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第1策: 馬糞と鎧

 諸葛孔明みたいになりたいなあ。


 もう何か月もベッドから起き上がれない俺にとって、この病弱な体がもたらす絶望から逃れられるのは本の世界に逃げる事だけだった。その中でも三国志演義が好きで、何度も本がボロボロになるまで読み返した。


 晩年の立ち上がる事もままならない状態でも孔明が敵を震え上がらせるのはこの上なく痛快だった。


 孔明に憧れて、俺は手あたり次第に戦史や歴史も読み続けていったけど、現代の日本で、特にこの体で自衛隊に入る事もできないのに、どこで軍師をやるつもりなんだ。と自分を笑う事はあっても、一時でも現実から目を背けられる幻影の夢を追う事をやめられるほど俺の心は強くは無かった。


 走る様になれる事を諦めたのは何歳の時だったっけ? 再び歩ける事をもう諦めたのは何時だったっけ?


 もう忘れた。


 ドクン!


 また発作だ。この頃多くなったなあ。


 息が苦しい。必死で息を体に吸い込もうとするけど胸が重くて入らない。ナースコールのボタンが遠い。


 母さんは・・・さっきちょっとコンビニに行ってくるって言ってたっけ。せめて母さんにさよならぐらい言わせてあげないと。


 ドクン!!!


 あ、これ。わかる。ダメなやつだ。


 母さん、最後の最後までごめん。


 ああ、もっと外に出たかったなあ。世界を見たかったなあ。この色々と知れた知識を使ってみたかったなあ。友達を作ってみたかったなあ。女の子と仲良くなってみたかったなあ。


