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第13策: 努力と才能

馬を馬小屋に繋げ、家の中に入ると師匠が鉄瓶を暖炉の火にかけ、台所の壺を一つ一つ開け、


「殿下、少しお待ちくだされ、以前いただいた良質の茶葉があったはずです。」


「いや、お師匠それより、説明してください。俺らは物心ついた頃からお師匠に稽古をつけてもらっていますけど、お師匠が王都に行ったなんて覚えは一切ありませんよ。何でお師匠が竜騎兵筆頭騎士なんですか?」


「昔の話しだ。」


殿下が首を振る。


「ド・レミィ老、大政変の最中で王都を去った時、父君はそなたの役職をそのままに残し、それは現在も変わっておられぬ。役職の責務を放棄した事は不問にすると。」


「そうじゃったかな。」


「ド・レミィ老、毎年父君の使者から碌の金貨を受け取っていると聞き及んでいるが。」


「お師匠・・・・?」


「何もせんでもカネをくれると本気で言ってくる輩に何で断る必要がある、馬鹿馬鹿しい。それに儂は最初から王都の戻る気は無いと陛下に初めから念を押してある。」


「いや、父君もその事は承知であると私も理解しているが、諦めきれるのだと思う。」


目を白黒とさせているベルトランがようやく


「お師匠は今までかたくなに自分の事を俺達には話す事を拒んで来たのですが、お師匠って何故そこまで陛下に?」 


「ド・レミィ老は先代の長寿王と呼ばれる私の祖父ジャン10世の時代からの功臣だ。私の父君の剣術指南役でもある。そして、かの6年戦争での手柄を立て続け、父君の勝利に大きく貢献した知勇を兼ねそろえた英傑。ランシアの最高の騎士と呼ばれた人物だ。王都を去った後も父君が毎年碌(給与)を渡すと同時に王都への復帰を願う書を持たせていたが。」


「お師匠は何故王都を去ったんですか?」


王子殿下は微妙で複雑な表情をした。お師匠がお茶を淹れながら


「それは今となっては関係の無い事だ。大体儂が王都を去ったのは61歳だ。騎士として引退して当然の年齢だったろう。それがシグベール王が10年以上も毎年、老人をいたわる気は陛下には無いのか。」


「それにしても・・・・」


「王都落ちした爺なんて腫れ物扱いされて最初が相手にされず、10年もすれば大抵の人は忘れ始め、更に10年もすれば忘却の彼方で過去の人だ。」


明らかに詮索されたくないオーラを発するお師匠に押され、俺達は押し黙り、お茶を無言ですする。


「お師匠、ここに立ち寄ったのは」


「大体の事は察せられる。飼い葉と食料は好きなだけ持って行け。」


「かたじけない、ド・レミィ老」


「君主たるものが軽々しく臣下に頭を下げると価値が下がりますよ。大体20年近くも何もせず碌(給与)だけを受け取ってきた儂が王子の窮地にあってそれぐらいしてやらなかったらさすがに女神様の御勘気にふれそうですよ。」


とつぜんベルトランンとお師匠の顔がバッと上がる。


「ベルトランも聞こえたか。」


「はい、馬のいななき。騎兵10数人って所ですかね。」


「近いな、もう50トゥワーズ(100メートル)いないには居る。儂も老いたな、ここまで気づかないとは。ベルトラン、つけられた可能性は?」


「あり得ません。お師匠を教えの通り、定期的に馬を走らせたので、追跡者は身を隠しながら尾行する事は無理だったはずです。」


「なら王子がここに居ると知って来た可能性は低いようじゃな。荷造りをして裏からいつでも逃げられる準備をしておけ。何があっても出てくる事は禁ずる。儂が対応する。いいな。」


