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第2策: 暗闇の男

 グンターおじさんの予想通り、俺とベルトランには3日後に招集令が届いた。俺たちだけでは無く、アリエ―・バン(全軍招集)と言う王令が発せられたと言う噂で町は持ち切りとなっていた。


 新聞やニュース番組が無い世界では噂話が唯一の情報源なのだけど、ある事無い事が飛び回る為、グンタ―おじさんの様な頼りになる情報通はかけがえがない。


 指定された日時に領地軍の召集場所に到着すると、3千人は居る軍隊の列に俺たちは加わった。行進の先頭を領主様が馬上で進み、立派な銀色に輝くプレートメールと華やかな飾りつけをした騎士たちに囲まれていた。加えて一部の騎士見習いでもコネのある下級貴族たちはお偉いさんたちのお付きとして一緒に出陣していた。


 コネも家名も無い俺やベルトランの様な下級貴族は平民・雑兵と一緒に後から地味な出発となった。


 まあ、贅沢は言えない。馬、皮の鎧、馬上槍、剣と盾、そしてグンターさんから頂いた立派な鎖帷子チェーンメールを下に装備できている俺たちは十分にラッキーと言える。


 軍師への第一歩の初装備としては上出来だ。


 俺たちの町から南はずっと海沿いの崖続きで見渡しが良いが、風がモロに当たり続ける。絶景でも潮風がビュンビュンと吹いてきて、実に肌寒い。


 最初は虚勢からか大声で話す男は多かったが、次第にガチャガチャと歩く時の装備の音だけが隊列に鳴り響いていた。いつになく俺もベルトランとの会話が続かない。周りの兵士のほとんどもあまり喋っていない。ピリピリとした緊張感より腕の毛がピンと立った様な感覚がずっと続いている。


 ナオネト港からグレンウッドの森まで80リユ近くもあるらしく、俺の実感としては1リーグが大体3kmぐらいと理解している。つまり、220km~230kmって所らしい。


「この世界」の軍は行軍速度が「5リユ~7リユ」(15km~21km)とお師匠が教えてくれた。もちろん、強行軍や騎馬部隊等を先に行かせればもっと早い速度で進む事は可能らしいけど、補給に必要な荷駄隊を置きざりにして行く事になるのでデメリットも大きい。


 ようするに、俺たちの町から目標地まで2週間ほどの様だ。


 1週間ほど進んだらそこそこ大きなアルノルト川があり、少し上流の浅瀬を「渡れ」と命じられた。予想通りクソみたいに水が冷たいなあ、と思いながら馬が水に入ると、浅瀬の部分を進んでいく。水が膝ぐらいまで来て、びちゃびちゃとズボンが水を吸って行って、肌に張り付いて気持ちが悪い。


