一話「歯車が回る」
サラとアネモネがお互いを無視し続け、一か月ほど経った日。まだサラとアネモネは謝れずにいた。
「……モネ、今日は、特別講師が来るんだって」
「そう……」
それで会話は終わり、二人は少し距離を開けて食堂へと向かう。周りから見ても二人が気まずそうなのは明らかだった。リスタもそれを感じ取り、朝食をとるついでにサラに話しかけてみた。
「サラ様、一か月前からずっと元気がなさそうですが……」
「そ、そう、ですか?」
「それに、アネモネ様ともあまりしゃべっていないように感じます」
「……多分気のせいなんじゃないんですか?」
リスタはその表情から二人が今どんなことになっているかを察した。それと同時に、少し頭痛を覚えた。昔見た誰かの表情に似ているから……
「っ……」
「だ、大丈夫ですか?リスタさん」
「大丈夫です……私は天使ですので、人間よりも体は頑丈なので」
すぐに頭痛は治まったので、リスタはそれほど気にすることもなく、またサラと話す。
「サラ様、今日は特別講師の方が来てくださいます。それでもっと魔法を学んでください。一旦楽しいことで今の困難から顔を背けて、少し時間を空けてから困難に立ち向かって下さい。ずっと困難に目を向けるのはつらいでしょうから」
「……そう、そうですね。そうしてみます」
そう言っているが、サラの元気はまだないままだ。そうして朝食を食べた後、普通に授業を受けるサラだった。
* * *
朝からサラたちの話題に出ていた特別講師は、サラたちのクラスでは三限目に姿を現した。その人物はサラが一度見たことのある人物だ。セラ・リーヴェルト。金の騎士、グレイ・リーヴェルトの姉であり、宮廷魔法師だ。
「特別講師として呼ばれました。セラ・リーヴェルトです。今日はよろしくね」
そう言う風にセラは自己紹介をすると、さっそく魔法の授業を始める。セラはその授業を真剣に聞く。やはり実際に宮廷魔法師として働いている人の話はためになるなぁ、とサラが思っていると、クラスメイトの足元にで何かがきらめいた。ガラスのような物は、サラの背筋を凍らせた。専門家がその場にいて、それを見ればこう言っただろう。
――これは水晶だ。と……
『破壊音』
そんな声が響いた。その瞬間、耳を塞いでも耳を貫くような音が響いた。瞬間的にサラは防音結界をその水晶の周りに張った。しかし、何重にも結界を張らないと、すぐに壊されてしまう。
『脆いな……』
「っ!」
すると、サラの体は宙を舞った。かと思うと、いつの間にか床に組み伏せられている。セラはすぐに攻撃魔法を放ったが、その人物に一瞬で魔法をかき消された。
『宮廷魔法師一人、ただの雑魚だなぁ?ケヒヒヒ!!』
「は、放せ!」
『久しぶりだなぁ?妖精の時は世話んなったな?この前は殺したかったが、今は用ができてな』
その人物は、その場にいるほとんどの人間を圧倒していた。ほとんどが蛇に睨まれた蛙のように硬直し、その光景を見ていることしかできない。セラだけはサラを助けようと奮闘しているが、その人物には効果がない。
"悪魔"は、サラを気絶させるためにみぞおちを思い切り殴ろうと、拳をしっかりと握った。
「やめろ!」
一人の人物がその拳をサラから逸らす。
『あ?』
その悪魔は、その場にいるすべての人間を圧倒していた。そう……"人間"を……
『ケヒ、ケヒヒヒ!!!そうか~、お前か~!!どうだ?この女はどうせ美味いんだろ?独り占めなんてずりぃなぁ?どんな味がした?どんな質感だ?いつからだ?』
それを聞いてアネモネは風の刃をその悪魔に放つ。その攻撃は当たる。当たるのだが、全く効いていない。
(こいつ、強すぎる!)