お師匠は暖炉の上から剣を掴み、玄関から踏み出て行った。


~~~~~~~~~~~~~~~


「ド・レミィ殿と見受けますが、正しいですかな?」


「如何にも、儂がユスタース・ド・レミィじゃ。」


12名のエルフ騎士たちが馬から降り、その隊長らしき人物がバスネット(大兜)を開き礼を取る。


「お初にお目にかかります。某はケント卿が配下、ケント群剣術指南役のアラン・アーガイルと申します。」


「一老人への挨拶にしては物々しいですな。今や儂はただの隠居の老人、何の役職も権力も持たぬ一人暮らしじゃ。こんな辺鄙な所へと何用で?」


「配下を連れて来た事は戦時中にて失礼をば。彼らは近隣に民衆にも、ド・レミィ閣下の家人にも危害を加える事は禁じてありますので、ご安心を。」


「家人には、か。先の戦争の恨みでもお持ちかな。儂に恨みを持つエルフは何百には降らないと思うが。」


「恨みではござりません。」


「ほう。」


「恐らく覚えてはおられないかと思いますが。某には2人の兄と父がいて。ケント卿の配下として以前の戦役に参加していて、閣下とは槍を交えました。長兄が貴方に討たれた後、父ともう一人の兄も閣下に一騎打ちに挑んで命を落としました。某は20年前はまだ若すぎて出陣できませんでしたが、北方紛争で初陣を済ませてきています。」


「敵討ちか。くだらん事に時間を使っているな。」


「とんでも無い! 敵討ちでもござらぬ。 某は武の家門に生まれ、強いと謳われた父と兄たちを尊敬し、目指して育ちました。僭越ながら某はアーガイル家の麒麟児と呼ばれていましたが、兄と父は尊s敬して止まなかった。」


「で、儂に討たれたと聞いて何と思った?」


「悲しみもありましたが・・・」


鳥肌が立つ様な剥き出しの殺気。


「兄たちや父を討てるほどの剣士がどの様な手練れであるか、是非とも知りたいと血が騒ぎました。」


「そうか。お前もこっち側の人か。」


「鎧を装着する時間は待ちますよ。何なら某が鎧を脱いで同じ条件で。」


「儂はいらん。この歳では鎧はかえって動きづらい。そちらはご自由に。」


お師匠は剣を中段に片手で構え、闘気が剥き出しのエルフ騎士とは対照的に静かな雰囲気だが、稽古では感じた事が無いまるでカミソリの様な鋭い殺意を発している。

エルフ騎士は両手剣の大剣を後ろに引いて、プレートメールの防御力を頼り、無防備な肩を突き出してジリジリと間合いをつめてくる。


ビュンと唸りを上げて大剣が空を切り裂いて師匠の頭に向けて高速で横になで斬りを狙うが、師匠は頭を斜め下に最小限ずらすだけで掻い潜る。


エルフ騎士は大剣に振り回される事無くビシュンと方向転換して斜め下に師匠の肩に向けて斬り下ろす動きに瞬きをするほどの時間で二の手として斬り下ろすが、師匠は後ろ脚を引き、体を僅かにずらすだけで大剣は空を切るだけの結果となった。


師匠は自らは手を出さず、剣で受け太刀すらせずい距離を取りながら次から次へと繰り出されるエルフ騎士の剣を裁いていく。


「嫌なものじゃな。何十年も剣に明け暮れ、師匠として数十人の剣士も育てればある程度剣筋を見るだけでその剣士の歩んできた道がわかってしまうのは。」


「グ、クク」


エルフ騎士は歯を食いしばりながらも剣を振り続けるが、師匠は舞を舞う様いスルスルと剣技を掻い潜る。


「『麒麟児』等と言うので、才覚溢れる剣が繰り出されてくるかと思えば、おぬしのこれを努力の剣じゃな。血のにじむ様な研鑽が未隠れする様な剣じゃ、才覚が無くとも一人前の剣士となれたのは並大抵な事では無かったであろう。」


「アーガイル様、頑張ってください!!!!」


エルフ騎士の従者より悲痛な声が上がる。エルフ騎士は渾身の力を込めた様なより一層い早い一撃を上段から師匠の頭上に向けて放ち、切り落とす。


その一瞬、師匠はシュパっと横の半歩避け、エルフ騎士の懐へと踏み入って間合いを詰め、次ぎの瞬間にエルフ騎士の膝関節の鎧を斬り割き、エルフ騎士が前方へと倒れ込むと同時にバスネットの裏から首に剣を指し落として止めを瞬時に刺した。


「残念ながら、人の努力は有限じゃが、才能は無限。76歳にして衰えた儂にも敵わぬおぬしの剣は100年たっても届かぬのが無情な戦場じゃ。」


出た、師匠の才覚絶対主義。胸が少しばかりズキリと痛む。


