七話「大天使」
オートマタを探しに行ったケイトは、三階の廊下を歩いていたあの時のオートマタを呼び止め、一緒に食堂に連れていく。そうしてオートマタを連れながらケイトが食堂に入ると、ノアが、待っていたとばかりに、ケイトの方に近づいて来る。いや、正確に言えばケイトの横のオートマタに。だ。
「ケイト様はそちらの椅子へ座っておいてください」
そう言ったノアは、ジロジロとオートマタを見始める。それから特に何もなかったようで、何やら難しい顔をしていた。
「あ、あの……それで結局何だったんですか?」
「ああ、そうでした。まず、オートマタはしゃべれませんし、紙に文字を書くことができません。頷きなどでコミュニケーションは取れますが、それ以外は普通、無理なはずです」
「じゃあ、なんで……」
「それは、ケイト様が"大天使"の資格があるからかと……」
「大天使?」
「はい。天使の中でもトップの存在で、神々に最も近い天使のことです。そして、神々に仕える天使族という存在でありながら、神々の能力に干渉できるといった存在です」
「え?でも、今回はどんな関係が……」
「そのオートマタは創生神様が創りだしたものです。不具合が起きるような代物ではない……だから普通はありえません。ですが、あなたが大天使としての資格があるのなら話は別です。創生神様が創りだしたものに干渉してしまい、このオートマタが変わってしまった」
「確かにそれなら納得です」
「しかし、その力を制御しないと誰かに危害を加えてしまうかもしれません。ですので、明日からはリリ様とルル様に特訓してもらいましょう。大天使としての力は魔法とは別物ですが、魔法によく似ているものですので魔法をまず覚えてもらいます」
「わ、わかりました」
「リリ様、ルル様、よろしいですね?」
「は~い!」
「いいですよ」
「それではケイト様は明日の予定が決まりましたね。それとこのオートマタは……ケイト様の専属オートマタにでもしましょう。頼みましたよ」
ノアがそう言うと、そのオートマタはコクリとうなずく。そうして全員に同意をもらったノアは、食堂の扉に手をかけ、三人に言う。
「そろそろ寝る時間です。もう皆さんは寝てください」
そう言ってノアは食堂を出ていった。
* * *
次の日、ケイトは誰かに肩を叩かれ起きる。重たい瞼を無理やりこじ開けて見てみると、そこには、オートマタがいた。そのオートマタは昨日ケイトの専属になったオートマタだ。名前はソフィーと名付けた。
「……わかった……起きる…から……」
そう言ってケイトはベットから降りる。そして、水で顔を洗い、身だしなみを整える。服も着慣れないし、髪を櫛でとかすということも人間だったときは全くやっていなかったので、ソフィーに手伝ってもらった。
「ありがとう、ソフィー」
生きていないとしてもソフィーは今のケイトにとって心のよりどころの一つだ。どうしてもお礼は言いたくなってしまう。そして、ケイトが朝食をとろうと思い、部屋をでようとドアノブに手をかけると、外からリリとルルの声が聞こえてきた。
「ケイトちゃ~ん!朝ごはん食べよ~!」
「ちょっとリリ姉。朝からうるさい。ケイト、ごめんね。まだ食べたくない気分なら無理に食べなくてもいいよ」
ルルがそう言っていると、ケイトは扉を開け顔を出す。
「いえ、私も朝ごはんが食べたかったので」
そう言ってケイトは部屋から出て、リリとルルの二人について行く。当然朝食も食堂でとる。食堂へ向かうと、もうすでにノアが待っていた。
「リリ様、ルル様、ケイト様、おはようございます」
「ノアさんおはよ~」
「「ノアさんおはようございます」」
三人はノアに挨拶をし、ノアが引いた椅子に腰かける。ケイトはずっと執事のようだと思っていたが、紳士のようだとも思っていた。いずれは三人の人間だったときの話も聞きたいなぁとケイトが思っていると、テーブルに料理が運ばれてくる。食器や盛り付けがとてもきれいで、人間の頃ではとても食べられないようなものばかりだ。
