四話「天上の宮殿」
ケイトが次に目を覚ました時、そこは幻想的で美しい宮殿の前だった。壁は真っ白で、その建物の周りは、ほとんど何もない。少し遠くの方に何か家がちらほらと見えた。まるで、おとぎ話の中のような光景が広がっている。
「な、何……ここ……私、なんでこんなところに……」
そうしてケイトがそこから立ち上がろうとしたとき、肩に重さを感じた。前までは感じなかった重みだ。ケイトが自分の肩の方を確認してみると、背中には一対の白い羽が生えていた。
「えっ?!」
ケイトが驚いて大きな声を出すと、いつの間にかケイトの前に立っていた若い男が声をかけてくる。
「どうかなされましたか?」
「あ、あの……私に羽が生えてて……それと、ここはどこなんですか!?」
「あぁ。あなた様ですか、今日来られるという新たな天使というのは」
「天…使?」
「えぇ、天使でございます。あなた様は元人間ですよね?」
「は、はい……私、生まれた時に十歳以内に死ぬって言われてて……」
「えぇ、あなた様はもうすでに死んでいます」
「え……」
そんな事実を伝えられ、ケイトは困惑する。死んでいるのに感覚があり、足がついている。そして周りの物も触ることができる。
「死んで、る?」
「えぇ、こちらを見ますか?」
そう言って差し出したのは手鏡だ。それを受け取り、ケイトは自分の顔を見る。
「えっ?!髪の色も目の色も変わってる……」
「あなた様が死んだと認識しているのは半分正解で半分間違いです。本当は元の体だけが死に、魂だけが生き残った。その体があなた様と同じような顔をしているのは、魂に体が少し引っ張られたからでしょう」
そんなことを聞かされて、ケイトはただ呆然と鏡を見ていることしかできない。
「人間の時と、今の時は私は体が違うんです、か?」
「えぇ、そうですね」
「この体は元は誰の物なんですか?」
「それはあなた様の物です。あなた様を出迎えるために創生神様が作り出したものです」
「そ、創生神?!」
本の中でしか聞いたことのなかったその言葉を、目の前の人物は口にする。
「これ以上の質問は後にしましょう。まずはこちらについてきて下さい」
そうして謎の人物はくるりと宮殿の方へ向いて歩いていく。慌ててそれにケイトはついて行く。宮殿に入る前に目に入ったのは、マネキンのような体をした騎士たちだ。顔はない不気味な騎士たちが宮殿の門の前に立っている。
「あのっ……」
「質問は後で全て答えますので、それまでお待ちください」
「あ、はい……」
そうしてケイトは謎の人物について行く。宮殿に入り、しばらく歩いていると白を基調とした部屋に連れていかれた。ケイトが死ぬ前に住んでいた場所よりも圧倒的に豪華な部屋だ。
「こ、ここは?」
「あなた様の部屋です。今日からあなた様はここに住んでもらいます。それと、そこのクローゼットにある服を着てください。あなた様は気にしていなかったでしょうが、ここに来てからはずっと裸ですよ」
「へ?」
そうして自分の体を見てみると、何も来ていなかった。情報量が多く、服のことに気が行ってなかったのだ。なぜ鏡も渡されて気付かなかったのだろう、とケイトが思っていると、謎の人物は続ける。
「うまく着替えれないのなら、オートマタに手伝わせますが……」
「え、あ……じゃあ、よろしくお願いします……」
「わかりました、それでは一分ほど待っていてください。その間にオートマタが来ますので」
そうして謎の人物は部屋から出ていき、しばらく待っていると、さっきの門の前にいたような人形が入ってきた。しかし、門の前にいた人形は騎士の恰好だったが、この人形はメイドの恰好をしている。
「あ、あの……この服を着たいんですけど……」
ケイトがそう言うと、メイド姿の人形はその服を手に取り、ケイトに近づいてきた。そうしてケイトにその服を着せていく。背中の露出が多いその服は、羽の邪魔にならないようにしているのだろう。
「ありがとう。って、この人形、返事なんてしないよね……」
そうつぶやいていると、扉がノックされ、さっきの人物の声が聞こえてくる。
「服は着替え終わりましたでしょうか?」
「あ、はい!」
「それでは着いてきてください。そのオートマタはほっといても大丈夫です。勝手に部屋を出ていきますから」
「はい」
そうして言われたとおりに、ケイトは謎の人物について行く。
「ここです」
案内された場所は、白と黒を基調としたチェス盤のような部屋だった。部屋の中には椅子が二つだけあり、それ以外は何もない。
