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第19策: 交渉

捕虜と鹵獲した多くの食料が積み込まれた馬車を引き連れてモンメラク町に差し掛かった時に、一人の商人の紛争をしたちょび髭の小男が馬に乗って町から俺達を出迎えに来た。


「たった150人の兵で倍以上のド・モンフォール軍を破ったとは。それもお味方の被害がたった3人?信じられん。」


「まだ話していないのに、俺達の被害の数を正確に把握しているのが気持ち悪いよ、ウジェーヌ諜報大尉。」


「ウフフ、敵は外部ばかりではありませんからね、どんな時でも状況の全貌を把握するには味方の状況も正確に知らなくては。」


食えない男だなあ。


「殿下、この度の大勝利はおめでとうございます。ヒューゴ殿、冗談はさておき、小官は貴方の建てた作戦には感服しました。これでナオネトの攻城戦に本当に動きがある可能性が出てきました。」


殿下の目がパッと開き、


「ウジェーヌ、真か?では、この逆兵糧攻めが効果を出していると。」


「小官の部下が調理部隊の管理官の一人の買収に成功しましたが、攻城部隊の備蓄はほぼ無く、多くの雑兵の食事は標準の半分以下となっており、ド・モンフォールから兵糧が届かないとなるといよいよ問題が加速していく様です。やはり数日の内にあまりに多くの荷駄部隊の駄馬を失った為、いまさら短期的に補充や埋め合わせの方法はなさそうです。後一押しと言えます。」


「ウジェーヌ、では、何故その様に浮かない目をしている。」


「殿下・・・・『狂い獅子』、例の公太子が動きました。」


「あの、戦いの前に虐殺を命じた若いヤツか。」


「その通りです。以前の20年前の戦ではまだ若すぎて出陣しなかったとの事で、今回が本格的な初陣のはずですが、常軌を外れた残虐性に偵察に行った歴戦を潜り抜けて来た部下すら戸惑いをかかせません。殿下の部隊の所在を調べる為に自らの兵を散開させ、次々と村を襲い、既に一般の村人400名は犠牲となり、その大半が拷問をかけられました。」


「よ、四百とな。」


「それだけではありません。殿下の目撃情報を元にモンメラク町が拠点に使われている事、もしくはこの方向から我が軍の小隊が発せられている事が嗅ぎ付かれた様です。本隊を集結させていて、それからモンメラク町に向けて兵を進めると言うかなり確かな情報を得ました。」


「狂い獅子の戦力は?」


「現在ある程度散開していますが、集結が終わり次第・・・・こちらに向けられるのは1千は下らない兵力を持ちます。自らの精鋭騎士団300に加え、長弓部隊も400は下らないかと。これに今までは荷駄車の護衛についていた兵士の一部も繰り出し、一挙に兵糧を脅かす戦力を根絶やしにする作戦の様です。」


「1千の兵を海沿いから動かすとなると、むしろ攻城戦の兵糧状態を悪化させてまでこちらに向けて兵を動員している、と言う事か?」


「はい、殿下。小官の見立てではこれは狂い獅子による一つの賭けと思われます。殿下の軍が打ち破られれば、兵糧の確保が成り、ナオネトをじっくりと落とせると言う攻勢果敢な戦略と言えます。」


「ヒューゴ、どうだ。狂い獅子を打ち破り、モンメラク町を守ってくれるか?」


「無理です、殿下。」


おれは即答した。


「無理か。」


「はい、間違えなく無理です。俺とベルトランはクレシアの戦いの前に狂い獅子の手勢の行った虐殺行為の後や生存者の話しを聞きました。その残虐性はウジェーヌ大尉の言う通りかと思いますが、注目すべきはその手勢の動きは解き放たれた野獣の見境の無い暴れ後では無く、明らかな作戦的思考を見せた統率の取れた動きでの上での虐殺でした。村人を一か所に集め、効率的に虐殺を行い、村への焼き討ち等も全て統率の取れた部隊としての動きを見せました。」


「ふむ、つまり?」


「つまり勝てません、殿下。ド・モンフォール男爵等の軍には明らかな弱点がありました。荷駄車の防御、多くの士気の低い農民兵と騎士との実力差、血気の多い副官、明確な予測が建てられる経路。それらの弱点より2倍の兵力差を埋める事ができましたが、狂い獅子は恐らくは残虐性が過度とは言え、優れた兵を率いる優れた将と見立てます。それも兵力差は6倍以上になるかと。三十六計逃げるに如かずです。」