 ・・・孔明みたいに尊敬できる人、人の為になれる人になってみたいなあ。


 神様、次はもう少し・・・


「ピーーーーーーー」


 ~~~~~~~~~~~

 ***20年後***

「慎吾~。シンゴ~・・・」


 ・・・母さん?


(野太い声)

「おい、ヒューゴ、起きろ、お前らしくないぞ!」


 良く知っている暑苦しい男の顔が見下ろしている。


 この世界ではほぼ全ての男の髪型である後ろに縛った髪。自己主張の激しすぎるデカい顎、2メートル近い長身と丸太の様な太い腕、この世界では普通の深い緑色の髪色。


 一方俺は固い板張りの床からアイツを見上げていた。体にかかっているのは布団や毛布では無く、床に敷かれてチクチクするワラ。あまり掃除の習慣の無いこの世界で日常的に感じるじょりじょりとした肌にへばりついた砂の感触。


 久しぶりに日本の夢を見たせいか背中や肩が痛くて日本のベッドが懐かしい。


「うるせーよ、ベルトラン。いつもデカい声で。今起きる所だよ。」


 こっちの世界では体が軽々と自由に動く。健康だ。


 6歳の時に転生を自覚して、早くも14年が立った。俺は前世の記憶はほぼ取り戻したが、今の俺はヒューゴ・ダラミッツ、20歳。もう前世で亡くなった時の自分より年上になっていた。


 ベルトランが再びでかい声で


「マジで急がないと騎士たちにどやされるぞ!」


 軍師を夢見てもう一度の人生を願った俺だったが、神様がくれたこの第二の人生は「騎士の世界」でのリスタートだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

「カルラおばさん、おはようございます」


 とベルトランがニコニコと(こっちの)母さんに挨拶する。


「おはようございますベルトラン様」


「こっち」の母さんはまだ38歳で日本の俺の常識では20歳の子供を持つ人としてはずいぶんと若い。でも、15か16で嫁に出るのが普通のこっちでは普通だ。


 母さんは化粧もせず、苦労が絶えない日々が続いた事もあり、ずっと年上に見える時も多い。こっちの世界の女性は全て髪を後ろでいくつかの団子状に結うのが常識とされている。母さんの髪も同様に結われているけど、すでに多くの白髪が混じっていて朝日に目立つ。


 母さんは糸を紡いで布を織る日課にすでにとりかかりながら、ほとんど作業から見上げずに



「ヒューゴ、もう朝日はとっく昇って6つの鐘もなり終わったよ。急がないとお勤めに間に合わなくなるよ!」


 それは確かにマズイ! 急いで服を着替えて、昨晩の残り物のパンとチーズをテーブルの上から掴み、玄関から急いで出ようとすると


「ヒューゴ、お父さんに挨拶!」と母さんの声。


 俺は立ち止まり、母さんから手渡された種火で玄関横の女神像と位牌箱の前に置かれたロウソクに火を点けて手を合わせ、


「父さん、女神様、行ってきます」


 と言い、貴重なロウソクを吹き消して玄関から飛び出した。


 小さな一階建て・一部屋で石造りの我が家から出ると、早春の冷たい潮風が丘の上まで吹き上げてきて眠気が一気に覚める。パサパサなパンとねっとりしたアオカビチーズの組み合わせは十数年も食べなれたランシア王国の庶民的朝食。


 急ぎ足でパンを口に詰め込みながら早朝の土づくりの脇道を抜けると、石造りの大通りへと出た。


 そこから見える街並みはいわゆる「中世ヨーロッパ」的な風景が広がっている。本通り沿いには3~4階建ての木製の建物が多い。タワマンとは逆でエレベーターの無いこっちの世界の常識では1階が金持ちの住居。


 俺とベルトランの仕事場である「騎士鍛錬広場」は城下町の外にある。なので俺達は急ぎ足で大通りを下っていく。


 夜は明かりが無い分、こっちの世界の一般庶民の朝は早い。まだ夜明けから数十分もたってない内に商人、職人、漁師や水夫も仕事に向かって朝のラッシュ状態になっている。


 こっちの世界に転生して、前世の記憶と人格を受け継いだ当初は中世ヨーロッパにタイムスリップした可能性もちょっと考えた。だけど、青や緑の髪の人も居るし、そもそもタイムスリップ説を完全に覆したのが・・・


「グンターおじさん!」


 ベルトランの大声でハッとすると、大荷物を積んだ馬車に牛2頭を繋げた長い銀色の髭を伸ばした黒い皮膚の恰幅の良いドワーフが満面の笑みで大きなキャラバン隊馬車から手を振っている。豪華な黄金の首飾りと


「オイ、おめーら、止めな!! 止めるんだって!!! 坊主ども、またデカくなったなあ。特にベルトラン、お前はデカすぎだろう、どこまで大きくなったら気が済むんだ!」


 グンターさんはキャラバン隊長の豪商人。自由都市群から香辛料をはるばる持って俺達の国、ランシア王国の大貴族へ売りに来る。王国の鉄や鋼製品、バルガン大公国のエルフ製の布等を仕入れ、自由都市群へと往復。


