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第4策: 猪の挑発

「人馬一体」


 人と馬の動きが同調し、互いに支え合い、一つの目的の為に動く。


 その流れる様な美しい動きよりエルフ騎士の槍は王国代表の人間の騎士の防御をいとも簡単に掻い潜り、美しくも残虐的に兜を貫き、鮮血を宙に舞わせ、一つの絵画の様な光景として一方的な「殺人」を芸術にまで引き上げた。


 演舞の贄として捧げられたのは非業の一人の若い騎士。


 その一撃が撃ち込まれるたった数分前。


 エルフ騎士ジョン・グラリー伯が決闘への挑戦をランシア軍に言い渡した直後、敵陣営を見渡せる丘の頂上に居た俺とベルトランのに向かって後ろから隊長が馬を走らせて丘を登ってくるのが見えた。隊長の後ろからはゆっくりと嫌でも目立つ熊の毛皮のクロークを鎧に巻いた男が数騎の騎士を引き連れて馬上で近づいてきていた。


 先に頂上に到着した隊長は下馬し、


「おい、先鋒隊将軍の『熊殺し』アレーヌ卿が向かって来ている。豪傑だが大変な癇癪持ちの方だ、礼に気をつけろ!下手をすれば二人とも簡単に首を飛ばされるぞ。」


 俺とベルトランも急いで下馬し、ピンと背筋を伸ばして槍を持った右手を後ろに回して敬礼を取る。


 隊長がアレーヌ卿に対して礼を取って出迎える。


「アレーヌ卿、前方までのお自らのお越し痛み入ります。」


「お勤めご苦労。で、何じゃ、あの痴れ者は?」


 兜を脱いだアレーヌ卿と呼ばれた男は背丈こそ平均程度だったが丸禿げた頭にモジャモジャの真っ黒な口髭、生き物の様に喋ると共に動く太い眉毛は独自の生物の様で、猛獣の様な印象を受ける40代後半の男性だった。熊皮を被らなくても熊って呼ばれそうだな・・・・


「先ほどよりエルフ陣より単騎で乗り出し、名乗り上げて、挑発を繰り返しています。ランシア王国には臆病者しかいないのか、と。ジョン・グラリーとか名乗っていました。」


「知らんな。20年前の戦役では出陣できなかった若輩か、名を上げられなかった身の程知らずか。しかし、ここまで言われて挑戦を受けなければ士気にかかわるな。どれ、ワシが。」


「お義父さん、一軍の将としてそれはあまりにも。あんな身の程知らずなど私にお任せください!」


 護衛としてついてきていた若い騎士が勇み出る。無装飾に熊の毛皮を被せた将軍とは似つかない、白銀の白百合が多数装飾された鎧を身につけた、サラサラなロングの茶髪の美男子だった。同い年の二十歳かそれ以下って言ったところかな?


 熊の様な男の表情が緩む。


「おお、婿殿、度々のトーナメントで見せた馬上槍の腕前、今こそ役立てる時ですな。初陣に一騎討ちでの勝利を飾って来て娘を喜ばせてくだされ」


「婿殿」は白銀の翼が装飾された派手な兜を被り、槍を構えて白馬でふもとに降りて行った。


 二人の騎士は一騎打ちの礼儀に沿った槍をかざす合図を行い、25トゥワーズほどの距離まで馬を歩いて接近させると、ほぼ同時に馬を走らせた。


 全力で突進する軍馬は50km/hほどのスピードにも達するので、交差時には100km/h以上の速度で二人の騎士は相対する事になる。盾を片手に持ち、重い馬上槍を片手だ構える場合、狙い通りに槍を当てる事の難しさは俺も練習場で経験している。


 鎧と盾で身を守られた騎士の急所などはそう多くは無いし、わずかな盾から外れた肩や胴体の一部、もしくは兜などぐらいしか当てられる場所などは無く、非常に技術的に難しい。


