六話「学園祭当日(2)」
昼食も終わり、劇は後半が始まった。一回大ホールの中にいた人たちは大体が昼食を食べに行ったので、席がガラガラで、サラとアネモネは前半を見た時とは違う場所に座る。そして、アネモネの横に、あのやる気の全くない気持ち悪い女性も座った。
「なんでここに座るのよ、変態女」
「やだなぁ~私にはノティーツィアっていう名前があるのに~……あ、略してノティーアでもいいよ」
「わかったわ、やる気なし変態ダメ女」
「ちょっと~、そんなこと言われたらいくら私でも傷ついちゃうよ~」
「とか言ってるけど全くそんな気配ないけど?」
「あちゃ~ばれちゃったかぁ」
そんなノティーツィアをアネモネはジト目で見る。すると、ノティーツィアは嬉しそうな顔をして、頬を赤くした。息が心なしか荒い。
「え、キモ……」
シンプルな悪口をノティーツィアに浴びせるアネモネ。しかし、サディストでありながらマゾヒストでもある彼女にはご褒美なのだ。弱気になったり下からの態度をとれば彼女が昂り、無視したり辛辣な態度をとれば彼女が昂る。どっちにしろ逃げ場がないのだ。
「モネちゃ〜ん、そんなこと言わないで?」
「嬉しそうなのがキモい」
「うへへ〜」
(うわっ、こいつ、相手にしてたらキリがないわね。とりあえず我慢して無視しときましょ)
そうして何を言われてもアネモネは我慢して無視を続けていると、ノティーツィアも大人しくなる。その代わり、ものすごい視線を感じる。ちらりとそちらを見て見ると、ノティーツィアは、冷たい視線でサラを見ていた。その視線にゾクリと背筋が凍り付く。
「……!?」
アネモネが、やめろとノティーツィアに言おうとすれば、アネモネの体がピクリとも動かない。小さな悲鳴すら出すことができない。
(さ、さっきの変態はどこに行ったの?!)
そうしてアネモネの視線に気が付いたノティーツィアは、ふにゃりと笑い、またアネモネにしゃべりかけた。さっきまでの重いプレッシャーはどこかへ行ったが、アネモネの手はまだ震えたままである。
「どうしたの?モネちゃん」
「……」
「だんまり?まぁそうだよね。劇は静かに見たいよね」
そう言ってアネモネの震える手を握る。今は振り払う気力もない。
「なんで手が震えてるの?そんなにお姉さんの横が緊張しちゃう?」
「そんなことあるわけないでしょ……」
「うふふっ」
その瞳がその仕草が、全てがアネモネのことを操っているようで、見ていると頭がツキリと痛む。
「後で覚えてなさいよ……」
「やーん怖〜い」
「ふんっ」
* * *
劇が終わり、アネモネとサラはすぐにその場を離れる。ノティーツィアがいるからだ。しかし、ノティーツィアはずっと二人の隣について来る。そんな時、サラが担任に呼ばれ、アネモネが一人になった。
「二人っきりだね」
「気持ち悪いこと言わないで」
「ひどいな~」
その場を離れて、サラがアネモネを探しに来させるのも悪いので、その場を離れることができない。つまり、ノティーツィアを物理的に離すこともできないのだ。
「なんでこんなやつにずっと付きまとわれないといけないの……?」
アネモネがブツブツとそうつぶやいていると、アネモネは急に手を引かれる。
「ちょっ!」
「声荒げないでよ~。私が変人みたいじゃない」
「変人なんでしょ。ちょっと、誰か~!」
「無駄だよ。ほらほら、防音結界の魔道具。このために作ってもらったんだよ。まぁとりあえずレッツゴー!」
「どこに連れてくの!?ねぇ!」
そうしてアネモネは今は使われていない空き教室へと連れていかれる。そうして鍵を閉められる。
「な、なに?」
「モネちゃん」
またあの目だ。劇を見ていた時にしていたあの目。あの時はサラを見ていたのかと思っていたが、もしかしたらアネモネのことを見ていたのかもしれない。そう思うと、更に背筋が凍り付いた。
「ひっ?!」
「あはっ……ねぇ、"アネモネ"ちゃん」
「?!」
