二話「アネモネと嫉妬」
馬車から降りる一人の少女。灰色の髪に、金色の目を彼女は、馬車で凝り固まった体を伸ばす。
「ん~……もうサラは着いてるかな?」
そうつぶやいて町を歩きだす。周りなど気にせずに、ラヒューエル学園を一直線に目指した。すると、アネモネは一人の女性とぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい」
「ん~……?いいよいいよ、気にしてないし~……」
そう言って女性は去っていく。だいぶやる気のない感じだったが、あの調子で大丈夫だろうか?そうアネモネは思いながら、ラヒューエル学園に向かう。
「よし、着いた」
しばらくしてアネモネはラヒューエル学園の校門をくぐる。サラなら、「久しぶりだね」などと言うかもしれないが、アネモネは悪魔なので、時間の進み方は人間とは違う。約一か月など一瞬だ。そう思っていると……
「げっ!」
「お久しぶりですね、アネモネ様」
そう言ってきたのはリスタだった。彼女は天使で、悪魔には敏感な生き物だが、まだ数年しか生きていないので、名付きの悪魔が人間に化けていると、悪魔だと感じることができない。なので、アネモネはその特性を使って、"エルフとダークエルフのハーフ"ということで騙し通しているのだ。
「久しぶりって……天使の時間の過ぎ方なんか一瞬でしょ」
「……人間としてふるまっているので、そういうのは合わせておいた方がいいですよ」
ひそひそとアドバイスをくれるリスタ。二人は一部の人にしか正体を知られてはいけないので、あまり大声でこんなことは言えない。
それにしても、的確なアドバイスを、悪魔とは正反対の天使からもらったので、複雑な気持ちになりながら、アネモネはその場で嫌な顔をリスタに向けていた。
「……まだ私のことは嫌いなのですか?」
「ええ、嫌いよ」
「具体的にどこが、などは教えてもらえますでしょうか?そこを直しますので」
「……まず、あんたが天使なのが嫌い」
「その点に関してはご安心を。私はもうすでに堕ちていますから」
「元だとしてもよ。あとは……サラをよく取っていくじゃない」
「それはサラ様が私に……あっ、これが嫉妬というものなのですか?」
「ちっ、ちがっ!そ、そんなんじゃない!」
「アネモネ様はサラ様が大好きなのですね」
「そ、そんなんじゃ……」
「ご安心ください。私が魔力供給をするときは、主様から頂いておりますから。サラ様と比べると魔力の質は落ちますが、サラ様を覗けばこの国では一二を争えますよ。……そういえば、エルフは魔法生物ではないですけど、オドを摂取できますよね?仲が良さそうですけど、もらってるんですか?もらってるんだとしたら少しうらやましいです」
そう言ってリスタはほほ笑む。その笑みは小動物を見るような優しい笑みなのだが、アネモネには馬鹿にしている笑いにしか見えなかった。
「っ~~~!!こっ、このっ!」
「?」
リスタは別に皮肉で言っているわけではなく、ただ単純に疑問をそのまま口にしただけだ。余計にたちが悪い。
「やっぱりあんたとは分かり合えないわ!」
そう言ってアネモネは自室へと向かっていった。
「はて?……何が悪かったのでしょうか?」
* * *
「もう!やっぱりあいつ嫌い!」
アネモネは怒りながら自室へと入っていく。
「ど、どうしたの?モネ」
アネモネが部屋に入ってきたら、「久しぶり」と言おうと思っていたサラだったが、なぜかご立腹のアネモネを見て、先に心配する。
「あの天使……次会ったらボコボコにしてやる……ブツブツ……」
「り、リスタさん絡みかな?」
「ええそうよ!あの女、悪いと思って言ってないから余計たちが悪いの!」
そうしてアネモネは荷物をドスンとその場に置き、部屋を出ていこうとする。それをサラが全力で止めた。
