフ弓兵が後続騎士に向けて矢を射かけていて、一定の被害を与えている様だったが、前方の部隊の勢いが止まらなければエルフ陣が分断されるのは一目瞭然でもあった。


「第1隊はこのまま後方へと前進、敵右翼本陣があるはずじゃあ、わしと共に右翼の将を討ち取れい!第2隊は左へと旋回、このまま敵陣の右端の弓隊を潰せ。両側からの弓が無くなれば、後続も進みやすいわい。第4隊はここで馬防柵を破壊、および中央からの援軍への備え。後続の道を確保。残る部隊はわしの背を追って来よと伝えよ。いざ、かかれぃ!!!!」


挿絵(By みてみん)


激しい乱戦の中でも熊オヤジは飢えた猛獣の様に敵陣形のほころびを見定め、先陣部隊に弱点を突く指示を与えている事は遠目でも一目瞭然だった。先鋒将軍の猛攻に俺、ベルトランや隊長も目を見張って見ているばかりだった。


その時、


「相も変わらず余の指示に素直に従えん男だな。」


気付いたら金糸と青色に染められた絹のマントを羽織り、目を見張るばかりの威容のプレートメールを装備した大男が巨大な馬に跨り、俺たち3人と轡を並べていた。


「へ、陛下!!!! ご無礼を!」


隊長が慌てて下馬しようと動くが


「よいよい、ここは戦場だ。アレーヌ卿が出陣する前に斥侯隊のおぬし達と話していたと聞き及んだので、状況を聞きに来たが、まあこれは見れば分かる。」


シグベール陛下は馬を翻し、


「息子よ! 見ての通り主攻はここだ。皆の者、左翼の指揮権は王子に与える。予備隊を動かし、あそこの切口を存分にえぐりに行け。余は右翼に入り、敵軍がこちらに援軍を送る余裕が無い様にして見せる。太陽旗が右翼に移動すれば敵も主攻がどこか迷うだろう、カカカカカカカ!」


「父上、御意に! 初陣に主攻をお任せくださり、ありがとうございます! 父上の期待に応えられる様に全てを捧げる覚悟で任務にあたります。」


王の表情が一瞬険しくなる。


「息子よ、おぬしは余の唯一の世継ぎにして、次代へと王国を繋ぐかけがえのない王国民の希望だ。ゆめゆめその立場を忘れるな。そちの身の安全を()()()()()()()()、厳命だ。」


