第22策: 死角
出陣の準備が整い、即急に俺達はモンメラクから西へと本道を接近する公国軍の方向にめがけて前進を開始した。槍歩兵200,傭兵弩兵20、騎兵80(重30・軽50)。敵までの距離:およそ2リユ(6km)。
ド・モンフォールとの闘い等とは違い、今回は簡単に敵を蹴散らして全軍退却させるみたいな快進撃は期待できそうも無いので、先頭にはエリック大尉率いる鎧武装の歩兵衛兵。主力格の騎馬はベルトランに預けて後ろから進む陣形を取った。ベルトランだけでなく、今回は軽騎兵だけでなく、ド・モンフォール男爵の配下、騎士隊30騎も加わったので、突撃力が大幅に加わったのは頼もしい。
まあ、敵は10倍以上の騎士を連れている様だけど。
「今はまだ体力を温存してゆっくりでいいから進もう。だが敵を視認できたら敵が数の優位を利用できる陣形を組む前に一気に叩く! 敵を足止めしたら撤退するぞ。」
「了解ですヒューゴ殿!」
エリック大尉がテキパキと指示を歩兵を伝達しに動いていた。
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ゆっくりと進軍していき、敵と遭遇するのに1時間近くかかって2リユ近く、恐らく5kmほど進んだ時点でようやく敵軍が視認できる距離へと近づいた。
公国軍は予想通りに行軍陣形で本道を進んでいる最中で特に警戒している様子は無かった。
それも、幸運な事に敵は俺達から見て左には丘と小さなな林、右には小川。身動きも左右への陣形の展開も容易では無い理想的な場所だ。
「千載一遇の好機だ、敵が身動きが取れない内に当たるぞ!」
「オーーーーー!」
と兵が応え、歩兵部隊は左右に展開しながら速度を加速させながら駆け足で敵へ突進していった。
戦闘へ加わる独特の緊張感が走り、前に待ち構える兵が視界の全てとなり、剣の塚ををギュッと握り、突進する兵を見守る。
油断していたのか俺達の動きに反応するのが遅く、遅ればせながら左右への展開を行い、縦陣を慌ただしく組み始めたが。
100メートル、70メートル、40メートル。
ようやくエルフ軍の弓隊の一部が横に展開し終わり、1射、数十本の矢が放たれ、矢が一本俺の盾に「ビーーン」と音を立てて突き刺さるが気にも留めない。数人の被害が出た模様だったが、かまわずにエリック隊は一丸となって陣形を崩さずに突撃の速度を落とさずに駆け足でエリック大尉が率いる鎧持ちの槍兵精鋭が菱形の突撃陣形を組んで先頭を駆け、公国軍と衝突した。
槍と盾、剣と鎧が交差し、金属と金属がぶつかり合う騒音が怒声、掛け声や悲鳴が上がる。エリック大尉は果敢に先頭より馬上で一人歩兵隊を率いていたので、視線が確保できる代わりに明らかにエルフ兵の標的となっていて、矢が数本ニアミスで避け、彼向けて数人のエルフ兵が馬上の士官の大将首を狙っていたが、鎖帷子で身を守った精鋭衛兵たちが左右前方に壁を作り、敵陣形に切り込んでいった。
前方に配置されていたエルフ兵は弓兵だったのか、横陣を敷いたとは言え、革性の軽い防備と短剣、小さな縦だけの武装なので、比較的重装備のエリック隊には押し戻されて行った。
俺ものんびり見ている暇は俺には無い。やや後方に馬上で指揮をしている俺は次々に後方から到着する隊を左右に展開する様に指示を出し、敵の側面を取ろうとしつつ、敵の後続隊も左右に展開してこっちを逆包囲を狙っているので、どちらに兵を送るか常に頭を動かなければいけなかった。
エリック隊の獅子奮迅の活躍を見て勢いに乗った続く農民兵も左右に展開していき、g互角以上の戦いを敵兵に与えて行った。
エルフ軍は後方に重歩兵部隊が控えている様だが、まだ待機状態で前に出てこようとしていない。
俺ら王国軍もベルトランと重・軽騎馬隊は待機させている。予想以上に初撃が上手く行っていたのでベルトランには「待機!」とだけ言ったら、ベルトランはそわそわしながら道の横で命令を待っていた。
ジオと傭兵弩兵も少数とは言え、機敏に動き回って援護射撃を続けている。