 馬を持たない農民兵はもっと大変で、胸近くまでの高さの水位でほぼ全身をびしょびしょにしながら川を渡り切った。


 向こう岸でようやく王国の主力軍との合流だった。


挿絵(By みてみん)

 ~~~~~~~~~~~

「貴族様、春を買っていかないかい? 顔がカワイイから安くしとくよ!」


 川を渡り終わって、王立軍の近くまで行くと、艶美な微笑をした胸元を開いたお姉さんに声をかけられて正直ビビった。


「先を急ぐんで、悪いねお姉さん!」


 とベルトランのデカい声が鳴り響く。


 前世で読んだ本では中世の軍には娼婦や商人がついて回るのは普通だったと言う事を読んだ覚えがあるけど、実際見るとちょっとびっくりした。


 王国軍は合流地点で数日間待っていたらしく、宿営地の陣の外はほぼ野外市場と化していて、農民や商人が食い物、織物、その他の商品を売りさばく屋台。そして驚くほどの数の娼婦が立ち並び、


「貴族様、土産に織物はどうだい?安くしておくよ!」

「貴族様、干し肉は足りているかい?腹が減ったら戦はできないでしょう!」

「貴族様、今晩一夜の共は決まっていますか?」


 どうやら「鎧+馬=貴族」と言う認識らしい。


 半ばお祭りの様な空気の陣外から陣内に入るとさすがにもう少し統率が取れていて、ちょっとホッとする。


「陣」は土塁と簡単な馬防柵に定期的に「馬出し」(柵の騎馬が出撃できる開いた間隔)が設けられた物の様だ。パッと見では敵襲を受けたら騎馬部隊が出動する時間を稼ぐだけの為の軽い防御態勢と言う印象を受けた。


 その一方で娼婦らしき女性や、商人も兵士に付き添えばかなり自由出入りしている様で警備はかなりガバガバにも見える。軍の敵襲には用心しても、間者(スパイ)への用心って考えはあまり無いようだった。


 まあ、こっちの世界では兵士の身分証明書があるわけでも無いし、忍び込むのは簡単だからあまり警備を立てても無駄か。


 陣内に歩いて行くと一応誘導してくれる士官が居た。


「無属の騎士見習い(エクイェー)宿営地はこっちだ」


 と衛兵に案内される。


 宿営地は身分で厳しく分けられていて、自分より下の身分の場所に立ち入っては良くても、身分が上の所は原則的に立ち入り禁止扱いだと説明されなくても肌で分かる。


 見ただけで身分の違いが分かるかと聞かれたら、こっちの世界では実は結構簡単に分かる。貴族は服装の素材も作りも、鎧も武具も、一目で違いが分かる。プレートメールか絹の衣服を着た騎士しか出入りしていない場所に皮の鎧やボロい服を着た男が入ろうしたらすぐ分かる。意外と一目で人の身分は「この世界」では分かりやすい。


 宿営地は外側が平民・歩兵や傭兵団。その内側に俺たちの様な騎士付きでは無いウクイェー。そのまた内側に騎士とその世話をする「騎士属のウクイェー」。その内側に大貴族(男爵、伯爵、侯爵様)や将軍たちの宿営地があり、その最深部に王と王族の宿営地があるらしい。


 なので、俺たちは宿営地の反対側にわたるには中央を横切る事は通常は許されず、わざわざ外側を周らなくてはいけない、と道中に部隊長たちからくどいほどに教えられた。


 ベルトランは全く意にも介さず


「自分の馬の世話だけしてればいいってのは楽だなあ~~」


 と荷物を降ろし、馬の世話しながら満面の笑みで話しかけてくる。


「騎士付きになった騎士見習いはキツイけど、騎士か領主様に推薦されないと騎士に出世できないだろ。だから実質的に騎士付きにならないと一生出世はできないぞ。一つ飛びで騎士に直接昇格できる様な大手柄を立てたら別だけどな。」


「まあ、そりゃーヒューゴの言う通りなんだけどさあ」


「長い間平和が続いてきたから、戦働きの手柄の機会なんて自国内じゃあ山賊退治や海賊退治って所か? 南のアストリア諸王国やグンターおじさんの故郷の自由都市同盟に行けば、いくらでも戦っているから、今回の戦でせめて騎士付きに昇進できなければ、俺たちはそこで傭兵として稼ぐ事も視野に入れないと。お前、本気なんだろう?」


 ベルトランの顔がいつに無く真剣な表情になる。


「もちろんだ。俺は大金を稼いで万能薬と名高い『パナケイアの秘薬』を錬金術師に調合させて、母を治してもらう。」


 俺は正直どの程度この世界の錬金術師が信用できるのか、「パナケイアの秘薬」とやらがただの迷信なのか、詐欺なのか、この世界では本当に効くのかは分からない。


 少なくとも俺の「元々の世界」の知識では錬金術師は水銀やら危ない物質を混ぜ合わせて、「エリクサー」やら「賢者の石」やらと言ってはインチキを売り歩いていた者が少なからず居て、すくなくとも「医療」は、特に大病の治療は期待できない。そもそも中世ヨーロッパの医学は現代医学とは程遠く、むしろ患者に害をなす治療が多くあったって読んだ覚えがあるけど、この世界では王族や大貴族に仕える高名な錬金術師とやらは俺たちと会ってくれるはずも無いので、この世界はどうなのかは全く分からない。


 根拠も無く母思いのベルトランの唯一の希望を打ち砕くわけにはいかないけど・・・・

