第24策: 見知った顔
「大丈夫か、ヒューゴ?」
暖かい春の風が吹き抜ける櫓の上に一人で立つ俺の所へとベルトランが梯子を登って来た。
「・・・ああ。」
「あんまり大丈夫な感じがしないぞ。」
「まあ・・・そうかもな。」
「物見からの報告が入ったぜ。撤退の噂は確かだ。ナオネト港の陸路を封鎖していた軍は撤退したし、ここで俺達としばらく睨み合っていたグラリー伯の兵も引き払った。全部お前の計画通りだろう? お前は勝ったんだ。」
下では公国軍撤退の噂が広まっていて、確かな物と言う情報が入るや既に延会が始まっていたが、おれは加わる気にはなれなかった。
「計画にエリック大尉とその隊を全員死なせるってのは無かったなあ。」
「犠牲は戦場ではつきものだろうが。」
「俺のミスなんだよ。もうちょっと早くあれが罠だと気付いていたら、もう少し早く敵が何時間も移動していない意味に築いていたら、あの罠に踏み込んでいなければ。」
「お前が進んで策を提案しなければ私も含めて、この王国の首脳部が討ち死にし、王も捕らわれ、主要港が奪われて、南西の悲劇が全国に広がっていたかもな。」
予想外に殿下が櫓の上へと昇って来ていて、俺とベルトランはギョっとした。
「殿下、ここまでいらしていたのですか。」
俺とベルトランは手を背中に回して敬礼を慌てて取った。
「よい、楽にしろ。ヒューゴがエリック大尉の件で責任を感じてふさぎ込んでいると言う事はウジェーヌから聞き及んでいたので、出て来た。」
ウジェーヌ大尉め、余計な事を。殿下は会話を続けた。
「ヒューゴ、何んと言えばいいのか、うーーーーん。」
殿下は俺を慰めにわざわざ来てくれたのかな?
「うーーん、まあ、貴公は思いのほかに馬鹿なのだな。」
「・・・はあ?」
「いや、馬鹿は酷いか。思いのほかに・・・子供? 無知者? いや、そうじゃなくて。」
俺の横でベルトランが慌ててスト―――プと言わんばかりに手を振って殿下にジェスチャーをしている。見えてるんだが
ベルトランがデカいひそひそ声で
「殿下、落ち込んでいる時にそこまで追い討ちは。」
「いや、すまん、そういう意味では無く、ここまでの功績を上げられた将たる人物が将たる心構えの基本すら出来ていない無かったのは正直に驚きと言う意味だ。ヒューゴ、お前は理解していないのか? 師匠からは教わらなかったのか?」
「将の心構えの基本ってどういう意味ですか。」
「将の基本は部下の命を駒として扱う覚悟だ。」
「命を駒・・・」
「お前はこの話しを師匠、ド・レミィ大将軍からは学ばなかったのか?」
「そういう話しをお師匠がした事は俺の記憶では一度も無かったです。」
殿下は複雑な表情で俺の顔を見てため息を出した。
「なるほど、ド・レミィはそこまでも変わってしまっていて、教えられなかったと言う事なのかもな。」
「殿下、お師匠が変わったとはどういう意味ですか?」
「私が生まれた頃にはすでにド・レミィ老は朝廷より去った後だったので、これは私も聞いた話なのだが。父上がド・レミィ老を尊敬してやまなかったので、父上からはド・レミィ大将軍の活躍の話しを道中や夕食の時はそれこそ暗唱できるほどに聞いてきたので、ある程度人物像は私にもあったのだが、正直実際に会って少々驚いた。」
「驚いた?」
「ド・レミィは大将軍時代は部下や兵を冷酷に命令して勝利の為に過酷な命令も躊躇せず、氷の様に合理的な勝利への最短の道を歩む氷の将軍と呼ばれた人だ。部下からは常勝将軍として最強の名を元に信頼されていたが、兵や士はおろか、他の将とも酒を酌み交わしたりする事も会話すらほとんど無く、人とのかかわりあいを持とうとしない事で有名だった。」
お師匠が? 人と関わりを持たない? まあ偏屈であまり町とかで人と会う事は嫌っていたけど。
「父上が一度聞いた事があったそうだ。何故部下に酒やご馳走をねぎらいに送る事をあっても、自分で絶対に加わる事が無く一人で曝射で従者もつけずに飲み食いをするのか、部下と打ち解けた方が士気を上げる事ができるのでは?と聞いたそうだ。」
殿下がここでひとたび語るを止めて夜空を見上げた。
「で、お師匠は何と?」
「ド・レミィはこう答えたそうだ。兵は将を勝利へと道いてくれると信頼するなら士気は高い。しかし、将は将たるには必要とあらば兵を死地へと送る事を躊躇してはならない。その覚悟と用意が無く、躊躇するなら百で済んだ被害が千、
