第26策: 旧知
ノルド公の息子と言われたアルマ伯を冷たく跳ねのけた殿下の表情は凍り付いたままだった。
「あまり殿下らしくない臣下の扱いでしたね。」
殿下は無表情を維持しながら橋の上を馬を進めていった。
「そう見えたか。」
「普段、どんな身分でも温厚に扱い、労いの言葉を欠かさない殿下が、あのような。」
殿下は空を見上げ、ふーーーーーーーと息を出した。
「いや、お前の言う通りだ。あの態度は事態を悪化させかねぬ物。すぐにでもノルド公と息子のアルマ伯には王都防衛と政治安定に尽くしたとして、とっておきのワインの数本も王室庫より手配させよう。ただ・・・・」
「ただ?」
「父の王位相続戦では中立を保ち、帝国への対立を除き、ほぼすべての父の政策に反対を唱えてきて、今回も貴族議会では真向から反対をされる事が今からも容易に想像がつくので、あの嘘くさいアルマ伯の笑顔と虫唾の走るあの蜘蛛を思うと・・・・頭痛の種の親子だ。」
「まあ、わからなくもないですけど。逆に仲間に引き込んじゃうってのはできないんですか?」
「引き込む? ノルド公をか?」
驚いたような顔を殿下が見せる。
「それは、議会で多数決を確保するためには色々と画策する必要があるのかなあ、と。」
国会みたいな物を想像していたけど。
「面白い事を言う。貴族議会で評決が取られる事は基本的には無い。公国議会ではそういう習慣があるそうだが、ランシア王国において王の決定は絶対だ。税も法も基本的に王の一任で決定される。」
「え、票が取られない? なら、議会ってなんの為にあるんですか?」
「貴族議会は王国の主要貴族が集まり、あくまでも王に勧告を行う場でしかない。」
「殿下、それなら別に誰も説得せずに殿下が摂政として新しい税を命じて、兵を集めろと新法を立てれば良いだけでは無いんですか?」
「ふふふ、そう単純の事が進められれば楽なのだがな。そう簡単にはいかないのだ。仮に私が貴族議会の勧告を無視して新税、新法を作り、金と兵を出せと言ったら、お前が反対していた領主ならどうする?」
「うーーーん、とにかく待ちますかね?」
「そうだ、命令しても、領主たちが従うとは限らない。従わない領主を罰するためには王の力が必要だ。貴族をねじ伏せるだけの力がなければ、王の威厳を損なうだけで終わり、王族の無力を示す結果になりかねない。」
「でも、小領主とかは従うしか無いですよね。」
「そうでもないぞ。小領主はその為に徒党を組み、大貴族の傘下に入れてもある。大貴族に兵、金、その他を渡す代わりに王が罰せようと動こうものなら、とりなす奴が出てくる。それが強力な力を持つ者なら、それ以上の徒党を王が持たなければ簡単には罰せられない。また、どちらも内戦などを起こしたくない為、事を荒げずに進めるには、かなり圧倒的な力を玉座に集中できなければ、改革や立法は夢のまた夢。」
「だからノルド公がやっかいなんですね。」
「その通りだ。王に反対する勢力は自然と王と敵対する大貴族の元に集まりやすい。この国ではノルド公は全国に父の政策を良く思わない小中領主がノルド公のとりなしを傘に王意を堂々と無視して、税の収めや兵の提供を渋り始める。逆に大した敵対をノルド公が見せない場合は王に逆らおうと考える無謀な者は珍しい。議会の場でどの程度に出し渋る事が許されるかを全国の領主が肌で感じ取ろうとするのが貴族議会だ。」
王の言う事が法も同然でも、王が何でもできるってわけじゃないんだなあ。
「どうですか、王族の苦労も少しは理解してきたんじゃないでしょうか?」
ビク!
