二話「天使の契約」
「殿下。行きましょう」
「ああ……これに勝てば、僕たちはこの町を救った救世主になるわけだね?」
「王になる一歩前進ですね?」
そんなジョークを交えつつ、二人は悪魔の方へと向き直る。戦う気満々の二人だが、悪魔は逃げる気しかない。なぜなら明らかに分が悪いからだ。
(人間の方はそれほどだが……天使の方がまずい……下手したら神クラスの強さ……)
そう思っていると、アベルとケイトの二人は悪魔の方へと魔法を放つ。とんでもなく濃い魔力で構成された魔法は普通の悪魔なら、かすっただけで死んでしまうような魔法だ。
(夢見に一度かかった奴は一日経つまで再びかけることはできない……異常には頼れないな……)
悪魔が逃げる方法を模索していると、辺りに魔力の反応を感知した。どうやらこの町一体に光の網が張られたようだ。悪魔がそれに触れればダメージを喰らってしまうような網だ。それはケイトが発生させているようで、魔力量の関係で見た感じ一時間は解けないだろう。
「それまで逃げ切るしかない……」
そうして悪魔は飛び回る。できるだけ攻撃に当たらないように逃げ回らないと、後々逃げるときに不利になるのだ。
「ケイト!」
「はい!」
しかし、逃げている悪魔を的確に狙ってケイトは攻撃を仕掛ける。中には追尾効果の付いた魔法もあった。唯一の救いは、追尾効果の付いたものは数秒経つと追尾効果を失うということと、まだまだ魔法の精度が甘いということだ。
(これなら何時間でも逃げ回れそうだ……)
実際、ケイトもアベルも学生にしてはできる方だが、魔法師から見れば下の上くらいの実力だ。それくらいの魔法を避けるのはこの悪魔にとってたやすいこと。そう、思っていた。
「あがっ!?」
どうしてか悪魔の右足に熱さに似た痛みを感じた。これは光属性魔法を喰らった時の痛みだ。その悪魔が自らの右足を見てみると、そこに右足はなかった。
「ちっ!"侵蝕の盾"」
悪魔がそう詠唱すると、悪魔の周りが黒く透けた膜でおおわれる。それにケイトが放った攻撃が当たると、全ての攻撃は吸収される。
(魔力消費は激しいが、少しはこれで……)
そう悪魔が思っていると、全方向から光の矢が飛来する。しかしそれは全く歯が立たず、全て黒く半透明な膜に吸収された。アベルも雷属性の魔法を放つが同じだ。そんな時、ケイトは悪魔へと急速に近づいた。
「無駄だ!この膜は防御結界でもある!簡単に突き破ることはできぬ!」
「いいえ、できます」
――ピシッ
「?!」
どこかにひびが入るような音が響いた。すると、悪魔の周りの膜が砕け散る。
「あなたの主人は私になるでしょう」
「は?」
「"交代"」
その瞬間、ケイトと悪魔の間に糸のようなものが繋がった。普通、悪魔との契約はお互いの真名を知っていないと成り立たない。しかし、ケイトの力は強制的に契約している者の主を自分に置き換えるもの。向こうが契約をしているのなら関係ない。
「契約をしましょう。そこで止まっていなさい。代償は私から少し魔力を分けてあげましょう」
そう言ってケイトは光でできた剣を作り出し、その悪魔に振るう。
「ちっ……私が先に逝くのか……まぁいい……地獄に逝った仲間の方が多いからな……」
そんな呟きを誰にも聞こえないように言って、悪魔は素直に剣に突き立てられた。契約した代償としてケイトから悪魔に魔力が分けられるが、微量すぎて生きるためには全然足りない。
そうして消えていく悪魔は安らかに目を閉じていく。消えかけるその姿をケイトはじっと見続ける。そのまま悪魔が消えていくと、一つの魔石が出てきた。
「……何この魔石?」
普通魔石は、濁った赤のような色をしていて、不安をあおるような色をしている。しかし、この魔石はアイオライトのように青みを帯びた菫色をしている。