「それでは食べましょうか」
そう言ってノアも椅子に座り、祈りをささげる。まるで教会のようだ。
「万物を創り出した神々に感謝していただきましょう」
そうして四人は朝食を食べ始める。昨日は自分のことでいっぱいいっぱいでケイトは気付いていなかったが、ノアもリリもルルも食事の仕方がきれいだ。それを自覚すれば、ケイトの今の食べ方が少し恥ずかしくなってくる。
そんなことを思っていると、察してくれたのかルルが教えてくれる。
「ケイト、ナイフとフォークの持ち方はこう。それで、こうやって食べる。ゆっくり覚えていけばいいから今はできなくていいよ」
そう言ってルルはまた自分の朝食を食べ始める。
「わ、わかりました……」
そうして慣れない手つきでナイフとフォークをカチャカチャと動かし、料理を口に運ぶ。まだまだ不格好だが、これから朝食は何回も食べるのだ。いつかは慣れるだろうと思い、ケイトはもう一度料理を口に運んだ。
* * *
料理を食べた後は、リリとルルから魔法を教えてもらう。まずは属性を調べ、ケイトの得意属性が光属性だった。それから初級魔法を二人から教えてもらう。
「これが"ライト"。燭台の光よりは強い光で、暗いところに最適!」
「これが"マーク"。ただの道しるべのための魔法。あんまり使い道はないかな……私は栞の代わりに使ってるけど……」
「"ライト"と"マーク"ですね。やってみます」
「あ~!待って待って!まずは魔力の扱い方!それがわかってないと魔法が暴発しちゃうかもしれないからね!」
「ぼ、暴発?!」
「そう!ドカーン!って……」
「ルル姉……嘘教えないで。光属性魔法は強い光が出るとか、周りの植物を一気に成長させるとかしかないから」
「よ、よかった~……」
そんなやり取りを交えつつ、ケイトは魔力の扱い方を覚えていく。魔法の才能はあったようで、すぐに魔力の扱い方を覚え、"ライト"を3秒ほど維持することができた。
「で、できました!」
「お~!すごいすごいケイトちゃん!」
「ケイトなら一か月もあれば中級魔法も覚えられるんじゃない?そしたらここの警備もできるね」
「あっ、そういえばここの仕事に警備の仕事がありましたね。それにしても、なんでここを守るんですか?」
そんな風に聞くと、リリは「わからない」というような表情をするが、ルルは何か知っているようだ。
「創生神様の他に神様がいるのはなんとなくわかってるよね」
「はい」
「その神様の中でも創生神様はトップの存在。あの神様より強い神はいない……だけど、ノアさんが来るよりもずっと前にあの神様と渡り合える神様がいたの」
「その方は……」
「さぁ?知らないけど、その方はここをいつまでも守ってほしいって創生神様にお願いしたらしいよ。思い出か大切な物かがあるんだろうね」
自分には関係ないとルルは付け足し、またケイトに魔法を教え始める。ルルの話を聞いていたリリは、「へぇ~」と初めて聞いたようなリアクションをしていた。
ちなみに、ルルが知っているのはノアがリリとルルに話したことがあるからだ。単純にリリが忘れているのか話を聞いていないかのどちらかだが、正直どちらでもいい。
「ケイト、この初級魔法を覚えたら次は体術。魔法だけじゃ距離を詰められたら終わりだよ」
「はい!」
「ルル、すっかり師匠みたいになっちゃって……うらやましいなぁ……」
「ならリリ姉もお菓子たべてないで教えてあげなよ」
「は~い」
魔法を学び、体術を学び、自身や他者を守る方法を学んでいく。そうして本で知識をつけ、時には四人で笑い合い、ソフィーと話したり、ルルの要望に応え、初日に掃除した部屋を図書室に改装したりもした。
初日に感じていた虚しさや悲しさを塗りつぶすように、楽しい日々が過ぎていく。