千で済んだ被害が万の兵を失う事になりかねない。将が兵を死なせる事を躊躇する事はあってはならない。」
「・・・・。なるほど。お師匠は何故この事を俺やベルトランには話してくれなかったんだろうか? やはり、俺達はお師匠の見立てでは将の素質が無いと見られ、見切られていたからかな。」
殿下が少し驚いた様に俺を見る。
「ヒューゴ、お前はそんな事を考えていたのか? お前は自分の師匠の心を全く分からない男なのだな。」
え、地味にキツいな、この姫様。
「殿下、お言葉ながら、お師匠の事をほとんど会ってまもなくなのに」
何が分かるんだと言いたかったのだが。
「お前の師匠が別れ際に私に言った言葉はお前たちには聞こえて無かったのだったな。悪かった。では、口止めされているわけでも無いので、私からその言葉を伝えておこう。
お前たちがド・レミィ老に復権と出陣を願い、お前たちの初陣を助けてほしいと願っていた事は私も知っていたし、正直に申せば老いたとはいえ、あのド・レミィ大将軍 を味方につけたい、または大将軍が再び出陣したという政治的な意味でも大きいとも思い、ダメが元々で再起を願ってみた。そうすると、ド・レミィ老は私にこう言った:
『殿下、私はもうヒューゴとベルトランの二人を配下として持つ殿下の将としてお仕えする事ができません。私は将の基本的な姿勢が保つ事ができないからです。』
ここでデ・レミィ老は深々と頭を下げ
『ヒューゴとベルトランは幼少より私が見てきて、私の孫同然。いや、私の心では私の孫です。この爺にとって、地位、名誉どころか、王国や忠義より大切な二人です。あの二人の為ならば喜んで殿下の首を差し出す儂は将の資格は持ち合わせていません。もはや、儂は戦えません。どうか、どうかあの二人をよろしくお願いします。』
だとさ。ド・レミィ老はその将の心構えは教えられなくなっていたのかもな。」
返事をしようにも俺の声は喉がでず、目が開けなくなり、俺もベルトランも静かにしばらくそっぽを向くほかは無かった。
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しばらくすると見回りの交代の兵士が登って来て、俺達は殿下と共に櫓から降りて、酒盛りを始めていて薪を囲むジオと数十人の衛兵や傭兵に近づいた。
オレンジ色に周囲を照らす薪の明りに皆の笑顔が映し出されていた。
「おお、策士のヒューゴ殿! 勇者のベルトラン殿、勝利の最大の功労者の二人が何をやっているんだ!」
ジオの酒臭い息がここから匂い、並々と注がれたワインの木のコップを手渡される。
殿下が手を挙げた事で周囲の人はピタっと会話を止める。
「皆、本当によく戦ってくれた。この窮地は王家の失態にも関わらず、皆は真の忠義を見せ、数倍の敵に立ち向かい、ナオネト港を救ったのは皆の功績だ。この戦いに参加した者には全員に農民兵、傭兵に関わらず、全員に漏らさず銀貨20枚の褒美を取らす事はここで約束しよう。」
「オオ―――――!」
しばらく興奮した声を出す皆が一通り喜んだ後、殿下は再び手を挙げ、皆が静まった。
「皆の知っての通り、最大の朗報は敵がナオネト包囲より撤退し、グレンウッドに向けて退却した事だ。だが、その他に3つの嬉しい知らせが届いているので、今から私に伝えさせてくれ。
まず最初にこの戦の最大の功労者の二人であるヒューゴ・ダラミッツとベルトラン・ド・ポルタワの両人に関する朗報だ。そち達二人の母親がナオネトにて包囲され、心配であったろう。双方とも無事であり、私の勅命より、以後ナオネトが敵勢より危険に冒された場合、王の賓客扱いとして伯爵の親族と同様に城郭最深部で匿われる様に命を出した。二人は私が危うい所を何度も助けてくれた。これから私が二人の母が安全でいられる様にさせてくれ。」
俺とベルトランは膝をついて、腕を背後に回し、感謝の意を伝えた。
「次に、我が陣営全体に嬉しい知らせだると思うが、エリック大尉が活きている事が確認された。士官として保釈金が提示され、私の使者がすでに保釈金を支払っている。明日にはエリック大尉と以下12名の勇敢な衛兵が帰還してくる。残念ながらに8人は戦死の確認が取れたが、その遺族は私が席んを以て世話をする。」
エリック大尉が生きていた。よかった!!!!
