四話「悪魔と看病」
悪魔はサラのことを本気で心配していた。人間は熱ごときで死に至る可能性がある。悪魔たちとは体の丈夫さが違うのだ。普通の人間なら死んでもどうとも思わなかっただろう。しかし、サラのことは普通の人間とは思っていない。サラを死なせるということは、例えるなら、高級な料理を目の前で腐らせてしまうようなものだ。
「サラ。はい、あ~ん」
「いい……自分で食べる……」
「え~?こんなにつらそうなのに~」
「いいから……」
そう言ってサラは自分でおかゆをちびちびと食べ始める。それを眺める悪魔は、しばらく見ているとサラに話しかける。
「それ美味しいの?」
「……」
「答えてくれないの?」
「悪魔に教えることなんて何もないよ……」
「……あむっ!」
「あ!私のおかゆ!」
悪魔はスキをついてサラがスプーンですくっていたおかゆをぱくりと口に入れた。すると、悪魔は微妙な顔をした。味の薄いおかゆはこの悪魔には合わなかったようだ。
「なんか……微妙……」
「そうですかー」
「うん。なんで人間はこんなものを食べられるのかわからない……」
「何言ってるの?美味しいでしょ?!」
「美味しくない。そもそも私たちは魔力さえあればいいから……」
「じゃあなんで食べたの?」
「だって気になるからねぇ……というか、今日は普通に私と話してくれるんだね」
「あっ……」
悪魔と普通に話す。サラはその事実に気付き、顔をフイッと逸らした。それに悪魔はにやりと笑う。そうして嬉しそうにまた話し出した。
「やっと私に心を開いてくれたんだねぇ~」
「誰が悪魔なんかに心を開くものですか!」
「む~……悲しいなぁ」
「それにしては悲しくなさそうだけど……」
「うん。私たちは人間と違って泣けないからね」
「泣けない?」
「うん」
悪魔に限らず、魔物たちは泣くことはない。そして、人間よりも寿命が長く、人間の老人よりもずっと昔から生きている魔物たちは、目から液体状になった魔力を流すことがあるのだが、それは人間で言う排泄と同じだ。
生き物の中には、魔力が段々とたまっていく。魔法などで魔力を使えば、古い魔力から段々と使われているのだが、魔力を使わないと段々とたまっていくのだ。そして、体の中に古い魔力が大体百年間たまっていれば、それは液体として目から流れ落ちる。それが魔物が見せる涙のようなものだ。
「私たちの涙みたいなやつは地面に触れると固まるんだよ。確か人間たちは"魔液晶"って呼ばれてるみたいだね。あんなの人間で例えればただの排泄物と一緒だってのに……高価で売れてたところも見たことがあるよ」
サラは庶民なので、持っている知識には偏りができてしまう。そんな偏りのある知識の中で、目新しい知識を教えられ、興味が引かれてしまった。
「……」
「フフン。貴女の目、とってもキラキラしてる」
「あっ、いや……その……」
「でもぉ……悪魔の知識は高いよ~?それこそ貴女が私にずっと魔力を捧げるくらいの代償が無いとね?」
「……悪魔と契約するなんて普通ありえないから……」
「そっか~、残念。私、貴女のことスキなんだけどなぁ……それこそ一緒に旅とかしてみたいんだけどなぁ……」
「思ってもないこと言わないで」
サラがそう言うと、悪魔は不敵に笑う。そうして悪魔はとあることに気が付いた。
「それ。冷めちゃってない?」
そう言って悪魔はサラの持っているおかゆを指さした。サラがスプーンですくって食べてみると、もうすでに冷め切っていた。
「もう!あなたのせいで冷めちゃったじゃない!」
「え~?知らないよ~。私のせいじゃないって~」
二人の声を聴きながら、階下でサラの両親が話をしていた。
「ちょっと部屋から騒がしい音が聞こえだしたな。注意するか?」
「やめときましょう。サラが友達を作るのなんか数年ぶりだから。ね?」
「確かに。ケイトちゃんがいなくなってからサラの元気はないみたいだったからな……」
