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鍵はあなたが持ってる  作者: ミカンかぜ
第六章【昇り堕つ編】
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二話「夢に堕ちる」

 同時刻、アベルとリスタは、ただならぬ気配を感じていた。死がそこまで迫っているようなその気配は、この学園全体の者たちがわかっているようだった。教師たちがあわただしく廊下を走り、事態を把握した授業中の教師たちが生徒たちを安全な場所へと避難させる。それはアベルやリスタのクラスでも同じだった。


「全員指定した場所へ避難!早く!」


 そんな風に教師たちは叫んでいた。そんな時、アベルとリスタはひそひそと話す。


「リスタ、今どういう状況だ?」


「はい、悪魔の気配が二つあちら側からします。恐らく、サラ様たちのクラスが授業をしているかと……そしてもう一つ、悪魔の気配がしますが、正確な位置はわかりません」


「そうか……向こうの二つはグレイ・リーヴェルトがいる。心配は無用だろう。それよりその正確な位置がわからない悪魔は危険だね」


 そんな風に二人が話していると、一人の聖騎士が教師とともにアベルの元へと走ってきた。


「殿下、ご無事でしたか。じ、実は、現在悪魔がこの学園を襲撃しています。一体は団長が現在交戦中。もう一体は殿下を狙っているとのことです」


 アベルはその報告を聞いて、やはりと思うと同時に疑問も浮かび上がった。相手が何をしたいのかよくわからないが、おおよそ、質のいい魔力が欲しいのだろう。そのため、サラ・ガーネットとアベル・オーヴ・アジェルリーヴァンが欲しいのだ。そして疑問は、リスタが感知した悪魔の反応は三つ。しかし、聖騎士が確認した悪魔の数は二体。明らかに何かがあることを示していた。


「殿下は速やかに我々がお守りいたし……ま……」


 すると、その聖騎士は急に膝をつき、倒れる。それに呼応して次々と周りにいる生徒や教師たちも倒れていく。ついにアベルも倒れ、その場で意識を保っているのはリスタだけとなる。


「殿下!殿下!どうしたんですか!?」


 一瞬毒を撒かれたのかと思ったリスタだが、どうやら全員眠っているだけのようだ。そんな時、声が聞こえてくる。


「何だ貴様は。人間ならすぐに眠るような薬だぞ」


 その声の正体の頭には、立派な角が生えていて、少しくすんだような青色の髪に、青みを帯びた菫色の瞳が、リスタを真っ直ぐに見据えている。それが悪魔だということは一目でわかった。


「お前こそなんだ!殿下らに何をした!」


「ただ眠ってもらった。それだけだ。それよりだ、小娘。その王族を渡してもらおうか」


「絶対にお前には渡さない……」


 そう言って、リスタは光属性魔法を行使する。これを喰らえば、どんな悪魔でもひとたまりもない。


「ジャッジメント・ランス!」


 普通の悪魔なら基本的に、それを避ける攻撃。相殺するよりも、避けた方が効率がいいし、体力や魔力の節約になるからだ。しかしこの悪魔は全く避ける素振りを見せず、完全に相殺した。一瞬感じ取った闇属性魔法の威力はとんでもない物だった。


「光属性の上級魔法……その歳で扱うのはかなり難しいだろう……いや、もしや貴様、天使だな?」


「……」


「無言は肯定と取るぞ」


「……」


「そうか……堕ちた天使など、相手にもならんな」


 そう言って一歩、また一歩とリスタとの距離を詰める。今、リスタはアベルと悪魔の間に立ちふさがっているような状態なので、リスタがそこをどけばすぐに悪魔はアベルを連れ去ってしまうだろう。そんなことは仕える者として許されない。


「はぁ……天使とはめんどくさい種族だ。お前はただ"主だけの利益"で働いているのだろう?」


「お前だって契約者がいるはずだ!」


「悪魔の契約は双方に利益があるもの。しかし、お前たち天使は仕える者。ただ主に奉仕して、主は何もお前たちに褒美をやらない。悪魔が世界に仇なす者と言われているが、神々のような何の褒美もなく働かせる者たちの方が世界から消した方がいいのではないか?」


