第18策: 待ち伏せ
ド・モンフォール男爵は40代後半の男で、大きく禿げた頭を嫌った彼は綺麗に頭を剃る事で折り合いをつけていた。中年に差し掛かって大きく太ってしまったに関わらず容姿を気にする彼は長い口髭を蓄えて3重アゴを隠していたが、その重量級の体躯と鎧を支える馬はほとんど無く、見栄をはらない男なら諦めて馬車にでも乗って出陣する選択肢もあったが、プライドの高いド・モンフォール男爵には我慢ならなかった。
ド・モンフォール男爵は大金をはたき、たかが男爵には似つかわしくない巨大な名馬を買い求め、悠々と跨っての出陣を果たしていた。それでも名馬すら休憩をとりながらよろよろとゆっくりとしか進めぬ為、行軍は男爵に合わせた遅々としたペースで進んでいた。
部隊はナオネトから3日ほど東の森の中を通過している最中で、森林を通る大きな主要道路を使い、大きな荷駄車が2台横に楽に通れる大通りな上に良く整備された商用道路であった為、特に問題も無く数千人分の食料を積んだ荷駄車は特に問題も無く進んでいった。
ド・モンフォールの兵は奇妙な陣形を取っていて、30名ほどの槍を持っただけの農民兵が先頭を進み、その20メートルほど後ろから荷駄車や騎士、そしてド・モンフォール本人が進んでいた。
ド・モンフォール男爵は自らの騎士と手練れの傭兵を前後左右に展開し、自分を守る事に徹底した陣形を保ち、自らは牛2頭づつに引かれた40台の大型荷駄車の横を進んでいた。荷駄車には大金で急速にそろえた小麦粉、ワイン、干し肉や塩漬け肉の詰まった樽等が山の様に積み上げられていた。
「ソルニール、ソルニール隊長!」
「は、はは! これに。」
「警備体制は万全であろうな。あの忌々しい王子めが少数の兵でちょこまかと動き回っていると公国軍より報告があったであろう。公国軍と合流できるまでは油断は禁物ぞ。」
「承知しております。我々を奇襲で襲おうにも、我々は300.敵は弩兵を中心とした50-60人と聞いております。先頭の農民雑兵に弩兵の被害を受けさせ、我々騎士隊と傭兵騎馬隊合わせて150騎で追えば、造作も無く王子を捕え、殿の前へと縄をかけて連れ帰ってきます。」
「うむうむ、頼もしい、それでこそ我が騎士隊長。王子さえ捕えればこの戦は終わりだ。アルモリカ伯爵へとなった暁には褒美は望むがまま、小勢を蹴散らし、バルガン公国に軍港第一を私らだと印象づけねば。」
「小賢しいのう、ド・モンフォール! シグベール王が嫡子、ランシア王国摂政たるアレク王子はここに居るぞ!」
アレク王子の良く通る声が森の中を鳴り響き、数十本の矢がド・モンフォールの近くの騎士数人に当たり、弩を撃ち終えた星の団の傭兵たちはさっさと待機していた馬に飛び乗り、既に逃げ始めていた。
「騎士を引き連れているのに関わらず、守るべき農民を前方に出し、自分の盾にする作戦とは。父上がお前を領主たる資格に足らずと見たては正しかった様ですな。これより我が隊の矢をたっぷりと定期的にお届けするのでご期待を。今はさらばです!」
と言い、王子も馬に飛び乗って逃げ始めた。
農民兵から僅か10数メートルの距離であったが、ド・モンフォールの騎馬隊からは30メートルほどの差があったが、鎧を装着した騎士に被害を与える為にかなりの至近距離より待ってのい一斉射撃でもあった。数十人の弩兵が馬上で慌ただしく狭い森道を西へと逃げ始めた。
この距離は詰められると考え、
「逃がすな!追え、王子を出来れば捕えろ! 殺しても良い、王子を殺った者には褒美は望むがままだ!」
「御意に! 雑兵は足手まといだ、騎兵のみついて来い!」
ド・モンフォール男爵がそう叫ぶとソニエール隊長を先頭に100数騎の騎馬隊が王子の後を馬にムチを打って全速で追い始めた。
ドドドドドドドドド、と地響きを鳴らしながら150騎が追い続ける。
最後尾を王子が馬上で逃げ居ていて、ほぼ三十-四十メートル先に見え続けているので追わない手は無い。王子の横には騎士らしき人物も無い、革の鎧を来て、剣一本を腰に付けた軽弩兵ばかりに囲まれている。手練れの騎士や騎兵が数十人の弩兵の護衛なら追いつけば瞬殺で王子の護衛を蹴散らせられるのは明らかだったので、我さきにと騎兵は王子の後を追い続けた。
王子の一隊は半リユ(1.5km)ほど逃亡を続けた行くにつれ、徐々に奇妙な陣形へと変化していった。王子はやや前方に上がり、殿を数人と傭兵たちが務めて王子を守る最低限の陣形に変化したが、極端に長細く、騎兵が10人が横並んでに通れる大通りを40騎の馬上弩兵が2人づつのペアを組んだ陣形に変化していった。
その陣形の変化の理由は明らかになった。
