第23策: 豪傑
巨大なグレートソードを右肩から頭の後ろに持ち、馬上で直立不動で、片手は手綱を握っていた。ベルトランは赤茶色の愛馬フェリックスを全力で走らせ、自分の部隊をやや置き去りにと急速に距離を詰めていく馬上戦闘の常識を無視していた。武装も、装備も、姿勢も、馬の扱いも全てにおいて変則的なベルトランに対し、流れる様な動きでグラリー伯も自分の部隊から突出して無造作に距離を詰めて来る。
グラリー伯は基本に忠実に少し前鑑の姿勢で盾と片手で構えられる馬上槍が地面に平行に構えられて、銀色の槍先が日光に光っていた。グラリー伯の大きな白馬を全力で走らせていて、馬の脚力を槍に乗せて敵の鎧を貫く戦法の様だ。激しく上下に動きながら瞬時に敵と交差する瞬間に敵の鎧の弱点に槍を正確に叩き込むのは至難の業だが、今まで見たグラリー伯の技術より一撃で終らせる自信があるのだろう。
20トゥワーズ(40m)、10トゥワーズ、5トゥワーズと距離が詰められていく。
槍の間合いも入る寸前にグラリー伯が先に動く。馬上槍が腰の構えから槍先が適格にべうトランの顔面に向けてヒュンとあまりにも正確に向けられ、槍がベルトランの頭を貫くかと思ったその瞬間。
ベルトランはグラリー伯の一騎打ちを見ていてその攻め手を予測していたのか僅か。最小限に体を左と下にグラリー伯と交差する方向に逸らして槍の一撃の下を搔い潜る。両手でグレートソードを握りグラリー伯の左上から唸りを上げて大剣が斜め下にグラリー伯の盾で守られていない槍を握る右側の肩目掛けて振り下ろされた。
逃げ場が無く、ベルトランがグラリー伯の片腕を切り落とすかと思ったら、グラリー伯は瞬時に危険を察知し、大きく体勢を自らの右、ベルトランの居る方向とは逆に体を傾けながらに槍を上げ、手元の部分の槍の柄でグレートソードを受けた。
まるで包丁が豆腐を斬る様に大剣は木製の柄を斬り割いたが、固く太い木で出来ている馬上槍の柄を斬った事でベルトランの一撃の威力がやや削がれた。
ベルトランの剣はそのままプレートメールで守られたグラリー伯の右腕の内側の鎧にぶつかり火花をちらしながらじゃジャーーーーと音を立てて鎧の内側を滑っていった。大剣はようやく右肩の部分の鎧に激しく衝突し、食い込み、血しぶきが上がった。
「ダメだ、浅い!」
ベルトランは剣を引く間にグラリー伯は馬上槍の柄を落としてロングソードを抜き、二人の馬は互いに円を描く様に互いを周りながら二人の激しい剣技の応酬が始まった。
遅ればせながらベルトランとグラリー伯の周りに両隊ともの騎士が衝突し、ド・モンフォール騎士隊もベルトランの奮闘に鼓舞されてグラリー伯の精鋭騎士たちと互角の戦いぶりを見せた。
結果として、蛇の様にうねりながら俺らの退路を断ちに動いた奇襲部隊の「頭」がベルトラン達に完全に受け止められる結果となった。
ヤバい、ベルトランが一騎打ちに気を取られていて部隊が一か所に団子状態になっている。公国騎士が左右に散開されれば左右より包み込まれるか、側面を迂回して退却中の歩兵隊の頭を押さえられたしたらお終いだ。
俺の馬の両側を足でトントンと当てて急げと伝え、俺は金属と金属がぶつかり合う乱戦の間近まで急いだ。
「アルノー隊、20騎で左端へと展開しろ! ラヴォー隊は待機。マルシャル隊も左翼を補強しろ、全速!」
人は自分の前の兵の後に続き、前が動かなくなればそのまま立ち止まってしまう性質がある。指示を受けないと自分の前で繰り広げられる戦闘を眺めているだけの兵の集りが生まれてしまうわけだ。
なので、特に少数の兵で多数を止めようとする場合、敵が回り込もうと動きそうな場所に動かし、積極的に左右の広がりを作っておかないと一瞬で取り囲まれてしまいかねない。
しかし、この膠着の中心にあるのが、剣と盾、剣と鎧、剣と剣が激しくぶつかり合い、剛腕のベルトランの剣技と滑らかで無駄のないグラリー伯の剣技の拮抗が続いていた。
公国騎士たちはベルトランのうなりを上げて振るわれる大剣に気おされて、明らかにグラリー伯に任せたいと言う気持ちや恐らく信頼もあり、近づこうとしていない。一騎打ちから距離を取っていて、この剣士、ベルトランとは戦わずに周りこみたいと言う意識が見え見えで敵部隊の前進の流れが崩れた。
後続の騎士隊が左右に分かれ、遠回りに回り始めてようやく隊が前進を再開できたが、俺が退路に近い左に重点的に援護を周らせたおかげで何とか持ちこたえている。
べルトランが個人の武と少数のド・モンフォール騎士隊だけで一時的にも強引に互角の戦闘に持ち込めたと言える。
(モンメラクの戦い 6)
ヤバい、敵の一隊が大きく左に迂回して前方に回り込もうとしている。
「ラヴォー隊、最左翼に急ぎ展開、全速! あの敵の一隊を足止めするだけで良い、急げ!」
間に合うか? と思ったその時、
「ヒヒ――ン!」
と先頭の騎士の馬がのけぞり、馬の首に矢が一本深く刺さっていて、馬の馬脚が乱れてそのまま騎士を落として転倒。
