三話「バシバシ叩く」
「お姉さん、こっち!」
「わかった!」
サラとアネモネは目についた異形たちを片っ端から鍵穴に鍵を差し込んで回っていた。そんな中、気づいたことがいくつかある。それは、異形は全て小さい子供達だということ。そして、全ての異形が「痛い」とつぶやいていた。
「キリがない……ちょっと休憩しようか……」
そんなことをサラがアネモネに提案する。この世界では疲労は感じることはないのだが、気持ち的に今は休みたい気分だった。
「はい、それじゃああそこで休憩しよう」
そう言ってアネモネは一つの家を指さす。二人はその家の中に入ると、リビングであろう場所の鎖でできた椅子に腰かける。
「ねえ、アネモネちゃん」
「何?」
「ここから出られる方法、何か思いついた?」
「それが全く。何にも手がかりがないよ」
それからしばらく沈黙が流れ、次に口を開いたのはサラだった。
「そう言えばあの錆びた場所は何なの?」
「ああ、あの場所はね、異形がたくさんいるの。それで、だんだん進んでいくと、塔みたいなのが見えてきた。だけどそこから先は進んじゃいけないような気がして……」
「……その場所、私も行ってみたい」
そんなことをサラが言うと、アネモネは嫌そうな顔をして、考えるそぶりを見せ、しぶしぶ承諾をした。
「それじゃあ、もうちょっと休んだら行きましょう」
* * *
そのころ、現実世界では、倒れているサラとアネモネをエタ―ルミナスが心配そうに見つめていた。ライラの姿はすでにそこにはなかった。プリ―タスに促されて妖精たちの集落に帰ったのだ。
エタ―ルミナスは医者だ。命を最も尊ぶ職であり、そのための様々な知識を身に着けている。しかし、これ以上自分が何もできないとなると、大きな無力感が彼女を襲っていた。そんな時、サームノムがいつも通りの冷ややかな声で、エタ―ルミナスに問う。
「貴様は疑うということを覚えろ」
「それは……どういうことかしら?」
「……プリ―タス、貴様、そこの混じり者をどうしたいんだ?」
「……」
「その隠し持っている制限の縄は、何のために作ったのだ?」
その瞬間、エタ―ルミナスは急に不安感に襲われる。
「ちょっと待って、どういうこと?なんで制限の縄があるのよ!」
「別に私の異常を使うために制限の縄を使う必要はない。こうやって誰かの精神世界に行くためにも、特別な道具は必要ない」
「……」
別にアネモネを救うために制限の縄は必要ない。むしろ、邪魔な物だ。
「貴様がその二人にその魔道具を付けたということは、お前の干渉なしに二人は目覚めなくさせたのだろう?……さぁ、もう一度聞くが、貴様は何がしたいんだ?プリ―タス」
「……二人とも、少し力を貸してくれるかしら?」
「プリ―タス!一体どういうことか説明して!」
エタ―ルミナスが声を荒げ、プリ―タスの胸ぐらをつかむ。プリ―タスはそのまま壁に押し付けられた。特に抵抗することもなくエタ―ルミナスをじっと見つめている。
「……ノティーツィアが言っていた。サームノムとソノスは、"神に仕えている"と……」
「は?」
「私も最初は信じられなかった。特にソノス。彼は神の下につくことは決してないはず……」
「そ、そんな……それに、サームノム、も」
そうしてエタ―ルミナスは振り向いてサームノムを見る。
「私は今契約を抜け出した。神の下についていない」
「嘘よ!神々の契約は……」
「確かに強い。魔石の状態になっても契約は残るようにな……だが、それを上回る力に触れた。……大天使が、力に目覚めだぞ」
「だ、大天使……ああ、もう!そんな情報を一気に渡されても、頭がパンクしそう……!」
「エタ―ル、一旦落ち着いて。状況を整理するわ」
「落ち着いていられないわ!プリ―タス、結局あなたはサラちゃんたちに何がしたかったの?!」
「……サラちゃんは正義感の強い子だから、絶対にそれに巻き込まれに行く。それを防ぎたかったのよ。大丈夫、その時になれば目覚めるわ」
「アネモネちゃんはどうなるの……?」
「大丈夫。サラちゃんに緊張感を持たせるために"チャンスは一度きり"なんて言ったけど、何回かはまだチャンスはある」
「……」
「エタ―ル、一回外の空気を吸ってくれば?私はその間に状況を整理しておくから。サームノムはサラちゃんたちを見張っておいてちょうだい」