「ちょっとちょっと!何しに行く気?!」
「何って……あいつを完膚なきまでにボコボコに……」
「ダメだよ~!魔力あげるから機嫌直してよ~」
「それなら………いや、ダメよ!あいつに勝つまではダメ」
「なんで~!?」
「だから今日からあいつに勝つまでは魔力いらないから」
「いや、ちゃんと食べて~!」
防音結界を張っていた室内に、そんな声が響き渡った。
* * *
「アネモネさん。大丈夫ですか?」
アネモネは今、シャーロットと一緒に図書室に来ていた。目的は、勉強である。
「ちょっとお昼に食べすぎちゃって……」
あの後、サラは無理やりアネモネにオドを流し込み、供給過多でアネモネは今満腹に、サラは今めまいを覚えているので、ベットに寝かせておいた。
(ほんとにバカなんだから……)
少し前なら、サラは無理やりアネモネに魔力を奪われる立場にあったのに、契約してからサラはアネモネに魔力を渡すことに躊躇が無くなっていた。
「はぁ……」
「悩み事ですか?」
「うん。まぁ、シャーロットにはいつか話してあげる」
「あ、はい」
本を読んでいるときのシャーロットはいつもの口ごもるような感じは無くなり、かなりそっけなくなる。まるで別人のようで、アネモネが初めてそれを知った時はかなりびっくりした。
「シャーロット……それ神話の本?」
「はい。気になりますか?」
「うん。私と買いに行ったやつとは違うの?」
「はい。これは"天地大戦"の話です」
「へぇ~、どんな話?」
「そうですね……時代的には、"宝石の時代"の少し後のことなんですけど、悪魔と神々で戦争を始めたらしくて……」
「え?」
「悪魔は数百体、一方神々は天使たちを含めると数万体」
「……そんなの本当だったら絶望的じゃない」
「はい。実際神々が勝利を収めています。でも……」
「でも?」
「何体かの悪魔は逃走し、生き延びているとかいないとか……」
「へぇ〜……」
アネモネはそれを聞きながら、馬鹿馬鹿しく思っていた。この神話は数万年前の出来事のようで、それだけ生きた悪魔ならそれだけ力もある。ならば、聖騎士たちはなぜそれに気が付かないのだろう。上手く力を隠しているのか、それとも、もうこの世にはいないのか……真偽はわからない。
「そう言えばシャーロットの将来の夢って、悪魔専門の研究者だったよね?」
「うん」
「その悪魔とか興味あるの?」
「うん。だって、神々と戦って生き残った悪魔は、なんで神々に戦いを仕掛けたのか。とか、悪魔の生体の解明の重要なカギを握ってるんじゃないかって思って……」
そんなことを言うシャーロットの目は、少し曇りがあった。どこを見ているかわからない目は、普段の彼女からは想像できない目だ。
(……シャーロットがなんで研究者を目指しだしたのか……多分、同族が関係してるんだろうな……)
「? 私の顔に何かついてますか?」
「あ、いや、別に」
集中しているときのシャーロットはちょっとだけリスタに口調が似ているので、アネモネはまたリスタのことを思いだしてしまう。
「シャーロット、私、勉強もう終わるから」
「わかりました。私はもうちょっと本を読んでますから」
「ん。じゃあ、ばいばい」
そうしてアネモネはシャーロットに手を振り、自室に戻っていった。自室に戻ると、サラがソファーに座っており、刺繍をしていた。……かなり危ない手つきで。
「サラ!ちょっとそんな状態で刺繍なんかしないでよ!」
「ええ……だって暇なんだもん」
「だってじゃない!オドほとんど使い切った状態で刺繍なんかしたら危ないでしょ!はい禁止」
そう言ってアネモネはサラから裁縫道具一式を取り上げる。
「あ~!」
「食べ物持ってくるから大人しくしててね」
「む~……」
そうしてアネモネは食堂に食べ物を取りに行った。