 春と秋に年に2回ここ、ナオネト港に訪れる。


挿絵(By みてみん)


「ヒューゴ、ここに来る途中にオシタニア名物の良い干し肉を手に入れたんだ。御母上に挨拶に上がる時に置いていくから、今夜美味い肉が食べられると期待していいぞ!」


「ありがとうございます!」


「勤めをさぼるんじゃねーぞ、坊主ども!!!!」


 ガラガラと音を立ててキャラバン隊が俺たちとは反対方向に本道を貴族街と城に向かって登って行った。


「そういやヒューゴ、グンターおじさんとヒューゴの父上の間の『男の約束』って何の話しか聞いてくるって前に言ってたけど、あれどうなったんだ?」


「それが俺には全然話してくれないんだよなあ、何かはぐらかされて。母さんは何か知っているみたいだけど。何かあるのは確かなんだけどなあ、母さんが商人からそれなりの理由も無く恵んでもらう事を良しとする人じゃないし。」


「わはは、そりゃあ、違いない。」


 とベルトランが豪快に笑う。


 教会の鐘が3度鳴り響いた。


「ベルトラン、そろそろ急がないと本格的にヤバいぞ・・・って言ってるそばから何やってんだテメエ!」


「いやなに、この爺さんの馬車の車輪が穴にはまっているんで」


 ベルトランはいつの間にか立ち止まって農民の爺さんの馬車を押していた。馬車の車輪が道の浅い溝にはまって馬車が動かなくなってしまった様だった。


「すぐ終わる!」


 大の男が数人集まってびくともしなそうな野菜が積み上げられた馬車をベルトランは後ろから掴んだ。ベルトランが力を籠めるとシャツがはち切れんばかりに筋肉が膨れ上がり、馬車の後輪が持ち上がり、前へと押し出され、ベルトランはドシンと馬車を落とした。


 相変わらずのバカ力だな、まあ見慣れてはいるが。


「朝からそんな体力を使っているとバテるぞ」


「いや、大丈夫!」


 まあ、そうだろうな。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 俺たちは毎朝の道を進んでいくと市内から抜け出でて、城壁の外に出るとそこには見渡す限りの麦畑が主に広がっている。畑の他には町道の横には兵士訓練用の広間があり、騎馬戦闘、剣術、弓術の訓練施設があって、騎馬用の馬房があった。俺たちの「軍師」とは全くに無縁の仕事場だ。


 ベルトランの掛け声が早朝に鳴り響く


「えっほ、えっほ」


「おい、ベルトラン。『その品性の欠片も無い掛け声をヤメロ、それでも貴族か』って騎士様にどやされるぞ。」


「おお、済まん・・・ ほいさ、ほいさ」


 1ミリも改善してないぞ、ベルトラン。


 まず最初にベルトランと俺が取り掛かるのは馬房の掃除と騎士用の馬の世話。馬房の掃除には大量の水が必要なのでまず怪力のベルトランが大きな樽に水を河から組み入れ、手押し車で馬房まで持って来て大きな木製の水槽に入れる。


 その間に俺は馬房の扉を開き水桶と飼桶(餌用)を取り外し、水槽の水で馬房を洗う。また、水飲み桶に水を入れて行き、馬に一匹ずつ与えていく。オート麦を山盛りに飼桶に入れ、ベルトランと二人で大量のボロ(馬糞)をショベルで手押し車に乗せ、後で農家が肥料に使う為の肥溜めに落とす。


 各馬の藁を汚れた藁と清潔な藁に分け、不潔な藁は捨て、藁を補充する。馬をブラッシングして、足を点検。蹄鉄の付け直しや修理が必要な馬にマークを付ける。


 慣れた仕事とは言え、馬の糞尿はくさい。豆だらけの頑丈な手とは言え、手についた擦り傷や小さな切り傷は絶えず、手袋も無い。不潔な環境で正直病気にならないのが不思議なぐらいだ。汚れた藁に群がるコバエがうっとおしくてしようがない。


「ふーーーーーー」


 軍師からは程遠いなあ。


 十年近くも馬のクソを掃除する人生を過ごしてきたけど、父さんの様にこのままそれだけの人生が30年も40年も続くんだろうか? 馬のクソの世話の為に女神様が俺を転生させたんだろうか? 


 せっかく体が動く人生をもらえたからには、何かを成し遂げたい。何者かになりたい。


 けどなあ・・・


 これらの重労働だがあれこれをやっているウチに騎士が到着し始める。騎士が騎馬鍛錬を始める時間までに馬房の掃除が終わっていないと大目玉だが、俺らはギリギリ終わらせられた。


 騎士(シェヴァリエ)が入ってくるに連れて、一人一人挨拶する事は必須。


「アルベール殿、おはようございます。」


「ジャン殿、おはようございます。」


「トリスタン殿、おはようございます。」


 俺らは礼をとって騎士を「殿」と呼ぶ事は絶対だ。でも騎士様たちのほとんどは俺たち騎士見習い(エクイェー)の身分の下級貴族にまともな挨拶する騎士は稀だ。名前を憶えてくれたら驚くレベル。