突如王子の一隊は右の間道へと曲がり、細いあぜ道を駆けおりて行った。谷へと降りていく間道は細く、馬上の人間ならギリギリ二騎が通れる幅しか無い。
「右へと逃げたぞ! 追え、追え!」
と追う騎兵の集団は脇道をへと突入しようとしたら大混乱となった。騎兵10騎が同時に細いあぜ道に同時に突入しようとしたら馬と人がぶつかり合い、大混乱となり、複数の騎士が転倒もした。
その間に王子の1隊はするすると谷へと降りていき、距離を作った。
「この役立たずの馬鹿者どもがあ! 続け!」
ソニエール隊長は王子を見失う事を恐れ、急いで谷へと自らの隊を率いて下りて行った。
小さな谷の横幅は広くは無く、全体で横(南北)に15~20トワーズ(30~40m)、長さは200トワーズほどに見えた。あぜ道は谷底へと下って行き、谷を横断し、向こう側へと続くのが遠目にも見えた。谷底には木が生い茂っていて、視界が大きく遮られていて、道から外れれば馬でも徒歩でさえ移動は容易では無い。
両側には斜度の高い坂、そして最終的に両側には高さ15トワーズほどに小さな崖が谷に両側にあった。
ソニエール隊はこの小さな谷に横2列で突入していった。坂道の砂利で馬の脚が取られやすく、容易に駆け抜ける事ができないので必然的に進むスピードは失われるが、それは逃げる王子も同じと勇んで隊は進もうとしていたが、
「隊長、大変です!」
前方より一人の騎士がソニエール隊長に向かって叫んだ。その騎士の肩には1本の矢が刺さっていた。
「何事だ!」
「か、壁が、壁が建てられています!」
ソニエールは急いで前方へと急ぐと谷の「出口」の上り坂では少数の木や茂みが切り落とされていて、最後の20トワーズ(40m)ほどは視界が開かれていた。谷の出口には丸太が矢避けとして建てられていて、パヴィス(大盾)が並べられて簡易的な砦の壁が作られていた。崖の上は3方向から登り道を見下ろせるので、数十人の弩兵が目を光らせて見下していて、以前は見かけなかった鎖帷子の槍兵10人ほどがが道の上で待ち構えている。
壁を既に正面から突撃しようとした騎士数人が矢を肩や兜に横から7-8本撃ち込まれて壁に近づけずに力尽きていた。砂利質の赦免の坂は上りづらく、馬の脚は急ごうとすれば滑りこける事は明白であり、人が駆け上がろうとすれば全く遮蔽物の無い状況で急激な上り坂を矢を受けながら登る事になり、上部側面の3方から矢を受ける為に盾は役に立たない。
「隊長、これは無理です。奴らの弩はこの距離からは我々のプレートメールすらも貫いてきます。ここは我々の弓兵を進ませて、援護が無ければどうにも。」
「ぐぬぬぬぬぬ。あのへなちょこ王子め、真っ当な正々堂々の勝負もできんのか?! やむを得ん、引き返して弓隊を連れて来るしかあるまい。傭兵隊長、50名ほどここに兵を残し、王子が防衛を放棄して逃げれば追え。我々は本隊に引き返して援軍を連れて参る。」
狭い谷底での方向転換には四苦八苦し、30分以上も残る部隊と引き返す部隊を整理した後、ようやく入って来た谷の出口まで戻ったソニエール隊長は唖然として谷の出口を見上げた。突入した時は何も無かった谷の入り口にも丸太と盾の防壁が頂上に築かれ、上から弩兵と槍兵が目を光らせていたのだった。
「た、隊長。閉じ込められましたよ? どうするんですか?」
「慌てるな! 王子の軍勢等小勢に過ぎない、例え谷の出口を守ったとて殿の本隊がこちらまで進んでくれば谷の出口を確保いて頂ける。そうすれば、我々も谷から一度出て、谷を迂回すれば良いだけの事。強硬に谷から出ようとすれば被害を出すだけだ、今は待て。」
とは言った物のソニエール隊長の隊は谷の底で待てど待てど何も起こらず、王子の軍勢は攻めて来る気配も無くも、動きもしない。本隊の援軍が到着する気配も無い。
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その頃・・・・
「ド・モンフォール様、こんな時まで計算をしていなくても。」
「馬鹿者、王子軍と遭遇した事で必要な飼い葉、死傷者手当、臨時至急のワイン等で試算より変化が生じてくる。こんな圧倒的優位な戦はソニエールに任せておけば良い。銭勘定が戦を左右する。我、銅貨一枚の算も外すべからず。慢心はいかん。」
とド・モンフォール男爵は2人の秘書官が横に使え、数字が書きめぐらされた羊皮紙の勘定本を見直していた。
そんな時、
「うわーーー?!」
と大きな声が前方から上がった。
突然曲道を全速で馬上で周り、前方よりグレートソードを手に馬上で戦闘を駆ける鎖帷子を纏った剣士、そしてその後ろから馬上で続く統率の取れた槍兵部隊が突撃してきた。