瞬く間に、その左後ろの馬も転倒し、次々と矢が的確に鎧の無い馬だけを狙って射続けていき、 矢の間隔に間に4-5秒しか無い。
矢軌道を追っていくと100トゥワーズ(200m)以上の距離に退路上の道の横に展開した6人の人影があった。
「ジオか?」
ルギエラの副官で減らず口ばかり叩くあまり頭の回転の速くも無いドワーフと言う認識だったが、ジオは遠距離から弩を部下から受け取り、瞬時に狙いを定め、 矢を射て、すぐに弩を部下に渡して既に矢を装着した弩を受け取りまた矢を射た。一人は膝をついて弩を交換する役目、そして装填が必要な弩を他の4人に渡す。他の4人はひたすら矢を弩に装填する事に専念していた。
「弩遠距離連射に特化した小隊か・・・それにしても凄い遠射の腕前だ。一人の弩手に任せるわけだな。」
たった6人の小隊で遠距離から馬を的確に射て来るので、小部隊に退路の頭を押さえ荒れる憂いが無くなった。
歩兵隊は負傷者を駄馬に乗せ、疲れた歩兵がもたつかない様に、かと言って統率の取れた形で撤退するのは骨が折れるがパニックになる様な状況でも無いので滞りなく農民兵は早々と退路を進んでいった。逃げ足が速いのは鎧が軽微な農民兵の利点の一つではあり、この場合は非常に頼もしい。
歩兵隊の最後尾には先鋒を果たしてもらったエリック大尉の重装備衛兵隊が急ぎ足で退いてきた。
「我々で最後です、ヒューゴ殿!」
「怪我人の回収も上手く行きましたか?」
「はい、私が見落としが無い様に周りながら撤収したので、大丈夫だと思います。あ、いや、大丈夫です!」
「こうなってくると、問題はむしろベルトラン達か。」
グラリー伯との一騎打ちを続けているベルトランはほぼ残された全部隊の最も後方に残された形になっていた。
「そろそろ頃合いだな、引き上げの角笛を吹け!」
「ブオー―、ブオーーー!」と角笛の低い音が戦場に鳴り響いた。
ベルトランは馬の手綱を挽いて、グラリー伯から距離を作り、
「グラリー伯、悪いな。決着をつけたいのは山々なのだが、軍規より撤退の指令を無視するわけにはいかない。」
「騎士見習い、お前の名は何と言う?」
「ベルトラン・ド・ポルタワ」
「ベルトラン、貴様の名は覚えた。しかし」
グラリー伯は剣を真っすぐに退くベルトランの背中に向けた。
「そう簡単に逃がすと思われるのは心外だ。追え、者ども! 他はよい、あの大男の首だけを狙えい!」
周囲の手練れの公国騎士は陣形を整えようともせず、全員がすぐにベルトランだけをこぞって追い始め、一人の標的を追っているがゆえに統率性が生まれ、一団となってベルトランの後を追った。
「これは不味いですよ、ヒューゴ殿! ベルトラン殿たちが追手を引き離せていません。」
「ぐ、クソ、他の隊は離脱に成功したが、ベルトランと相対していた騎兵たちだけが陣形を無視して滅茶苦茶に追ってくる事を選択したから引き離せないんだ。待ち伏せとかにやられたらあんな状態では大打撃になりかねないけど、それは無いと判断した司令官が居たみたいだな。あるいは、どんな危険を冒してでもベルトランの首を取りに行ったって所か? 嫌な判断をしやがる。」
「どうします、ヒューゴ殿? ジオ殿に援護を頼みますか?」
「ダメだ、ジオ隊は前に回り込もうとする騎馬隊を次々と止めている。ベルトランが逃げきれても退路を抑えられたら全部終わりだ。でも、他にベルトランを援護できる隊何て。」
「我々をお忘れですか、ヒューゴ殿。」
俺の目を真っすぐとエリック大尉が見ている。
「20機を連れてベルトランを援護する為に後方へと下がる事をお許しください。」
「エリック大尉、ベルトランに付き纏う騎兵を追い払う事ができても、徒歩のお前たちの隊でも逃げ切れなくなるぞ。」
「承知であります。20なら決死隊を募れば私の隊ならついてくる兵が志願してくれます。誰の目から見ても、貴方とベルトランは殿下に必要な人材です。所詮忠義しか持たない私の様な者の使いようはこの様な事態ですよ、見誤らないでいただきたい。」
「エリック大尉・・・・」
「ではよろしいですな。ベルトラン殿を救う為に私は戻るぞ! 20騎、私についてきてくれる者は居るか?」
「エリック大尉と共なら一緒に地獄の門を潜りますよ!」
「愚問です、もちろん付き合います!」
瞬く間に20名の槍歩兵が立ち止まり、エリック大尉の周りを固めた。
「よし、ベルトラン殿を救いに行きますよ!」
「お――――!!!!」
一丸となり、エリック隊は来た方向へ、公国軍数千が追ってくる方向へ、ベルトランが追手を撒く時間を稼ぐ為にエリック大尉の決死隊は駆け足で槍を構えガラ突進してきました。
追撃をかわしながらも1時間後には俺達の軍勢は最初のかねてより用意されていた第一の防衛陣に入り、計画通り逃げ切った。時間も稼げて民衆は既に通り過ぎ、虐殺を繰り返す公国兵から民間よりの被害を受ける事は免れた。
俺は公国軍が防衛陣の堀と塀の向こうに展開して睨み合いが開始するまで待ち続けた。だが、ついにエリック隊が帰還する事は無かった。