「はい、父上・・・・」


「よいよい、余も言い過ぎた。はやる気持ちも分かる。バーレ伯が補佐に就く。バーレ伯、くれぐれも息子の身の安全を頼む。」


「お任せください陛下!」


「余の得物を!」

大男の側仕えですらフラフラと両手で持つ大型の金棒をシグベール王は軽々と片手で受け取り、


「どれ、右側を少しかき回してくるかの。『金竜』ついてこい。」


陛下の周りの騎士が一斉に動き始め、一つの声で応えた。

「ははっ!」


~~~~~~~~~~~~~~~


「おいおい、何か王子殿下がすぐそこに陣取ってるぞ。俺たち本当にここに居ていいのか?」


ベルトランが少々冷や汗をかいた様な表情をしている。


アレク王子はまさに10メートルもしない場所に白馬に乗って展開するアレーヌ卿(熊オヤジ)の猛攻を見守っている。大兜のバシネットを開いていて、安全より視界を優先している。その青い目は鋭く細めていて、その表情は厳しい。


「バーレ伯、状況を説明せよ」


「は、殿下。現在アレーヌ卿の猛攻により、馬防柵の一角が破られ、先陣は敵の右翼(王国軍から見て左)に食い込んでいます。アレーヌ卿の部隊が現在敵歩兵に防がれていますが、報告によれば公国軍の被害は甚大。敵歩兵の士気が崩れ、一部でも撤退を開始すれば騎馬部隊をさらに送りこむ好機にございます。」


「それは何故だ?」


「敵の陣形を左から崩す好機だらかでございます。陛下は右へと向かうとおしゃっていましたので、恐らく右の予備隊は釘付けにしてくださいます。敵予備隊が無ければアレーヌ卿は後方の敵本陣へと進むでしょう。」


「説明を感謝するバーレ伯。しかし、アレーヌ卿を補助する為に予備隊をいますぐ送るべきでは?」


「殿下、それはなりませぬ。現在両端から丘に囲まれたアレーヌ卿の部隊は乱戦に入っているのであまり弓兵の影響を受けません。しかし、今新たな部隊がその後ろで停滞すれば、味方が前進を妨げ、敵の目前で立ちすくむ形となってしまいます。」


「それは悪いのか?」


「停滞した兵は丘の上の敵弓兵の前で長時間立ち止まる事となり、敵に的を与える様な行為です。アレーヌ卿が敵を打ち破るか、万が一卿が撤退した場合に波状攻撃として第二陣を送る事が定石になります。今しばらくお待ちください。今にもアレーヌ卿は敵が崩すでしょう。殿下が下知を下すのはその時です。」


「わかった。バーレ伯、予備隊を動かすタイミングは伯に任せる。」


「御意のままに」


この臣下との会話を横から聞こえた俺の王子の印象は二つの強烈な物が残った。まず、王子は臣下の意見を受け入れ、聞き入れる度量を持つ事は好印象だった。


しかし、驚いたのはこの王子は華奢な体つきで、王の様な体躯を持たない。そればかりか、かなり基本的なレベルの戦術も理解していない。あれだけ初見では頭が切れそうな印象を受けた王子が武も兵法も学んでいないのか? そんな怠惰な王子には見えなかったけど・・・・


こうなってみると、このヒョロい王子に左翼大将が務まるのかって疑問も分かる。 まあ、補佐についているバーレ伯とか言う老将はしっかりと分かっている様だし、あのバケモノの様なアレーヌ卿が前を進むなら王子がお飾りでも問題ないのかも知れないのだけど。


「お、ついにエルフどもの雑兵が崩れた様ですぞ、殿下。赤龍、白竜騎士団の前進を命じる良き機会でございます。両騎士団がアレーヌ卿の前進に加われば本陣へ進む力が加わります。前の道が開いた今なら停滞せずに戦闘に加われるはずです。これぞランシア王国軍の必勝戦術ですぞ。」


「よし、赤龍騎士団、白竜騎士団、双方前進! アレーヌ卿に続け!」


「勇ましいお姿、遂に初陣を果たせて爺は嬉しゅうございます。」


第2・第3波の騎士団は地響きを鳴らしながら前進し、アレーヌ卿の後に続いて敵陣内に突入していく。


挿絵(By みてみん)


楽勝ムードに王子殿下の周りが包まれる中、俺は冷水が背中をたれ落ちる様な違和感と共に鳥肌がたった。


一見してアレーヌ卿は6千の騎士の先頭に敵陣を蹂躙し、敵右翼本陣に迫っている。一翼の本陣が落ちればこちら側の兵の士気は崩壊し、勝利は確定する。アレーヌ卿を止められないのは明らかに見える。なのに、この違和感は何だ?


アレーヌ卿が突破した地点から敵左翼本陣までの防御は盛大に崩れた様に見える。だが、その快進撃の両側の丘の上の弓兵は健在。弓兵は乱戦に参加はできないがアレーヌ卿の手勢が左右に展開する事を阻み続けていて、組織的抵抗を辞めていない。やや疲弊してきたアレーヌ卿の軍勢は中央を前進し、その後ろから2つの騎士団が加わり、長細い敵陣内を進む蛇の様に進み始めている。


突然雷に打たれた様な気づきがあった。丘の頂上は下からは死角だ。それも、両側の丘の頂上はそれなりに広い場所が広がっている。


もし、丘の上の陣に兵が伏せられていれば、これはアレーヌ卿はかなり危ないのでは? 何か言うべきか? 一兵卒がそんな事を殿下に忠告できるのか? するべきか?


その時、エルフ陣内より「プゥアー、プゥアー、プゥアー」と言う独特の音色のラッパが吹かれ、アレーヌ卿と相対する敵本陣が動いた事が明らかになった。同時に


「ウラーーーー!!!!」


と言う歓声が上がり、多くの旗が丘の上で掲げられた、丘の上で戦っていた弓兵の後ろに茂みの中で伏せていた重歩兵騎士団が姿を現した。


エルフ陣内奥深くに前進していたアレーヌ卿の背後へと両翼よりエルフ軍最強の重歩兵が襲い掛かった。


挿絵(By みてみん)


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中世ヨーロッパ豆知識#6:歴史上の騎士団(Order of Chivalry)は元々は騎士による宗教団体の結束より生まれました。騎士が共通のキリスト教上の理念や解釈より、騎士同士が守ると決めたルールや秩序より宗教的な考え方より生まれ、11世紀の十字軍等に参加したテンプル騎士団等は代表的な例です。


その一方で宗教的意味を持たない戦士団と言う考えが北欧では中世初期から存在し、ヨムスヴァイキング(ヨーム戦士団)等が10世紀~11世紀には活躍が有名です。


徐々にその二つの考えが西ヨーロッパでは混ざり合い、徐々に宗教的な意味合いを持たない、主君に仕えるだけの軍事組織や単なる名誉勲章としての騎士団も中世中期以降には生まれていきます。例えば、イギリスではガーター騎士団として設立された名誉騎士団は現在もガーター勲章として現存します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 挿絵があって分かりやすい。
[良い点] 王様の得物が金棒!!
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