第14策: 長寿王
殿下はお師匠に興味があるらしく、ぼそぼそと小声で話しているが、逆に師匠と話したく無い俺はありがたくベルトランと一緒に荷造りに専念して距離を取っていた。
「ヒューゴ、お前今も随分と師匠とぎくしゃくしているなあ。」
「余計なお世話だ。」
「お前の御父上が亡くなって、俺の以来、お師匠がほぼ俺達の面倒を見てくれただろう? 俺達も恩返しをしないと。」
それは同感だけど。
「・・・・お師匠の顔を見ると、お師匠が俺達の事を『諦めた』事が悔しくて、上手く言葉が出てこないんだよ。」
「お師匠の理想の将になるって話か? 俺は馬鹿だから最初から諦めていたけど、お前だけは凄く本気にしていたからなあ。」
「そんな風に期待されるのってのは初めてだったんだよ。」
人生2回分で。
「まあ、何となくお師匠が以前は竜騎兵団筆頭騎士筆頭騎士ってのは納得だけどな。あれが一般的な兵士の強さだったらたまらん。」
猶更転生者としてはそれぐらいに特別になりたかったんだけどなあ
「おお? ヒューゴ、見てみろ、お師匠が頭を下げているぜ。」
「本当だ・・・・」
お師匠は腰を90度近く曲げて深々と頭を殿下に向けて下げて何かを言っていた。
「あのお師匠でも殿下の前ではある程度はかしこまるんだな。」
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[ホー、ホーーーー]
山中の山道はまだ暗くて寒い。幸い本道からかなり離れた地点にあり、追手がついた事も考えにくいので、焚火を起こす事ができるので、ぱちぱちとなる焚火の音と共に暖かいお茶を沸かす事ができる。お茶はランシア王国では輸入品でかなり貴重だが、お師匠は気前よくかなりの量をくれた。
大きな円盤状に固められた茶葉の塊を端から崩して鉄瓶にくべて沸かす物で、味は濃い紅茶に近い。日本に居た前世では良く飲んでいた茶の味を思い起こさせる。
ベルトランはルンルンと言わんばかりの表情で馬のブラッシングをしてやってくれている。本当に馬をこよなく愛す男だな。
ふと殿下の方を見ると本当に幸せそうに鉄製のコップからお茶をすすっていた。なんか「ほんわー」とした雰囲気が漂っている。
「殿下はお茶が好きなんですね。」
「え、ああ、顔に出ていたのか。」
「失礼ながら凄く幸せそうな顔でお茶を飲むお方だなあと。」
「済まない、主君たる者が臣下の前でそう安々と気を緩ませるべきでは無い。」
「いやいや、殿下、そこまで堅苦しく我々を扱わなくても、ただかわいいなって」
あ。
「か、か、か。」
真っ赤になった。かわいい。
あ、目が本気で怒った。
「も、申し訳ございません殿下!」
「私をかわいいと呼ぶ事は禁じる!禁止だ。良いな。危険であろう、誰の耳があるかも分からん。」
一応俺に言われて嫌だったとかじゃなさそうで良かった。キモイとか思われたら地味にショックだった。
「御意のままにです。」
平身低頭。
しばらくすると殿下は落ち着きを取り戻した。
「まあ、私はお茶の一服はやや気を緩ませる効果があるかも知れない。私にも非はある。」
「お師匠の家でお茶を頂いた時は特に印象に残らなかったので、ちょっと驚きました。」
「まあ、あのお方に会うとなると、私でも少々緊張してやや何を飲んでいるのか分からなくなっていたのもある。」
「その・・・・お師匠ってそんなに有名なんですか? まあ、竜騎兵団の筆頭騎士と言ったらなんとなく分かるんですが。」
「そんな肩書等では語れないな。君のお師匠は私の父上の王位を継げた最大の功労者の一人で、先の戦争の最大の英雄と言って過言では無い。」
「御父上が王位を継げた? いや、20年ぐらい前に大きな戦争があったって話しは知っているのですが。」
「本当に知らないのだな。何か意図あっての事なのだろうか・・・・? まあ、良い。簡単に言えば、私の祖父にあたる先々代の『長寿王』アレク4世の後継問題にかかわる事だ。まあ、異名から察しがつくだろうが、私の祖父の長寿王アレクは異例なほどに長寿で知られ、85歳まで生きた。」
「それはおめでたい事でしたね。」
「それが、異例なほどに長寿の王は問題を起こす場合もある。長寿王アレクの場合は長く『生きすぎた』と言う者までいる。孫すらより長生きすると、王位継承は混乱する。ちょっと待て。』
アレク王子はごそごそと荷物から貴重な羊皮紙の手紙を取り出し、後ろに羽ペンで書き込み始める。