 馬房の掃除が終わった後も俺らの雑務は終わらない。騎士の鎧や武具の点検と、剣や槍の手入れ、設備を延々と磨く。騎士の鎧に着付け。訓練装備の補充や移動。騎士たちの豪華な昼食の用意と給仕。


 この世界の現実を俺は今なら少なからず理解している。この世界ではまず「身分」が無いと誰も話しを聞いてはくれない。どんなに優れた考えがあろうとも、身分を持たない者は誰にも話を聞いてもらえないし、決断権を持つ人と会う事すらできない。


 この世界に転生した時に女神様は二つの物をくれた。


 一つは病室で戦史の次から次へと読み続けた事で得た前世の知識。


 もう一つはこの世界での体の頭脳。前世と比較しても知識が面白い様に脳内に吸い込まれていき、学んだ事は何でも一瞬で忘れずに把握できる。頭の回転もより速い。


 この世界に学校や試験を通して出世する機会を得られる制度があれば凄いチート能力だったかも知れない。


 だけどこの世界は学力主義や受験も、科挙や資格テストも、実力主義のメッキすらない。あからさまな血統と世襲だけの中世社会だ。


 最低限の学校すらも無いので、俺達は読み書きは父の旧友である師匠から剣術も、読み書きも、基本的な戦術等も学べた。そんな人が居てくれて幸いだったけど、大学はそもそも無いし、親の職を受け継ぐ以外の選択肢も基本的に無い。


 来る日も来る日も馬糞を掃除するだけで何年も過ぎていった。馬糞の掃除が上手くなっても軍師になれる日が来るとも思えない。


 前世とは違い、今回の人生ではそこそこ力も体力もあり、努力の甲斐もあって平均以上は身体スキルを手に入れた。ベルトランの様な規格外のモンスター出なくても、弱くは無い。剣術の努力もしてきて、お師匠に一人前の認定も貰えた。


 戦に出て出世していけば、ワンチャン軍師への道が開けるかも?!


 けど・・


「平和なんだよなあ」


「ヒューゴ、驚かせるな、何をいきなり。でもまあ、そうだな。もう大戦が起こったのは20年前の王位継承戦争になるのかな?」


「俺たちが手柄を立てて騎士に取り立てられるには、盗賊団の退治とか、猛獣駆除とかか?」


 ベルトランはポリポリと頭を掻き、


「結構な事じゃないか。お前の御父上もいつも口癖の様に言ってただろう? 出世や地位なんて人生の真実とは関係無い。家族と偽りなく過ごせて、腹を減らす事、も無く天寿を全うできたら、それは女神様からの祝福で・・・」


「『縛られない自由』。覚えているよ。父さんが何時も耳にタコができるほど言ってたから。」


「まあ、お前さんの御母上への恩返しをする為にも、戦場いくさばで手柄を立てて大出世と行きたいなとは俺も思わないでも無いぞ? 本気の話し。だが、それはそれとして、実際に俺は君の御父上の話しはすごく尊敬できたぞ? 戦争なんてのは民草に負担が多大だし、まあ起こらない分にはこれからも馬の世話を頑張って食べて行ければいいんじゃねえか?」


「でも、老人になっても鎧磨きと馬糞の掃除だけで人生を終えるのは寂しすぎないか?」


「おい、親友。お前の目にはお前の御父上は寂しい人生に映ったか?」


「・・・・」


 等と話しながら作業を進めていたら、正午も過ぎて数時間もすると騎士たちは鍛錬を終えた。彼らは役人の任務や要人の警備などの責務を果たす為に徐々に訓練所から去っていき、ようやくベルトランと俺が武術鍛錬をする僅かな時間が取れる。


 ベルトランの獲物は父から受け継いだ大型の諸手剣のグレートソード。俺も父から受け継いだ片手のロングソードと盾。下級貴族の俺らは騎士様たちの様な鉄製のプレートメールはとても手が届かないので、僅かな鎖帷子で部分的に補強された皮でできたレザーアーマー。


 ベルトランは怪力により軽々と重い大剣も自由自在に振り回すバケモノなので、まともに受け止めようとすると吹っ飛ばされる。なので、俺は盾で受け流しながら懐に入る戦術を使うけど、正直ベルトラン相手では10本の2本取れれば良い方だ。


 アイツは武に関しては天才だ。


 ベルトランと組手をやって、乗馬訓練を終えれば、もう夕方の馬の世話の仕事に突入する。一通り馬の世話が終われば夕暮れとなり、ベルトランと俺の一日の仕事が終わる。


 例え女神様が第二の人生をくれたのは感謝している。今回は病弱じゃないし、ベルトランの様な親友が居るのは本当にありがたいんだけど。


 前世の知識があっても、

 孔明の様な頭脳があっても、

 身分も財産も装備も機会も無ければ、今回の人生は馬小屋で糞の掃除で終るかもしれない


 この人生が始まって早くも20年、軍師への夢へとは道すらも見えずにまたも一日が過ぎてしまった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 夕暮れが町を赤く染める中、俺とベルトランは家へと帰った。ベルトランはウチの隣にある自宅に帰り、