「そんなことない!私は仕える者でいい!仕えることで自分の存在を証明できるならそれでいい!」


「ふん……つまらんやつだな」


 そうして悪魔はグンッとリスタとの距離を詰め、リスタの眼帯を外した。


「ッ!」


「光を取り入れてなかった瞳に光が入るとまぶしいだろう?」


「このっ!」


「魔力探知で探しても何の意味もない。もう貴様が触れられた時点で、貴様の負けだ。」


「はっ?」


夢見(サーミウム)


 悪魔がそう口にすると、急に膝に力が入らなくなり、うつぶせで倒れてしまう。起き上がろうとしても、体全体の力がどんどん抜けていく。


「お、おま、え……」


「それでは、お前の主はもらっていこう」


 その瞬間、リスタの意識は夢へと落ちていく。


「ま……ま、て……」


* * *


 目の前には一人、神聖な服を着た老人が立っている。きょろきょろと周りを見ると、二人の男女が、少女をはさむように手をつないでいた。


「司祭様、この子は今どういう状態なのですか?」


 少女の母親がそんなことを言うと、司祭と呼ばれた老人は、ただ無表情でこんなことを言う。


「彼女は前来た時よりも、更に神々に認められてきております」


「そうですか、ありがとうございます」


 そう言っている母親と、隣で無言でいる父親の表情は、どこか悲しそうに見えた。


「行きましょう、ケイト」


 ケイト、と呼ばれた少女はコクリとうなずき、その場を後にする。それから家へと帰り、母親は夕飯を、父親は家の隣にある診察室へと向かっていった。ケイトの父親は医者だ。この町一番の医者で、ケイトの父親に診察してもらい、その隣の家の薬屋で薬をもらうまでが具合の悪い人が取る行動だ。ケイトの隣の家の薬屋は、両親ともに仲が良く、ケイトと薬屋の子供も仲が良かった。


「……」


 ケイトは自分の部屋にあるおもちゃを片付ける。そんな時、ふいに自分の部屋の姿見を見てみた。頬には涙が伝い、悲しみが顔いっぱいに出ている。

 ケイトは"祝福"を持って生まれた子供だ。"天上からの使者"。そう呼ばれる祝福は、十歳までには死ぬというものだ。それからは天へと召され、神々の元で一生懸命奉仕するという言い伝えがある。


「……こんなの……こんなの」


 そう、世間一般から見れば、"祝福"のはずなのに……とても名誉なことのはずなのに……


「"病気"みたい…だよ……」


 目に大きな涙を浮かべるケイト。ずっといい子として生きてきた彼女は、今年七歳。もういつ神々の元へ行ってもおかしくない年齢だ。


「ぅ……ぐすっ……ぅあ……ぐすっ……」


 両親にすら見せたことのないこんな顔を、こんな本心を、周りに言うのがつらい。


「パパ、ママ……私……まだ生きたいのに……」


 日に日に増えていく不安と疑問。両親と離れた後は?親友と離れた後は?また会えるの?どうして私なの?

 そんな疑問が少女の頭をよぎる。何度こんなことを思っただろうか。何度背中にある羽のような紋章が無ければ。と思っただろうか。

 ひどい時にはその紋章を自分の爪でひっかいて消そうとした。しかし、すぐにその傷は治ってしまう。誰かに魔法を使われているかのように。


「ケイト、ご飯の時間よ」


 ケイトの母親の声が扉の向こうから聞こえてくる。だけど、ケイトは今、誰かの前に顔を出したくなかった。だから寝たふりをした。枕に顔をうずめて、頭から布団をかぶって、母親が顔を見れないようにして、母親が入ってきても何も言わないで、泣いていることが察せられないように、寝ていると思わせた。


「寝てるのね……ケイトの分は残しておきましょう……」


 その一言を最後に、ケイトの部屋の扉は閉じられ、一人の静寂が戻ってきた。

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