「っ……それより……力が、ぬけ……」
魔力を使いすぎてしまったのか、力が抜けて、ケイトはそのまま魔石と一緒に空中から落下する。
「ケイト!」
しかし、下にいたアベルがケイトをしっかりと抱き留め、ケイトは無事だった。魔石は別の場所へ落ちたのでアベルは、誰かが悪用する前に回収しようと落ちたであろう場所を探してみるが、やがて見つからなかった。
* * *
「ん……んぅ……」
ケイトが目を覚ましたのは、悪魔がケイトによって討伐されてから三日後だった。
「目が覚めた?」
いつものようにお見舞いに来ていたアベルは、ケイトの顔を覗き込んでそんなことを言う。ケイトはアベルの顔をぼんやりと眺めながら、目覚めたばかりの脳を働かせた。
「悪魔は……」
「悪魔は君が倒した。これはもう国王陛下に伝わったよ。そのうち君は表彰されるだろうね」
「……そうですか……」
「なんだか嬉しそうだね?表彰されることが嬉しい?」
「いえ……真名以外も全て思い出したんです」
「本当か?!」
「ええ……あ、あとそれと、サラちゃんとは親友で幼馴染だったんですよ。サラちゃんに会って私だよって言ってあげたいんですけど……」
ケイトがそう言うと、アベルは複雑そうな顔をして、何かを言おうとする。しかし、口を開けるだけで何かを言いはしない。
「な、何かありましたか?」
「サラ・ガーネットのことなんだが……」
「ま、まさか悪魔に……」
「違う……生きてはいるんだ。……だけど、それが問題なんだよ……」
生きていることが問題?そんなことは全人類あるはずがない。そう思っていたケイトに、アベルはケイトが眠っている間に聞いたことを話す。
「契約者なんだ」
「けい……え?だ、誰が…ですか?」
「サラ・ガーネット。彼女は悪魔との契約者。悪魔の名をアネモネという……」
「う、嘘……あの二人がですか?!何かの間違いでは……」
「間違いではないみたいだ。異常を使っていた所をその場にいた全員が見たらしい……」
「う、嘘……じゃ、じゃあ、あの時に感じた悪魔は!それと同時に感じた契約者の気配は……あの二人?あんなに近くにいたのに……気が付かなかった……」
「ケイト……」
「っ……すみません……殿下」
「別に怒ってなんかいない。ケイトはまだ天使になってすぐの者だ。隠れた悪魔を感知するにはそれ相応の実践を積まなければいけない。だから君は悪くない……」
悪魔との契約者であったサラのことを思うと、ケイトはどうしていいかわからなくなる。悪魔は悪い者たちだと教えてもらって来た。それは人の時も天使の時も同じだ。そして、悪魔と契約した者たちは全て処分しなければいけないのだ。
(どうしよう……)
しかし、親友を処分なんてできないし、誰かに処分させることもできない。生きてほしいのだ。
「僕はもう出ていく。それと、あと一週間ほど授業はないから寮でそれまでにたくさん休んでほしい」
「わ、わかりました……」
そうしてアベルはケイトが眠っていた部屋を出ていく。今気が付いたが、特別療養室にいるようだった。
「サラちゃん……なんで悪魔と契約なんか……そういえば、アネモネさんがずっと私を嫌っていたのも私が天使でアネモネさんが悪魔だったからなのね……」
これまでのことに納得がいったケイトは、少しスッキリすると同時に、やはり仲良くなることはできなかったのか……と残念そうだ。
「……私は……あの二人を見逃そう……もし見つけてもみなかったようにしよう……」
ケイトにはやはり仲がいい人を処分することなんてできない。きっと一番大事なところで手が止まってしまう。震えて動けなくなってしまうだろう。
「…………」
そうしてケイトはもう一度眠りについた。




