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第10策: 双子

「ピーピヨピヨピヨ」


と言う小鳥の鳴き声で目が覚める。


早朝の馬小屋はまだ薄暗いが先日の雲模様が晴れた事で朝日が近い事が空の明るみより分かる。幸いストーブの影響もあり大体服は乾いた様だ。


ベルトランはまだ寝ているが、寝坊には無縁の男だ。あと少しも空の明るみがさせば、すぐにも飛び起きるだろう。


この男の豪胆さにはつくづくと驚かされる。先日の衝撃で俺は質問や疑問が頭にこびりつき、なかなかに眠りにつけなかったが、ベルトランはおやすみと言って瞬時で熟睡した。俺はグルグルと思考が巡りまくり、中々寝付けなかった。


王子が女性? 何故? 何時から? 本物の王子は別に居る? しかしこの顔は会戦前に観ていてとても影武者とは思えない、それ以前から入れ替わっていた? 王子の安全の為に? しかし、影武者を立てるにしても、何故女性を? 王子が絶世の美形だから女性しか似た人が見つからなかった? そもそも、こんな美人はそうはいないぞ・・・いやいや、変な方向に思考が偏っている。


「王子」の方を見る。失神した人物を濡れた服のままにして置く事はできなかったので、服はなるべく見ない様に脱がせて馬の鞍の下に敷いていた布を毛布代わりに羽織らせ、その上から藁をかけて体を温めようとした。前日とは違い、頬に血色が戻っているので、見た所では問題が無い様に見えるが、頭を強打した可能性があるので何とも言えない。この世界では当然脳出血の治療法等は存在しないとは思うので、何も深刻な問題が無い事を祈るばかりだが・・・


「う・・・ん」


王子の目が開き、目が合う。長い一瞬、俺たちは無言のまま見つめ合う。彼女はバッと下を見て、また上を見たと思うと驚くほどのスピードで立ち上がる、辛うじて羽織っていた布地が体に巻き付いていたままだったが、彼女は壁にかかっていた剣を俺に向けて手を伸ばし、左手首を掴む。


