一話「儚げな主君」
リヴィアは休日、グレイとばったり出会い、そのまま話し込んでいた。休日に仕事のことを持ち込まない二人は、他愛もない話をしている。
「……あれから4カ月しか経っていないのに、もう王城の一階部分ができてきてますね」
「優秀な地属性魔法を得意とする魔法師が建築に携わっているみたいですよ?そういえば僕、昔は庶民の出で王城に憧れてたんですよ。今となっては何度も王城を出入りできるくらいまで偉くなりましたけどね」
「憧れかぁ……私も王城のあこがれはありましたけど、兄も姉も優秀で、兄は家を継いで、姉は有名な貴族の元へ嫁いで行きました。残った私は侍女として王城で働いていましたね」
「それは、アジェルリ―ヴァン王国での出来事ではないですよね?」
「はい。私の母国である、メジケリール王国での出来事です。あなたが良ければ話してもいいですけど……」
「興味があります。ぜひとも話していただければと……」
「では、そこの喫茶店で座って話しましょう」
そう言ってリヴィアは近くの喫茶店にグレイと一緒に入る。その喫茶店は最近再開店した、元々有名な喫茶店だった。そうしてグレイはコーヒーとケーキを注文し、リヴィアは紅茶とケーキを注文する。
「そうですね……まず、前提としてシャロン様のことを知っていますよね?」
「ええ、サラさんの母親で、リヴィアさんが言うにはメジケリール王国の元姫だとか」
「そうです。そして、今から話すのは私目線のお話と、シャロン様から聞いた、メジケリール王国が滅んだ過程を話しますね」
* * *
「……」
メジケリール王国の第一王女であるシャロン・メジケリールは、いつものように夜中にベットの上から星空を見上げていた。彼女は生まれつき病弱で、いつも景色を見るのはベットの上からだった。
「ゲホッ、ゲホッ!」
今日は咳が良く出る日で、夜中に目が覚めてしまい、今に至るというわけだ。
「……誰か、私をここから連れ出してくれないかなぁ……」
それがシャロンの口癖だった。いつも外を夢見ては、眠る日々。どうしてこんなに体が弱いのか、医者もわからないようだった。
「……今日は、ちゃんと眠れなそう……ゴホッ、ゴホッ……ゲホッ!……はぁ、はぁ……」
こんなシャロンを、表面上では心配している家族だったが、深いところではシャロンなど誰も見ていなかった。シャロンを見てくれたのは、自分の実の母親のみ。しかし、彼女は不慮の事故で5年前に亡くなった。現在、22歳の彼女は、普通ならすでに嫁いでいる年だが、病弱な王女を誰も嫁に取ろうとはしないのだ。
「はぁ……」
何度吐いたかもわからないため息を吐いて、シャロンはベットの上で目を閉じた。
* * *
そうして眠れないままシャロンは、朝を迎える。いつものように侍女が顔を洗うためのお湯や、朝食を運んでくる。その時に、いつもシャロンの世話をしている侍女のリンが、一人の少女を連れてきた。
「シャロン様。こちら、新しくシャロン様のお世話係になるリヴィアでございます。ほら、挨拶」
「は、初めまして!リヴィア・シェルフィと申します!」
「シェルフィ……確か、シェルフィ伯爵の次女ですよね?」
「は、はい!覚えていただいて光栄です!」
シャロンの記憶によれば、今彼女は11歳くらいだったはずだ。そんなに若い少女を王城に奉仕に出すシェルフィ伯爵当主はどんな人なのだろうと、シャロンは思った。
「初めましてリヴィア。知ってると思うけど私はシャロン・リ・メジケリールよ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします!」
シャロンから見た11歳の少女、リヴィアの第一印象は、緊張しっぱなしの可愛げのある少女だった。この子は元気がありそうなので、外のことを何でも教えてくれそうだとシャロンが思っていると、リンがこんなことを言う。
「それではお医者様を呼んでまいりますので。リヴィア、あなたはシャロン様が何か命令をしたのならその通りにしなさい」
「わ、わかりました!」
元気いっぱいのリヴィアの返事を聞いてから、リンはシャロンの部屋を出ていった。それをみて、シャロンはすぐにリヴィアに話しかける。
「ねぇ、リヴィアちゃん」
「はひっ?!な、なんでしょうか!?」
「うふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。突然なんだけど、リヴィアちゃんの家ってどんな感じなの?」
「私の家、ですか?」
「そうそう。どれくらい広い、とか。周りにこんなのがある。だとか……本当に何でもいいの」
「え、えっと、家の広さは……王城よりはずっとずっと小っちゃくて……姫様のお部屋三十個分くらいです。えっと、家の周りには椿があるんです。帰った時にドライフラワーにして持ってきますね!」
「ありがとう。楽しみにしてるわ」
そんななんでもない話をしているとき、シャロンの部屋の扉がノックされた。「どうぞ」とシャロンが言うと、扉を開けて入ってきたのは、リンと医者だ。
「おはようございます、シャロン様。それでは診察を行っていきますね」
「ええ、お願いね」
そう言ってシャロンは体を起こす。いつものように脈を取られ、体の様々なことを検査される。体の調子はどうだとか、昨日は何を食べたのだとか、そんな些細なことも医者は聞いて来る。
「はい、それでは今日の診察は終わりです。今日はいつもよりも体調はよさそうですね」
「そうですね。……やっぱり、原因はわからないんですか?」
「そうですね……まだ、私には何が何だか……」
「……そうですか……あっ、そうだ!今日は外出許可は……」
「激しい運動をしないのと、使用人は二人以上。時間は一時間ほどですなら大丈夫でしょう」
「ありがとうございます。リン、リヴィア、今日はちょっと付き合ってくれるかしら?」
「かしこまりました」
「かっ、かしこまりました!」
「それでは、私はこれで」
「はい、ありがとうございます」
そして、医者は腰を上げてシャロンの部屋から出ていった。残されたシャロンは、リンとリヴィアにこんなことを言う。
「お昼に外に出たいわ。昼食を食べたら外に行ってもいいかしら?」
「いつも私の予定を聞いてきますが、私はあなたの専属メイドなのでそんな確認を取らなくても大丈夫ですのに……」
「予定時間を言ってないとリンが別の仕事をしてる可能性があるでしょ」
「……異論はありません」
「でしょう?だからこうして許可を取るのよ」
そう言ってシャロンはポスンと枕に頭を預け、瞼を閉じる。
「せっかく起きたのですから、本を読んでみてはどうですか?」
「そうねぇ……それじゃあ、魔導書を持ってきてちょうだい。メジケリール王国の王族は魔法が使えないといけないのよ!」
「……かしこまりました。リヴィア。あなたも一緒に来てください」
少し渋ったようにリンは本を取ってくると言ったことが、リヴィアの中で何か引っかかる。
「わか…かしこまりました!」
そう言ってリンとリヴィアの二人はシャロンの部屋を出ていく。そして、二人きりになったタイミングで、リヴィアはリンに、さっきはなぜ少し渋ったのかを聞いてみた。
「あ、あの……」
「なんですか?」
「わ、私の勘違いかもしれないんですけ、ど……さっき、リンさんがちょっと渋ったように見えて……」
「ああ……そうですね、これは国王陛下、最高司祭様、そして、専属メイドの私以外知ってはいけないことなのですが……少し時期は早いような気がしますが、あなたなら大丈夫そうですね……もし、この秘密を口外するようなことがあれば、私も、私の家族も、あなたとあなたの家族も首が飛ぶことになりますが……」
「ヒェッ?!」
「実は……」
そうしてコソコソとリンはリヴィアに耳打ちをする。
「シャロン様は魔力がないのです」
「えっ……?」
「司祭様曰く、魔力測定器に出た数値は0。シャロン様の体の弱さはそのせいではないかと最高司祭様がおっしゃっておられました」
「そ、その事実は、姫様本人は……」
リヴィアがそう言うと、リンは首を横に振る。今、自分はとんでもない事実を知ってしまったのではないかと、リヴィアは不安になってきた。
この国の王族は代々、膨大な魔力と質のいい魔力を持って生まれる。魔力量は上級魔法師の3倍ほどはあるし、魔力の質も、1.5~2倍ほど質がいい。それほどの力を持った王族に、魔力を少しも持たないシャロンのような者がいれば、王族としての威厳が崩れるだろう。一応第一王子も、第二王女も魔力の量も質も一級品なので、シャロンの事も嘘をついても怪しまれていないのだ。
「いいですか?絶対に口外しないでくださいね」
そう強く釘を刺され、リヴィアはコクコクとうなずいた。




