九話「鍵を貴女に渡すから(2)」
「サラ~!!どこにいるの~!?」
サラの母親であるシャロンと、父親であるヴィルは真夜中に騎士団と一緒にサラを捜索していた。本当は二人は家で待機するべきなのだが、二人とも心配で騎士の言いつけを破って捜索していた。そんな時……
「お母さん!お父さん!」
どこからか声が聞こえ、二人が声のする方へと向くと、サラが二人の方へ向かって走ってきているのが見えた。
「「サラ!!」」
二人は同時に声を上げ、サラの方へと走っていき、サラを抱きしめた。
「サラ!今までどこに行ってたの?!お母さん、心配したんだからね!お父さんも!」
「ごめんなさい、お母さん、お父さん……実は――」
それからサラはアネモネのこと以外の起こったことを全て話し、今まで何をしていたのかを説明した。なお、デイルは劣化によって崩れた天井に押しつぶされたことにした。
それからサラは、騎士団に事情聴取をされてから、家に帰されることになる。家に帰るころには、もうすでに日が昇りかけていた。
そうしてサラが両親に連れられて家へと帰ろうとしたとき、騎士たちのとある話が聞こえてくる。
「そういえば名付きの悪魔がこの街で出たらしいぞ。なんでもグレイさんですら取り逃がしたとか……」
「まじか。グレイさんでも取り逃がすなんてその悪魔、いったい何年生きてるんだよ……はぁ、そんな悪魔、俺たちの爺さんばあさんの時代の話かと思ってたぜ……」
「だよなぁ……まぁ、一応目撃情報が無いってだけで、まだまだそんな強さの悪魔がいるかもしれないって噂は結構あるぜ」
「ほんとかよ?もうちょっと聞かせてくれよ」
そんな話を聞き流しながら、サラは少し頬を緩ませた。恐らくこの街に出た名付きの悪魔はアネモネのことだろう。そのことを知っているサラはその事実が妙に嬉しくなった。前までのサラなら、悪魔が逃げたとなると、恐ろしくて眠れなかっただろう。が、すでに悪魔に心を許してしまったのだ。今更何を怖がることがある?
「ふふっ……」
「どうしたの?サラ」
「あ、いや、ちょっとね……」
「そう?ならいいけど……」
そうしてサラとサラの両親は自宅へと帰っていく。両親が先に家の中へと入っていくところを見て、サラは少し足を止めた。そして、後ろをちらりと見る。すると、一人の少女が嬉しそうにサラに笑いかけていた。
その少女は口をパクパクと動かして、何かを伝えているようだ。
「『ま・た・あ・し・た』また明日……ね。もちろん!」
そうしてサラはその少女に手を小さく振り、家の中へと入っていった。
* * *
その夜、悪魔の少女はクフクフと頬を緩めて笑っていた。やっとあの子が魔力を抵抗せずにくれるようになった。それと同じくらいうれしいことは、あの子が名前を呼んでくれたことだ。もしかしたら魔力をくれること以上に嬉しいかもしれない。名前を呼ばれただけで嬉しいなんて、今まで感じたことがなかった。"アネモネ・サーリーフ"なんて名前はただの契約の時だけに使うものだと思っていたのに、ただ、なんてことのない時に呼ばれるのがこんなにうれしいと思う日が来るなんて思っていなかった。
「アネモネ……アネ?いや、違う……モネ?……モネ、モネ……よし!これからはモネって呼んでもらおう!」
この悪魔の少女は、次から呼んでもらうあだ名をすでに思いついたようだ。そうして上機嫌な少女はその場でくるりと一度ターンをする。昔、とある契約者と一緒に踊った時のことがまだ体に染みついているようだ。その契約者は踊ることが好きだったと言っていたが、当時のアネモネには良さがわからなかった。しかし、その契約者は言っていた。「好きな人と踊るダンスは楽しいものだ」と……
「多分、サラと踊るのは楽しいんだろうな~……だから、私はサラがスキなんでしょ?そうだよね?」
自分にそう問いかけるように少女はそんなことを口に出す。
今宵、初めて人間の感情を理解した少女は、また頬を緩めてクフクフと笑った。それから少女は夜が明けるまでサラと踊ることを想像しながらステップを踏んでいた。
* * *
サラが奴隷として売られそうになってから約二日が経った日。サラが昔に買った魔導書を読んでいると、ドアがノックされた音が聞こえた。今は両親が街の人たちに薬を売りに行っているので、家にはいない。なので、サラが玄関を開けた。そこにいたのは……
「体調はどうだ?」
「グレイさん!」
聖騎士団団長のグレイ・リーヴェルトだった。
「どうしたんですか?もう事情聴取は終わっていますし……」
「推薦の件なんだが……もう一度考えてみる気はないか?」
「へ?」
予想もしていなかった言葉に、サラは一瞬ぽかんとしてしまった。それから数秒が経ち、サラは頭を回転させ始め、グレイの言ったことをそっくりそのまま言う。
「推薦の件を……考え直してみる?」
「そうだ。君はやはり魔法の腕もいい。それに、属性のことだが、君の両親から聞いた。なんでも闇属性以外の魔法が初級程度だが全て使える。と……」
「そうですけど……」
「それだけ魔法が使えるなら、魔法師協会が喉から手が出るほど欲しがるだろう。どうだ?魔法師になってみる気はないか?もちろん魔法師になりたくないなら断ってもらっても構わないが、この国には優秀な魔法師は限られている。君には教える人がつけば、必ず大物になると俺はそう思う。」