 ~~~~~~~~~~~

 日が暮れ始める頃には日本に居た頃には日常的であったけど、こっちの世界では滅多に嗅いだことの無い香りが漂ってきた。


 生肉を直火で焼く香ばしい香りだ。


「おいおい、こっちからだぞ!」っとベルトランの鼻を頼りに陣内の後方に歩いて行くと、広場に何十頭もの豚が連れられていき、次々と捌かれていた。


 モツはグロイ。


 現代人の感覚が抜け切れていない俺はちょっと気分が悪くなるので目をそらさずにいられなかったけど、多くの直火の上で豚の丸焼きが焼かれていて、こっちは本当にテンションが上がる。


 宿営地の焼肉の大宴会となれば大貴族と騎士様たちは一番おいしい部位の肉をまず頂く。こっちの世界では豚のハムと呼ばれる脂の乗った後ろ脚が最高の美味とされているので、俺たち下級貴族や雑兵の口には入らない。


 次に我々下級貴族には前足肉や脂っこいとされるバラ肉等が回ってくる。そして、雑兵には少量の背肉、豚足、頭肉やモツ料理が回っていき、地位によっていただける部位すら違う。


 しかし、大祭日でも無い日に生肉を焼いたり煮込んだりしたものなど庶民ではおいそれと頂ける物では無く、冷蔵技術が発達する以前のこの世界では秋の収穫祭に合わせて冬越しの家畜の口減らしをかねて多くの家畜を処分し、その肉を干し肉や塩漬け肉として保存して長期間食べ繋ぐのが常である。


 なので、庶民や下級貴族に「新鮮な肉」が口に入るのは主に収穫祭等の大きな秋の祭日に限られ、結婚式等の大きな散財のともなうお祭りでもない限り、家畜を1頭潰して食べられるのは稀と言える(稀にどこかご近所の動物が事故死したりすると肉がおすそわけされる場合もある)。


 俺たちの食べる肉は胡椒等の香辛料のほとんどは高価で使われない。でも、ランシア王国でも一般的に自生しているニンニク等を味付けに使い、塩をふんだんに使ったシンプルな味付けが基本だ。野菜は保存も利かないし、重いのであまり行軍中には食卓に出ないので、肉、パンとワインだけの食事となる。


 病弱の前世ではあまり肉と食べられなかったけど、健康な体を持った「こっち」の生活が長い俺はいまや肉が焼く香りを嗅いだだけでも腹が鳴り、多いにテンションが上がりまくる。