「な、何に? どうやってソニエール隊を素通りして我々に?ソニエール隊が全滅したとでも言うのか?」
予期しなかった敵部隊の出現に動揺がド・モンフォールの軍に走り、数人が戦わずに下始めたら恐怖は次々と伝染し、ド・モンフォール男爵の兵はクモの子を散らす様に武器や荷駄車を捨てて逃げ始めた。
「逃げるな! 敵は少数ぞ、勢いさえ止めれば我らが余裕で押し返せる、逃げるな! 逃げぬ者には報酬は倍を出そう! 逃げるな!」
ド・モンフォール男爵は剣を抜いて、前え進めと何度もジェスチャーをしていたが、彼の声も姿も恐怖にかられた雑兵の耳や目には入っていなかった。
少数の訓練された衛兵が固まって陣形を組もうとしたら、ルギエラが左より、ベルトランが右より猛烈な勢いで斬り込んでいって。
ルギエラは馬上槍を流れるような動きで次々と向かい打とうとする兵士をトン、トン、と急所への一突きで次々と突破していく。
対極的に巨大なグレートソードで鎧を装備したベルトランは敵兵を吹き飛ばすような一撃の一太刀で次々と敵を両断していき、王子勢は勢いを全く失わずにド・門フォール勢を突破していった。これを見てド・モンフォールの周りに残った兵士も完全に戦意を失い、我先にと逃げ出し始めた。
「ひ、ひーーーー!」
ド・モンフォールは悲鳴を上げて逃げる兵と共に逃げようとするも、その肥満体より馬はゆっくりとしか動けず、もっとも遅く逃げている人物となった。
トン、と太い剣の刀身が肩に置かれ、恐る恐る後ろを見たら、兜を開けて笑顔のベルトランとド・モンフォールは目が合った
「ひ・・・・?!」。
「ド・モンフォール殿と見受けますが、ご同行を願えますよね?」
「ひ・・・・ひひ。」
ド・モンフォール男爵は頷き、周りの多くの衛兵や農民兵も馬上の敵から逃げる事を諦め、武器を捨てて投降した。
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「遅すぎる、何故殿の本隊は谷の出口の小勢を追い払わない?!」
ソニエールは憤っていたが、出口が塞がれた谷に閉じ込められ、進むも退くもならぬ状況で数時間が過ぎようとしていた。日が落ち始めた頃には水も食料も無い状態で谷底に佇むソニエール隊には焦燥感が露わになり始めていた。
そんな時、谷の入り口から
「ピー――――」と笛の音が谷に鳴り響いた。
「ソニエール、我だ、ド・モンフォールだ。」
と聞き覚えのある声が響いた。
「殿、どうしてそこに?」
とド・ソニエールが聞き返した。
「全て終わってしまった。そなた達が王子を追って去って行ってから間もなく、突如王子の精鋭がお前たちが行った同じ方向から現れ、我らが歩兵隊も蹴散らされ、我も捕らえられ、食料は全て奪われた。本隊は散り散りになって逃げ去ってしまった。」
「そ、そんな馬鹿な。」
ベルトランはド・モンフォールの腕と胴体を縛り付けた縄を誇らしげに持ち、俺も丸太の上に立ち、ド・ソニエールを見下ろした。ローマ帝国時代の名将ベリサリオスの兵法を参考にしたけど、戦略的攻勢、戦術的防衛、そして敵軍分断の策の威力はこの世界でも十分に通用するなあ。
「ド・ソニエール、お前たちは王子を追った時に道の分岐点を曲がった時にその先に伏兵が隠されていると言う可能性を考えなかったな。王子が率いる少数の兵が全てと決めつけた為、俺達は曲道の先でちょっと隠れていただけで楽にお前たちが通り過ぎた後に谷の入り口を塞ぐ事も、お前たちの本隊を強襲する事も単純だった。
ここまでくればお前にも見えているだろう? これ以上の戦いは無駄だ。武器と鎧を捨てて、こちらに出てこい。名誉のある捕虜として迎えてやろう。」
ド・ソニエールはギリギリと歯ぎしりをして、槍を強く握りしめていたが、脱力したかの様に肩を落とし、槍がカタカタと音を立てて石に落ちた。兜を外し、ガチャ、と落としたら、
「誰か、鎧を外すのを手伝ってくれ。」
と声を上げたら「ガチャガチャ」の音を立てて百十数人が武器を捨てて鎧を外し始める騒音が谷に鳴り響いた。
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中世ヨーロッパ豆知識#18:敵の動きが見分けにくい森林での戦闘は奇襲が容易で、例えば百年戦争のパテーの戦い(1429年)ではたった180騎のフランス騎士が先鋒として準備の整っていないイングランド軍に襲い掛かり、奇襲に成功しました。その奇襲を足掛かりにジャンヌダルク率いる1500兵が5000のイングランド軍に壊滅的な打撃を与えてを敗走させます。