「……」
サラは迷っていた。もちろん魔法を習ってみたい。魔法師にもなってみたくはある。が、やはり人としゃべることでケイトのことが思い浮かばないわけでもない。この街の人ですらたまにケイトのことを思い出してふいに言葉に詰まることがあるのだ。それにもう一つ理由があり、今はアネモネと二人だけの秘密がいずればれてしまうかもしれない。そう思うと、どうしても怖くなる。
「どうした?やはりだめか?」
「あっ、いえ……その、すごく魅力的なお話なんですけど……」
断らせてもらいます。と、サラがそう言おうとした瞬間、一人の少女が話しかけてきた。
「サラちゃんヤッホー!あ、騎士さんもこんにちは!」
「アネモネ!」
アネモネがサラの家に訪れてきたのだ。そんな時、サラの頭にとある考えが浮かぶ。
「アネモネも一緒に学園で魔法を学ばない?」
「私が?え~……でも……」
「でもアネモネって上級魔法が使えるでしょ?」
サラがそう言うと、グレイがその言葉に食いついて来る。
「な、なんだと?!それは本当か?!」
「はい。アネモネは風の上級魔法が使えるんです。ね?」
「ま、まぁそうだけど……」
何の話をしているかわかっていないアネモネに、サラが耳打ちをする。それからサラが推薦の話を渋っている理由に納得したアネモネは、スラスラと嘘の言葉を並べまくる。
「魔法が学べるならどこでも嬉しいです!ただ、私は風と炎の魔法しか使えませんですけど……」
「それでもその歳で上級魔法を使えるとなると、かなり少数になってくる。君も国が欲しがる人材だろう」
「ん~……まぁ、確かに魔法師もいいですね……なら、私、学園行きます!もちろんサラも来るよね?」
「アネモネがいるなら……」
「二人とも来てくれるのか。ならば推薦状を書かないとな……それじゃあ二人とも、きちんと魔法の勉強をしておいてくれ。推薦状があると言っても、魔法の実技がある。それの練習をしておいてくれ。それじゃあ俺はこれで」
そうしてグレイはさっさとサラたちの元を去っていった。こうしてサラとアネモネは二人とも魔法を学ぶことのできる最高機関のラヒューエル学園に受験することとなった。
「アネモネ……」
「そのアネモネって言い方もいいけど、次からモネって呼んで?」
「じゃあ、モネ。……ありがとう」
「どういたしまして。……あ、そうだ。サラに伝えたいことがあるの」
「何?」
「ここでは詳しく話せない。サラの部屋にでも行こう」
そうして二人はサラの自室へと向かい、二人がサラの部屋に入った時点で、アネモネは鍵を閉めた。
「私とサラを繋ぐ契約印は私かサラが異常を使わなければ他の人たちに見えることはないけど、一応忠告だけしておくね。あと、私たちと契約してる人間は普通の人間よりも光属性の耐性が無いから、光属性の攻撃に気を付けて。その代わり闇属性の攻撃には強くなってるから。」
「わかった。でも、光属性の攻撃も闇属性の攻撃もあんまり受けないようにしないと」
「うん。場合によっては怪しまれるからね」
「それから、これを渡しておくね」
そう言ってアネモネは一つの鍵を渡してくる。その鍵はどんな色とでも捉えられそうな色をしている。
「これ何?」
「"マスターキー"。私の異常の力の一つ!私の力は"鎖"、"錠前"、"鍵"の三つで成り立ってるんだ。まず"鎖"、そのままの通り鎖を生成して操れるの。それから"錠前"は、合計三つまで鎖に鍵をかけることができるの。最後に"鍵"は、どんな鍵もこのマスターキーで開けられるようになるんだよ。"錠前"の鍵はこのマスターキーで開けられるよ」
「へ~……」
「あ、あと錠前で相手の行動も制限できるよ。それは一個までしか鍵はかけられないけど」
なるほど、とサラはアネモネの力を理解する。
「あ、ちなみに私の力は契約者も使えるの。だからサラも使えるってわけ。だけど、私はサラにその力を無理やり使うことができないし、逆も同じ」
「そうなんだ……じゃあその力はとりあえず使わないようにして、学園ではちゃんと過ごさないとね」
「うん。サラが魔法をたくさん学んだらまた使うかもしれないね」
「まぁでも、いざとなったら使わないと、また私みたいに危険な目にあった人がいたら助けてあげられないかもしれないよね……」
「そんなの考えるのは後でいいの!とりあえずその鍵、貴女に渡すからね」
「うん」
「あ、あとその鍵はサラの手から離れれば消えるよ。取り出したいときは念じれば大丈夫」
「こんな感じ?」
そうしてサラは鍵を手放す。すると鍵は空間に融けるように消えた。その鍵をサラはまた念じて取り出す。
「そうそうそんな感じ!それが大丈夫だったら今度は魔法の練習をしよう!サラが学園に受かるようにね」
そうしてサラはアネモネに森の中に連れていかれ、ひたすら魔法を使っていた。魔力が自分の中から消えては再び外から吸収し、消えては吸収し、の繰り返し。普通ならつらいはずなのだが、今のサラには永遠に続いてほしいほど楽しい時間だった。やはり魔法を学ぶことは楽しい。魔法を覚えることは楽しい。魔法を使うことは楽しいのだ。
「サラ、これからよろしく!」
アネモネがそう言うと、サラはにこりと笑った。
一章終わりです!