第25策: 蜘蛛
俺、ベルトランと殿下は馬上で護衛衛兵に囲まれ、長い兵の列の先頭近くを進んでいた。
「貴族って現金なんだなあ、勝ったら手のひらを返してこんなにすぐに協力的になる物か?」
ベルトランが素っ頓狂な声を出す。
って、お前も一応貴族だろうがってツッコミを入れたくなるが、まあ気持ちは分かる、公国軍がナオネトから撤退して数日の内にあれだけに協力を拒んでいた北西部の小領主たちはこぞって殿下の元に忠誠を誓いに訪れ、次から次へと数十人から百数人の部隊を預けてきて、瞬く間に2000人の一つの軍が集まった。ついこの間までルギエラの傭兵とエリック大尉の衛兵、150人だけで戦っていたのが嘘みたいだ。
殿下が微妙な表情で
「まあ、そう言ってやるな。領主、特に小領主は悩みどころも多い。自分や家族はもちろん、配下やその家族、領民なども守るべき存在がある割には、自らの力は比較的に弱い。軽率に政治的判断を行い、誤ったら一族郎党が路頭を迷い、全てを失う。慎重にもなるさ。むしろ、王国軍が離散して父上が捕らわれてもすぐに領主たちが公国の味方に殺到しなかったのは忠誠心の現れだと思いたい。」
忠誠心かあ。殿下の信用するステララキオス諜報大臣が怪しい動きと言動を決戦の前夜に行っていた・・・と思うけど、自分でも意味がわからないし、報告する事すら難しい。
怪しいとは思うけど、何もつかまずに不用意に殿下に言ったら俺が逆に疑われる可能性、殿下や側近たち全員が不必要に疑心暗鬼となる可能性、大臣が本当に裏切っていた場合は何等かの対処の手を打ってくる可能性。
「現状ではメリットは無しか。」
ツーーーーーと首の後ろに感触が横切る
「だああーーーーーー?!」
「おやおや、隙だらけですよ、ヒューゴ殿?」
「それ現れるたびにやるのはやめてくださいって言ってますよね、ウジェーヌ大尉!」
「ホホホホ」
コイツは・・・・ でも、今のところはウジェーヌ大尉は疑いどころは無いし、報告が常に正確で精度は高かった。そもそも、ウジェーヌ大尉が敵だったら、敵を殿下を捕らえられるように誘導することも、我々を罠に嵌める事も容易だったはずなのに、我々に助力したと言う事は疑うとしたら上司だけか。
「何ですか、ヒューゴ殿。ちょっとだけ怖い目になっていますよ。」
「いや、何でもないです。すみません。ウジェーヌ大尉は名前以外はほとんど何も知らないんですけど、少し身の上話をしませんか?ウジェーヌ大尉はどうして諜報官の道を選んだんですか?」
「ヒューゴ殿に興味を持たれるとは! うーーーん、選んだと言うか、私は王都の孤児院に幼児の時に預けられた生まれなんですが、ステララキオス様に幼少で引き取られて、諜報活動を叩き込まれましたので。」
似つかわしくない、しんみりとした顔でウジェーヌ大尉は語りだした。
孤児でステララキオスが事実上の育て親ともなれば、王子への忠誠心よりステララキオスへの忠誠のほうが高いと言う事になるのか?
「と、言うのは嘘です。」
嘘なんかい。
「ははは、すみませんねえ、敵を欺くには味方からとは言うでは無いですか。諜報員はそうホイホイと身の上を語ると危険がいっぱいなので、あまり語れないと言うか?」
相変わらず食えない男だけど、なんか信じたくもなる何かもある人なんだよなあ。王子を裏切るとは考えたくないけど。
「殿下、ステララキオス様の命で小官は王都政治情勢をまとめた報告書を用意しました。」
「いつもありがとう、ウジェーヌ大尉。できればおおざっぱな情勢はここのヒューゴやベルトランにも聞かせておきたい。彼らにもわかるように簡単な説明を頼む。」
「御意に、殿下。現在王国の政治情勢は4つにわかれました。まず、一番の問題が南西、グレンウッドの森の付近の領地です。王国軍の大敗により、諸領主は領地を守るすべを失い、ほとんどが公国側へと寝返りました。頑固に屈服を拒んだ少数の男爵などは領地を捨てて王都へと逃げてきた者もいます。小城に立て籠もって籠城した者もいますが、交渉して領地安堵の約束を取り付ける方便のようで、本気で抵抗する南西の王国側の領主はほぼ根絶やしとなってしまいました。」
「王が領地防衛の責務を果たせぬ以上、寝返りは致し方がないところもあり、情勢が王国に向けば説得が能う者も多くいよう。それはさておき、忠誠を示した男爵などは手厚く迎え、特段に良い居住などを用意するように。」
