六話「戻った日常」
「えっと……この薬草と、あとこれかな?」
この世界は、誰かが別れを経験したところで、平等に時間は進んでいく。その止まらない時間は、すぐに一人の少女をいつも通りの日常に戻した。
「よし……ついでにこれも持っていこう」
そうしてサラはお使いが終わった後、家に帰る。その途中、誰かから声をかけられた。
「そこのお嬢さん。すまない」
「はい?私ですか?」
「そうだ」
話しかけてきた人物は、かなりの長身の男性で、この辺りでは見かけない顔で、その顔はとても整っており、平民ではないのではないかと思う。
「どうしたんですか?」
「ああ、連れがケガをしてしまってな。薬屋を探していたところなんだが、お嬢さんが持っているそのかごの中に薬草が入っているところを見て、お嬢さんが薬屋か?」
「あ、はい。まぁ正確には私の母親と父親ですけど……私は手伝いで薬草を集めてます」
「そうか……薬草はどこで?」
「近くの森です」
「森?確かあそこは魔物が出るはずだが……」
「弱い魔物ですし、私、魔法が使えるので大丈夫です」
「本当か?どうやって魔法を使えるようになったんだ?」
「まぁ独学で……弱い魔物くらいなら脅せるくらいの小さな火とか、涼しいくらいの風とかですけど……」
そうしてサラは手のひらに松明ほどの小さな火を生み出した。暗い場所を照らせそうな小さな火だ。
「ほぅ……独学でこれほどの魔法をか……」
「これってすごいんですか?騎士さんたちが使ってる魔法とかもっと大きい炎でしたけど……」
「ああ。あれは指導者がいるからな。個人差はあるが、あれくらいならほとんどのやつが使える。だが、最初から独学で魔法を身につけるのはかなりの努力がいるだろう?」
「ま、まぁそれなりに本も高かったですし……全部のお小遣い使いました」
「……そんなに魔法に興味があるのか?」
サラはふいにそんなことを聞かれ、即、首を縦に振る。魔法を知ることは、サラにとって一つの楽しみだった。だから、すぐに本に書いてある魔法を、少しだが独学で身に着けることができた。おかげで少し生活が便利になったり、身を守れるようになったりしたのだ。
「そうか……お嬢さんに言いたいことがある。とりあえず薬屋に案内してくれ。話はそれからだ」
「あ、はい」
そうしてサラは謎の人物を薬屋もとい、自分の家に案内する。
「お母さん。お客さんだよ」
「いらっしゃいませ。あ、サラ、薬草はここに置いといてくれるかしら?じゃあ休んできていいわよ」
「はーい」
「ああ、いや。少しそのお嬢さんにお礼をしたいんだ。ちょっと待っていてくれないか?」
サラが自室へ戻ろうとすると、謎の人物に呼び止められた。何だろうと思っていると、謎の人物はサラの母親から薬をもらうと、サラを手招きする。どうやら外に来てほしいようだ。
「えっと……」
「ついてきてくれ」
「あ、はい」
そうしてサラは謎の人物についていく。そうすると、謎の人物は歩きながらこんなことを言ってきた。
「名乗り遅れた。俺の名前はグレイ・リーヴェルトだ。もしかしたら名前を聞いたことがあるかもしれないな」
「グレイ・リーヴェルト………あ!聖騎士団団長のですか?!」
この国には、騎士団と聖騎士団がある。騎士団は主に人間の悪事を取り締まり、聖騎士団は主に魔物が人間に危害を加えないように、日夜この国の民たちを守っている。しかし、その二つは協力して仕事をすることもあるため、名前が違うだけで、仕事内容はほとんど同じだ。
そして、その二つの中で、最も強い人とされる人物が二人いる。一人目は騎士団団長、人呼んで"銀の騎士"。リヴィア・シェルフィ。二人目は聖騎士団団長、人呼んで"金の騎士"。グレイ・リーヴェルトだ。
「ああ……今回はお忍びで来ているからあまり大きな声では言わないでくれ」
騎士団団長と聖騎士団団長の姿は見たことが無くても、名前だけは知っているという人は、この国には何人もいるだろう。サラもその一人だった。だから、グレイの姿を見ても、ただ顔が整っているだったり、背が高いだったりしか思わなかったが、名前を聞いて、どれだけすごい人が目の前にいるのかを思い知った。
「そ、それでお礼って……?」
「ああ。……もし君がよければ、ラヒューエル学園に行ってみないか?ああ、安心してくれ。俺が推薦状を書く」
「え?……えっと……」
「ああ。嫌なら断ってもらっても構わない」
「嫌じゃないですけど……う~ん……なんていうか……その、馴染めなさそうで……」
「馴染めなさそう?」
「はい………私、仲のいい友達がいたんですよ……」
「……話してもいいのか?」
グレイがそう言うと、サラは数秒考えたようなそぶりを見せ、そうして小さくうなずいた。
「そうなのか……ならまずは連れに薬を持って行ってからでいいか?」
「はい……」