「サンジュウロッケイ? ニゲル 二 シカズ?」


「私の故郷の言い伝えですが、どんな優れた計略も単純に逃げる戦術には敵わないと言う意味です。」


「変わった言い伝えだが、言わんとする事は分かった。しかし・・・・」


「しかし?」


殿下が周りを見回す。「


「ウジェーヌ、モンメラク町には私の民は何人ほど住んでいるのか?」


「は、3千は下りません、殿下。」


「この地域の村を加えたら?」


「4・5千はどでしょうか?」


「ヒューゴ、我らが逃げたとして、この地域はどうなると考える?」


あ。


「そうだ、狂い獅子が解き放たれれば、この地域にかつてないほどの惨状が繰り広げられかねない。守るべき民を置き去りにして逃げて、何が主君か?」


ウジェーヌが厳しい表情で割り込んできた。


「殿下! 殿下と殿下の配下が共倒れになっても王国をあの狂人から守る事は能いません。それに、数千の民を数日の内に避難させる事が可能であっても、何千人もの難民を食べさせる用意のある殿下をお味方できる領主なぞありません。もし食料の用意が無く、何千人もの難民を近隣地域に流せば、混乱は果てしない物になり、諸将が公国になびく流れを作りかねません。理想だけでは主君として・・・・」


殿下はこの状況で唇の端が吊り上がった


「ウジェーヌ、お前ほどの者が何千人もの人物の食料を用意し、これから食べさえていく準備を進めていた人の事を私に報告したばかりでは無いか?」


「え・・・・」


あのウジェーヌが絶句した!


「ド・モンフォール男爵と話しをしたい。」


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「これはこれは、王太子殿下が御自らこの様なむさくるしい独房へ、お茶の一杯もだせずにいてこれは大変に失敬。」


牢に繋がれたド・モンフォールが明らかに馬鹿にした口調で俺、ベルトランと殿下を迎える。


ちょっと意外だな。この反逆者として打ち首になりかねない状況でもただのデブだと思っていたこの男の目は死んでいない。


「元気そうで何よりだ、ド・モンフォール。お前は自分の置かれている状況が分かっているのか?」


「まあ、反逆者として打ち首でしょう? 公国側との関係について拷問の一つも受ける事もありそうですな。あるいは、交渉材料として生かされるやも知れませんが、結局公国軍に何の貢献もできずに敗れ去った我を救う為に公国が交渉するとも思えませんので。あまり交渉材料として貴重とも思えません。我が息子が家督を継ぎ、この腐った王朝を一新させる事に身を投じてくれるでしょう。」


ド・モンフォールが殿下を睨みつける。


「貴様! 殿下に何と無礼な。」


衛兵が槍の柄でド・モンフォールを打とうとすると、殿下が手を挙げて静止させた。


「随分な物言いだな。例のアルモリカ伯爵領の相続を受けられなかった裁定への不服か?」


「ああ、あれもありましたねえ。シグベール王の裁定。最低な裁定とでも言うべきか。くくく、笑えもしないダジャレだ。」


笑ってんじゃん。


「あれ『も』?」


「アルモリカ伯爵領の裁定には納得はしかねましたが、まあ我の法的主張が完全無欠なわけでも無かったし、裁定の理由はいただけませんでしたが、シグベール王に仕えられないと感じた理由はそれではありません。」


「では何だと言うのだ。」


「我は馬鹿には仕えたくはありません。」


「ぶ、無礼者!」


衛兵が再びド・モンフォールを打とうとすると、王子が再び静止させる。


「ふふふ、我を不敬罪で打ち首とでもしますか? 既に王国を裏切った我を?」


「良い、理由を聞きたい。」


「我の夢と野望はアルモリカ伯爵等と言う地位ではありません。まあ、伯爵の地位があれば、政治や金の力で我の夢に近づけるかと思ったから欲しく無かったと言えばウソになりますが、あくまでも所詮は手段で目標ではありません。我の夢はヴィレーヌ河の治水です。

ド・モンフォール領は代々ヴィレーヌ河の氾濫に悩まされてきて、商業、農業、漁業等の河の多くの恵みを受けながらも、上流での大雨による洪水より毎年の様に何人も領民を失い、多くの畑が被害を受けてきました。