 なので通常、ジョストなどの練習試合では何度も繰り返されないと落馬による勝者の決定が起こる事は基本的に無い。


 誰もが一回目で勝負がつくとは思っていなかった。


 しかし、グラリー伯は人馬一体が如くの流れるような美しい動きで馬の走りが槍先にまでつながり、「婿殿」の頭蓋骨を兜ごとに見事に槍で突き刺した。


「む、婿殿~~~~~~!!!!!!」


 熊の様な男に似つかわしくない悲壮な甲高い絶叫を上げ、大きな涙と呆気にとられた表情となった。


 エルフ騎士グラリーは相手の頭より抜けなかった様で馬上槍を手放し、優雅に馬を回転させ、血まみれの死体に向けて剣を天に向けて抜刀し、胸にあてて敬意を示した。


 騎士グラリー伯は血で染まった槍を敬礼として「婿殿」の遺体に向けてかざし、


「勇ましく、名誉ある騎士の死であった。が、しかし、ランシアの代表の騎士とは技量とはこの様な物か。失望した。この戦は名誉の高みを目指す事は難しい物となりそうだ。」


 と言い放ち、悠々毅然と自陣に向けて馬を進ませた。


 追撃も背後から不意打ちも絶対的に許されない熊男アレーヌ卿は歯ぎしりをし、顔が紫色へと変化していき、血管がドクドクとはち切れそうにまで見えた。


 熊オヤジは突如補佐官へと馬を向けた。


「出陣じゃあ!出陣の角笛を吹け!!!!」


「閣下! なりませぬ、王陛下より主力到着を待ち、決戦は明日の休息を取らしてからと軍議で厳命が。」


 副官らしき人が横からあわてて止めに入るが、


「黙らっしゃい! あそこまでコケにされて引き下がれば、それこそ兵の士気に甚大な影響を及ぼし、王陛下が到着した時にどうして顔向けできようか。王国の、王陛下の名誉や武威の為にもここは出陣以外の選択肢等無いわい! 陛下からも状況に応じて先鋒将軍としうて判断に任んぜると仰せつかっている。ここは我が青龍騎士団のみでも敵陣の一角を崩さねば陛下になんと申し開きできようか?」


「殿、せめて先に弩兵部隊の展開を」


「ぐぬぬぬぬぬぬ、急がせろ!」


 俺は血の気が顔から引いていく感覚が明確に感じ、口に出せずとも


「嘘だろう、何でこんな簡単な陽動に」


 と言う思いでいっぱいだった。


 隊長は地面に視線を落としながら一言も発していない。ベルトランも無表情を維持しているが、長年の付き合いから心情は手に取る様にわかった。この馬鹿オヤジのせいでこれから人が多く無駄に死ぬと言う事は多分この場の誰しにも理解していたと思った。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 出陣の合図となる大牛の角笛が「ボー―――、ボーーーーー」と吹かれ、出陣を予想していなかった陣内な大混乱となっていった。


弩兵部隊クロスボウ前に整列! 弩兵部隊前に整列!」


 と騎士見習いの伝令役が大声で伝えて回っている。


 驚きの命令に弩兵たちが戸惑いながらも隊列を組み始めている中、一際に大きな声が場の空気を切り裂いて鳴り響いた。


「冗談じゃないよ!」


 力強い女性の声に多くの周りの人が目を見張った。


 180cmはあろう長身、しなやかに鍛え抜かれた戦士の筋肉、プレートメールの胸当てに鎖帷子や革鎧を組み合わせた機能性重視の軽装の防備、背中まで届くほどの長い編み込まれた黒髪が後ろに結われていた。その女性の瞳が怒りで燃えていた。


「今出陣しろ? 馬鹿言ってんじゃないよ。上の人を呼んできな、あんたじゃ話にならないんだよ。明日の出陣で今日は陣営防衛だけって言ってたじゃないか。今出るのは無理なんだよ。ウチの隊だけじゃない、弩兵部隊はみんな同じ事を思ってるよ!」