「ええ。あの子ってば顔に出やすいものね」
「ああ。最近になって隠し事は上手くなってきたけど、一年くらい前の嘘のつき方。覚えてるか?」
「ええ、もちろん。あの時のサラったら……ふふっ……」
昔のことを思い出して笑うサラの母親。それにつられて笑うサラの父親。それから二人は昔話に花を咲かせていた。
そんな時、上の階でサラはもう寝る態勢に入っていた。それを見て悪魔も床にゴロンと転がる。
「あなたは客室があるでしょ。そっちで寝てよ」
「嫌だよ。だって、貴女のことを見てたいし……」
「出てってよ!」
熱が出ているときは喉が痛くなるものだ。しかし、それもお構いなしにサラは大声を出した。しかし、その大声はとある方法によって二人以外には聞こえていなかった。
「声が大きいよ。下に響く。今回は私が防音結界を張ったけど、もし他の人が聞いてたらどうするの?」
「あ、あなたなんか正体がばれてさっさと殺されてしまえば……ゴホッゴホッ!」
「ほらほら、確か人間は熱になると喉が痛くなる時があるんでしょ?だったら水を飲んで、安静にしてて」
「あなたがそんなことを言っても怒りしか湧いてこない……」
「はいはい。私に怒るのはいいけど、熱は早く治してね」
そう言って悪魔は自らの顔をサラの顔に近づけ、こんなことを囁いてきた。
「そうしないと……あなたが一番つら~いときに、私が魔力を勝手に奪ってあげるよ」
「……もう寝る!」
「おやすみ~、いい夢見てね~」
そうしてサラは頭から掛け布団を被った。すると、やんわりとした声が聞こえてくる。まるで母親が赤子に歌っているような歌声だ。
「~~♪」
(……)
その歌声を聞くと、段々と眠気が襲ってくる。不思議なことに、サラがいつも嫌っている悪魔のことを忘れてしまいそうな歌声だった。
もうすでにサラの頭はほとんど寝ていたのか、それとも、熱で頭が回っていなかったのかわからない。が、そういう時には本音が出ることを悪魔は知っていた。
「歌……きれ、い……」
その言葉に悪魔は、歌うことをやめ、こんなことをつぶやいた。
「……ありがと」
少し頬を赤らめ、照れながらそんなことをつぶやいた悪魔は、サラの方向を向いて、起きているかを確認する。しかし、サラはもうすでに眠っていたので、悪魔は安心したが、もし起きていて、さっきの顔を見られていたら、余裕よりも恥ずかしさが勝っていたかもしれない。そうなれば相手に一つ弱点を見せたことになる。それだけはこの悪魔の、"相手には余裕の態度しか見せない"というプライドが許せなかった。
「……はぁぁぁ~~~。何?急に素直になって……」
悪魔はサラのベットに腰を掛ける。そして、じっとサラの寝顔を見つめる。カーテンを閉め忘れているので、月明かりが差し込み、サラの顔を淡く照らしている。その姿はまるで、悪魔が昔見た死人のような色で、悪魔は少しだけゾッとした。目の前の少女がいなくなれば、今の自分はどうするのだろうか?今のところは何も浮かばないが、何年かこの世界をだらだらと歩いていると見つかるだろう。と、いつもなら思うのだろうが、今回はそう思えないのだ。
「この子の魔力が特殊だからかなぁ……?だって、こんな魔力を持った子、そうそういないし……」
恐らくこの先、サラのような魔力を持った人間を見ることはほとんどないだろう。そう思うと、確かに離れてほしくない気持ちが湧いてくる。
「あ、そうだ。サラの熱が治った時にさっきの素直になった時の言葉、教えてあげよ~っと」
フフッ、と不敵な笑みを浮かべて、悪魔はサラのおでこにキスをした。
小さな光の粒子がサラに流れ込む。ため込んでいたサラの魔力に自分の魔力を少しだけ混ぜて返したのだ。こうすることで体の免疫力が少しだけ上がるのだ。それから悪魔はもう一度サラの寝顔を見ると、サラの自室を出ていった。