アネモネという名前は、まだ目の前の人物に言ったことはない。ずっとサラは"モネ"と呼んでいたから、アネモネという名前は知らないはずなのだ。
「私ねぇ、たっくさん知識持ってるの。多分、この世界で一番知識持ってるんじゃないかな?」
「は?どうせ嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。……だけど、その知識をひけらかすつもりもないし、誰かに言うつもりもないけど、モネちゃんにだけ言っておくね。少し前にしゃべる猫を見たでしょ?」
「あの猫がどうしたの?というか、どうして知ってるの?」
「言ったでしょ、私はこの世界で一番の知者。それと、あれ、殺した方がよかったのに……」
突然何を言い出すかと思えば、あのしゃべる猫を殺せと言うのだ。ただ、もう過ぎてしまったこと。あの時間に戻って殺すことはできない。
「あんたは……何を伝えたいの?」
「……この世界の現状。そして、この世界を牛耳っている者は誰なのか。それをあなたに知らせて、それからはモネちゃんたち次第。ま、頑張ってね」
そう言ってノティーツィアはアネモネの頭をなでる。その手が妙に温かくて、複雑な気持ちになる。
「……あんたは……まあいいや。とりあえず信じてあげる」
「!? これがデレ期?!」
「違う」
「あ~ん、ツンデレなモネちゃん大好き!」
「ちょ、くっつくな!こっち来ないで!」
そうしてアネモネは扉を開けようとするが、外から鍵が締まっており出られない。"鍵"を使ってもいいが、異常は詠唱をしないと使えない。だから、魔法とは明らかに違う詠唱をすれば、アネモネが悪魔だとばれてしまうので、できない。
(? なんで"外から"鍵がかかってるの?)
その瞬間、再び背筋が凍った。アネモネがノティーツィアに問い詰めようとして、後ろを振り向く。そこには、一枚の手紙以外何もなかった。そして、アネモネが恐る恐る手紙を手に取った瞬間、鍵が開けられた音がした。急いでアネモネは外を見たが、誰もいない。ノティーツィアはどこに行ったのか。鍵をどうやって閉め、どうやって開けたのか。本人がいないのでもう確認する術はないが……
「……っ、何を言いたいの?」
この不穏な空気は、いつもいつも、契約者に使えていると、いつか感じる空気だった。そして、それを感じ始めれば、必ず二か月以内には"何か"が起こったのだ。しかしそれはアネモネが気づきながら何もしなかった結果だ。対策をすれば必ず……そう、必ず……
「サラは、私が守るから。それが契約であり…………私の……我儘だから」
本来、悪魔とは契約以外と生きること以外をあまり大事に思わない。契約以外に私情で動くとすればよほどおいしい食べ物を見つけた時くらいだ。
「はぁ……息苦しい……」
私情を持つ悪魔は珍しい。元々本能で生きる魔物。それに高い知能が備わったところで、生きるという本能は消せないし、契約という手段をとって他種族と交流する悪魔たちは、その本能がさらに根強く残っている。
「……あの変態女、できればもう会いたくない……それになんだか、気持ち悪いし……」
そうしてフラフラとしたおぼつかない足取りで、サラと別れた場所へと歩いていった。そしてちょうどサラを見つけたアネモネは、フラフラとそちらへ向かっていく。
「サラ」
そう呼ぶと、サラはこちらに気が付いたようで、急いで走ってくる。あわただしい様子で、こちらへ向かって来た。その表情を見る限り、自分のことを探していたのだろう、とアネモネは思っていた。
「モネ!どうしてそんな顔色なの?!そんなになるまで待たなくてよかったのに……」
「え?私の顔色がどうしたの?というか、サラが慌ててるのって私を探してたからじゃないの?」
「違うよ!私今からモネの元に行こうとしてたのに!」
え?とアネモネの口から声が漏れる。その瞬間、アネモネの視界が暗転し、意識も沈んでいった。
「モネ?モネ!!先生!モネを保健室に!」