 食べるのが大好きで人一倍大飯ぐらいのベルトラン等はほぼ瞳を輝かせている。


 ワインも通常の3倍が支給され、


「シグベール陛下のご配慮である!ありがたく頂くように!」


 と言う士官からの声と共に一般兵の間でもどんちゃん騒ぎが始まる。


 ~~~~~~~~~~~

 ワインが大量に支給されたので、多くの兵は酔いつぶれているか、潰れる寸前の者が大半だった。戦場近くで酔って周りが分からなくなる事に不安感を感じた俺はワインの大半を隊の大酒飲みと銅貨数枚で交換したので、まだ頭がはっきりとしていた。


 ほとんどの仲間は飲み食いに集中していたけど、俺はこれから戦闘で命令を受ける隊長の事を知りたかった。俺はベルトランを連れて隊長が座った焚火へとすすっと乱痴気騒ぎの中を移動していった。


 隊長の名はキース。40代半ばほどの男で、王国軍に仕えてもう27年目になるそうだ。酔うと饒舌になるタイプらしく、次から次へと情報が出てくる。


「いやーシグベール陛下はホンッ・・・・トウに凄い。陛下は、なんつーかお前、先代の長寿王ジョン陛下よりさらーーーに長生きしてもらいたいぜ。」


 俺は


「シグベール陛下ってそんなに凄いんですか? 気前が良いってだけじゃなくて?」


「お前ら―若い奴らはなんつーか、不勉強だな!」


 よけいなお世話だよオッサン。俺ら本も買えないし、家庭教師も雇えねえし、学校すらこの世界じゃ存在しねーんだろうが。


「いいか、良く聞けお前ら。俺は20年前に終わった王位継承戦争の時にシグベール陛下の元に参じた兵士の一人だ。あの戦はまあ酷かった。友人がバタバタと死んでいった。


 あの時もエルフの公国軍が出てきていて、シグベール陛下が最後の決戦でエルフをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。すごかったんだぞ、ガキども。本当に。あの決戦では俺らは負けて退却したのに勝った方のエルフどもがあまりに被害が酷かったもんで和平をもうしこんでシグベール陛下が王国を再び統一されたんだぞ。」


 武術の話になるとベルトランが興味を示し、


「シグベール陛下は武の腕前は凄く強いとよく噂を聞きます!」


「強いなんてモンじゃねーぞ。戦の後もシグベール陛下は王国内でも、国外でもジョスト試合(馬上槍模擬試合)に出ては常勝無敗。剣技大会でも上昇無敗。槍でも剣でも‘誰もが認める世界最強の騎士だ。50過ぎになっても負けた事が無い、わかってんのかお前ら!」


 いや、知らねえし。


「でもなあ、あの王太子殿下はなあ。」


 俺の興味が跳ね上がり、ちょっと身を乗り出す。


「何つーか、まあヒョロイ! チビ! 全然強そうに見えねえし、ジョスト大会に出てもパッとしねえし、次の代になったら大丈夫なのかあ、王国は?」


 何か後ろの兵が必死で手を振って「シー――シーーーー」のジェスチャーをしていると思ったら


「おおおおおおおお!」


 と兵士たちから歓声が上がる。


 ガチャ、ガチャと物々しい護衛騎士のプレートメールの音と共に、2メートル近くの背丈の巨人が近づいてくるのが見える。ベルトランよりさらに一回り大きいんじゃ?


 恐らく身長は205cm前後、肩幅も広く、黒に近い茶色のくせ毛が後頭部に荒紐でまとめられて縛られ、その髪がうねりながら肩の長さまで垂れていた。その男の少年の様に輝く目をしていたけど、髪にところどころに銀色の髪が混じっている事だけが体が若くは無い事を証明していた。


 黄金の太陽の家紋が胸に輝き、黄金の冠を被っている。


 明らかにシグベール陛下だ。


 陛下はのっしのっしと大股で手を振り、大声で笑いながら歩く。陛下もインパクトが凄まじいが、その横には話しで聞いた以上の存在感を感じる静かな影が歩いていた。


 俺の目が引き寄せられたのはその「目」だった。その青年は華奢で「繊細」と言う言葉が似あいそうな体形、身長も王の横では見え隠れする160cm前後と比較的小柄、ストレートな黒みのかかった青い髪が後頭で束ねられた王国男子の髪型。


 親子で同じ髪型でも随分と違う印象を受ける。王の髪型が獰猛な戦士の荒々しさを表現するなら、王子の髪型は上品さや知性が伝わってくる様な印象を受けた。いや、それは目つきの差か?


 シグベール王の目からは50を過ぎてなお「少年」の様な楽し気なまなざしに加えて何処か燃える様な抑えきれない闘気を感じる。


 対して王子殿下のキリリとした鋭い目つきは18歳の青年には似つかわしくない、老練の策士が周りを観察する様な目つきをしていた。


 正直、王子殿下に興味が湧いた。孔明が劉玄徳に愛されたように、俺もこんな才覚のありそうな王子様に仕えてみたいけど、騎士見習いじゃあなあ・・・


「兵士諸君、今夜はおおいに飲み、おおいに食い、力が付いただろう。明日からは敵に向かって前進を開始する、王国の防護は皆の双肩にかかっている!」


 シグベール王は発破をかけて兵士たちが「うおおおおおおおお」と応えると、ニヤリを笑って肘でちょいちょいとと息子を促した。王子は少々嫌々なノリの悪い感じで腕を上げて「オー」のポーズをとるが、父と子で温度差が歴然。少々滑稽に見える。


 身体的にも性格的にも対照的な親子だが、笑顔の陛下と少々不満げながらもまんざらでもない表情の王子を見るからには仲が悪くはなさそうに見えた。


 ~~~~~~~~~~~

 万の兵を鼓舞して回るためには当然ながらに王に立ち止まる暇は無く、すぐに次へと向かっていった。陛下は騎士、下級貴族を優先はするが、平民兵の宿舎も回って行っているのが見えた。初めて出会う我が主君としては悪くない、どころかかなり好感が持てた。


