十二話「星よ」
サラは右手のひらに拳くらいの炎の球体を作り出した。そして、段々とそれを大きくしていく。
「サラ!何してるの?!そんなに魔力を使って……」
「モネ、あいつを足止めしてて、一刻も早く。それと、殿下をこっちに呼んで」
「な、なんで……」
「早くして」
もうサラは魔法の方に集中してしまっていて、アネモネの言うことなどほとんど聞いていない。仕方なくアネモネはサラの言うとおりにする。
そうしてアベルをサラの方に行かせたあと、テイルが何かに気が付いたようだった。が、特に気にする様子もなく何もしなかった。
そうしてアネモネはそんなテイルに攻撃を仕掛ける。しかし、いくつか攻撃は通るのだが、再生能力によってその傷はすぐにふさがってしまう。
「くそっ!」
「もうあきらめろ。お前たち、特にそこのサラとかいう者のしようとしていることは、圧倒的に材料も、威力も足りない」
「っ……!サラのしていることは何か考えがあるからしてるのよ!足りないかどうかなんてまだわからないわ!」
「……あなたたち、本当に頑固ですね」
「頑固なのはどっちよ!」
テイルとアネモネが言い合いをしていると、ケイトが王城に戻ってくる。そうしてサラが叫ぶ。
「ケイトちゃんも、モネも!魔力、全部ちょうだい!」
アネモネもケイトも急にそんなことを言われ、一瞬困惑したが、すぐにそれを実行する。
すると、サラが手のひらに作っていた炎の球体が段々大きくなっていく。それを見たテイルが、サラに攻撃を仕掛けるが、攻撃の全てをサラが防御結界で防いだ。さっきまで魔力が足りなくなっていたのにもかかわらず、炎の球体に魔力を込めているのにもかかわらず、これほどの硬度の結界を張れば、そのうち魔力がまたなくなるだろう。しかし、念には念を。だ。攻撃を再び仕掛ける。が、何度攻撃してもサラが込める魔力が衰えない。
そんな時、サラは炎の球体に魔力を注がなくなる。しかし、それでも炎の球体はだんだんと大きくなっていく。
「なっ、どうして?!」
「あなたの"星"はあなたや、他の生物の魔力を使ってるけど、私の"星"は、空気中の魔力を使って勝手に成長し続ける」
外の魔力を勝手に吸収して勝手に成長する魔法など聞いたこともない。テイルがそう思っていると、サラが話し出す。
「周りの魔力を勝手に吸い取って、養分にする。真上にあるこの"星"からも、私たちからも……主には私と空気中の魔力からだけどね。あぁ、私を殺してもこの魔法は絶対に無くならない。暴走してるから」
「は、はは……君は馬鹿だ!そんなことをすれば、君が世界を滅ぼすことになる!世界を滅ぼすのが私じゃなく、君になるだけだ!」
「この"星"を爆発させれば世界は滅びる。あなたはこのやり方で世界を滅ぼそうとしているよね?」
「ああ、その通りだ!」
「だけど、爆発は私の本命じゃない。そんなことをしたら世界が滅びるのを知っているから。だから、私の目的は爆発の先。巨大な重力の塊だよ」
そう言って、サラは自分が作った"星"を見つめた。サラの本能も理性もこれがバカげた作戦だと言っている。だが、それ以上に期待できる物でもある。
「これだけ小さくても、全てを飲み込む闇となる!!私は、お前の野望を打ち砕く!」
「なっ!止めろ!!」
するとテイルは猛攻撃を仕掛けてくる。しかし、それをアネモネやケイト、アベルが全て防ぐ。
この魔法は火、光、闇、そして、サラの父親やサラの異常の複合魔法だ。様々なものを組み合わせているので、無詠唱ではかなり厳しい。だから、サラは詠唱を重ねていく。そうして数十秒が経ったとき、サラは最後の詠唱を口にし、詠唱が完了した。
「行けえぇぇえ!!"暴走複合魔法―超新星爆発"!!!」
その瞬間、とてつもない光が王都全体を、その近くの町を、村を、世界を包み込んだ。本来なら爆発が起き、爆風が巻き起こる。しかし、サラたちはそれを全力で抑えた。それでも王城から半径2kmほどの範囲の建物は全て破壊される。
問題はその後だ。暴走させた闇属性魔法が周りの物を全て飲み込んでいく。魔法に一番近かったサラは、何とか瓦礫にしがみついているものの、今にも吸い込まれていきそうだ。
「ぐっ……っ……」
そんなサラは苦痛の表情を浮かべる。魔法に一番近かったせいで、爆発させるとき、右腕が吹き飛んだのだ。
そんな時、サラがつかんでいた瓦礫が壊れ、サラの体が宙に浮く。サラの血の気は一瞬にして引いていく。死を覚悟して、ギュッと目をつむった。すると、サラの腰に何かがあたり、それはサラをぐるぐると巻き、吸い込まれないようにしてくれた。それは、アネモネが生成した鎖だ。アネモネは鎖を地面に何本も突き刺して、サラ、アベル、ケイトを掴んでいる。
「サラ!それいつ消えるの?!」
「あの"星を飲み込める"くらいの時間!だからあと10分くらい!」
「分かったわ!10分私が持てばいいのね!」
そう言ってアネモネはサラをできるだけ重力の塊から遠ざけ、アネモネは三人を抱えて鎖を使って王城からなるべく離れる。
* * *
10分が経ち、テイルが作った"星"を完全に吸収した重力の塊は、自然に消滅する。そうして残ったのは、大量の建物の瓦礫と、更地になった王城があった場所だった。
「おわ、った?……っ……!」
終わった?と口に出すと、サラの右腕が痛む。しかし、あの魔法を行使して、利き腕一本で済んだのはかなり幸運だった。そう思うと、逆に利き腕だけで済んでよかったのだ。
「サラ……一旦応急処置しよう……」
「うん」
そうしてアネモネはサラのことを治療し始めた。あの神がどうなったかは見ていないが、恐らくあの重力の塊に吸い込まれただろう。そう思い、サラは安堵の息を吐いた。すると、アネモネもケイトもアベルも安心したように息を吐く。そうして、アネモネがフッと笑った。
「モネ、なに笑ってるの?」
「そこの王子が今日から城暮らしじゃなくなったと思うとおかしくて」
「なんとでも言ってくれ。……今はどんなことを言われても許せる気がするから」
「へぇ、そうなの?」
そうして時間が過ぎていく。一日という短く、長い時間が……
* * *
「はぁ、はぁ……くそっ!」
テイルは自力であの場から逃げ出していた。
(あいつさえいなければ!あのサラとかいう混じり物の悪魔!化け者め!!人為的魔力暴走を自ら起こし、魔法の性質を変え、更に威力を爆発的に上げた!)