私と同名の祖父、長寿王アレクは5人の息子が生まれ、私の父、現王シグベール1世は後妻の子で5男だ。
まず、長寿王アレクには4人の息子が生まれた。第1王子ジャン、第2王子シャルル、第3王子ロベール、そして第4王子アンリ。王太子ジャンにはさらに3人の王子も生まれ、後継者には全く困るなどと誰が思うだろうか。その上に第3王子ロベールにも王子が生まれ、第4王子アンリは王位継承8位にあった。
そこで、隣国のエルフ国家であるバルガン大公国にアンリ王子が婿養子に出された。大公家はエルフの家系だが、子供の種族は母で決まる。大公の娘カテリーナ公女と結婚し、アンリ王子は「自分はランシア王国王位継承権を放棄する」と言う文書を念のために署名したが、王位継承する可能性等皆無に等しいと見られていたので形式上の物とすら言えた。アンリ王子とカタリナ公女の間にエダード大公の孫であり、エダード大公の世継ぎでもあるリチャード大公太子が生まれた。ランシア王国とバルガン大公国の間の友好も深まり、万々歳かに思えた。
とは言え、もう一つの大臣たちが頭を抱えた問題としては、祖父の長寿王アレクは大変な好色家だった事だ。若い頃から多くの妾を持ち、落胤は数人どころの話しでは無かったらしい。4人の王子を生んだマリア妃が60歳の老齢で病死した後、長寿王アレクは一人の庶民の女性と再婚して妃にすると言う異例な行為に出た。
私の祖母、アンヌ妃だ。
当時長寿王アレクは65歳、アンヌ妃は19歳だったらしい。大臣たちは庶民の女性を妃にするのは前例が無いとして止めたとの事だが、王は強引に押し通し、すでに後継者は孫の代まで定まっていたので、老齢の王の酔狂として強く反対されなかったと聞く。そして第5王子たる私の父、シグベールが生まれた。
歯車が狂ったのはその10年後、805年の天災と言われる『黒の疫病』が大流行した事だ。国民の三人に一人が亡くなったと言われる大災厄は特に子供を多く死に至らせ、王族も例外では無かった。長寿王アレクの孫の王子4人は全員が疫病で死去。その上に第2王子のシャルル王子も病死した。私の祖母のアンヌ妃も病死した。
王位継承9位でとても王となる事が考えられなかった父がいきなりジャン王太子に次ぐ、王位継承2位へと浮上してしまったのだ。数年後にはジャン王太子も61歳で病死しても長寿王は80を超えても元気に生き続けていて、若い第3妃イザボーすら迎えていたが、ついに85歳で亡くなった。
ここになって、私の父が庶腹、つまり庶民の子である事が蒸し返された。一部のランシア貴族が父を王にふさわしくないとして、父の従妹にあたるノルド公を王位継承に押し始めたが、ノルド公は肯定も否定もせずに全く沈黙を保っていた。イザボー妃がノルド公が王位にふさわしいと公言した事で混乱はさらに増していった。
そんな混乱の中にバルガン大公国のまだ幼少だったリチャード大公太子を『ランシア王』であると主張し始めた。エダード大公が公国軍を率いて参戦してきて、婿養子アンリ王子の王位継承権放棄はアンリ王子だけにあてはまり、その子、エダード大公の孫のリチャードの王位継承権は放棄されていないと言う主張だった。
庶腹の父を気に入らない貴族の一部はエルフである事に目をつむり、リチャード大公子をランシア王国の王と認める事を公言する貴族も相次ぎ、6年に渡る大戦となった。
最終的に父の軍がエダード大公の軍と決戦に挑み、両軍の被害があまりにも甚大であったが為、大公国政府が和平に応じてリチャード大公太子がランシア王国継承権の主張を取り下げる事で決着を見た。女神暦822年、つまりちょうど20年前の話だ。」
マジかよ。ちょっと前までそんな戦国時代みたいな話しだったわけか。
途中から話しと聞き始めたベルトランが
「俺は話しが全然分からんのだが。」
「簡単に言えば、色々と複雑だけど、ノルド公もリチャード太子もランシア王国の王座を狙っている可能性があるって事だよ、ベルトラン。」
「その通りだ。」
思った以上に事態は深刻だった・・・・
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中世ヨーロッパ豆知識#14:フランス史で長寿がゆえに王位継承が複雑になった例ではルイ14世等は有名です。
ルイ14世は77歳まで生きて、妻が病死した為3度結婚したと思われ、愛人も多く持ちました。王太子の長男より長生きし、息子の長男よりも長生きし、当時5歳の曾孫がルイ15世として王位を継承しました。




