一話「宝石のように」
「お客様……お客様」
「ん……んぁ……ふわぁ……」
「起きられましたか。到着しましたよ」
「…あ、ありがとうございます」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい……ここからは私一人で大丈夫ですねので……」
そう言ってサラはフラフラとした足取りで馬車降り場を離れていく。
あと数日で夏の長期休暇が終わるというところで、サラはラヒューエル学園がある町まで戻ってきていた。さっきまで寝ていたサラは、重たい瞼を無理やりこじ開けてラヒューエル学園へと向かっていく。
そんな時、見たことがある人を見つけた。同級生の中でも小さめなその少女は、人が多い場所では少し自信が無さげだ。
「シャーロットさん。お久しぶりです」
サラがそう声をかけると、シャーロットはびくりと肩を跳ねさせた。
「わっ!……ご、ごめんなさい。後ろから急に声をかけられたもので……」
「ううん。こっちこそごめんなさい」
その言葉が終わると、しばらく沈黙が流れる。気まずさを紛らわせようと、サラは目についた物で話題を広げる。
「その本、分厚いですね。何の本なんですか?」
そう言ってサラはシャーロットが持っていた厚めの本を指さす。
「こ、これですか?これは、神話に関する本なんですよ。アネモネさんと一緒に買い物に行ったときに買って……長期休暇中も夢中になっちゃって」
えへへ。と、少し照れながらシャーロットはその本を大事そうに持つ。よほどその本が気に入ったのだろう。
「その神話の内容って?」
「ああ……"宝石の時代"のものです」
「宝石の時代?」
初めて聞いたその単語に、サラは首をひねる。
「ものすごい数の宝石が流通した時代のことです。この時代は神話なんですが、本当にあった時代とも言われてるんです。その名残も今はありますよ」
「へぇ~……例えば?」
「例えば………あっ、そう言えばサラさんの氏ってなんでしたっけ?」
「ガーネットだけど……」
「そう!それです!」
サラが初めて聞いたシャーロットの生き生きした声に、気圧されながらも、話を聞く。
「その氏に宝石の名前を付けるっていうのは、この時代の名残だって言われてるんです」
「え?でも、昔は氏って貴族だけの物じゃないの?」
「そうですけど……没落した貴族とか……」
「偶然じゃない?でも、もし貴族だったら、ちょっと面白いかも」
また新たな事実を知ったかもしれないサラは、少し上機嫌でラヒューエル学園へと到着する。その間にシャーロットと少し仲良くなれたサラは、「またね」と言って、自分の寮部屋へと向かっていった。
「う~ん……!寮で一人!アネモネがいないのはちょっと寂しかったけど、それもそろそろ終わり!」
そう言って、サラは手荷物を整理し始める。そうしていると、いつの間にか時間がかなりすぎており、夕食の時間となっていた。そろそろ長期休暇が終わると言っても、まだ食堂は使えない。料理人がまだそろっていないためだ。だから、サラは寮の外のレストランに食べに行く。
「えっと……財布を持って、あとは……これくらいかな」
そうしてサラは部屋を出ていき、校門をくぐった。少し日が傾き始めていても、この町は賑やかだ。明かりがそこらの建物に灯っており、夜の不安を少しだけ和らげてくれる。
「えっと……確かこの辺りに……あ、これだ」
目当てのレストランを探し当てたサラは、すぐにその建物に入っていく。夜でも繁盛しているその店のパスタは、サラのイチオシだ。
「パスタ一つお願いします」
「はいよ」
その店の従業員さんが、サラの注文をメモに取り、料理を担当している人に伝える。他の席からは料理のいい匂いがしていた。その匂いを嗅いで、サラのお腹も鳴る。
「うっ……お腹の音おっきい……」
料理をしている音でその音はかき消されているとは思うが、もし周りに聞こえていたら少し恥ずかしい。
「はいどうぞ」
しばらく待っていると、サラが注文していた物が運ばれてくる。さっそくサラはその料理にがっついた。やはりいつ食べても食べ飽きないこの味は、誰かに勧めたくなる。
(今度モネにも勧めようっと)
そんなことを決心しながら、サラはパスタをぺろりと平らげた。いつもならこれでお腹一杯くらいなのだが、今日はまだお腹が空いているので、もう一つ何かを頼もうと、サラがメニューを開いていると、こんな声が聞こえてきた。
「おい、この辺りに名付きが出たらしいぞ。さっき冒険者ギルドの依頼を見てきたら名付き悪魔の討伐っていうSランクの依頼があった」
「本当か?……まぁ、俺たちみたいなCランク冒険者は出会ったら一瞬で殺されるだろうな……そういうのはSランク冒険者か、聖騎士団たちに任せておこうぜ」
「そうだなぁ……まぁ、名付きの悪魔を倒すなんて冒険者の夢だ。倒せるやつらが羨ましいぜ」
冒険者の中でのSランク冒険者とは、かなり強い力を持っている。強さのベクトルは違ったりするが、大体のSランク冒険者は聖騎士団団長や、騎士団団長と肩を並べて戦えるくらいの実力者たちだ。冒険者は基本的に同じメンバーで依頼をこなすことが多いのだが、Sランク冒険者は、人手が足りていないところで手を貸したり、一人で依頼をこなしたりする。大体のSランク冒険者は一人で依頼をこなしている。
(名付きの悪魔……かぁ……長期休暇始めの悪魔も、多分名付きの悪魔なんだろうな……それよりは弱いのかな?それとも、その悪魔よりも強かったりして)
そんなことを考えていると、手に持っていたメニュー表を危うく落としそうになってしまった。先に注文を取るべきと判断したサラは、先にステーキを注文しておく。
(モネは名付きの悪魔でもどれくらいの強さなんだろう……一応聖騎士団団長……グレイさんから逃げられはするけど、戦って勝てるかはわからないって言ってたような……グレイさんの実力がどんなのか知らないけど……そういえばグレイさん元気かな?グレイさんのお姉さんも元気にしてるといいけど。初めて出会った時は骨が折れてたからなぁ……)
半年くらい前の出来事を思い出していると、サラの目の前に焼き立てのステーキが運ばれてきた。このステーキも中々いいな。とサラは思い、一口食べてみる。
「!」
これはラヒューエル学園の食堂の料理にも負けてはいないのではないだろうか。それくらい美味しいという自信が、サラにはあった。
そんなこんなでお腹がいっぱいになったサラは、寮へと戻っていく。今日はアネモネがまだ到着しておらず、一人で過ごすことになる。
「ん~!……なんだか広く感じる……」
思いっきり伸びをしたサラは、そんなことを呟きながらお風呂の準備をして、お風呂に入る。
ふと、鏡をのぞいてみると、自分の顔がある。それは至極当然のことだ。幼いころから何回も見てきた自分の顔は、段々と母親に似てきたのかもしれない。父親譲りの深紅の目は、まるでガーネットのようにきらめいている。
「私……貴族の末裔なのかなぁ……」
今日シャーロットに聞いた話を思い出し、そんなことをつぶやく。確かに父親はかなり顔が整っている。自分は庶民だと言っていても、どこか違う感じがある。そして、母親もそうだ。あの二人の身分はずっと庶民だとサラは思っている。数年前に一回だけ聞いたことがある。その時も、何の迷いもなく庶民だと言っていたはずだ。
「う~ん……どうなんだろう……」
そもそも、サラは自分の祖父や祖母に会ったことがない。もうすでに他界しているのかもしれない。
「ああ!やめやめ!こんなこと考えてもしかたない!」
そうしてサラは考え事をやめ、湯舟へと浸かった。