「何かおかしい。」
俺が誰となく呟くと、命令待ちで横に馬をつけていたベルトランが
「おかしいって何がだ? 俺らが有利に戦いを進めているじゃないか。このまま押し切れれば、敵を撤退させてモンメラクの町民を呼び戻せる事すらあり得そうだな。」
「敵兵力が少なすぎるし、精鋭を出してこようとしない。虎の子の重騎兵も見当たらない。これだけの兵力で敵を押せる事自体が不自然だ、俺は元々一撃をくらわしてすぐに逃げる作戦だと何度も言ってただろう。敵をこんなに押せる事自体が変だ。」
「ふーん、それは敵が見えない後方にまだ追いついていないんじゃないか? 急いで行軍する場合は部隊の前後が引き離れて各個撃破の機会がある場合もあると先生が教えていたじゃないか? 多分それだろう、敵主力が後方に置き去りになって、その一部にぶつかる事ができたんだ。」
見えない敵。見えない敵。
「馬鹿者、将は見える事よりも『見えない』を強く意識しろ。」
お師匠の言葉がよみがえる。
「天から見下ろす鳥や天使では無い将には見える場所と見えない場所が常にある。愚将は考えずに見える事も活用せずに戦うのじゃ。凡将は見える事だけに固執して戦う。一人前の将なら敵が見えない事も利用する事を考える。しかし、名将は常に自分が見えない事が何かを意識しているんじゃ。」
ちょっと待て。今見えない事って何だ?
前方の部隊より敵の後方がどれぐらい奥まで続いていくのかは見えにくいから敵の全容は把握しにくい。縦に長い行軍陣形の僅かな利点だ。
左の丘や林でその裏は死角になっている。
首の後ろがピリピリとして危険を知らせる。冷たい水を後ろからぶっかけられた様に冷たい感触が広がる。
何故この場所で敵とぶつかった?
ウジェーヌ大尉の報告では、敵は2リユほどの地点に俺達が出陣する時点で接近していた。なのに、俺達は1時間も進んで、ようやくほぼ報告と同じ地点に到着するまで敵とぶつからなかった。
つまり、敵はほぼ1時間以上も動いていない。動いていないのに「行軍陣形」を取ったままでこの地点で待っていた。それが何を意味するか?
「罠だ!」
「え?」
ベルトランが十数秒思考を巡らして考えていた俺の突然の大声に驚いていた。
「敵があの丘の林の後ろから主力重騎兵を事前に配置して左背後から退路を断ちに来る。これは待ち伏せの罠だ。
「一刻も早く離脱するぞ。全軍撤退の角笛を吹け!」
「ブオー―、ブオーーーーーー! ブオーー、ブオーーーーーー!」
と撤退の合図の角笛の音が鳴り響き、懐疑的な表情を見せながらも押していた各隊が順次退却を始めた。押し続けていた状態からの退却もあり、比較的に綺麗に離脱が達成できた。
当然ながらに敵部隊も追いたいと考えるが、陣列や陣形が乱されて、部隊同士もある程度混ざり合った状態では戦闘に適した陣形を再編しながら敵を追う事は容易では無い。敵を追うなら個々の個人がわらわらと「陣形」に頼らずに追いかけるか、一度陣形を組みなおす必要がある。
パニックで逃亡する「集」の力を失った相手を個々で追う場合もあり得るが、敵が「集」を保ったまま撤退するのに、個人が追いかければ、複数の敵に囲まれて返り討ちに逢いかねないのはバカでも分かる。なので、「陣形の再編」が必須となり、逃げる側は有利に戦っていた場合は逃げる隙を得るのはそう難しい事でも無い。
それは「退路を断たれていない」事が前提だが。退却の頭を短期間でも抑えられたら、背後から再編した「集」の兵が無防備な方向から部隊を切り崩しに入って来て、パニックとなるのは必至。それだけは・・・・
「ヒューゴ殿! もう少し敵部隊を叩けても良かった様にも感じますが?」
エリック大尉が馬で俺の側まで急いで馬を進めて来た。
「あれは敵の撒き餌でここは敵の狩場です。あの林の端を周って後ろから敵が来ます。ベルトラン、全騎兵を連れて行って敵騎兵の頭を押さえろ。敵の騎士団が来るぞ、気をつけろ。歩兵が逃げる時間が稼げれば良い、引き際を見誤るな。」