「相変わらず俺のバックを取る事が好きですねえ、ウジェーヌ大尉。」
「いい反応を頂けるので飽きません。」
ウジェーヌ大尉がにっこりと悪びれずに俺の真後ろに馬上でいつの間にか付けていた。
「殿下、小官より報告でございます。殿下の予想通りにノルド公も殿下が摂政につき、貴族議会の開催を通知した時点で増税と兵役追加の立法に動く事は予想しているようです。」
「ノルド公は反対する構えか?」
「それが、小官の配下たちの調べによれば、決めかねているようです。息子のアルマ伯よりは強い反対が出ていて画策しているという報告がありますが、多くの諸侯はノルド公本人がどのような立場を取るかを見守っている状態で、まだ明確な指示が出ていないそうです。」
「条件次第では説得の余地があると。」
「は、その通りかと。複数の男爵や小領主から確認が取れましたが、ノルド公派はノルド公が立ち上る事が合図としているそうです。公が立ち上がれば殿下への『賛同』し、歓声を上げるべし。着席したままで動かなければ沈黙を守り、『反対』の意見を擁護する事を約束しているそうです。」
「そのような合図を決めるぐらいなら、まだ公も賛同か反対か決めかねているのは確実だな。ウジェーヌ、よくやった。何としても公の本意を知りたい、公が何を重視し、何に反対しているのかを引き続き探りを入れるように。」
「御意のままに、殿下。」
「で、話は変わるが、フッガー商会は?」
「商会長自ら交渉に5日前より到着し、王宮の来賓館で最上のもてなしを行っていました。」
「今も来賓館に?」
「到着して以来、来賓館の書斎にこもり切りです。常時何度も通達が届き、そのたびに手紙を書き続けています。」
「フッガー商会の座右の銘は時は金なりだったかな。ならこれ以上待たせて来賓にふさわしい正装に着替えるよりは、このまま戦から到着した様相で一刻でも早く会いに行った体を取ったほうが好印象であろう。」
「形より実を重視する御仁という考えには小官も賛成です。」
殿下は鎧姿のままマントを翻して馬から降りた。エリック大尉がテキパキと指示を出して兵は宿舎へと送っているようだが、俺とベルトランには殿下が続くようにジェスチャーをしてきたので、そのまま馬から降りて殿下の後を続いて行った。
王宮の正面門は石造りの城壁にて作られていて、外門の城壁ほどは高くは無く、明らかに遥かに古いつくりでもあったが、それでも8メートルほどの高さがあり、威圧的な作りとなっていた。
門は開かれていたが、衛兵が十数名立っていて、王子が門を通りに進むと整列を崩さずに敬礼を行い、瞬く間に中央に通れる道が開かれ、俺たちも一緒に進んでいった。
門をくぐると中庭のような広間に出て、前方には大きな金箔や石造で飾られた大きな館が広がっていて、明らかに王宮の本堂と見える大きな建物がある。左には話で聞いた事のある有名な聖アントン教会がある。王宮の外にある巨大な女神大聖堂とは比較にならない小さな教会だが王国最古の教会の一つと言われ、図書室には多くの重要な文献などが保管されているらしい(俺はちょっと見てみたいが・・・)。
キョロキョロと観光客がごとく見回す俺やベルトランに意にも介さず、殿下は本堂へとずんずんと進んでいったので、俺たちもあわててついて行った。
軍事的な正門とは違い、本館に一歩踏み入ると華やかさと文化を演出する大広間が構えられていた。ピカピカに磨かれた赤茶色の木製の床、高い聳え立つ石造りの天井。大広間の両側は大きな窓が開かれていて日光が広間へと差し込み、両側のにはかけられている美しいタペストリー、壁からかける織物のアートが並んでいた。
左を見るとランシア王国と王家の歴史を描写するタペストリーが並んでいて、帝国からの独立を率いた初代アレク1世、王国を強化して統一を成し遂げたジャン2世などの歴代王を描写し、騎士のいでたちで槍を構える現王シグベールまでかかっていた。
一方で右を見ると女神信仰に関係する宗教的なモチーフが描かれていて、女神の降臨と昇天、預言者や大司教、神話時代に竜と戦ったとされる聖人などのタペストリーがあった。
しかし、俺の目は右側の最奥のタペストリーに目を奪われた。
魔女のようないで立ちの黒衣の女性が手を振るって多くの民衆が苦しむシーンが描写され、その下に後光が描かれた騎士の鎧を着た女性が剣を振るって民衆が手を取り合って喜ぶタペストリーだった。
「大魔導士マルジンの預言のタペストリーを気に入ったのか?」
はっとすると、王子が先に進もうとしていたのに、立ち止まってタペストリーを見上げていた自分に気づく。ベルトランが田舎者は仕方がないなあと言うようにちょっとニヤニヤしているのがムカつく。お前もだろうが。