殿下も人が悪いなあ、駒と覚悟の話しをする為に今まで言わなかったわけか。どこまでも考えを巡らせる・・・・綺麗な人だな。焚火に移された殿下の顔に見惚れている自分が居た。
「そして最後に、ヒューゴとベルトラン、前に出ろ。」
俺とベルトランは焚火の横に立つ殿下の前に出た。殿下の目線より誘導されて膝をついた。
「ベルトラン。お前はクレシアの戦いで勇敢に戦って、私を危うい所で救い、以後私の配下を率いて常に先頭に立ってきた。また、ナオネトの戦いにおいて公国騎士アンドリュー・バーンを一騎打ちにて討ち取り、ド・モンフォール男爵を捕え、公国軍の最強の騎士グラリー伯と一騎打ちにて互角に戦い、王国の栄位を示した。ここにてその功績を認め、私、ランシア王国が第一王子アレクがここにベルトラン・ド・ポルタワを騎士と認め、我が直属の騎士として正式に認める。」
殿下は剣を抜き、ベルトランの右肩に剣を乗せ、そして左からに剣を乗せた。
「オーーーーー!」と俺も含めて皆が歓声を上げ始めると王子は手を挙げてそれを静止した。
「まだある、待て。ヒューゴ、お前は知恵を持って私の窮地を察し、私の窮地を発見できたのはお前の先見にあると聞いた。それだけでも大功に値する。しかし、それのみならず、お前の策より我らは小勢に関わらず、ナオネトを守り、モンメラクの民を救い、王国の北西全域が危険にさらされると言う最悪の事態を防ぐ事ができたのは、お前の出した策より行えた事はここにある人には誰にも分っていると思う。私はこの功績をこの『ナオネトの戦い』においての戦功第一とする。」
殿下が俺の前に動き、右肩へと剣を降ろした。
「この功績より私、ランシア王国が第一王子アレクがここにヒューゴ・ダラミッツを騎士と認め、我が直属の騎士として正式に認める。ヒューゴ、ベルトラン、これからも頼むぞ。騎士として立ち上がりたまえ。」
「オオオオオオ―――――!!!!!」
周囲から背中を叩かれ、おめでとうと言われ続けたが、ちょっとボ―――と呆けてしまった。
この世界に転生して20年、諸葛孔明の様な軍師になるにはまず騎士になる事が必要と理解していらい何年間もベルトランと一緒に騎士を目指して努力を積み重ねてきた。
師匠との厳しい修行、鎧磨き、馬の糞の山、騎士と言う地位に近づけているのかさえわからない毎日。それがいざそこに到達したら達成感より、むしろそこに自分が本当に立っているのかと言う、起きたら再び馬の世話の仕事が待っているのでは。あるいは、病弱な体で日本の病室に居るのではないかと言う気持ちが湧いてきた。
そんな時、ジオが酒臭い息を吹きかけながら腕を肩に回し、
「おい、わかってんのか坊主、騎士だぞ、騎士!」
ベルトランはもう一方から腕を肩に回してきて
「やったなヒューゴ、軍功第一だってよ。騎士の夢がかなったじゃねえか!」
ベルトランの満面の笑みを見ていきなり実感がわいた。
「・・・・騎士ってお前のおかげじゃねえか、馬鹿野郎。お前がいなかったら、俺の策は成り立たねえよ。」
「おお、照れるな!」
どこまでもストレートな野郎だな。
「いや、ベルトランも褒美の金も貰えるだろうし、お前の母さんの治療についても調べ始めるべきだろうな、その為に戦っているって何度も言ってただろう? 母さんたちに報告しに一度ナオネトに帰るか。」
「いいなあ、たった1か月ほどなのに、ナオネトに随分帰っていない様な気がする。ヒューゴの母上も喜んでくれると思うぜ。」
「本当に済まないが、お前たちにはすぐに次の任務へとあたってもらう必要がある。」
「殿下!」
「ヒューゴ、お前の予想ではこの敗戦により、この夏は大がかりな動きは公国軍はとれないとの事だったな。」
「は、この敗戦で海路・水路から補給が難しいグレンウッドから一気にナオネトを目指す事は無謀である事を思い知らされたと考えます。多大の資金・物資を投じてのナオネト攻略の失敗は公国とて手痛いと考えます。」