~~~~~~~~~~~~~~~


残る10数名のエルフ騎士は


「若様ぁ・・・・」


と涙を流しながら馬を降りて主君の遺体を丁重に馬に乗せに動き、遺体を引き取ったら、そのまま何も害意も見せずに去って行った。


師匠はその光景を無言で見送り、荒々しく玄関を開け、バン!と閉じた。表情がすこぶる機嫌が悪く、ギロっと俺達を睨む。


いや、俺達は何もしてないでしょう?


「早々にここより立ち去るが良い。日没まで数時間はある。食料はワインは好きなだけ持って行け。儂も荷造りして早く立ち去る。ここがバルガン公国のエルフ軍に知られているとなると、功名心、復讐心、好奇心、どんなヤツが来るかは予想もつきはせん。」


師匠が何故不機嫌なのかが分からないが、師匠の「話しかけんな」オーラは殿下すら気おされている様だった。


この圧には殿下まで気おされた様で俺達は無言で荷造りを急ぐ。師匠の言う事ももっともだ。すぐに追手が師匠の家へと向けられる可能性は低いが功名心にかられた兵100もこの家に向けられたら俺達もとばっちりで打たれても不思議ではない。


干しパンが足りないので食糧庫に急ぐと師匠とかちあう。師匠は無言で干しパンを袋に入れている。


き、気まずい。


「師匠は俺達と一緒にモンメラクに向かうのですか?」


「ん? いや、儂は行かん。」


「では、何処へ?」e


「古都レームは間防壁が高く、知り合いも多い。東から迂回すれば、馬車でも行ける。ナオネトが落ちなければまず安全であろう。お前たちが頑張れ。」


「殿下のお力にはなっていただけないのでしょうか。」


「無茶を言うなて。儂をいくつだと思っている。78歳じゃぞ。リームへと馬車で移動するだけでもこの老骨には酷じゃ。動けるのは精々20分が限度、以後は体が動かなくなる。集中力の長時間は続かん。いまさら新に宮仕えを始める気は起こらん。まあ、成長したあの王子がどの様な主君か興味が湧かないと言ったらウソになるがの。」


「俺とベルトランの初陣とあってでも、ですか?知恵だけでも授けていただけたら・・・・」


師匠が難しい顔をして、しばし無言で荷造りを俺達は続ける。


「ヒューゴ。お前とベルトランは一人前だと伝えただろう。一人前なら自分で何とかせい。」


「ずいぶんと絶望的な戦況にも思えますが。」


「儂とシグベール王の若い時もそんなじゃったな。酷い状況でも何とかするのが功臣じゃぞ。」


やはり師匠は俺達の安否にはあまり興味が無いらしい。


「分かりました。」


さらに居づらくなった俺はヒョイヒョイと残る物資を詰め込み、逃げる様に退室した。胸がチクチクとする。

                                                                                         


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中世ヨーロッパ豆知識#13: 歴史上ではお茶がヨーロッパに持ち込まれたのは大航海時代の17世紀に入ってから。当初は緑茶のみが輸入されていて、高級品と言う認識だった。なので中世ヨーロッパでお茶が飲まれていたと言う記録はありません。インドで紅茶が栽培され始めるのも17世紀に入ってからです。


しかし、中国では3世紀ADからお茶が記録されていて、中世までは緊圧茶と呼ばれる大きな固形型に圧縮されたお茶が一般的で、それを一部崩して飲むのが普通だったそうです。本作ではその様なお茶が輸入されていると言う設定にしています。

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