「何事じゃ。」


 騒ぎを聞いて熊オヤジ、もといアレーヌ卿が割り入る。


「あんたが指揮官かい?」


「女、何じゃその態度は。わしはこれでもアレーヌ侯爵青龍騎士団長、先鋒将軍じゃぞ。言葉を選ばんかい。」


「あたしはランシア王国民じゃないよ、自由都市メッツァーノ市民、契約兵団(コンドッティエーレ)星の団の団長ルギエラ・ゼノよ。傭兵契約で命令を聞く義理はあるけど、ランシア王国の身分を尊重する契約内容は無いよ。」


「自由国民の傭兵風情がのう。自由国民には契約は絶対じゃろ。傭兵なら契約に従え、出陣じゃ。」


「あたしら傭兵で矢の的じゃないんだよ。弩兵は装填に時間がかかるのは分かってんのかい? パヴィス盾、いわゆる大盾が無いと弓隊に太刀打ちできないんだよ。出陣は明日って言われていたから大盾はまだ荷駄車の中。届くまでは展開は論外、まだ数時間は待ちな。」


「たわけが! 我が軍の弩の射程は150トゥワーズ(300m)。20年前の戦役で何度もエルフと戦ったわしは良く知っている。奴らの弓は精々100トゥワーズ(200m)が限界じゃ。150トゥワーズの距離から何度も敵陣に矢を浴びせればよい。敵弓隊が陣内から出陣して前進してくれば最後、わしら重騎兵が薙ぎ払う。」


「分からない人だね! 戦場じゃあ何が起こるのかは、誰にもわからないからの防具なんだよ! 明日まで待てば万全だって言ってるんだろ。」


「黙れ! 出陣じゃ! これ以上の議論は無意味じゃ、命令違反と契約違反とみなしてギルドに報告しても良いぞ。150トゥワーズじゃ。150トゥワーズから今持ち前の矢を撃ち尽くすまで敵陣に射かけよ。さすれば陣内に戻って我ら騎士団が敵陣の一角を勝ち取って見せる。」


 舌打ちをしていかにも納得がいかないと言う表情でルギエラと名乗った女性がテキパキと兵士に指示を出し始め、彼女の部隊も弩兵の戦列に加わった。


 晴天の見渡す限りの青空だったのが西風の強風が吹き始め、徐々に大雲が西空よりゆっくりと影を戦場に落とし始めていた。


 王国兵達はぞろぞろと陣から展開して行き、横列の陣形を組み始めた。弩兵、重騎兵、歩兵たちが陣形を組み始めるのを丘から見下ろす俺の中では胸騒ぎが続いていた。



挿絵(By みてみん)

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中世ヨーロッパ豆知識#4:トゥワーズはフランスのメートル法を使用される前の基本的な長さの単位。英語ではヤードと値し、成人男性が両手を広げた指先から指先の長さをおおよそに表す単位だったそうです。1トゥワーズ=6ピィエッド=72プーセ。


トゥワーズの他にもっと大きな単位では「リユ」(およそ3km)も本作では登場し、リユ(Lieue)は「仏里」(ふつり)と訳される事もあります。リユと言う単位はややこしい事に時代によって変動して、時には3.2km、3.9km、4.3km等と時代によって変わります。


本作はリユ・アンシィアン( Lieue Ancienne) を単位として利用し、フランスで1674年まで使われていた中世時代でも利用された単位を使っています。3.2kmほどですが、おおまかに3kmとしています。


1リユ・アンシィアン=10,000ピィエッド=1666.7トゥワーズ


と言う計算になります。


本作では時代・世界設定ってことでメートル法では無い用語で長さや重さを登場人物が形容する様に描写しています(が、主人公はメートル法で認識しています)。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 中世ヨーロッパ豆知識、距離の単位が勉強になって、よりリアルに感じる。
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