七話「爆発音」
アベルはケイトによって騎士たちに保護された後、ただ茫然と王城の前に立ち尽くしていた。騎士たちがここを離れようと言っても全く聞く耳を持たない。
なぜなら、彼は目の前で起きたことが信じられないから。自分の父親がどうしてか別人のようになっていた。その事実を飲み込むことができない。
(一体何なんだ……人類を滅ぼすなんて……)
そんなことをアベルが考えていると、突然騎士たちが守るようにしてアベルの前に立った。騎士たちが向ける視線の先。そこには、二人の少女が、この状況らしからぬ優雅な足取りで歩いてきた。
「それ以上近づくな!」
「どうして?」
「こ、ここは王城だ!お前たちのような低俗な悪魔とそれに協力的な者が入っていい場所ではない!」
そう言われ、二人いるうちの、灰色の髪色の少女がクスリと笑う。その瞬間、騎士たちは鎖に巻き取られていた。
「あぁ弱い。そんなんじゃ主を守れないわよ?」
「アネモネ。それと、サラ・ガーネットか……」
アベルが二人の少女にそう声をかける。
「あ、アベル殿下……」
「一週間とちょっとぶりくらいかな?」
「で、殿下!そのような者たちと話しては……グアアァアア!!」
騎士たちがサラとアベルの話に横から割って入ってくると、アネモネは騎士たちに巻き付けている鎖に力を込める。すると、ギリギリと音を立てて、騎士たちがつけている鎧が段々と変形していく。
「今は貴方たちの主と私の契約者が話してるの。邪魔しないでくれるかしら?」
「……名付きの悪魔、アネモネ。すまない。だが、あまりそういうことはやめてくれないか?」
「苦しみもなく一瞬で殺せってことかしら?」
「いや、そうじゃない……」
「緩めろってことね。残念ながらそれはできない。こいつらは人質だからね。変な真似したら殺すから」
「……そうか」
残念そうにアベルは言い、今度はサラに視線を戻す。
「で?君たちがここに来た理由は?」
「王城の上の方から禍々しい気配がするんです。それを倒しに来ました」
そう言ってアネモネはアベルの方へと近づいて行き、氷でできたナイフをアベルの首元にあてがう。
「案内してください。あなたなら何か知ってそうですので」
「……従おう。僕もちょうど行きたかった。大事な大事な従者が心配だ」
「リスタさんの事ですか?」
「そう……だけど、今はリスタじゃない。思い出したみたいでね」
「……」
「さあ、案内しようか」
そう言ってアベルは二人を案内する。騎士たちの声が後ろから聞こえてきたが、彼らを解放するためにはこうするしかないのだ。それに、ケイトのことが心配なのも確かだった。
* * *
「この上だよ」
アベルがそう言った瞬間、ぐらりと王城が揺れた。何かが爆発したような衝撃に、サラのバランスが少し崩れる。
「サラ、大丈夫?」
「う、うん」
そんな時、アベルが焦った様子で上の階へと上がっていった。それにサラとアネモネもついて行く。そして、目の前に広がっていた光景に、三人は目を疑った。
「ああ、この国の第二王子か……そしてそこの二人は……悪魔と契約者か。なんとも汚らわしく、煩わしい」
そこにいたのは神々しい見た目の男性であった。そして、何より特徴的な物は、背中の方についている光輪である。アネモネはプリ―タスから聞いたことがあった。それは神々だけが持つ物。それを持っているということは、目の前にいる人物が神だということだ。
「プリ―タスとかいう悪魔は手ごわかった、が、所詮は敗者。数十対一でしか神々を相手にできなかった悪魔という種族に負けるわけがない」
そう言ってその神はプリ―タスをアネモネの方へと投げてくる。それをアネモネが受け止め、床へとゆっくり降ろした。
「プリ―タスさん?!大丈夫ですか?!プリ―タスさん!」
サラが何度呼び掛けても返事がない。体はボロボロで、今にも消滅してしまいそうなほど傷が深い。
「サラ、姉さんを回復してあげて」
サラはそう言われ、プリ―タスのことを回復し始める。慣れない闇属性魔法だが、それでも確実に傷は治っている。
「ケイトはどこだ!」
「従者?あぁ、あの大天使の事か……奴は私の仲間にならないと言うからな。邪魔だったので殺した」
そう言ってその神は一つの石を取り出した。その石は真っ白で、光の反射でキラリと輝いている。まるで大理石のようだ。
「そん、な……」
「ケイトだったか?あの天使には散々邪魔をされたよ。天界の時にもそうだった。まさか、人間界で生きているとは」
ギリッとアベルは歯ぎしりをする。そんな時、目の前にいた神が言った。