「スト―――プ!止まれ!」


「ガブッ」


「ギャー――、痛ててててててて、待て待て待て」


「ドン!」


王子のかかとが俺の右足首の上を的確に蹴り、激痛が走る。一瞬の隙をついて俺のみぞおちに彼女の右後ろ肘が入る。


「グア!」


俺が崩れ落ちると同時に王子が左手で剣を壁から掴み取り、右手で鞘から抜き取った瞬間、


「はい、ちょっと待ってくださいね。」


ベルトランが後ろから王子の両腕を掴み、一瞬で彼女の背中を後ろに引き戻して関節を極め、剣はゴトンと床の落ちた。


「殺せ!辱めを再び受けるくらいなら舌を噛む!」


「はい、冷静に、俺たちは味方です。女神に誓って何もしていませんからご心配無く。」


「味方が何故服と鎧を剥ぐ!」


「お前が川に落ちてびしょ濡れで失神してたからに決まっているだろうが!」


と床からの俺の叫びが早朝の馬小屋に響いた。


~~~~~~~~~~~~~~~


「済まなかった、ランシア王国の王子として救ってもらえた臣下に対し厚く褒美をとらせるべきである所をこの仕打ち、主君としてあるまじき行為だった。」


「いやいやいや、王子殿下、あの状況では無理からぬことです。」


お前が言うな、ベルトラン。


だがまあ、この王子は臣下に対して誤解を素直に謝罪する度量はあるようだ。いや、この状況では俺たちに頼る必要性があると言う打算か政治判断か?または小心者と言うところか?もうちょっと観察しないと・・・・


王子殿下は青黒い髪を後ろに束ね、その髪型が女性と分かった今は短いポニテに見えるのが現代人(?)の性。昨晩理解したのは王子は胸をサラシの様な布で日頃より圧迫している様な事で、今も再び服を着て男装していて、違和感がほぼ無い。この世界の一般的な男性のややぶかぶかなズボンのスタイルは彼女の女性らしい下半身のラインを隠すにも最適と言える。


なお、普段はやや意図的に声を低めて喋っているらしい。既にバレている俺たちにはもっと高い女性の声で喋っている。


こうして見ると「男」だと言われると中々気付かれない程度の工夫が凝らされている様にも見える。まあ、命が惜しい者は例え疑問に思ったとて確信無くして憶測を広めたりする命知らずもあまり居ないだろうが。


「で、ここまで来たならばすぐにもここを出て追跡を逃れる必要がありますが、外でお話しする事も抵抗があるやもと思いますのでここでお聞きします・・・・王子殿下は()()()()()殿()()なのでございますか?」


王子は表情を凍り付かせ、目を閉じた。その時間は恐らく数秒でしか無かったと思うが、王子が口を開くまで長く感じた。


「私は王、大臣たち、騎士団長、諸侯、この国の民に常日頃からアレク王子()()()()()()()()()()()人だ。、私は物心がついた頃からアレク王子を名乗る様に教育を受けて来て、私の周りの人も皆私をアレクと呼ぶ。」


「アレクと『呼ぶ』?」


「いや、私はアレクになったと言うべきか。元々のアレク王子は私の弟だ。18年前、私の父君、シグベール王に世継ぎが生まれたとして大変な宴が全国で開かれた。双子の誕生だった。私が姉、弟がアレク王子で王太子。

ところが、数か月後に流行り病により母とまだ新生児だったアレク王子が相次いで亡くなった。一方私だけは病から回復して生き残った。」


おいおい、と言う事は・・・・


「ここで父君は騎士の鑑と言える様な行動、そして王としてはあってはならない決断をした。亡くなった母君カタリーナ妃に愛を貫き通して生涯独身を女神像の前で誓ってしまった。世継ぎを失ったのに、だ。

頑固な父君に頭を抱えた側近は王妃と()()が亡くなったと発表した。つまり、弟が生き残り、私が病死したと偽ったのだ。その日より、私はアレクとして育てられ、父の側近中の側近と私の側仕え以外でこの事実を知る者はいない。」


スーーーーーハアー――――、なるほど。話しの筋は通っているし、嘘を吐いている様にも見えない。藪をつついたら蛇どころかヤマタノオロチが出て来た様な気分だ。これは王子を送り届けた後に秘密を知った俺とベルトランが消されても不思議じゃないな。姫様次第って所か。


だが、俺達を警戒と不信の目で見ている。当然だが、それは俺にもベルトランの命にすらかかわる。


どう出るかを一瞬戸惑った瞬間、俺より先にベルトランが口を開く。


「姫殿下、いや姫様?」


「『王子殿下』、だ。他者にどんな些細な事で漏れるかわからんので、父君を含む私の秘密を知る者も皆私をアレクか王子と呼ぶ。お前たちにも私を姫と呼ぶ事は一切許さん。」


凍り付いた空気が場の雰囲気を重くする。


