六話「シャキッとしてから行くよ」
アネモネは目覚めてから、少しずつ感覚が研ぎ澄まされていくような感じがしていた。今まで気が付かなかったこと、前までは魔力探知でしか気が付かなかったこと。この辺りに充満する魔力などを肌で感じることができるようになった。
「防御結界が張られてる。魔力的にも姉さんのもの」
「私たちが誰かに襲われないようにしてくれたのかな?」
「それもあるけど……私たちが外に出られないようにするものだと思う……」
「えっ?どうしてそう思うの?」
「だって、その魔力が不自然なの。何かに遮断されているみたいな……そんな感じ」
「えっ?そうなの?……う~ん、魔力探知じゃよくわからないけど……」
「姉さんが使う魔法だから、だいぶ高度なのは間違いない。だから、魔力探知でも気づかないくらいの物だと思う。それと、私たちを閉じ込めてるって証拠に、ほら」
そう言ってアネモネは玄関の扉に手をかけた。すると、パキンという音とともに、玄関から少し離れた場所にいつの間にか立っていた。まるで、数秒間時間が戻ったように。
「何かの魔法か、姉さんの異常か……ひとまず、ここから脱出しよう」
こんな物、何でもないという風に、アネモネはサラに笑いかける。そして鍵を開けようと試みる。魔法だろうと何だろうと、必ず穴はあるはずだ。それをこじ開ける。
「他の魔石で強化された私の力なら大丈夫なはず。それに、もしできなくても、まだ手札はあるからね」
そうしてアネモネは数秒経たずにその結界を破った。バリンッ、という音とともに外の魔力がこの家に満ちてくるのがわかった。それと同時に、嫌な魔力と嫌な予感を同時に感じた。
「……モネ」
「……どうする?サラ。厄介なことが起こってそうだけど……」
アネモネの言いたいことを、サラはもうわかっている。このまま逃げていれば、いずれ終わるだろう。結果はどのようになるのかはわからないが、面倒なことは避けられる。しかし、この嫌な予感に向かっていくと、必ず面倒なことが起こる。ほとんど一択のような二択の選択を、サラがどちらを選ぶのか、アネモネは待っているのだ。
「デメリットしかないけど、何か、私が求めている答えがそこにある気がする」
「求めている、答え?」
「そう。ちょっと自分で色々考えてたんだ。私が連れ去られそうになった理由とか、ソノスさん……あの学園に来た白髪の悪魔が誰に従っているのか?とか……」
「別にそんなの、知らなくたって生きていけるじゃない?」
「そうだけど……また私が連れ去られそうになるかもしれない」
「そんな時は私が助けてあげる」
「だけど……その時、アネモネよりも強い相手だったら……」
「……その時は、命を懸けてでも助け……」
「ダメ」
「……」
「ダメ……」
ダメったらダメ。サラはそう心の中で叫ぶ。二人は契約者と悪魔という枠組みをすでに超え、友人、それを超え、特別な人という枠組みで生きている。何者にも代えられない特別な人なのだ。
「私の隣は、あなたがいい。当然、あなたの隣も、私がいい」
陽光を反射して鮮やかに輝く真紅の瞳がアネモネを真っ直ぐ見据えている。その発言に嘘偽りなど微塵もない。ただまっすぐで、純粋な願い。
「これは契約じゃなくて、"私の願い"」
「……フフッ……いいよ、"サラの特別"として、サラの願いを受け取ってあげる。それじゃあさっそく、一緒に行こっか。私の愛しい人」
そう言ってアネモネはサラに片手を差し出す。その手をサラはすぐに取り、アネモネの隣に立つ。これは意思表示だ。これからは二人で同じ道を歩み続けるという意思を示している行動だ。
「サラ、それじゃあ飛んでいくから私が抱えて……」
「ううん、大丈夫」
「ああ、そっか」
ずっと隣にいたいから、守られ続けるわけにはいかない。頼りっぱなしじゃ申し訳ないのだ。
「隣にずっといてくれるのは嬉しいけど、ちょっともったいないな」
「どうして?」
「だって、抱っこしたら、手をつなぐよりも近くなれる」
「っ……もう、からかわないでよ」
「フフッ、まぁ、今はここまでにしておくよ。それじゃあ、準備できた?」
「うん」