「大天使は、悪魔と似ている……だからこのように魔石も出るのだな。ということは、こいつが使う力も、異常と同じような物か……お前たちとは似て非なる存在だからな。この力の名前は言うなれば正常と言ったところか」
そう言ってその神はアネモネの方へと視線を向けた。それに気が付いたアベルは、サラにアネモネを逃がすように促す。
「ケイトの力は強制的に契約者を交代させる物だ!早くお前たちは逃げ……」
アベルがそう言いかけた時、サラがプリ―タスの治療を完了させて、神の方へと歩いていく。そうして、アベルの方も振り向かずに、アベルに一つ問う。
「ケイト……下の名前は何ですか?」
「そんなことは今どうだって……!」
「何ですか?」
「っ……け、ケイト・ノート……」
「そうですか」
アネモネも今までに聞いたことのないくらい冷たい声。それがサラの口から出るということは、ケイトに何かあるということ。
そんな時、アベルは思い出す。ケイトが言っていた。サラとは幼馴染で親友だったと……
「モネはプリ―タスさんを連れて逃げてください。アベルさんも」
「それじゃあサラが!」
「そうじゃないと私、二人を巻き添えにしてしまいそうです」
その瞬間、空気が震えた。サラの周りには炎が舞い踊り、それが形を成していく。混血であるサラは悪魔として不安定な存在だ。そんな不安定を埋めるように、炎が羽、角の形へと成っていく。
「ほう……人間と悪魔の混血……実に気味が悪い」
「なんとでも言っておいてください。人間界に干渉するという禁則事項を破った、あなたよりは気持ち悪くないですから」
「ふん、言ってくれる」
その瞬間、サラは指を鳴らした。その瞬間、アネモネはプリ―タスを抱えて、アベルはそのまま走って王城から逃げていく。今この玉座の間にいるのは、神とサラの二人だけ。神はサラを冷たく見下ろし、サラは虚空のようによどんだ目で睨む。
「そちらから来ないのか?」
「……少し、準備をしていますので」
その瞬間、パチパチと空気が乾いた音を発し始める。その音の正体がやがて見え始める。サラの手のひらに拳くらいの雷の球体が出来上がっていた。魔法を学んでいる者がその球体を見れば、どれだけその魔法が不安定な物なのかわかるだろう。だが、それはサラが意図的に起こしたもの。人為的に魔力を暴発させるものだ。
(あの時、ちょっとコツをつかんだ。大丈夫、大丈夫)
そうしてまっすぐとその球体を、神に向かって飛ばした。
「不安定すぎる。そんなもの、すぐに消されてしまうぞ」
そう言って神はその球体を消そうとする。が、簡単には消えなかった。サラの魔法の才能が、思ったよりも高い。恐らく人間の限界を越えている。
「……混血は、災いをもたらすと言われるが……なるほど、これほどになると、確かに、"天災"そのものだな」
「……」
「おしゃべりは疲れるか?ならば、戦いを提供しよう。この私が従えた、何体もの悪魔を使って」
そう言って神は指をクイッと動かした。すると、どこからともなくゾロゾロと悪魔たちが湧いてきた。だだっ広い玉座の間が埋まるほどの数だ。
「少し部屋が狭いな。天井はいらないな」
そう言ってその神は天上を派手に破壊する。そして、天井も悪魔たちが覆い、神が玉座の間の壁を破壊すると、悪魔たちが壁になる。
「それでは、戦え」
神がそう言うと、一斉に悪魔がサラに襲い掛かってくる。しかし、特にサラが何かする様子がない。
(抵抗する気がないなら、そのまま殺すだけだ)
神がそう思っていると、建物が揺れる。それも、一度二度だけではない。何度も、何度も、何度も揺れる。そして、悪魔たちが瞬く間に倒れていく。
そしてサラは、神に人差し指を向け、唱える。
「"爆発"」
その瞬間、神の腕が吹き飛んだ。しかし、それもすぐに回復した。
「なるほど、君はあの真紅の瞳の悪魔と同じ異常なのか……もしかして、あの悪魔の娘なのか?」
「ええ、そうよ。だけど、同じ異常だけじゃないわ。"鎖"」
そうして神は鎖に縛り上げられる。身動きが取れないのか、取ろうとしないのか……全く動こうとしない。
「契約悪魔の力か……」
すると、神が鎖を引きちぎってくる。ありえない力だ。しかし、特別で強力な力を持っているから、誰も知らないような、誰も思いつかないような発想と知識を持っているから神は神と呼ばれるのだ。
「だが、それを使ったとて、私に勝てるわけではない!」
そう言って神が鎖を引きちぎろうとすると、音が聞こえた。……鼓膜が破れるほどの、爆音が……




