七話「姫」
「あなた、私の娘にそんなことをしてただで済むと思っているの?」
「お、お母さん?!なんで……」
そんな風にサラは驚いている。自分よりも驚いている人はいないはずだと、そう思っていた。しかし……
「どうして……どうして貴女が……」
「あなた……もしかしてリヴィア?」
「どうして貴女が生きているんですか!"姫様"!」
* * *
リヴィアが産まれたのはこのアルジェリーヴァン王国ではなく、その隣国であったメジケリール王国の生まれだ。しかしその王国の王家は十数年前にすでに何者かに殺されている。そうして当時メジケリール王国であった土地は、アルジェリーヴァン王国の物となり、国民の国籍も変わったのだ。
「久しぶりね。昔はこんなに小さかったし、臆病な子だったのに……」
「私は!貴女の死体を直接見た!触った!幻覚の魔法でもない。間違いなくあれは本物だった!なのになぜ!どうして!」
「リヴィア」
「っ!」
「騎士団長がそんなに動揺してちゃ、部下も怖がってるわよ」
そう言われ、リヴィアはあたりをちらりと見る。その瞬間、サラのことを見張っていた騎士の手が氷の矢によって撃ち抜かれ、サラの体はふわりと浮いて、そのままシャロンの元へと運ばれていった。
「私ね、一目ぼれしたの」
「は?」
「あんな窮屈な場所に現れた一つの楽しみ、そして、希望」
「何の話を……」
「ほら、私って自分で言うのもなんだけど、王室を嫌がってたじゃない?」
「それが何か……」
「だから、"彼と一緒に壊したの"」
その場にいる全員の背筋が凍った。これだけ穏やかな表情をしておいて、穏やかにとんでもないことを口にしたから。
サラも、自分の母親のことを初めて知った。そして、自分の母親の、狂気も初めて目の当たりにした。いや、狂ってはいない。いたって正気だ。狂っているというより、行動力がすごいのだろうか?
「それから私の死を偽装した。誰にも私たちの生活を邪魔されないように。それから、この子が生まれたわ。大変だったの。だって、私、体が特別弱かったから……」
(体が弱かった?そんなことないはず、だってお母さんは風邪すら一回も引いたことがないのに……)
そんなことをサラが思っていると、ふわりと体が浮かび上がった。そう思ったとたん、一瞬でサラとシャロンの体は雲に近いほどの高度へと上がる。
「大丈夫ですか?サラさん」
そんな声がしたと思うと、小さな妖精がサラの目の前で飛んでいた。妖精の姫、ライラ・シクラメンだ。
「あ、ライラさん……」
体が浮かび上がっているのはシャロンの魔法だが、一瞬で上空へと浮かび上がったのは、妖精族が持っている空間を瞬間的に移動する力によるものだろう。
「ありがと~!ライラちゃん」
「いえいえ、サラさんには恩がありますし……」
「ちょ、ちょっと待って?いつからお母さんとライラさんは知り合いなの?」
「それはまたあとで詳しく言うわ。それより、先にここから逃げましょうか」
そう言ってシャロンはサラを抱えて、とある場所へと向かっていく。その場所は森の中にあるひっそりとたたずんでいる家だ。部屋二つ分くらいしかない小さな山小屋だが、周りには手入れされている小さな畑があり、誰かがそこに住んでいるのは見ただけで分かる。
「お母さん、ここって……」
「ん?あぁ、そうね……とっても重要な人物がいるところかしら?」
「はぁ……?」
そんな会話を空中でしながら、段々と山小屋の方へと急降下していく。そして、小屋の扉の前まで来ると、シャロンは扉をノックして開けた。
中ではサラの父親と、もう一人、白髪の少女が座りながらお茶を飲んでいた。サラの父親のヴィルはサラを見るなり、椅子から立ち上がり、サラを抱きしめる。
「お父さん……」
「よかった、本当に良かった……」
そう言いながら強くサラのことを抱きしめる。
「それじゃあ、私はこれで……」
「待って」
そうしてライラがその場を離れようとすると、白髪の少女がライラを引き留めた。
「妖精さんもここにいてほしいわ。今から大事な話があるもの」
「……わかりました」
「ありがとう。さて、とりあえず全員入って。ほら、ヴィルも」
「お前はもうちょっと家族の無事を安堵させる時間くらいくれてもいいと思うんだけどな。お前も娘がいるだろう?」
「娘なんて……まぁいいわ。どうせあなたの義娘になるでしょうから」
「え?」
「え?」
その言葉で、シャロンとヴィルの二人は凍り付き、サラはすべてを察した。目の前にいる白髪の少女はアネモネの育ての親なのだ。そして、サラとアネモネの関係を知っている……
「さ、サラ?ちょっと後でお母さんたちと話しましょうか?」
「サラ?いつだ?いつなんだ?」
シャロンの動揺はしょっちゅうあるが、ヴィルが動揺をしているところを初めて見たサラは、少し新鮮味を覚えた。それと同時に、めんどくさそうなことが起きそうだと察したサラだった。
「そんなのはあとあと。今は私の話を聞いてくれるかしら?」
そう言って白髪の少女は全員分の椅子を用意(ライラは装飾用の小さな椅子)を用意して、座るように促す。
「さて、まずは何が聞きたい?」
「お前から呼び出しておいてそれか……」
「もう、ヴィルはわかってないわね~……そんなんだと、シャロンさんに愛想付かされるわよ」
「そうよ!愛想つかしちゃうわ!」
「……お母さん、お父さん、イチャイチャしないで黙ってて。二人の辞書に"愛想をつかす"なんて言葉はないでしょ」
そんな風にサラがツッコんだ後、聞きたいこと全てを聞いてみる。
「まず、あなたは悪魔なんですか?」
「ええ、そうよ。……そう言えば今日はずっと角を隠していたから忘れていたわ」
そう言って少女は頭の角をあらわにした。
「それじゃあ次の質問……えっと、あなたの名前とお父さんの関係を……」
「名前はプリ―タス。あなたのお父さんとは戦友よ。ああ、あと、そろそろわかってきたんじゃないかと思うけど、あなたのお父さんも悪魔。それから、あなたは珍しい、"悪魔と人の間の子"」
「えっ?!」
驚いた声を出したサラの頭をプリ―タスは撫でる。その瞬間、目の前がヴェールをかけられたように視界がぼんやりとしてきた。
「ちょっとだけ見せてあげる」
その声がサラの耳に届いた瞬間、何年分かの知識が一気に流れ込んできた。視界がぼやけた瞬間、急激に眠気が襲ってきたが、知識が流れ込んできたせいで眠気が一気に吹き飛ぶ。
知らない場所、人、出来事。それら全てが、プリ―タスの見てきた一部の記憶だとわかる。
「大丈夫?一気に流しすぎちゃったわね」
「だ、大丈夫です……」
その記憶の中には、いくつか見たことのある顔があった。サラの父親、そして、最近であったエタ―ルミナス、更に驚いたのが、あの声が電撃のような白髪の悪魔と、もう一人、学園祭の前のしゃべる猫も、学園祭の時のノティーツィアも、全てプリ―タスの知り合いの悪魔だった。
「"宝石の時代"って知ってる?」
「はい、友達に教えてもらいました……」
「なら話が早いわね。私たちはその時代から生きてる悪魔。当時はね、人間たちは氏に宝石の名前を使ってたの。だから、私たちも真似て氏に宝石の名前を付けるようになった」
「あ、だから私の氏は……」
「そう。ヴィルが選んだ氏がガーネットだったからよ」
シャロンとヴィルの出会いは外伝か何かで書きます