我は子供の頃に洪水に巻き込まれ、領民の百姓に救われて以来、領民を河の氾濫より守る事を模索してきました。自由都市の最高の地水技術師を招き、広大な河の治水を行える設計構想を作り、シグベール王に上奏しに王都へと行きました。」


「で、父上は何と?」


「シグベール王は我の説明をつまらなそうに聞いていたばかりか、説明の最中に居眠りを始めました。我が20年以上もかけて構想、実験、実証を続けて来た政策は多くの男爵、伯爵領をまたがり、王が大きな力を動員しなければ実現しない事でしょう。しかし、この国家事業が成功すれば、農地は増え、洪水の被害は激減し、河の流通もより容易になりました。その我の情熱を一片たりとも理解されませんでした。

この会議の後に我はこの馬鹿には仕えていられないと思いました。不敬罪にでも、反逆罪にでも受けましょう。我が息子が我が意思を受け継ぎ、この腐れ王朝を潰し、王国を良い方向へと導ける新しい時代へと動く様に戦ってくれましょう。何時でも我を処刑してみなされ、我が息子も覚悟ができていましょう。」


殿下が難しい顔をしている。


「ウジェーヌ! 居るか?」


「は、はは! ここに。」


ウジェーヌが外から入ってくる。話しを聞いていやがったな。


「例の村の生存者は居るか?」


「は、何人かは。」


「連れてこい。」


「御意に。」


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「な、何んと言う事だ。」


最初は半信半疑だったド・モンフォールだったが、老人、婦人、子供まで口を揃えて公国軍の虐殺について次々と生々しく語るとド・モンフォールの表情は疑惑から落胆そして怒りへと変化していった。


「ド・モンフォール、短慮だったな。父上は民にとって最善な主君で無かったかも知れぬが、お前は取って代わらせる新しい領主がより良い者を迎えようとしているか見誤ったのではないか。」


「・・・・」


「反逆者は本来は良くて打ち首か車裂きと法にあるが、挽回の機会を与えないでも無い。しかし、その前に一つ効かなければならぬ事がある。そちが領民を考えるなら、なぜ領民を囮に使い、陣形の前方を歩かせた? 農民兵は騎士を補佐し、戦場で守られるべき存在では無いのか?」


「戦に被害はつきもので避けては通れる物。領主が負けたら家や畑が蹂躙され、失うのは領主や騎士だけでは無い。それに、我は囮部隊の任務は危険を説明し、報酬と戦死した場合の遺族への年金、相応の褒美を約束した上で囮部隊の志願者を募った。騎士ばかりに頼るのではなく、農民兵も有用に使ってこそ良い領主では無いのか?」、


「おぬしの事を名誉を蔑ろにする強欲者と言う者にはどう答える?」


「名誉なき強欲者結構! 我は幼少より運動が苦手で計算ばかり早く、本に没頭し、武に怠慢なのは認めよう。正直、今回で副官に戦を任せっきりで我が武を勉強してこなかったのも遅れを取った一因でもあろう。だが、敢えて言い切ろう! 最後に戦に勝つのも、民を救うのも、金だ!!! 金が無ければ兵を動かせぬ、傭兵を雇えぬ。金が無ければ飢餓の民を救えぬ、干ばつで雨乞いの術師を招けぬ、治水も行えぬ。金は力であり、民の命にも等しい。我が領土の銅貨一枚でも潤す事に全力を注いで何が悪い。」


「実に面白い男だ、気に入った! 我が陣営に加われド・モンフォール。」


「嫌です。王家にはもはや仕えたくありません。」


即答!


カッとなった王子殿下を見て、俺も横から


「まあまあまあ、話しを聞いてください男爵。」


と間に入って行った。




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中世ヨーロッパ豆知識#19: 三十六計は「兵法三十六計」、古代において知られていた兵法ですが失われていて、1941年に再発見されました。多くの故事などが由来し、有名ですが、かなりおおざっぱで粗削りな内容とされていて兵法書としての評価は「孫子兵法」等と比較すると高くありません。


「三十六計逃げるに如かず」とは、逃げてしまえば、どんな兵法の奇策も効かないと言う意味で、強い敵に対しては逃げる事より良い案は無いと言う意味です。

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[良い点] いつもながら中世ヨーロッパ豆知識が面白い、ためになる。
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