二話「リンの本音」
「どうぞ」
「ありがとう。ごめんなさいね、私の体が弱いばっかりに……」
「そんな、あなたは王族なのですから、何も遠慮することなどないのです」
そんなやり取りを本を取るたびにしている。シャロンはわかってやっているのだが、リンはそれでもめんどくさがったりはしない。
「それではシャロン様はおくつろぎください。それでは」
そう言ってリンはリヴィアを連れてシャロンの部屋を出ていった。
「珍しくリンが嫌そうな顔をしたわね……」
いつも嫌な顔一つせずに自分の世話をしているリンだが、今日はどうしてか、魔導書を持ってきてと言うと、少し渋った表情をしたように見えたのだ。
「何かあるのかなぁ……」
この時のシャロンはそれほど深く考えていなかった。なので、自分の魔力が0など、全く思いもしなかったのだ。
本を黙々と読んでいくうちに、シャロンの部屋にリンとリヴィアが昼食を運んできた。
「リヴィア、シャロン様を支えてあげて」
「はい!」
「いえ、今日は一人でも大丈夫よ」
そう言ってシャロンは自分で立ち上がり、椅子に座り、その間にリンが机の上に昼食を並べる。どれも一流シェフが作ったもので、美味しそうな匂いがリヴィアの鼻孔をくすぐる。そして、最後の一口というところで、シャロンが手に持っている肉が刺さったフォークをリヴィアがじっと見つめていると、シャロンがクスリと笑って、フォークに刺した牛肉をリヴィアの目の前まで持ってきた。
「ふぇっ?!」
「シャロン様」
「うふふっ。だって、リヴィアちゃんが食べたそうにしてるんだもの。ついついあげたくなっちゃうわ」
「シャロン様。リヴィアは使用人でございます。貴女様の御食事を食べられるような立場ではございません」
「いいじゃない。鳥に餌を上げるようなものよ」
「とっ、鳥?!」
リヴィアが驚きの声を上げると、またシャロンはクスリと笑う。しかし、それと反対に、リンはなぜか怒っているようだった。
「シャロン様、鳥に餌をあげているのですか?」
「いいえ?本で見ただけよ。ほら見て?餌なんかこの部屋に一つもないじゃない」
「……そうですね」
「でしょう?」
そうして三人は他愛もない会話をする。庶民の恰好をして、敬語などを外せば、それは三姉妹と見間違えられてもおかしくないほど平和な空間だった。そこはシャロンがシャロンらしくいられる場所で、リンもリンらしくいられる場所なのだ。リヴィアはまだまだ緊張で固いままだが、それは時間が解決してくれるだろう。
そうして話をしているうちに、シャロンがそろそろ外に行きたいと言い出したので、リンとリヴィアはそれについて行くことになった。
「シャロン様、お一人で立てますか?」
「ええ、今日は大丈夫よ。だけど、すぐ疲れると思うからその時はお願いね」
そう言ってシャロンは部屋を出た。それにリンもリヴィアもついて行く。シャロンの部屋は1階ではないので、途中は階段を降りなければならないのだ。しかし、シャロンは誰の手も借りずに、手すりを持ってスルスルと降りていく。
「シャロン様、お気をつけて!」
「大丈夫よリン。今日はこれくらいならいくらでもできちゃうわ」
そう言ってまた階段を下る。久しぶりに部屋の外に出るのに、足取りが軽い。それくらい外が恋しかったのだ。
「リン、私が外に出るのは何日ぶりかしら?」
「約1か月ぶりでございます。ですから、あまりはしゃぎ過ぎないようにお願いいたします」
「わかってるわよ」
そうしてシャロンを先頭に、三人は城内の庭に出た。そこには、何色かの薔薇が植えられており、丁寧に管理され、綺麗な形を保っているのだ。
「わぁ……いつ見ても綺麗!」
そうしてシャロンは思いっきり息を吸い込む。外の新鮮な空気がシャロンの肺の中を満たしていく。それと同時に、薔薇の香りがシャロンの鼻孔をくすぐった。
(薔薇……そういえば、結婚を約束する相手には薔薇を送るって本で見たけど……)
シャロンも人だ。素敵な男性と結婚することも夢見ている。もちろん、その素敵な男性とともに、健康に過ごすことも夢見ている。