「お待たせして申し訳ございません、殿下。」
「いや、良い。私も気に入ったタペストリーの一つだ。70年近く前に祖父殿、長寿王ジャンが作らせた物と言う。『王国は悪女によって失われ、善女によって救われる』と言う200年も前の預言者の言葉だ。いまだに魔導士マルジンの言葉を信ずる人は少なくもなく、吟遊詩人にも人気のテーマであり続ける。」
殿下は小声で
「願わくば、私が預言された悪女でない事は祈るばかりだな。」
声を戻し、
「ともあれ、客人をこれ以上待たすのも得策ではあるまい。」
「これから会う人は王子とて待たせる事を気にするほどの人なのですか?」
「フッガー商会は大陸で最も力を持つ商会だ。フッガー商会は単一で大国による戦争にかかる費用を丸ごと貸し付ける事ができる資金力を持ち、商会全体の収益は大国の税収を匹敵するという。現商会長のフッガー氏は一代で鉱山、香辛料、そして金貸しとして莫大な資産を築き上げた人物だ。フッガー会長は帝国の皇帝に貸した金を早く返せと催促文を送った事すらが許される唯一の人物だ。」
「と、言う事は・・・・」
「その通りだ。私は今すぐに行動に出るには資金がもっと必要なので、フッガー氏に大金を借りる必要性があり、フッガー商会以外にこれだけの規模の金を借りるアテはほぼ無い。十数商会と交渉してちょっとづつ借りていては時間がかかりすぎる。できれば足元を見られずに、以後のランシア王国の商権などで折り合いをつけた交渉に持ち込みたい所だが。」
殿下は大広間を右へと横切り、横へと通路を歩いて行くと、さまざまな美しい花や石像が置かれた庭園を挟み、賓客が置かれる別館へと通じていった。護衛の衛兵が扉を開くと、執事らしき男が出迎えてくれた。
年は20代半ばほどの少々年上、長身でサラサラな黒髪が後ろに束ねられていて、大きな目と整った鼻、いかにもハンサム青年執事ってイメージの男だった。
「殿下、お待ちしておりました。」
「ベラミー、こっちに居たのか!」
殿下の顔がパーーっと明るくなった。ん?何かいきなり執事がいけ好かないすました顔つきに見えてきた。
「は、ぜひ後に武勇伝のほどをお聞きしたいですが、今はフッガー会長のところへと急がなければ。」
「ああ、後で頼む。良かった、王宮でごたごたしていると聞いて、別邸などに出されているかと心配したぞ。」
「殿下のお世話は是非に僕よりとお願い申し上げていましたので。フッガー会長はこちらの書斎にて。」
ニッコリとするベラミーと呼ばれる男は俺とベルトランにも扉を支え、優雅に中へと誘導されていったら、後から扉が閉じられた。
書斎は窓が開かれていて、日光より明るい印象を受けるかと思えたが、この世界では紙が高額であるにかかわらず、本、書類、台帳らしき物が山のように長い机の上に積み上げられていて、床には大きな紙が散らばっていた。
ん? 見出しが書いてあって、下には仔細の情報が書かれている。帝国のボーヘム地方では大麦が春の雨が少なく凶作が懸念。東国ではヘム族とアラヒム族の闘争が激化の為、香辛料北部ルートのリスクが倍増・・・・
これは新聞? この世界では初めて見た。
「その紙の価値が分かるのか坊主?」
「グンターおじさん! どうしてここに?」
ベルトランが喜んでかけより、低身長のドワーフのグンターおじさんを包み込む様に抱擁した。
「グンターおじさんってフッガー商会の関係者だったんですか?」
おじさんは気まずそうにボリボリと頭を掻いて眼鏡を整えていた。
俺はグンターおじさんを真っ直ぐ見て
「グンターおじさん、俺らが子供の頃からずっと何度も会ってますけど、いままで母さんからもグンターさんと呼ばれていて、今まで苗字と聞いた覚えが無いんですよね。」
グンターおじさんが何も言わずに俺をジッと見ている。
「グンターおじさんは、やはりグンター・フッガー、フッガー商会の会長なんですよね。」
グンターおじさんがちょっと天井を見上げたのち、
「ああ、その通りだ。」
俺は殿下とグンターさんを交互に見て、
「殿下、これは殿下の予想通りなんですよね。俺らを連れていく事がメリットになるって話である程度予想はついたんですが、これで確信しました。
お師匠が王国の政治の中枢に過去に居たってのはまだ偶然かも知れません。でもお師匠に加えてグンターおじさんまでも大陸を左右するような商人ってなら偶然では納得出来ませんし、殿下が予測できたってのも納得できません。
殿下、グンターおじさん、何故俺とベルトランは蚊帳の外なんですか? 何を俺たちから隠しているんですか?」




