二話「とある夜のこと」
サラは自分の頭に手を伸ばす。そこには、少しねじれた角が生えていた。しかし、普通は両方に生えているはずの角が片方しかない。今のところ考えられるのは、サラが半分悪魔だからだろう。
「じゃあ治してあげるね」
そう言ってアネモネに似た少女は魔法を使う。サラ同様、魔法を使えることができないと思っていたのだが、なんともないようにその少女は魔法を使う。すると、みるみるうちにサラの傷が治っていく。
「あ、え?あ、ありが、とう」
「うふふ……どういたしまして。そう言えば、まだ名前を言ってないよね。私、アネモネって言うの。よろしくね」
「わ、私はサラ……ただのサラよ。よろしくね」
「よろしく、サラ。そうだ、足はもう痛くない?」
少女はそう言って、サラの足を撫でた。
「ひゃっ?!」
「え?」
「……ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと……」
小さいとは言え、好きな人に足を触られると、十日ほど前の、とある夜のことが思い出される。あの時のような触り方ではないが、少し意識をしてしまう。
「ごめんなさい、くすぐったかった?」
「あ、う、うん。そう、ね……」
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にするサラ。それを見られないようにできるだけサラは顔を隠した。そんな時、家の外から鎖がこすれるような音が聞こえてくる。
「お姉さん、静かに。絶対にしゃべらないで」
サラはそれに素直に従い、念のため口を手でふさいだ。鎖がこすれるような音が段々と遠ざかっていった。
「はぁ~……もういいよ、お姉さん」
「そう言えばアネモネちゃん。あの化け物って何なの?」
「分かんない……私もいつの間にかここにいたし……」
「そっか……」
ふいにサラは窓から外をこっそりと見た。歩くよりも遅い速度で異形が外を徘徊しているのを見て、サラは少しだけ考える。アネモネの力が"鎖"だとすると、"錆び"と、あの異形は何の関係があるのだろう。
「アネモネちゃん」
「ん?何?」
「ここには鎖とあの化け物以外に何かあった?」
「ん~……特に何にもない……あっ、鍵穴があったよ」
「鍵穴?」
「うん。多分この家にも……ほら、あった」
そう言ってアネモネはクローゼットを模した物の中から鍵穴を見つける。
「見つけたはいいんだけど、何するのかわかんない」
アネモネはそう言うと、クローゼットを模した物の扉を閉めようとする。しかし、それをサラは止めた。気になることがあったからだ。
「ちょっとまって、もしかしたら……"鍵"」
そうしてサラが念じると、ちゃんと鍵が出てきてくれた。鎖は出てきてくれなかったが、鍵は例外のようだ。そうしてその鍵を鍵穴に刺し、ガチャリと回した。すると、這いずる蛇のように家を構成している鎖が動き出し、やがて、二人が隠れていた家が消失してしまった。
「ねぇねぇお姉ちゃん!それどうやったの?!」
興奮気味にアネモネがサラに問いかけてくる。そんなアネモネに少しだけ仕掛けを説明した。現実世界のアネモネとの関係を隠すように話したので、大分しどろもどろになったのだが、あまり気にしていないようだった。
「ふ~ん。じゃあ、お姉さんはこの鎖を解けるんだね」
「そ、そういうことだね」
「じゃあさ、この世界の鎖を解いて行ったらいずれは出れるんじゃない?」
かなり果てしないが、その可能性は否めない。なので、二人は近くの家の鍵穴を片っ端から探して、鍵を開けていく。そうしていると、段々と家が少なくなり、少し見渡しが良くなった。その分、異形たちにも見つかりやすくなるが、ヤツらは足が遅いので簡単に逃げられる。そんな時……
「お姉さん、あの異形たちにも鍵穴がある!」
「えっ?!本当?」
「うん、あそこの異形、腕についてるよ」
そう言ってアネモネが指さした異形の腕は鎖で構成されていた。その鎖にも鍵穴がついている。
(試してみる価値はありそう……)
そう思って、サラは恐る恐るその異形に近づいていく。アネモネには止められたが、やってみないとわからないこともあるのだ。
まだ向こうはこちらに気が付いていないので、慎重に近づかないと気づかれてしまう。
(あとちょっと!)
そうして鍵を取り出して、その異形の腕に鍵を差し込み、回す。すると、異形が悲鳴を上げながらその場に倒れこんだ。悲鳴は耳を塞がないと耳がおかしくなりそうなほど大きな金切り声で、サラはそれを直感的に、狼の遠吠えのようだと思った。
「お姉さん!」
金切り声を上げている異形を、アネモネが力づくで黙らせ、そのままサラを引いて逃げていく。この辺りは家をいくらか消してしまったせいで、隠れる場所はないが、異形たちがあそこに到着するのには時間がかかるので、余裕で逃げられると、二人は思っていた。しかし、十体ほどの異形が二人の前に立ちふさがる。
「な、なんで!?」
そうして異形はさっきまでとは打って変わって、一般人が走っているほどの速さで二人を追いかけてきた。それでもまだ二人の方が早いが、いかんせん数が多いので、挟み撃ちをされることがある。それが厄介なのだ。
「アネモネちゃんこっち!」
二人で協力して鎖でできた町を駆けまわる。逃げ回っているうちにだんだんと異形がどこからともなく湧いてきて、追いかけてくる数が段々と増えてくる。
「お姉さん、逃げても逃げても私たちの場所がわかるみたいについてきます!無力化しないと……!」
「そうは言っても、私、ここじゃ魔法が使えないし……」
「なら私が!」
そう言ってアネモネは真っ黒な槍を生成し、異形たちを次々に倒していく。が、何回もその異形を貫かないと倒れてくれない。
「はぁっ、はぁっ……魔力が……」
「アネモネちゃん!」
マナが段々となくなってきたアネモネの腕をサラはつかみ、自分のオドをアネモネに流し込む。悪魔はオドをマナに変換することができるので、質のいいオドを流し込むということは、質のいいマナを渡すのと同じことだ。
「す、すごい魔力……」
そうしてアネモネが魔法を放つ。さっきとは威力がまるで違う。質の暴力をそのまま乗せた魔法。しかし、ズタズタになってもその異形たちは、まだ死んではいないらしい。何か言葉を発しようとして、口をパクパクと開けている。声帯が傷ついていない異形たちは言葉を発している。
(まだ生きてる……この生き物たち、一体何なの?)
サラがそんなことを考えていると、アネモネがサラの裾を引っ張った。
「お姉さん、早くこの化け物の鍵を開けよう。そうじゃないとずっと生きてるよ」
「えっ?、ああ、そうね」
そうして鍵を取り出して、異形たちの鍵穴に鍵を差し込んでいく。その時、どの異形たちも例外なく奇声を上げながら体が崩壊していく。そんな時、サラの耳には囁くような声が聞こえてきた。
「あ、くま……」
その瞬間、背筋がゾクリと凍った感じがした。誰に向けられた言葉なのかはわからない。が、少なくとも今はサラが責任を感じてしまう。サラも、アネモネも、どちらも悪魔なのだから。
「アネモネちゃん。今……」
「ん?何?」
どうやらさっきの声はサラにしか聞こえていないようだった。
「い、いや、なんでもない」
そう言って、アネモネの手を引きながらサラはアネモネを救う方法と、ここから脱出する方法を考え始めた。