すると、ケイトを案内してくれた人物はそこで膝をつく。
「私と同じようにひれ伏してください」
「? はい」
そう促され、ケイトも同じように跪くと、声が聞こえてきた。いつの間にか二つ空いていた椅子の一つに、見た目はケイトと同じくらいの少年が座っていた。
「"創生神"様。例の者を連れてきました」
「うむ。待っておったぞ、ケイトとやら」
「待っていたのですか?」
ケイトがそう疑問を口にする。確かにケイトの新しい体を用意していたというところから、前々から来ることは知っていたということになる。
「そうだ。っと、自己紹介をしていなかったな。余は人間界で言うところの創生神だ。この場所を創りだした一人にして、人間界の秩序を創りだした一人でもある」
「初めまして創生神様。私はケイト・ノートという者です」
「うむ、ノートか……しかし汝はもう人間ではない。その氏は不必要だ」
「え……」
「代わりに余が氏を与えよう。ノア、耳を塞げ。今から余がケイトに氏を授ける。そうだな…………ブルーベルはどうだ?」
「え、っと……」
「なんだ?不満か?」
「い、いえ、光栄です」
本当は両親からもらったものはあまり捨てたくはなかった。ケイトが両親からもらったものはもうほとんど無いのだから。あるのはこのケイトという名前と、ケイトの魂だけ。
「よし、これからはケイト・ブルーベルだ。それと、他の者には真名を教えるなよ。真名を教えるということは、人間界でいう契りと同じだ。わかったな?汝の隣にいるノアという者にも教えるなよ」
「はい」
そうして創生神がその場から姿を消した。それと同時に、ノアと呼ばれたケイトの隣居る人物は塞いでいた耳を開ける。
「真名は決まったでしょうか?」
「はい……」
「それでは出ましょう。ここはあまり長居しすぎると失礼ですので」
そう言ってノアは立ち上がり、部屋の外へ向かっていく。ケイトもそれに倣ってついて行く。部屋を出て廊下を歩いている途中、ノアがこんなことを言ってきた。
「答えられなかった質問を聞きましょうか」
「……じゃあ、まずは、あの人形のことを教えてください」
「あの人形はオートマタ。特定の仕事をこなしてくれる人形です。この場所はあまり天使も神様たちも来ないので、オートマタが基本的に仕事をします」
「ほ、他の天使はここにいないんですか?」
「いることにはいるのですが、今はあなた様と私しかいません。あ、それと、これをお渡ししておきますね」
そう言ってノアが渡して来たものは、ガラス玉のようなものがついたネックレスだった。ケイトがそれを受け取ると、どうしてかじんわりと温かく感じる。
「これは?」
「簡易転移装置です。特定の場所に一瞬でワープできる物で、あなた様が息抜きしたいときや、他の天使たちに会いたいときにでも使ってください」
「わかりました」
「質問はまだありますか?なければこれからあなた様がする仕事を教えるのですが……」
「あっ、その前に、あなたの名前と、ここにいる天使様たちの名前を……」
「あなた様と同じ種族なのですから、天使"様"などと呼ばないでください。それと改めて自己紹介をします。私はノア。ここにいる天使たちはあなた様と私を合わせて四人。それぞれ名前はルルとリリです。双子なので容姿は似ていますが、性格は真逆なので分かりやすいと思います」
「わかりました。それじゃあ仕事の内容を教えて下さい」
「はい。あなた様にこれからしてもらう仕事は、この場所の警備、および掃除です。オートマタもするのですが、特に警備は多い方がいいですからね。それと、警備のために魔法を覚えてもらいますので、私、ノアと双子の天使のルルとリリが教えていきますのでご心配なさらず」
「わ、わかりました」
「それじゃあ、今日はこの宮殿を回っていいですよ」
「えっ、いいんですか?」
「はい、まだまだあなた様は混乱していることもあると思いますので。あっ、それと注意だけ。先ほどの部屋には入らないでください。あの場所は先ほどのような特別な時にしか入れませんので」
「わかりました」
「それと、あなた様の部屋は一度言ったと思いますが、あの場所を使ってください。迷子になったならオートマタに案内を頼んでください」
「わかりました」
「それでは、私はこれで」
そう言ってノアはどこかへと向かっていってしまった。残されたケイトは、しばらく部屋でゆっくりしてから宮殿内を探索してみようと思い、まずは自分の部屋を目指した。