ベルトランが笑顔で
「なら、ナオネトはもう心配が要らないって事か、」
「残念ながらそう簡単でも無いと思います。ナオネトはあまりにも重要で、北東の要。私なら絶対に公国軍の支配下に置きたい場所です。」
「でも、補給線が長すぎるから攻められないって話なんだろう?」
「そうです、無防備の100リユ以上の距離を守りながら攻めるとなるとあまりにも困難。となれば、中継点を作る事を考えると思います。100リユ(200km)以上の遠路を全て兵で埋め尽くすのではなく、数リユごとに砦を作り、周囲の村を占拠して支配区域を広げ、深めていく事です。しかし、数十もの砦を作り、周囲の村を制圧し、兵糧を近隣まで運び入れるには半年以上は時間がかかると思います。すぐには状況は動かないと考えます。」
「よし、なら次の一手は私も急がなければいけない。政治と鉄は熱い内に打たねば、形を変える事はできない。公国軍のナオネトより退却と言う報と共に私はこの西の諸将の兵をまとめて王都へと向かう。王都は戦場とは別の意味で危険があらゆる場所に潜んでいる。信用できるお前たちには一緒に来てもらわなければ困る。里帰りの暇はかならず与える、が今は戦の中なので分かって欲しい。」
「御意です、殿下」
俺とベルトランは声を揃えて言った。
「王都は私の傀儡にしたいと考える蛇の巣靴の様な物だが、味方がいないわけでも無い。例えば、信用できる王都の人間にはウジェーヌの上司の・・・・」
「おや、拙僧のお話ですかな?」
「ラキオス! 来てくれたのか。」
殿下の顔がパ――っと輝き、ひょいと突如現れた長身の男へと走り、抱き着いた。頭には髪が無く、つるつるの禿げ頭。額には何年も悩み事を考えて来たかの様深いしわが刻まれていた。殿下に抱き着かれて一瞬表情が和らいだが、すぐに冷ややかな帆y上に戻った。
「殿下、はしたないですよ。王君たる者が臣下にかような態度を見せれば示しがつきません。」
「はい、ラキオス。ごめんなさい。」
「こちらの御仁がヒューゴ・ダラミッツとベルトラン・ド・ポルタワですね。ウジェーヌより報告で聞き及んでいます。騎士と配下にする意向だとも聞いており、拙僧も賛成です。」
「ああ、ラキオス、紹介させてくれ。ヒューゴとベルトランだ。二人はついさっき私が騎士にしたばかりだ。そして、こちらが王都ルテシアの大司教で父上が最も信頼する側近、諜報大臣のステララキオス。通所周りの人にはラキオス司教と呼ばれている。」
「どうも、お見知りおきを。」
とその男は小さく会釈して胸に手をおいた、女神協の司教の挨拶をした。
『よく調べてくれた。知っての通り、シグベールは王の器では無い。慎重に事を進めよ。』能吏に焼き付いた、クレシアの戦いの直前に闇夜で聞いた言葉が頭の中で再生される。
異様に高い長身と細い骨格。一本の頭髪も無いツルツルな禿げ頭。細目で少々相手を子馬鹿にした様な嘲笑の様な不気味なスマイル。
王国の大敗戦の前夜に怪しく密会をしていたのは間違えなくラキオス司教だった。
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中世ヨーロッパ豆知識#24: 中世期のヨーロッパにおいて、司教はカトリック教会では絶大な権力を持っていました。地域レベルの教会のお布施の管理を任されていたからです。なお、「司教」と言うポジションは神父でなくても持てる役職でもあり、貴族が収入源として息子をねじ込む事が多くなり、その役職の売買が行われました。
これに危機感を感じたカトリック教会の上層部は司教の「任命権」をローマ教皇にあると主張し始め、神父の結婚を禁止し、司教は神父でなければいけないと言う改革を試みました。司教職が代々受け継がれる貴族の役職になる事を防ごうとした事でした。
グレゴリオ教皇の大改革と呼ばれ、中世中期から後期にかけての「教皇」と「王・皇帝」の権力争いを触発しました。