「御意に。次に北西ですが、こちらではナオネトの戦いでの殿下以下の軍の活躍により、公国軍を退けたとの報は瞬く間に全域に広がり、様子見をしていた諸侯がこぞって殿下につきました。公国側の度が過ぎた殺戮や略奪が事実である事もあり、公国に対する不信感を煽る噂を我が配下が積極的に広めていますが、事実であるがために根付きやすい事もあります。王子の後ろ盾となってくれています。南東は現在は揺れ動いていて、貴族の世論は定まっていません。中央の情勢をうかがって日和見をしている領主が大半です。」
「北東のノルド勢はどうだ?」
「ははっ、ノルド公は相変わらずです。帝国への備えが重要の一本張りで、その姿勢は崩さず。裏では公国との和議を勧める根回しも進めているようで、殿下とは政治的対立の意向のようです。」
「やはりノルド公は北東よりは出ぬか。」
「お父上の時も敵に回らぬも、北東より離れず中立を守り通したノルド公でしたので、今回も中立を守るつもりかも知れません。」
「ノルド兵が出てこなくても、せめて特別税だけでも飲ませなければ。」
この辺ですでにベルトランはポカーンと置いてきぼりにはなっていた。
「殿下、つまり南西は公国側、北西は殿下のお味方、北東のノルド公は敵対、南東の諸侯は日和見、でいいですか?」
「その通りだ」
ベルトランがようやく納得した表情になった。
「殿下、この王都に向かっているのは、どういう目的なのでしょうか?」
「ああ、まだ詳しくは話していなかったな。当然ながら兵は1戦を交えるために引き連れているのではなく、北西部の諸侯が味方についた事を誇示するパフォーマンスだ。今回の戦場は私の分野が主になると思う。つまり、政治だ。」
ベルトランがちょっと元気が無くなっている。
「では、我々が王都に付いていくのは?」
「まず、私には現在信用できる武人が少ない。ベルトランのような信用に足る腕利きの護衛は頼もしい。」
あ、ベルトランが復活した。
「私に必要なのは3つの事だ。まず、自由都市商人ギルド長と会見し、自由都市商人から当面に必要な活動資金を王冠を質入れしてでも借りる。次に中期的な資金の目途を立たせるために大議会で特別税の必要性を諸侯に認めさせる。最後に王国軍再建のために特別兵役を諸侯に受け入れさせる。」
「その間の護衛と警備を行うのが我々の任務であると。」
王子は少々複雑な表情で俺とベルトランを見あ渡した。
「・・・・私はお前たちが商人ギルドの説得に役立つ可能性が高いとみている。理由はまだ言えない、確証は無いので。」
「それはどういう意味ですか?」
「恐らくギルド長に会えば分かる。」
知った顔が待ち受けている予感しかしないが、それがどういう事を意味するのか全くに分からない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
モンメラク町から王都へは本道を通れる事もあり、さすがによく整備された道よりはそれなりの規模の軍とてスイスイと滞りなく進める事ができて、100リユ(300km)以上の道筋を数週間で進め事ができた。恐らくもっと早く進む事も可能だったように思えたが、殿下は考えがあるらしく、度々貴族の小城や館などにも立ち寄り、少数ながらも兵が加わり続け、王都に着く頃には殿下は2500ほどの兵を引き連れていた。
そろそろ王都に着いてもよい頃かなあ、と思っていたその時、丘の上に到達したベルトランが
「おおおおーーーー! あれが王都かああああ。」
ケレン味の無い、田舎者まる出しのベルトランの素直なリアクションにすでに打ち解けた王都に見慣れた騎士や衛兵たちが笑い、ベルトランの背中をバンバン遠慮なく叩く。
そのやや後ろを護衛兵の円陣の中で馬上の殿下の横で馬を歩かせていた俺もしばらくして丘の頂上に差し掛かると、王都ルテシアの全貌が見渡せる絶景に差し掛かった。
話では聞いたことがあった。
王都はセクアナ河に分断され、北岸と南岸に居住区が分かれている。南岸の方が遥かに発達していて、南区の方が北区より2倍ほども大きく、明らかに発展している。
[王都ルテシア 地図]
中心には河の中にある1kmほどの長さの大きな島があり、パリシア島と呼ばれ、王宮、王国大聖堂、貴族議会議事堂などの重要な機関が集まっている。住民や商人は北区と南区をつなぐ橋を利用し、パリシア島を経由して行き来する。
通常、商人の船が常にセクアナ河を上下しているが、有事には何重もの大鎖で壁の間の河を止めるようになっている。城壁は8メートルの高さで、4-5メートルしか無いナオネトの城壁とは比較にならないほどの壮大な物。
だが、話で聞くのと、実際に見るのではやはり大きな違いがあった。驚きの声を上げたベルトランの気持ちも良く分かった。東京などとは比較にならないけど、こっちで俺たちの育ったナオネトの5倍・・・いや、10倍は大きいのか?もっと?