サラがそう返事をすると、アネモネの背中から真っ黒な羽が生えてくる。蝙蝠のような羽は、朝だと目立つが夜だと溶け込むような色だ。
そして、その羽がサラにも生えてくる。混血である彼女も、一部だが悪魔。プリ―タスにそう教えられた時に、羽の生やし方を教えてもらったのだ。
そうして二人はやがて、息ピッタリに羽ばたかせ始める。周りの木々が羽ばたくときに生じた風によってザワザワと揺れる。
やがて二人の体はふわりと浮き上がり、少し浮き上がった時に、思いっきりバサリと羽ばたいた。その瞬間、体がどこかに引っ張られるかのように、二人の体は加速した。
「すごい……すごいね!」
「風が気持ちいい?」
「うん。それに、いつもは見えない下の方もしっかり見えるよ!」
そうしてサラはアネモネの手を離し、その場でくるりと縦に一回転した。心地いい空の移動は、サラが小さなころに広場で走り回っていたことを思い出させる。風を切り、誰にも邪魔されずに走り続け、目的の場所に急ぐ。
「モネ、もっと高くに行きたい!」
そんな無邪気なサラを見て、アネモネの頬が緩む。どんなサラを見ても愛おしいと思ってしまうのは、どうかしてしているのだろうか?とアネモネはひそかに思っていたが、無邪気な表情を見た瞬間、そんな考えも吹っ飛んでいた。
「ええ、空の旅、楽しみましょう」
そう言ってアネモネはサラの手を取り、一気に高度を上げていく。雲よりも高くへと飛び、太陽が一段と近くなった気がする。
「こうしてるとどこへでも行けそうだよ」
「"行けそう"、じゃなくて、"行ける"のよ」
そう言ってアネモネは笑いかける。それにドキリとしたサラは、顔が赤くなっているところを見られないように、そっぽを向いた。
「どうしたの?耳、赤いよ?」
笑いをこらえているような、震えている声色で、アネモネはそんなことを言った。
「ちょっ!わかってても言わないで!」
恥ずかしさのあまり、サラの耳はもっと赤くなり、繋いでいる手はじわじわとあったかくなっている。
「フフッ……サラ、可愛い」
そう言ってアネモネはサラを抱き寄せた。そのせいでサラはバランスを崩し、落ちていきそうになる。アネモネが持ち上げてくれると思っていたサラだが、そんなことはなく、アネモネもそのまま落ちていく。
「ちょ、ちょっとモネ?!」
「ねぇ、サラ」
「お、落ちてるって!早く飛んでよ!」
「まぁまぁ、聞いてよサラ……こうやって落ちた人も、いるんじゃないかしら?」
「えっ?」
そうしてアネモネは地上に激突するすれすれでバサリと羽ばたかせる。丁度着いた場所は王城の目の前。
おかしい。サラの目には王城なんて映っていなかった。その場所はただの平原だったはずだ。
「誰かが大規模な結界を張ったみたい。だから、外から見たらただの開けた場所にしか見えないみたい」
「へぇ~……」
そうしてアネモネはサラの手を引いて王城へと優雅に歩いていく。途中、市民たちが二人を見て驚いていた。石を投げてくる者もいた。しかし、そんな人たちはいないという風にアネモネは堂々と歩く。サラが周りを気にしていれば、こっそりと「前だけ見て」と言って、前を向かせた。気にしない方がいいに決まってる。
飛んでくる石や罵声は、全てアネモネが対処する。防音結界と普通の結界を張り、騒ぎに駆け付けた騎士たちを鎖を使って縛り上げる。できるだけ命を奪うことは少なくしたい。そうでないと、あの時、鎖だらけの空間にいた異形たちのような怨念の塊ができてしまうから。あんなのを見てしまえば、アネモネにも情が湧いてくる。
「サラ、気にしちゃダメ。自分のやりたいことを見つめて。それでもダメなら、私が慰めてあげるから」
「……ありがとう」
嬉しさのあまり、笑顔のまま涙を流すサラ。
「ほら、危ないところに行くのに、泣いてちゃダメよ。シャキッとしてから行くよ」
「やっぱりモネって、お母さんみたいなこと言うね」
「だから、お母さんじゃないって言ってるでしょ」
そんなやり取りをしていると、段々と王城が近づいてきた。騎士たちに止められたが全員を無力化する。そして、恐らくこの辺りで最後であろう騎士たちと対面した。