「母上を連れてすぐ来る」


 といつもの様に言って、とりあえず別れた。


 俺が自宅に入ると母さんが作っている根野菜の煮込みスープの匂いが漂ってきた。


 予想通り、ドワーフ商人のグンターさんがテーブルに座り、シードル(リンゴ酒)を飲みながら旅の話しをしていて、母さんは微笑んでいた。馴染の光景だ。


「おお、坊主、良く帰ったな、仕事に遅れてどやされてきたか?」


「グンターさん、呼び止めておいてそりゃないでしょう、間に合いましたよ、もう!」


 グンターさんと話しているうちにベルトランが彼の母上の手を引いて入ってくる。


 母さんが


「姉さん、ベルトラン、いらっしゃい」


 と迎える。ベルトランはニッコリと笑い、母をテーブルに座らせるが、彼女はいつも通り虚ろな目で回りに反応しない。慣れているグンターさんはまったく意に介さずに話しを続けている。


 グンターさんは約束通りに美味い干し肉を持ってきてくれていて、肉はさらに美味い物に母の手で進化させられていた。干し肉を煮汁で戻し、マッシュルーム、ニンジン、玉ねぎ等の庶民にも手に入る野菜に少量のワインで蒸し煮にして、薄く焼いたそば粉のクレープにくるまれたガレット・レドネーズ。


 薄いそば粉のパンケーキの様なガレットに嚙み込むとジュワっと戻されて柔らかくなった干し肉や野菜の味が口の中に広がり、アルコール度の低いシードルをくいっと飲むとため息がでるほどに美味い。


 母さんの味だ。


 グンターおじさんもバクバクとごちそうを食べていて、ベルトランも虚ろな表情の母に少しずつ食べさせながらも自分も食べ進んでいる。


 一日の出来事や、グンターおじさんのキャラバンの冒険談などで夕食がにぎわっていたが、しばらく沈黙を保った後にグンターおじさんの表情がいきなり変化して真剣な表情で俺とベルトランに向いた。


「坊主たちは赤ん坊の時から俺は毎年見てきているんで、ワシは他人とは思えない。だからここからは本気(マジ)の話しで、本当にワシが心配だから話す事だから耳をかっぽじって聞いておけ。」


「坊主たちはワシがランシア王国の北や西に情報網を持ち、海外のエルフ商人たちとも交流を持っている事は知っているな。」


 俺とベルトランは見合わせて無言でうなずく。


「ここから南西に行くと、グレンウッドと言う森がある。ランシア王国であって、ランシア王国では無いエルフの地だ。古い協定によりエルフは自治権を保ってきたけど、この頃はやれ、エルフが人間を袋叩きにしただの、人間がエルフの森で密猟をしただの、人間が森の一部を焼き払って畑にしただの、色々ときな臭い。ひと月の間にもう両側に死人が出た。戦は時間の問題だ。」


 俺は不思議に思った。

「森って言っても、王国と比べたら戦力は全然違いますよね。何でグレンウッドが王様に勝てないのに戦おうなんて思うんですか?」



「それは商会でも話題になっている。グレンウッドの森のエルフたちは裏で全てのエルフ種の盟主を掲げるバルガン大公国がバックについているのかも知れない。大規模な兵の収集があるとワシらは見ている。あと、商人のワシの感じゃが、この大戦は何かきな臭い。坊主ども。命あっての出世や親孝行だからな。責務を果たすのも、手柄も大事だが、まずは絶対に生きて帰ってこい。」


 グンターおじさんが強く俺とベルトランの袖を掴んで眼が心からそう言っているのが伝わってくる。


「ともあれ、坊主たちは初陣だ。初陣には初陣祝いだ。ドワーフの名工に作らせた売り物だったが、売れ残ってしまった余り物だ。これを皮鎧の下に着て行け。」


 とグンターさんが部屋の隅においてあった2つの箱を指さした。開けてみるとベルトランと俺の寸法にぴったりと合わせてあった胴体と上腕を守る立派な鎖帷子が入っていた。

 深刻な顔のベルトランをよそに俺は目を輝かせていた。


 機会

 初装備


 の問題が意外な形で解決した。


 これは、ひょっとして、ひょっとすれば・・・・ 軍師への道の第一歩が開けたのかも知れない。




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中世ヨーロッパ豆知識#1:作中で登場するそば粉のガレットのモデルは実在するガレット・ブルトンヌ。フランスの最西部にあるブルターニュ地方の料理。ガレット・ブルトンヌは14世紀頃から食べられていて、中世ヨーロッパでもブレターニュ地方の一般的な庶民料理の一つだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルで中国ものかと思ったらヨーロッパのお話で、興味が湧きました。
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