 以前の戦争で王と出陣した経験のある隊長が王の凄さを熱弁するのも分かる気がする。


 王の予想外の登場の興奮を最後に、酔いが回った他の兵士たちは次々と寝落ちしていき、陣内は静まり返って行った。


「グオオオオオオオオオオ、グオオオオオオオオオオ」


 ベルトランもワインを調子に乗って先輩兵士たちのペースに合わせて飲んだら潰されて毛布にくるまってイビキをかいて熟睡している。


 俺は初陣ゆえの興奮からか眠れずにいた。


 ワインをほとんど飲まなかったのは失敗だったか?もうちょっと酔っておいたほうがもっと簡単に眠りにつけたかも知れない。


 人工光源が少ないこの世界では夜は本当に暗い。ロウソク、松明や油灯篭等もあるが、高額なので大貴族や王族以外では常時使っている人はそれほどいない。焚火が一つ一つ消えていくと月明りしかなく、雲に覆われるとほぼ真っ暗闇となる。


 俺はこの暗闇の中で眠れずにジッとして、何を見るとも無く眠気が来る事を待っていた。


 雲が月を隠し、影で視界が覆われる。自分の息が大きく聞こえる。


 スー――。ハー―――。スーーーーー。ハー―――。


 雲が動いた。


 月明りが光線のように雲の垣間から輝き、僅かな明かりの中で「その男」が見えた。


 デカいな。


 2メートル近くの背の高い男の様だが、ベルトランやシグベール陛下の様に筋肉質な大男には見えず、異様なまでに痩せたヒョロヒョロとした男だった。黒いクロークを纏い、暗闇の中を静かに音も無く歩いていて。少々現実味が無い。


 俺は起きているのか? 舌をちょっと噛んでみる。


 痛い。現実だ。


 一瞬侵入者かと思ったけど、その男は大貴族の「最深部」から出て来た。それに特に怪しい事はしていない。ただ静かに歩いているだけだ。


 何も怪しい事は無い。何もないはずなのに、俺の腕には鳥肌が立ち、ピリピリと「その男」に何かがある様に感じた。


「その男」はスルスルと音も無く進み井戸の横で立ち止まる。


 井戸の周りは日中水汲みに来た人で大変に混雑して、テントを近くに立てる事は禁じられているので、周囲10メートル程度の広場が開く。


 俺が実は起きている事は気づいていない様だ。俺は薄目で観察をしてみる。


 1分もしないうちに平民兵の宿営地から別の小柄な人物が近づいてきた。ボソボソと二人は井戸の横で小声で喋っているけど、距離のある俺は声がほぼ聞き取れない。


 密会なのか? 密会だとしたら、いくらでも言い訳のつく場所で、見つかる可能性の低い場所と言えば、王国軍宿営地の真っただ中でこれ以上の場所は無いかもしれない。


 公然たる「密会」が終わり、二人が反対方向へと戻り始め、長身の男は俺の側を通り過ぎていく。


 俺の脳内の警戒警報は最大限で鳴り続け、動かない様に寝たふりを続ける。


 すると、小男の方が何かを言い忘れたのか走り寄り、長身の男に何かを耳打ちする。


 最期にはっきりと聞こえたのは、背の高い男の小声の返事だった。


「よく調べてくれた。知っての通り、シグベールは王の器では無い。慎重に事を進めよ。」


 その振り返る一瞬、フードが風で後ろに飛ばされ、長身の男の顔がはっきりと月明りに照らされて見えた。


 一本の頭髪も無いツルツルな禿げ頭。細目で少々相手を子馬鹿にした嘲笑の様な不気味なスマイル。顔が脳裏に焼き付いた。


 長身の男はフードを被りなおし、二人の男は別方向へと暗闇に去って行った。


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中世ヨーロッパ豆知識#2:中世ヨーロッパでは市街地や軍の宿営地では娼婦は一般的な光景であり、女性の職場がほとんど無い社会において行き場の無い女性の多くはこの職業に就くほかの選択肢が無いのが当時の事情だった。


一般女性は身分を問わず髪をウィンプルと言うフードの様な布で隠す事が一般的で、髪を公衆の面前でさらけ出すのはみだらな行為と見られた。なので髪を見せる事で娼婦は客を誘う事もあったらしいです。


この設定を小説で導入する事も考えましたが、あまりにも説明が多く必要なのでこの案をボツにしました。

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[気になる点] ジョン王、、、
[良い点] 中世ヨーロッパ豆知識が面白い。
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