十話「拾い物のネックレス」
テイルが初めて来た日から約三年が経った。ケイトも礼儀作法をかなり覚えてきており、更に、他の天使たちが住んでいる場所にも少し顔を出したりした。この天界の様々なことを知ったケイトは、人間界で起きた悲しみのことを段々と忘れてきていた。
「ケイトちゃん、私とルルはちょっと用事で出かけるし、ノアさんも今日は一日いないから留守番よろしくね」
今日はこの宮殿にケイト一人、あとは数十体のオートマタだけだ。
「……三年間のうちに一人になったことなんてなかったのに……」
少し寂しい思いをしているケイトは、ポケットを触る。そこには約三年前に拾ったネックレスが入っている。中々言い出せる時が無く、このまま放置してしまっている。
「これ……どうしようかなぁ……」
そうつぶやくと、誰かに肩をポンポンと叩かれた。
「あ、ソフィー……ちょっと話し相手に……」
そう言いかけると、ソフィーはケイトを担いでそこから走る。
「ど、どうしたの?!」
しかし、ソフィーは何も言わない。何も言えない。それでも、何かマズいことが起きているということが、ケイトにはわかった。その勘はしばらくして実現する。三階から二階にかけての階段をケイトを担いだソフィーが降りようとしたとき、外にいた騎士の恰好をしたオートマタが二人の行く手を阻む。
「えっ?えっ?!」
困惑しているケイトをよそに、ソフィーはその妨害に背を向け逃げる。他の階段からもオートマタが昇ってきていて、下に逃げる手段はない。
(いや……一つだけ……)
ゾワリ、とケイトの体中を虫が這うような嫌な感覚が駆け巡った。外につながる場所は、階段を下りて玄関から逃げること。そしてもう一つは、窓から飛び降りること。
[ケイト様、そのポケットの物を私にお渡しください。そして、お三方の誰かに助けを求めてください]
「待って待って!ソフィーも一緒に!」
ケイトがそう言ったが、もう文字を書く時間がないのか、ソフィーはケイトのポケットの中にあるネックレスを手に取り、窓を全開にして、勢いをつけてケイトを外に放り投げた。すると、騎士の恰好をしたオートマタたちはケイトの方を一瞬見て、こちらに向かってくる。
「っ!!」
ケイトはとっさに自身の背中に生えている翼を羽ばたかせ、空中を舞う。最初の方にノアに貰ったネックレスはあの宮殿か、ワープ先の町でしか使えないのだ。
「なんで急に……ソフィー、何か知ってるの?というか、あのオートマタたち、私を狙ってる?」
今までこんなことはなかったのに、とケイトが思っていると、宮殿の中にソフィーの姿が見えた。
その姿を見た途端、急に安心感が湧いてくる。まず、自分を狙っているオートマタたちを宮殿から引き離して、オートマタたちが追い付けない速度で一気に宮殿に戻った。すると、宮殿にいるオートマタはソフィーだけとなる。
「ソフィー!な、なにがどうなってるのか説明して!」
[ケイト様、逃げて。ここから逃げてください]
殴り書きの文字なので、ソフィーが焦っていることがわかる。
「そ、そんなこと急に言われても…事情を詳しく……」
「その必要はない」
「えっ?」
――バキンッ!!
目の前のソフィーの腕がへし折られる。一瞬、ケイトには何が起きたのかよくわからなかった。
「テ、テイル、様?な、何を……」
「君の力はいいよね。天使だけど神々に干渉できる。大天使と呼ばれる者。君の力はおおむね……神々が従えている眷属のようなものを強制的に自分の物にする。まぁ、君はまだまだ力の使い方が拙いが……」
ケイトの力はテイルが言った通り、眷属のような存在、誰かの下部のような存在を強制的に自分の物にする能力だ。だからソフィーは創生神の手元から離れ、創生神が想定していなかった、"文字を使ったコミュニケーション"ということができるのだ。
しかし、この三年間でケイトが従わせられた者はソフィーただ一人である。なぜなら、創生神の力が強すぎるのと、ケイトの力が不安定だからだ。いくらケイトが力の使い方を特訓しても全く安定しない。
「そこで……ケイト、私と協力しないか?」
「え?」
「この人形が持っているネックレス。君が拾ったんだろう?」
「は、はい……」
「これはこの宮殿のもう一つの玉座に座るお方。破壊神様の物だ。三年前になぜかこれが盗まれてな。なぜかこんなところにあるということなのだが……」
「……」
「これは創生神様が大切になさっている物だ。ばれればもう一度死を味わうことになるぞ」
「……」
「どうする?」
「わ、私が盗んだという証拠がありません……」
「そうか……君は知らないんだな」
「な、なんですか?」
「このネックレスを保管していた場所に君の魔力が漂っていた。まだそれを私は言っていない。協力してくれればそれを見なかったことにしてやるが……」
「協力しません!」
「ほう……?」
「ソフィーから手を放してください!それと、私には何をしてくれても構いませんので。それくらいの覚悟はありますので」
「ハハッ……それでは君が自分で盗んだと創生神様に言うんだ。そうでないとこの人形は廃棄だ」
「わかりました」
「そうか……おい、連れて行け」
テイルがそう言うと、三体ほどのオートマタがケイトを囲み、どこかへと連れて行く。そして、ケイトの目の前が真っ白になったかと思うと、そこは牢屋の前だった。
「この手枷をしてから入れ」
後ろからテイルの声が響く。その声に従い、開けられた牢屋に入ると、ガチャンと牢屋の扉が閉められた。