そうしてサラはグレイに連れられて、グレイとその連れが泊まっているという宿屋へと連れていかれる。そこには、一人の女性が泊まっていた。
「遅いわよグレイ……あら?その子は?」
「ああこの子か?途中で出会ったんだが、魔法の才能がある。独学で生活に使えるような魔法が使えるらしい。恐らく教える人がつけば伸びるぞ」
「ふ~ん……どれどれ?」
そう言って女性は立ち上がろうとする。すると、その女性はグレイに止められた。
「おい。まだ足を怪我してるんだ。無理に歩くんじゃない。それと、これ、薬だ」
「ありがとう。じゃあそこの……」
「サラ・ガーネットと言います」
「サラね。ちょっとこっちに来てくれるかしら?」
「はい」
そう言ってサラは女性の元へと歩を進める。そうして女性の前に立つと、女性がサラのおでこに手を当ててきた。そうして数秒後、段々と体全体がじんわりと温かくなってきた。
「なんだかあったかいです……」
「それは魔力が循環してる証拠。私がちょっとだけ手を加えて、あなたが魔力を感じ取れるようにしたの。ちょっとだけこんなことを意識してみて。周りにはたくさんの力が漂ってる。それを集めて、集めて、そうしていつもの魔法を使うの。そうね……あなたの得意属性は何かしら?」
「わからないです……」
「そう……ならこっちで見てみるわ。……どうやら風みたいね」
「じゃあやってみます……」
そうしてサラは周りを意識する。しかし、どこに力がある?どんな感覚がする?全くわからない。そのままサラが戸惑っていると、グレイからこんな助言が入る。
「君なら……森の中にある薬草を一つ一つ摘み取る感覚だ。この薬を作るためにこの薬草を摘み取る。それと同じように、この魔法を使うためにこの魔力を集める。それを意識してみてくれ。」
「薬草を摘み取る感じ……」
そうして言われたとおりにしてみるサラ。いつもならそよ風程度のその魔法は、部屋の窓を大きく揺らし、サラ自身の頬をかすった。かすった場所からは血が少し垂れる。
「ッ……!」
「ああ、少し暴走してしまったみたいね……ちょっとこっちに見せて頂戴」
そうして女の人はサラの頬に手を当てる。淡い光がサラの頬に当たったかと思うと、傷口がふさがっていた。
「回復魔法よ。それくらいの小さな傷ならすぐに治せるわ。それにしてもあなた、かなり見込みがあるわね。今のところ魔法の威力は普通ってところだけど、ちゃんと学べばもっとすごいことになるはずよ!」
そう言って女の人はサラの手を取ってほほ笑んだ。そうしてこんなことを言ってくる。
「やっぱりあなたみたいな子が欲しいわ。ラヒューエル学園に来る気はない?」
「それは俺も誘ったんだが、この子は何というか……」
「何?」
「とりあえずこの子の口から聞いたほうが良さそうだ」
そうして二人はサラの方へと向いた。一度口をきゅっと結んで、数秒経った後、話始める。
「私、幼馴染が"天上からの使者"で、数年前に死んじゃったんです。その時から私は昔のことをよく夢見るんです。それで、同年代の人と話すと、どうしても思い出しちゃって……そういうわけであんまり同年代の人と接してこなかったので……その……話すのが怖くて……」
しばらくの沈黙が三人の中に流れる。その中で次に口を開いたのは、サラだった。
「その……お気持ちは嬉しいんですけど……やっぱり……」
「そうか……俺も無理に入れとは言えないしな」
「私も……はぁ、残念」
「ごめんなさい……」
「いや、君が謝る必要はない。すまないな、時間を取らせてしまった。俺が君を家まで送って行こう」
「いえ、そんな……」
「いや、女の子一人、こんな時間に危ないだろう」
グレイにそう言われ、サラは今更になって気が付く。外を見てみると、もう日が傾きかけていた。時間も時間なので、グレイの言葉に甘えてサラは家へと送って行ってもらった。
その夜はずっと、サラはラヒューエル学園について考えていた。この国で魔法を学ぶことのできる最高峰。それがラヒューエル学園だ。なんでも魔法を学ぶことに関しての整備はどの学園にも引けを取らないのだとか。
「そんな場所。行ってみたかったなぁ……だけど……怖いなぁ……」
同学年と話すことは、サラにとって、幼馴染のケイトが死んだときと同じくらい辛くなってしまう。どれだけ過去のことを引きずっているんだと自分に怒りたくなってしまうが、それくらいケイトといた時間が楽しかったのだ。"天上からの使者"ではないケイトがいたとしたら、将来はずっと親友でいたのだろうと容易に想像できるほどには……
「はぁ……今日はもう寝よう……」
サラは目を閉じる。今日思い出したことはすぐにでも忘れてしまおう。そうしないと夜通しずっと泣いてしまうことになる。そう思い、サラはすぐに目を閉じた。カーテンから洩れた月明かりが、サラの頬を照らした。その光に反射して、キラリと光ったのは、サラの頬を伝う雫だった。