じわりじわりと汗がにじむ。目の前の悪魔は気付いている。アネモネとサラが契約しているのだと。アネモネが悪魔なのだと。
「サラを放して!」
『やだよ。俺は契約があるからな』
「……」
『なんも言わねぇのか?じゃあこいつはもらっていくぞ』
そう言ってサラを連れて悪魔が去って行こうとしたとき、サラは光属性魔法を悪魔に当てた。嫌がるようにその悪魔はサラを放す。しかし、少し地上から離れていた時にサラが解放されたので、空中で真っ逆さまに落ちていく。それをアネモネがキャッチした。
「サラ……よかった……」
アネモネがそう安堵の息をつくと、セラが声を荒げる。
「二人とも!避けて!」
上を見ると、あの悪魔が攻撃態勢に入る。その場にいる生徒と教師は、一心不乱に逃げ回った。しかし、アネモネがいくら逃げてもあの悪魔はアネモネが抱っこしているサラを狙っているので、アネモネはずっと危険にさらされていた。
「サラ、あの悪魔何?!」
「夏の長期休暇の時に戦ったの……だけど、あれは無理だよ……逃げないと……」
「っ!」
「あ、アネモネ!」
悪魔の攻撃がアネモネの肩をかすると、アネモネはバランスを崩してこけてしまう。その拍子にサラはアネモネの腕の中から放り出されてしまった。
「サラ、逃げて!あれはサラを狙ってる!」
「う、うん!」
そうしてサラは誰かに攻撃が当たらないように逃げ回る。しばらく逃げ回っていると、攻撃が止んだ。先ほどまでいた場所に目を向けると、そこにはいなかった。どこに行ったのかをサラが探ろうとすると、後ろからとてつもない圧力を感じた。攻撃が来る。そう思い、サラはとっさに目をつぶった。
『気絶してろ』
その瞬間、轟音が鳴り響く。かと思いきや、悪魔の笑い声が響き渡った。恐る恐る後ろを見ると、グレイ・リーヴェルトの姿があった。周りには聖騎士団の姿も。
「貴様の目的は何だ?」
『聖騎士団か……しかも、お前は団長だろ。他のやつらと質がちげぇ』
「質問に答えろ」
『そうだな……』
そうして悪魔は悩み、口を開いた。
『俺が言いたいのは二つ。一つ目、俺が狙ってるのはあの女だ。二つ目、俺"以外"が狙ってるのはそこの女じゃない』
「まさか……誰か!殿下の元に向かってくれ!」
その言葉を聞いた瞬間、悪魔は笑みを浮かべる。
(あとは、この団長に一言いえば……)
そうして悪魔がサラとアネモネを指さし、舌なめずりをしながら言った。
『なあ、女。俺にオドを渡すのは抵抗するくせに、そっちの悪魔にオドを渡すことに、抵抗ないみてぇだな?』
「っ!」
「なっ?!」
「は?」
『ほ~。女どもは上手く聖騎士団団長の目をだましてたみてぇだな?』
その瞬間、サラはアネモネの方へ向けて走り出した。刹那、周りにいた聖騎士たちがアネモネとサラの方へと向かってくる。聖騎士たちはアネモネが悪魔かどうかを判別するため、アネモネに回復魔法をかけた。彼女はそれを避けようとしたが、悪魔からの攻撃を受けて動きが鈍っており、簡単に回復魔法を喰らってしまった。
光属性魔法に耐性が全くない魔物は、回復魔法で逆に傷を負ってしまう。簡単かつ、無実の者を傷つけないやり方だ。
「熱っ!!!」
「モネ!!」
その瞬間、周りの聖騎士たちはアネモネに切りかかる。もう戻れないと、サラの本能は言っていた。そして、ばれたのなら、もう隠す必要もない。
「鎖!!」
出現した鎖で、周りの聖騎士たちに攻撃をし、ひるませたすきにアネモネを連れて逃げていく。身体強化魔法も学んでおいたので、普通の人間よりは速く走れる。しかし、相手は戦いを何回も経験してきた人たち。一対一ならまだしも、そんな人たちに素人が複数人を相手にできるわけがない。
「サラ、私がやるから身体強化魔法をかけて」
「う、うん」
そうしてアネモネに身体強化魔法をかけた。アネモネはその状態で聖騎士たちに立ち向かう。もう何年、何百年も生きてきたアネモネは、聖騎士の下っ端たちには負けない。
「サラ、あの技はこう使うのよ!鎖」
そうして複数の鎖を出現させ、アネモネは聖騎士たちの首を絞める。苦しそうにもがく者たちはやがて抵抗しなくなり、その手足はダラリと垂れた。しかし、アネモネはまだ鎖を緩めない。更に強く締め付け、グギュリと嫌な音を立てるまで、やめなかった。
「来る前に早く行きましょう」
「…う、うん」
二人はそう言って、人間がめったに来ない場所へと逃げていく。まだ仲直りしていない二人だが、命の危険が迫っているこの状況でそんなことは言っていられない。
――今、大きな運命の歯車が回りだす。




