七話「善意を使って騙すこと」
「魔力を集めて……それを魔法に変える……」
サラは朝から家の裏にある庭で魔法を試していた。今日試す魔法は水属性の魔法だ。
魔法には七つの属性がある。まず、基本的な五つの属性で、火、水、風、地、雷。それから全ての元となる二つの元素の光、闇だ。そうして人間は生まれながらに、得意属性というものがある。その属性は他の属性よりも扱いやすかったり、他の魔法よりも、その属性の魔法を使った時に魔力消費量が少なかったりするのだ。
「"ウォーターシャワー"!」
サラがそう言うと、小雨のような水が庭の花壇だけに撒かれた。そうしてしばらくそうしていると、段々と水の勢いが衰えてきたが、一か月前に使った時と比べれば、十倍ほどの時間、水を撒くことができた。
「わぁ……やっぱり学園に行った方がよかったかなぁ……」
そんなことをつぶやいていると、サラが父に呼ばれた。
「サラ!ちょっと来てくれないか?!」
「はーい!今行く!」
そうしてサラは父の元へと向かった。
「どうしたの?」
サラが父の元へ行くと、いくつかの荷物を整理している父の姿があった。
「すまないが、この荷物をここへ届けてくれないか?」
そう言ってサラの父は二つの荷物と、届け先の書かれたメモを渡してくる。届け先はどちらともサラの面識のある人だったので、サラはすぐに承諾した。
「うん。じゃあ今すぐ行ってくるね!」
「ああ、そうだサラ」
「何?」
「最近誘拐事件があったみたいだから気をつけてな」
「うん!じゃあ行ってきます!」
そう言ってサラは元気に家を出ていった。一つ目の家はサラの家からそう離れていないので、すぐに行くことができたが、二つ目の家は少し離れているので、すぐに着くことはない。だから、サラは久しぶりにゆっくりと街を見て回ることにした。その途中のことである。
「あれ?あの人……」
街の中に気になる動きをしている老人がいた。その老人は杖を突いていて、眼帯を付けている。恐らく目が見えない人なのだろう。この場所は人が多いので、サラは親切心からその人に声をかける。
「あの…大丈夫ですか?」
「おお……どなたかね?」
「私はサラ・ガーネットです。何かお困りごとですか?」
「ガーネット……あぁ、あの薬屋の……とても助かっております……」
「いえいえ。それよりもおじいさん、失礼ですが、目は……」
「ああ……もう数十年前に光を閉ざしてしまいました。今はこんな風に杖をついて歩いているんです」
「それなら私が案内してあげますよ。どこに行きたいんですか?」
「そうですね……この荷物と手紙を私の友人に渡してほしいのです。カルジェ商会という商会があるでしょう?その支部がこの街にもありまして……そこの責任者が私の友人なのです。ですからそこに届けていただきたい」
「わかりました!それじゃあ今ある荷物を届けたら、この荷物も届けますね」
「ありがとうございます」
そうしてサラと老人は別れ、サラは父から頼まれた荷物を届け切った後、老人に頼まれた荷物を届ける。手紙の中身が気になったが、人の手紙を見るのはさすがに気が引けた。
「えっと……多分ここだよね」
そうして老人に言われたカルジェ商会の支部へと着いたサラは、建物へと入っていく。入ってすぐに、一人の受付の女性が座っていたので、サラはその人に手紙と荷物を届けた。すると、その女性はこんなことを言ってきた。
「このお荷物は責任者自ら受け取ることになっているので少し待っていてください。今呼んできますので」
そう言われ、サラが受付でしばらく待っていると、一人の男性が出てきた。その男性は紳士と言えそうな見た目をしている。
「あなたですか。私の友人からの手紙と荷物を持ってきてくれたという人は。お礼と言っては何ですが、少しおもてなしさせてください」
「え、いやいや、そんな……」
「いえ、お礼はさせてください。そうしないと私が申し訳ない気持ちになってしまいますので……」
そこまで言われてサラは、素直に厚意に甘えることにした。そうしてサラは責任者に連れられ、応接室に連れていかれる。
「どうぞお茶とお菓子です。遠慮せずにどんどん食べてください」
そう言って責任者の人は使用人にお茶とお菓子を用意させる。見たこともないお菓子や綺麗な茶器に目をキラキラさせるサラ。これが商会の力なのか。とサラが感心していると、責任者の人が自己紹介をしてきた。
「申し遅れました。私、カルジェ商会のこの街の支部の責任者のデイル・リーグと言います。」
「さ、サラ・ガーネットです……」
「おお、あの薬屋の……そうですか。とてもやさしい方ですね」