「わかった」
「……」
そうしてエタ―ルミナスは無言で外へと出ていった。
* * *
ガチャリと音がして、エタ―ルミナスが扉を開けて家の中に入ってくる。リビングに行儀よく座っていたプリ―タスがエタ―ルミナスの姿を見て、椅子に座るように促す。
「落ち着いた?」
「……正直まだ落ち着いていないわ」
「そう……」
「でも、今の状況を聞きたいわ。これからのことについても」
「……わかったわ。……そうね、5か月くらい前に、ノティーツィアから手紙が来たの。"おぞましいものが動き出した"って……それ以外は書いていなかった。情報の漏洩を加味してのことだったんでしょうね。それから、2か月くらい前に、私の元へやってきたわ」
そうしてプリ―タスは「はぁ~……」と長く息を吐く。
「その時にノティーツィアから聞いたことは、サームノムとソノスが神に使えているということと、その神が、地上に干渉しているということ」
「なっ?!」
「なぜかはわからないけれど、魔力の多い生き物を捕まえていると聞いたわ。8月くらいには妖精族の姫を、最近ではこの国の第二王子と、サラちゃん。その三人だけはその神の魔の手を逃れた。だけど、他に連れ去られた者はいる。もう一度言うけれど、その子たちを使って何をしようとしているのか、私にはわからない。だけど、神が地上に不干渉条約を結んでいるのにもかかわらず、それを破っているということは、きっと何か良くないことを企んでいるはずよ」
「……」
「そこで、エタ―ル。あなたにお願いよ」
「……待って、それ以上言わないで……わかってるから」
「……すでにノティーツィア、ヴィル、ナトゥーラには声をかけたわ。全員承諾。あとはあなたと、サームノムだけ。ソノスは今あてにならないしね」
「……」
「どうかしら?」
「……私は医者よ。命は大切にしてほしいと思ってる」
「そう……」
「だけど、医者以前にあなたに着いていくことを約束した身よ。神々に抗うためにともに戦ったあなたの仲間。相手が神というのなら、また協力するわよ」
プリ―タスの曇っていた表情が、徐々に晴れていく。
「引き返すのはナシよ」
プリ―タスがエタ―ルミナスにそう言うと、フンッ、と鼻を鳴らし、自信満々にこう言ったのだ。
「上等よ」
フフッ、とプリ―タスは笑い、椅子から立ち上がる。しばらくすると、サームノムとともに、プリ―タスがサラたちがいる場所から出てきた。そうして出てくるなり、プリ―タスは1メートル四方の紙を引っ張り出してきて、そこに魔方陣を描き始めた。その魔方陣は防御結界の物で、この家に侵入しようとするものを阻む物だ。
「これを家の中に貼っておきましょう。サラちゃんも、アネモネも守れるように……」
「やつはどこにいるのかわかっているのか?」
「ええ、わかってるわ。すでにナトゥーラが何か仕掛けてるはず。急ぎましょうか」
「ええ」
「ああ」
そうして三体の悪魔は家の外に出た。バサリ、という音が森に響き渡る。蝙蝠のような真っ黒な羽が、背中から生える。一度その羽が空気を地面にたたきつけると、体がふわりと浮き上がった。そのままできるだけ上昇し、空中を蹴るように、羽がバサリと動くと、彼女らは空を駆けていく。あっという間に目的の場所、アジェルリ―ヴァン王国の中心であり、最も高い構造物である、王城へと着いた。
「いた、あそこよ」
そう言ってプリ―タスは5階の廊下を指さす。そこには、一人の使用人らしき者と、頭に悪魔の象徴である山羊のような角が生えている者がいた。
そこへ三人は二回羽ばたくだけで着いてしまう。三人に気が付いた王城の中にいた悪魔は、廊下にある窓を全開にする。
「ここじゃここ!」
「わかってるわよっ、と……」
そうして綺麗に三人が王城の中へ入ると、一人の使用人らしき人が質問をしてくる。
「こ、この悪魔たちとは知り合いなんですか?」
「そうじゃ。妾の大切な戦友じゃぞ」
「ナトゥーラ、そこの使用人はなんだ?」
サームノムがそう聞くと、ナトゥーラは自慢げに三人に話してくれる。
「こやつは大天使じゃ。しかも、一度堕ちて、大天使に成りあがった。もう神々の手下ではないじゃろう?じゃから、こやつも使えると思ってな」
そう言って、ナトゥーラはバシバシと大天使の背中を叩いた。