「ヒューゴ、任せろ。野郎ども、行くぞ!」
「オオ―――――!」
あまり死者が出なかったとは言え、互いに殺し合って数日なのに一夜一緒に飲んだだけでド・モンフォール兵までベルトランに良くなついているな。大したヤツだ。
ドドドと蹄の地響きを立ててベルトランとド・モンフォール軍の騎士を先頭に80騎が林に向けて進んでいく。
間一髪だった。
ベルトラン隊が林へ向けて急いでいる最中に突如林の向こう側から騎士数十人が馬上で周りこんで来て、その後ろから次々へと大蛇の如くにうねりながら流れ出て来た。敵の騎士団は公太子直属の赤地の旗に黄金の獅子の旗を掲げ、他の騎士より一歩手前に1騎一際に早く駆ける騎士には見覚えがあった。
クレシアの戦いの序盤で一騎打ちで勝利し、アレーヌ卿を討ち取った公国軍の公家騎士団の筆頭騎士、人馬一体のグラリー伯。
馬上槍を手に真っ白な大型の馬にまたがり、黄金の装飾のプレートメールと長い馬の尾の毛で飾られた兜の天辺をなびかせ、水の上を流れる白鳥の様に優雅にグラリー伯は我々の退路を遮断するべくして進み、後続を引き離してすら居た。
クレシアの戦いに参加した王国軍にはその姿はすでに記憶に刻まれていて、その出現だけでも同様に値した。。
「グラリー伯だ、グラリー伯が出たぞ」
「アレーヌ卿すら止められなかったあの男を止められるのか?」
こちらの騎馬兵からも前方の突出し、他の騎兵を引き離して先頭を駆ける戦士も居た。グレートソードを抜刀し、茶色い安物のクロークをなびかせ、鎖帷子の鎧をつけたベルトランだった。
二人は明らかに衝突コースに入り、後続を引き離した事で事実上の一騎打ちが始まるのは誰の目にも明らかだった。
ベルトラン、頼む、グラリー伯を少しの間でも止めてくれ! と心の中で念じていた。
俺はベルトランとの出会いは覚えていないし、ベルトランも同様だ。家が隣同士で両親も友人同士だったので、出会ったのは恐らく乳幼児の頃だったかと思う。物心がつき、前世の記憶を取り戻した頃には俺とベルトランは一緒に居る事がすでに日常だった。
俺は十数年分の前世の記憶を取り戻した事で、変に年不相応な性格にもなったと同時に、前世では病弱でほとんど同世代の友人を持った事も無かった俺は大人の目から見ても変にひねたガキで可愛く無かったと思う。
あまり他の近所の男の子には明らかに避けられていたが、毎日俺を誘いに来てくれたのがベルトランだった。太陽の様に暖かい性格で、俺は演じなくても童心で友に遊べる様になって行った。
どんな才覚が女神様に与えられても、どんな知識を前世から持ってこれても、ベルトランが居なかったら人に信用される様な人格にならなかった様にも思う。
そんなベルトランを俺は誰よりも見て来た。あの鋼の様な肉体は生まれつき供えられた物では無く、お師匠から課せられた過酷な身体訓練を真面目に取り組むばかりか、自分で勝手に追加メニューを加えてしまう様なヤツだ。剣の稽古も誰よりも長く、誰よりも真面目に取り組んできた血のにじむ様な結晶の技術だ。
14歳でお師匠から一本取り、15にもなった頃にはお師匠が剣技のみなら敵わなくなったのは当時も凄いと思ったが、お師匠が王国筆頭騎士だった事を考えれば、ベルトランが誰も引けを取るとは思えない。
「行け、ベルトラン! お前の剣技を公国の奴らに見せてやれ!」
「公国太子が配下、公国騎士団筆頭騎士ジョン・グラリー伯爵である、騎士でも無い者がしゃしゃり出るな、道を開けろ下郎めが!」
「ランシア王国王子アレクが配下、騎士見習いベルトラン・ド・ポルタウ。お相手いたす!」
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中世ヨーロッパ豆知識#22: 起伏を利用した死角からの奇襲は名将に頻繁に歴史上利用されていて、時代を問わず、多くの例が存在する。フリードリヒ大王のロスバッハの戦い(1757年)、ハンニバルのトレビアの戦い(218BC)などは好例。




