十二話「制限の縄」
プリ―タス、エタ―ルミナス、サームノムの三人の気まずい空気が続いているとき、ライラがそこに帰ってきた。
「ただいま帰りまし、た……」
気まずそうな空気を察したのか、段々とライラの声が小さくなっていく。そうしてサラの方へと身を寄せた。
「はぁ……エタール、サームノムの二人はちょっとそっちの部屋にアネモネを寝かせておいて。先にやることがあるから」
「わかったわ」
「わかった」
そうしてエタ―ルミナスとサームノムの二人は別の部屋へと消えていった。
「ごめんなさいね、ギスギスしちゃって……」
「い、いえ……それより、早く作りましょう!」
「そうね」
そうしてプリ―タスはライラが取ってきたリンゴを手に取る。一見ただのリンゴのようだが、普通のリンゴとは違い、魔力を過剰に実にため込んでいるので、魔法師でない人間が食べると、体の中の魔力量が過剰になってしまい、最悪命を落とすことがあるが、魔力が不足しているときに食べると、かなりの回復が期待できる物だ。しかし、そんなに数がないことに加え、森の奥にあることが多いので、貴重な物でもある。
「この中の魔力を……こうして……」
そうしてラピスラズリを使った絵の具で描いた魔方陣の中心に縄と、光属性と闇属性の魔力が込められた魔液晶を置く。そして仕上げにリンゴの果汁を魔方陣の周りに垂らしていく。すると、段々と怪しい光が青い絵の具に灯り始めた。
「「わぁ……!」」
その光景にサラとライラが興味を示す。数秒、その時間が続き、段々と光が消え始めると、サラはその中心にある縄にゾクリとした感覚を覚えた。それは確実に自分によくないことをもたらす物だということを本能的に察知した。
「これで"制限の縄"の完成よ。あとはこれをアネモネに付けましょうか」
そう言ってプリ―タスはエタ―ルミナスとサームノムが入っていった部屋に入っていく。それに続いてサラとライラも入っていく。相変わらずアネモネは全く目を覚まさない。
「いい?サラちゃん。私が合図したら自分の願いを強く願って。願い続けて。それを止めちゃダメ」
「は、はい」
「アネモネを救えるのは契約してるあなただけ。あなたが失敗すれば、もう二度とチャンスは訪れないと思ってちょうだい」
「は、はい」
「それじゃあ、覚悟が出来たら言ってちょうだい。すぐにでも始めるわ」
「は、はい……」
そう言ってサラは深呼吸を何回か繰り返す。そんなサラを、ライラは心配そうに見守り、エタ―ルミナスとサームノムはただ無表情にサラを見ているだけだ。
「……す、少しだけ時間をください……」
サラがそう言うと、三人の悪魔たちは全員「わかった」というふうに首を縦に振った。それを見てサラはアネモネが寝ている部屋を出ていく。
「私が失敗したらお、終わり?」
そんな事実を知ってしまえば、大きな責任がサラにのしかかる。最悪の状態を考えた時、体の震えが止まらなくなる。自分を抱きしめると、力加減を調整できずに力が入ってしまい、肩には爪痕ができてしまった。そこからジワリと血が垂れる。
「っ……」
無意識に涙が流れる。悪魔と人間の混血であるサラは、人間の方を多く受け継いでいるので、涙は流れ、元々闇属性に対しての耐性はなく、そして、これは可能性の話だが、普通の人間よりも寿命は長く、悪魔よりは短命だ。
「し、失敗は怖い、けど……やっぱり会いたいよ……モネ……」
アネモネのことを想うと、胸が締め付けられる感覚と、胸が温かくなる感覚が同時に来た。「愛おしい」。そう思うのだ。
「好き……大好きだよ、モネ……」
そう言ってサラは、グイッと涙をぬぐい、アネモネが寝かされている部屋へと入っていく。すぐに戻ってきたサラに驚き、心配したのか、ライラはオロオロしている。
「覚悟は決めました。すぐに実行しましょう」
「……ええ、わかったわ。それじゃあサラちゃん、アネモネの手を握って」
「はい」
「うん。それじゃあ、サームノム」
「わかってる……」
そう言うと、サームノムはサラの額に手を当てる。サームノムの異常は"夢見"そして、"深淵の夢"だ。これは、夢とは少し違い、記憶と、明晰夢の中間のような物。記憶の中のように行動はもうすでに決まっており、夢のように、現実ではできないことができる。
「一つ忠告だ。貴様の願いを心の中で願い続けろ。そうじゃないと、人間ごときでは自分を保てなくなる」
「わかりました」
「そじゃあ行くぞ。深淵の夢」
サームノムが異常を発動させると、激しい痛みとともに、眠気が襲ってくる。痛いのに、その眠気に抗えず、段々と意識がボーっとしてくる。脳が割れるような痛みは、意識が遠のいていくとともに段々と和らいでいく。
「あっ……」
小さな声を漏らし、そのままサラは夢へと……いや、夢のもっと先へ落ちていく。自らの願いを必死に心の中で唱えながら、「アネモネを救いたい」その一心で。
* * *
そのころ、ケイトは自室の窓から空を見上げていた。記憶が戻る前よりも澄んで見えるその空だが、まだ小さな時の頃よりは濁っているように見える。
そんな時、一羽の鷹がケイトの部屋の窓に飛び乗ってきた。ケイトがその鷹を目に入れた瞬間、ケイトの背筋がゾクリと凍る。反射でその鷹をケイトの全力を持って殺そうとした。しかし、全ての攻撃は華麗に避けられる。
「お主!何の敵意もない者を攻撃するなど、無礼であろう!」
「?! ご、ごめん、なさい?」
「なんじゃ、その納得のいっていない顔は!」
「い、いえ……」
魔力の感じから悪魔なのは間違いないのだが、姿は人間のようでも、魔物のようなものでもない。普通の鷹だ。しかし、よく見てみれば、鷹の琥珀色の瞳の中に、小さい猫のような紋章が刻まれている。
「まぁよい。妾は優しいからな。それよりも娘よ、お主の力が必要な時がやってきたぞ」
「は?な、一体何なんですか!急にそんなこと言われても……」
「はぁ……お主、守りたいものがあるじゃろう?思い浮かべてみぃ」
「……」
ケイトが思い浮かべるのは、まず、親友で幼馴染であるサラ、そして、自分の主人であるアベル、そして、アベルが大切にしている、民たちも守りたい。
「そやつらの危機じゃ。ほれ、あとは黙ってついてこい」
「待って!言葉が少なすぎるわ!もうちょっと説明を……」
「察しの悪い娘じゃのぉ……じゃあこういえばわかるのか?……"全てを見殺しにするのか?"」
「な……」
衝撃的な言葉にケイトはただ茫然と立っていることしかできない。あまりにも現実味のない言葉なのだ。普通なら混乱もするだろう。
「ほれ、わかったなら行くぞ」
「ど、どこに……」
「そうじゃの……お主ら人間の言葉では……」
そうしてその鷹はケイトの目の前で姿を変える。竜のような鱗を腕に持ち、琥珀色の瞳がきらりと光る。悪魔を象徴する立派な角が頭に生えている。
「玉座の間と呼ばれているところじゃの」
「えっ……」