* * *
それから数日して、テイルがまたやってきたと思うと、今度は牢屋から出される。
「今から創生神様の元で裁判を行う。ついてこい」
言われた通り、ケイトはテイルについて行く。しばらく歩いていると、ケイトはある部屋に連れていかれる。その場所は兵士のように天使たちが並んでおり、その真ん中に玉座に座った創生神がいた。
「汝……あれを盗んだのか?」
その声には有無を言わせない圧がある。ケイトが横目で兵士たちを見てみると、その場にいる兵士たち全員が震えていた。隣にいるテイルも少し震えているように感じる。
「答えよ」
「はい、私が盗みました」
「罪を認めるか……なら話が早い。証拠もそろっていることだしな。それでは今ここで二度目の死を経験しろ。もう汝が生き返ることはない」
そう言って創生神はテイルに目配せをする。"殺せ"という合図だろう。それでケイトはすべてを諦め、目を静かに閉じる。約十年人間界と天界で生きてきて、楽しいことがたくさんあった。その思い出が次々と蘇ってくるが、今更命乞いをすることなどしない。
「……お別れ、言ってないなぁ……」
ぼそりとそうつぶやく。心残りなんてないと思っていたけれど、ノア、リリ、ルルにお別れの挨拶を言っていないのが心残りかもしれない。そう思った時にはもう手遅れだ。テイルは剣をケイトの首元まで振う。その瞬間、何かの衝撃でケイトの立っている場所が揺れた。そのせいでテイルの剣の軌道は逸れ、ケイトの頬をかすめていく。
「ケイト!!」
そんな少女の声がケイトの耳に入った。
「"アイス・レイン"」
そんな少女の声が聞こえた。
「ケイト様!ソフィーとともに逃げてください!」
そんな男性の声が聞こえる。
諦めて閉じていた目を再び開けると、ルルがケイトを担いでいた。リリが魔法でテイルたちを足止めしていた。ノアが腕の治ったソフィーと一緒にケイトとリリを抱き留めた。そうしてノア、リリ、ルルはケイトを守るようにしてケイトの前に立つ。
「創生神様!ケイトは何もしていません!冤罪です!」
「何もしていない?証拠がこちらにはある。もう覆すことはできん。もしお前たちが冤罪というのならそちらにも証拠があるのだな?」
「……」
「無いというのならお前たちは愚か者たちだ。今すぐに立ち去るというのならお前たちは許してやろう」
「「「去りません!」」」
「ならば……テイル、奴らも一緒に殺せ」
「仰せのままに」
そうしてテイルは剣をノア、リリ、ルルに向ける。
「ま、待っ……」
待って。と言いかけた瞬間、ソフィーはそこからケイトを抱えて逃げる。ケイトの意思などは聞かずにソフィーはただがむしゃらにそこから離れた。
「ノアさん!リリさん!ルルさん!」
普通の天使が神々に勝てるわけがない。そんなことはあの三人もわかっているはずだ。
「ソフィー!放して!お願い!ソフィー!!!」
しかし何の反応も示さずにソフィーは逃げ続ける。逃げて、逃げて、逃げて、やがて、ケイトとソフィーは町の端っこに着いた。そこは崖のようになっており、底は全く見えない。しかし、その下には何があるのかケイトは知っている。
[ここから落ちれば人間界です]
「わ、わかってる……でも、それじゃあ私は……」
[はい、今のあなたじゃ耐えられません。ですからこれを使います]
そう言ってソフィーは破壊神のネックレスを取り出した。これではケイトが罪を認めたのが無駄ではないか。そう思っていると、ソフィーはそれをケイトに渡した。
[これに魔力を込めると基本的な知識以外の記憶を忘れます。今までの人間界のこと、天界のことを全て忘れて、真っ白な状態で人間界に堕ちることであなたの体は無事になるでしょう]
実は天界と人間界は受ける影響が違い、人間のまま天界に昇る、または天使のまま人間の世界に堕ちると魔力の違いにより体が耐えられなくなってしまう。しかし、体の魔力を一旦すべて抜くことによって耐えられるのだ。
それでもデメリットがあり、その魔力は脳の記憶を司る部分にも作用しており、今まで記憶していたことのほとんどを忘れてしまう。
「そ、そんな……皆を置いていけないよ……それに、神様たちは規格外の力を持ってるから自由に行き来できるんだよ?」
[それなら心配ありません。数百年前に神々は人間界に手を出すことを禁止しています。なので絶対に安全です]
「ならなおさらあなたたちを置いて……」
[すみません。さようなら]
すると、ソフィーはネックレスを奪い取り、ケイトの首にかけた。その瞬間、なぜかそのネックレスが使われる。オートマタは機械とはいえ、元々は魔力で動く物なのだ。なので、動力のための魔力をネックレスに流したのだろう。
「待って!止めてソフィー!」
その叫びもむなしく、ソフィーは最後の力を振り絞ってケイトを突き落とした。内臓がふわりと浮かぶ感覚がして、目の前の景色が歪む。何も見えなくなり、そこが空の上ではないと段々とわかってくる。そうだ。ここは天界じゃない。夢で見ていた記憶だ。奥底に残っていた記憶。どういうわけか記憶が出ずに、残っていたようだ。
ケイトは夢から覚める。
* * *
「ソフィー!……ゆ、夢?」
夢から覚めたなら、それをまた見たいと思う夢はあるだろう。しかし、そうしていられない時もある。リスタは、大事な事を思い出し、辺りを見渡した。
「殿下……殿下!!どこですか!」
アベルがいないことに気が付いたリスタは大きく羽ばたき、大空を翔る。大切なものを今度こそ失わないために駆けるのだ。