実際に近づいて行くと、人、人、人。商人や商人の使い、農民の馬車やキャラバン隊の荷駄車、石造りの道を子供の群が駆け巡り、早朝の朝市へと向かう時間でも無いのに大変な賑わい。
しかし、ランシア王家の紋章である青地に黄金の太陽を太陽旗を掲げる軍が近づくと、王都の衛兵たちは驚くべき速さで道を開けさせていった。
王都の住民たちには殿下が小勢をもってエルフの大軍をナオネトから追い払ったと言う話はすでに行き渡っていたようで、
「殿下万歳! 王家万歳!」
と王子の軍が通り過ぎる間に叫ぶ集団も少なくなかった。
しかし、クレシアの戦いでの大敗と何よりも常勝無敗で威厳を体現したようなシグベール王が捕らわれたと言うショッキングな事実、およびに十代の若輩の王子に国運が任されたと言う事実に不安を隠せぬ人々の陰りのある表情の多さが肌で感じられた。
特に住民とは交わる事はせず、殿下の軍勢はそのまま王都中央、王宮や議会堂のあるパリシア島へと王都ルテシアの本道を通り、街並みの中を通って向かった。
「おーーーここから王家の島へと渡るのか、これは聞いた覚えがあるぞー!」
ベルトランが喜々として言うが、俺でも気持ちはわかるほどに有名な光景で、ガキの頃からグンターさんなどの商人から聞いた事が何度もあった。
王家の本拠であるパリシア島への橋は壮大な木製の大橋が掛けられていて、下には荷駄を積み上げたかなり大きな川船が通り過ぎていくだけの高さがあった。
王子の軍が向かっていると言う報告が出ていた模様で、橋は通行禁止とされたようで、多くの商人が荷駄者を横に避けて待っている。橋の中央には数十人の騎士の護衛を連れた一人の40歳前後に見える金髪の男が立っていた。
ランシアで一般的な後ろに束ねた長髪に加え、男には冷ややかな目、そして不気味としか言えない笑みを浮かべていた。金髪の男の横には二人の執事がたっていて、重そうな何かガラスでできた大きな水槽のような箱を抱えていた。
金髪の男の手には小さな生きたカエルを足を指でつまんでいて、カエルは逃げようと激しく動き回っていたが、意にも介さず、金髪の男はカエルを箱の中に落とし、執事たちはサッと天井をふさいだ。
緑色のカエルは土や落ち葉が敷かれた箱の中に落ち込み、一瞬周りを見回すように箱の中で落ち着いた瞬間、バっと落ち葉の中が黒い影が飛び出た。
カエルに襲い掛かったのは、成人男性の手よりも大きい、30cm近くはあるかと思わせるほどの大きな蜘蛛がカエルに飛び乗り、カエルは痙攣したのちすぐに動かなくなった。
金髪の男は愛でるような声で
「おおおお、よしよし、腹が減っていたようだね、遅れてすまなかった、よくお食べ。」
と言ったらハッとしたように王子の方を見て、
「これはこれは、王子殿下、王都へとご無事でよくお帰りなられました。臨時にて摂政を務めておられる父君の代理にてお迎えに上がりました。」
蜘蛛へと向けた笑みと比較して、凍り付くような笑顔で挨拶を述べたその男が心底に王子の無事を苦々しく思っている事がひしひしと伝わってきた。
「迎えをご苦労だ、アルマ伯爵フィリップ・ド・ノルド。父、ノルド公に王と王子が不在の中の事態での執政をご苦労。だが帰還したからには摂政の権限より貴族議会を明日には開くと通達が2週間前より届いているはずだ。」
左眉毛がピクピクと動いたが、アルマ伯と呼ばれた男は笑顔を崩さず
「もちろんでございます。やや早すぎる召集であるかと存じますが」
「アルマ伯、現状では公国軍はナオネトより退いたとは言え、王国の一角が占領され、我が民は危険にさらされ、我々は守ることすらままならない。一刻でも早く対処を行い、民を安堵させる事が我々の責務。開催日程は厳守させろ。」
「は・・・殿下の御意のままに。」
ギリと歯を食いしばるように返事をするアルマ伯に
「道を開けよ、アルマ伯」
と冷ややかな目で殿下が命じると、アルマ伯は凍り付いた笑顔を崩さずに歩いて道のそばへと動き、蜘蛛のガラス槽を抱えた二人の付き人も一緒に急いで移動していった。
「揺らすな、痴れ者! 食事中のベルちゃんが怖がるだろう!」