憎悪と怒りの目がテイルの目には浮かんでいる。圧倒的な才能というものは、神をも嫉妬させる。
「くそっ!くそっ!くそっ!!」
すでにテイルの体は再生が始まっている。数十秒も経てば全て元通りになってしまうだろう。
そうしてテイルは足を止め、再び王城があった場所に目を向けた。そして口元に笑みを浮かべる。
「私はもうすでに元通りになった。しかしサラ、君はどうだ?まだ治らないだろう?僕たちにはまだ力の差がある。君は今弱体化しているはずだ。だから今から、僕が君を殺すよ……」
そうつぶやいて、テイルは王城の方へと歩を進めようとした。そんな時、一人の少年の声が聞こえてくる。
「汝は罪を犯しすぎた」
ビクリとテイルの肩が跳ねる。そして、一気に血の気が引いていく。
「全く、骨が折れたぞ。お前をここから探し出すためには、お前が何か大きなことをしないとあちらからは探知できぬからな」
「そ、創生、神……」
「ほう……余を呼び捨てか?」
ゾクリと、背筋が凍る感じがする。軽い威圧でこれほどまで相手を委縮させるというのは、それほど実力差があるということだ。
「汝の刑罰はもう決まっておる。なんなら、今でも執行できるぞ。というか、執行すると余が言った」
「ひ、ひぃ!」
「逃げても無駄だ。汝は余の目に留まった時点ですでに負けている」
そう言って創生神が指を軽く振ると、テイルの心臓に剣が刺さる。通常、神の心臓を貫くと高濃度の魔力が噴き出して、人間はもちろん、悪魔であろうと、魔力の濃度が濃すぎて即死するのだ。しかし、創生神の創ったその剣はそれを制限する物。つまり、心臓を刺しても魔力は流れ出ないのだ。そして、対象が再生不可になる効果もある。
「がっ……あっ……」
「……」
「がっ!」
そうして剣を引き抜いた。それと同時に、テイルの体が傾き、地面にどさりと倒れこんだ。
「……終わったぞ、"ルイーナ"。いや、こちらに来てからはプリ―タスと名乗っていたか?」
「ええ。そうよ」
「久しいな。汝が"破壊神"の座から降り、突然消えてから何万年経った?」
「約30000年。その途中ではあなたと衝突した」
「神だったものが、神に反逆するなど、当時は汝が初であった。しかし、今回で二度目になった」
そう言って創生神は一枚の紙を取り出す。
「これは、そこで死んでいる奴の計画だ。勝手に人間界を荒し、我らにも反逆するということが書いてあった。だが、奴がどこに隠れているのかがわからずじまいだったのだ」
「……そう。それじゃあ、私は帰るわ」
そう言ってプリ―タスはテイルの首にかかっている首飾りを回収して、帰ろうとする。すると、創生神がプリ―タスを呼び止める。
「待て」
「まだ何かあるんですか?創生神様?」
「むっ……その呼び方、少し嫌なのだ。また昔みたいに、一度でいいから名前で呼んでくれないか?」
「……本当に一度ですよ。……"クレアティオ"」
「ああ、ルイーナ」
「もう帰りますね」
「ルイーナ!」
「何ですか、また……」
振り返って愚痴をこぼそうとしたプリ―タスに、突然口づけをする。その事実に混乱して、プリ―タスは一瞬動きを止めた。
「余は、ずっと汝のことを想っておったぞ。これは最後のプレゼントだ。汝に渡したが、サラ・ガーネットという者に渡した方がいい。そちらの未来の方が汝らが楽しそうにしている。さて、それが最後だ。もう行ってよいぞ」
そう言って創生神は図鑑ほどの大きさの箱を手渡してくる。それを見て、プリ―タスは、
「…………私も、あなたのことは好きでしたよ」
そうつぶやき、くるりと振り向いて歩き出す。その時にプリ―タスは一度も振り返ることはなかった。
「……行ってしまったな。恋焦がれていた者ともう会えないというのは、これほどまでに苦しいことなのか……」
そうつぶやいて、創生神はテイルの死体を担ぎ、天界へと帰っていった。
次回最終回です