まずい。非常にまずい。王子の信用を得なければ、送り届ける時に確実に殺される。いっそ王子を売り渡すと言う手もあるが、王子が居なくなって王国の防衛体制は崩壊し、全土にあの惨状が広がるのは容認できないし、俺の母さんやベルトランのうちの叔母さんも無事では済まないかも知れない。


そもそも、この王子は見どころがある様に見える。ひょっとしたら俺は俺の「劉備」を見つけられたのかもしれない。逆にこっちが三顧の礼を取るべきか?どうやって?


あ、こうして女性として見るとまつ毛が長いな。きれいな目だ。


ええい、アホか俺は。あの目ににらまれるとどうしも思考が定まらない。

実際は短い沈黙だったとは思うが、俺が躊躇した瞬間にベルトランが割り入る。

「なら王子殿下ですね! わかりました! 使い分けとか間違えそうで俺とか怖いんで、こっちの方が実に分かりやすくて嬉しいです。俺達としては実質的に何も変わらない、これまで通りにお守りお仕えして安全なところまで届ければ良いって事だけですね。」

ピカーとした一切裏表のない満面の笑みの表情を浮かべるベルトラン


「・・・・」


俺もアレク王子も一瞬あっけにとられポカーンとベルトランを二人で見返した、緊張した空気がシュルシュルと音を立てて萎んでいった。これがベルトランの誇る天賦の才。一瞬で自分の疑いを晴らし、人の信用を勝ち取る。


「な、何も変わらないなら何より。これから頼りにさせてもらう・・・・」


とアレク王子が何とか返す。


追い討ちをかける様に俺もベルトランの波に乗る。


「王子殿下、私もベルトランと同じ思いにございます。何としても安全に殿下を送り届け、王国軍の立て直しにより故郷たるナオネト港の安全を確保する事が我らの望み!私、ヒューゴ・ダラミッツと我が兄弟も同然のベルトラン・ド・ポルタワの望み!」


故郷を守ると言う嘘偽りない動機を明確にする事で王子に打算的な面でも利害の一致を示すと事に意味はある!


「ダラミッツ・・・・?」


王子が眉間にしわを寄せる。


「ならダラミッツとド・ポルタワ両名に今問う。お前たちは私と女神様とそしてお前たちの各自の母親の名誉をかけて臣従の誓いを私個人に誓えるか?」

王子の目は挑戦的に光り、ギラっと俺達を睨みつける。


「もちろん誓います。」


と俺は迷いなく答えた。


「俺も当然誓います。」


とベルトラン。


王子は躊躇なく主従の誓いを行った俺達を見て口を少し開いたポカーンと拍子抜けた表情をしている。


「う、うん、そうか。誓ってくれるか。この窮状で良き家臣に恵まれてお前たちと女神様に感謝をする。」


予想外だったのか?女性主君に躊躇無くに従うと誓ったからか?そういえば、現代人の感覚を持つ俺はともかく、そういう意味ではベルトランは凄いのか?


「フーーーー」


と息を吐きだし、王子も覚悟を決めた眼光を帯び、厳しさだけの表情だったのが少し緩む。


「よし、そなたたちは信用に値する。我が命をそなたたちに預けよう。すぐにも出発しよう、ここが敵に探索される可能性も十分にある。」


ずっとへの字に保たれていた王子の口元が初めて笑顔に近い表情を帯びたその時。


「シ!」


ベルトランの表情が変り、馬小屋の外を見て、かがめと手で合図する。


「もう遅かったかも知れません。」


「ヒヒーン」


馬のいななきが驚くほど近くに聞こえる。


探索隊なのか、馬上のエルフ斥侯4騎が馬小屋の外から50トゥワーズ(100m)も無い距離にすでに接近して、こちらに向かっていた。


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中世ヨーロッパ豆知識#10: 太古の馬は人が乗れるほどの大きさが無く、馬車や戦車を引く為に使われていたのが、大型化を目指したブリーディングを繰り返し、人が乗れる程度の馬が発達したのはヨーロッパでは古代ギリシャ時代ほど。その馬の大型化・改良はローマ時代にも続いていた。


しかし、西ヨーロッパではローマ帝国の崩壊とともに馬の大型化へのトレンドが逆行する。ローマ帝国に勝利した一部のゲルマン民族や北欧人は歩兵主体の軍事文化で軍馬を重視しなかった事にも要因し、大飯ぐらいの大型馬は好まれなかった。


そんな中で一部のフランク族はローマ帝国の大型馬を守り続け、それがシャルルマーニュに受け継がれたのがフランク族、後にフランス王国の母体となる軍の破格の強さの重騎兵の原型になったと言う。スペイン等は中世中期まではイスラム勢力に統治された事により、アラビア種の大型馬の血統も取り入れ、騎馬を重視するアラブ圏の統治だった為大型馬が維持された。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 場面展開が早くて面白い。
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