「姉上?」
そんな時、シャロンは一人の青年に声をかけられる。その青年は2歳下の弟である、ノア・メジケリールだ。ノアは第一王子で、近々王座を退く現国王から権力を賜り、次の国王となることが約束されている。
「姉上ではないですか。お身体の具合は大丈夫なのですか?」
「ええ、お医者様から許可をもらったわ。まぁ、せいぜい1時間程度だけれど……」
「そうですか。それなら安心です。それに、使用人も二人ついているようで」
「そうなの。それで、こっちの子が新しく来た子なのよ」
「そうなのですか。姉上をよろしく頼むよ」
「は、はいぃ!」
「ハハハ。まだ緊張してるみたいだね。おっと、僕は用事があるので、これで」
そう言ってノアはその場を去っていく。そして、ノアの姿が見えなくなった後、シャロンは大きなため息を吐いた。
「気まずかった……」
「大丈夫ですか?!姫様?」
その時、シャロンが少しよろけ、リヴィアがシャロンを支えようと手を差し出す。その厚意に甘え、シャロンはリヴィアに支えてもらった。
シャロンが思うに、シャロンは弟とあまり仲が良くないのだ。ノアとシャロンが会うたび、ノアから心配の言葉をかけられるのだが、視線が冷たいのだ。恐らく、自分の原因不明の病に恐怖しているのだろうとシャロンは思っている。
「早くこの病気が治ってほしいのだけれど……」
「「……」」
恐らく魔力が無いせいで身体の弱さが表に出ているのだろうということを、リンとリヴィアは知っている。なので、今のシャロンの発言に対して何も言えずにいると、シャロンが不思議そうに二人を見た。
「二人ともどうしたの?」
「……いえ、その……病気が治れば、シャロン様は嫁いでしまうのかと思いまして……そう思うと、少し寂しいような感じがします……」
リンの口からとっさに出た発言に、シャロンは嬉しそうな顔をする。これは、今の気持ちを隠すためのものでもあるし、リンの本音でもある。
「そう思ってくれるなんて、主としては嬉しいよ。でも、もう嫁がないかもしれないけどね」
「……そうですか。それはそれでシャロン様の幸せを願う身としては……」
「そんな顔しないで。今でも十分幸せなの。リンだけでも幸せだったのに、また新しい子が入ってきたからもっと今が幸せになっちゃった」
「シャロン様……」
「姫様……」
「はい二人とも。せっかく久しぶりの外なんだからそんな顔しないで。私が楽しめなくなっちゃう」
そう言ってシャロンは庭園をスタスタと歩き始める。そして、再び薔薇の香りや色を楽しんでいると、視線を感じた。リンやリヴィアかと思い、そちらを見てみると、二人は別の方にいて、視線を感じた方は誰もいない。そして、また視線を感じた。その視線は上の方から。つまり、誰かが王城の方から見ていたのだ。
「?」
「ど、どうされましたか?姫様」
「今、誰かの視線を感じた気がするのだけれど……王城の窓から誰か覗いてたのかしら?」
「う~ん……どうなんでしょう?窓の近くに人はいないようですけど……」
「リヴィアちゃん……あなた、目がいいのね」
「えっ、いや、その……」
この庭園から見える王城の窓は、5階くらいまである。その窓全ての近くの人影を認識できるということは、リヴィアはかなり視力がいいということになるのだ。
「あそこの文字も読めるのかしら?」
「えっと……ゲール・リピッド……ここの庭園の整備をしている人の名前、でしょうか?」
そう言ってリヴィアは20メートルほど先の看板に書かれた小さな文字を読んで見せた。
「そうなの?リン」
「ええ、確かそうですね。私も目がいい自信はあるのですが、さすがにあそこまでは……」
「すごいわね!リヴィアちゃん!」
そう言ってシャロンはリヴィアの手を握る。シャロンにそうされ、リヴィアは恥ずかしそうにうつむいた。
「お、お褒めの言葉をいただき、こ、光栄です!」
そんな風に一時間ほど三人は庭園を周り、一時間が経つとシャロンは自室に戻っていった。