「い、いえそんな……」
素直にサラはほめられ、照れで頬を赤らめる。
「あ、そう言えば荷物と手紙って何なんですか?あっ!言えないのなら言わなくても大丈夫です」
「ああ。荷物の方はこのお茶だよ」
「へぇ~そうなんですね」
「それと手紙だが……まぁいいだろう。そろそろだからな」
「そろそ……ろ?」
すると、サラの視界はぐにゃりと歪んだ。意識を保つことも難しくなってくる。そんな中、聞こえた声は……
「この手紙には、今日はこれで最後だ。と、そう書かれているんだ」
「え……?」
そして、サラはそのまま暗い暗い眠りの中に誘われていった。その光景を見て、カルジェ商会の支部の責任者であるデイルはにやりと笑った。
* * *
グレイは泊っている宿で本を読んでいた。そんな時、足を怪我した女性、セラ・リーヴェルトがグレイに声をかけてくる。セラはグレイの姉で、宮廷魔法師だ。そうして、聖騎士団団長と宮廷魔法師がこの街に来た理由は、ただ家族旅行をしに来たわけではない。この街の付近で悪魔を見たという情報が入ったからだった。ただそれだけだとこの二人が動く理由にはならないが、名付きの悪魔が出たのだという。"名付きの悪魔"というのは、一般的に言う悪魔よりも強力な力を持っており、魔法の他に特殊な力を使う悪魔たちのことを名付きの悪魔というのだ。
「ねぇグレイ。……お出ましよ」
「そうだな。でも姉さんはできれば休んでてほしいんだけど……全く、悪魔にスキを突かれて崖から落ちるなんて……」
「ああ。もう治ってるよ」
「治ってるなら早く言ってくれないかな?」
「治った」
「はぁ……今言われても……とりあえず行くよ。姉さん」
「ええ」
そうしてグレイとセラは宿屋を出ていく。もうすでに日は沈んでいて、月が顔をのぞかせている。
「姉さん、北西の方向にいる」
「わかってるよ」
二人は同時に地面を蹴り、人間ではありえないような速度でその場所へと向かった。そこには、二人の人影がもめていた。一人は女性のようで、抵抗しようとしているが、もう一つの人影に取り押さえられている。そしてもう一つの人影は、人の形をとっているが、その頭には立派な角が生えていた。その角の生えた人影を、グレイとセラは容赦なく攻撃する。しかし……
「あらら~……無傷じゃない?」
「分かりきっているだろう、姉さん。油断しないでくれ」
「油断じゃないわよ、作戦よ作戦!」
セラがそんなことを言っている間に、グレイはその人影に持っていた剣で切りかかる。その剣は特別製で、悪魔が嫌がる性質がある。それに例外はない。
「観念しろ。名付きの悪魔」
「……名付き名付きって……そんなに私のこと殺さないといけないの?」
「ああ、この街の人やこの街の付近の街にも危害が加わるからな。」
「も~……私はそんなことしないよ?」
「お前の足元にいる人を見てもそう思えないがな」
そうしてグレイは悪魔の足元にいる人に目を向ける。その人は鎖で拘束されており、その鎖には錠前が複数ついている。すると、その拘束された人の体は宙に浮き、セラの元へと移動した。
「この錠前……普通には切れない……一応魔法では切れるけど、そんな威力のをやったら危ないよね……」
セラがそんなことをつぶやくと、悪魔がこんなことを言ってきた。
「鍵なら私がもってるよ。あげる」
そう言って悪魔は鍵をセラへと投げる。罠の可能性を考慮してセラがその錠前に鍵を刺すと、鎖は外れた。すべてに同じように鍵を刺すと、すべて鎖が外れる。
「何の真似だ?」
「ん~……ただの暇つぶし。もう私は諦めたから」
「諦めた?」
「うん。……もう会わないでって言われちゃった。とっても寂しい。悪魔なのに人の情が移ったみたいに……悲しい……涙は出ないけど、涙が出ちゃいそう……」
その光景を静かに二人は見ていた。今までこんな悪魔は見たことがない。しかし、歴史上にはいた。人間の情を知ったふりをして、人々をだましていた残虐な悪魔が……この悪魔もその可能性が高い……そう二人が思っていると、目の前の悪魔が突然どこかを見た。そうして嬉しそうな声を漏らして、何かをブツブツと言っていた。それから……
「私、やっぱり生きる!じゃあね!また会うかもしれないけど、その時は仲良くしようね!」
悪魔がそう言うと、強風が吹く。二人が悪魔の行方を追おうとしたが、砂も舞い上がっており、目を開けられず、結局悪魔には逃げられてしまった。
「くそっ!逃げられた!」
「グレイ!早く探すよ!」
そうして聖騎士と魔法師は被害者を家へと送り届けた後、捜索を始めた。