四話「水晶が鳴る(1)」
「長老!長老!」
「どうしたんじゃ姫様」
「ヴェントはどこに行ったのです?」
「いつも通り悪戯しに行ったんじゃろ。あいつは"自称"一番頭がいいんじゃからな」
ほっほっほ。と羽の生えた老人が笑う。ここは妖精たちの集落。その集落の中で、"長老"と呼ばれる妖精と"姫"と呼ばれる妖精はかなり特別な立ち位置にある。"長老"は、その集落の中で一番知恵を持っている者。"姫"は、全ての妖精族の中で一人しかおらず、魔力の量が尋常じゃないほどに多いのだ。そして、必ず少女の見た目をしていることから、人間が使う言葉から、妖精族の間でも"姫"と呼ばれている。
「まったく……ヴェントはいつも目を離すとどこかへ行くんですから……」
やれやれと言わんばかりに、"姫"はため息をつく。"長老"も同じくだ。
「ひとまず、時間が経てば戻ってくるじゃろう」
……そんな時、奇妙な音が響いた。ガラスをひっかいたような、笛を吹いたような音だ。そんな不快になる音は、妖精たち全員を不安にさせた。普通の魔物ならばいいのだが……誰もがそう思っていた時、一つ、石が転がってきた。無色透明のその石は、宝石と呼ばれる高価な石だ。
「これは……水晶じゃな」
長老がその石を手に取り、まじまじと見た後、そう言った。どうして水晶が転がってきたのだろう。姫は不安になり、長老に話しかけようとする。すると……
――ギュィイイイイ!!!!
またあの音がし始めた。しかも、音の出どころはその水晶からだった。長老は驚き、その水晶を放り投げてしまう。しかし、音は鳴り止まない。
「誰かあの水晶を壊せ!わしの勘がそう言っておる!」
長老はそう叫ぶ。そうして姫は、魔法を操り、その水晶を破壊した。集落の妖精たちが安堵する中、長老はまだ震えていた。
「大丈夫ですか?長老」
「っ……ダメじゃ……」
「腰が抜けてしまったのですか?それなら私が手を貸しま……」
「違う!あの宝石は……壊してもダメだったんじゃ……」
「え?」
姫は、その言葉に困惑した。破壊しなければいけないのに、破壊してはいけない。そんな矛盾を抱えた物をどうすればいいというのだろう。
「姫様!今すぐに集落の者たちを集めて逃げるのです!」
「ど、どうして?」
「そうしないと……あ、悪魔が……」
一番知恵のある長老がそう言っているのだ。作り話とも思えないその話を聞いた姫は、集落の者たちに呼びかけ、逃げようとした。すると、悲劇は起こる。
『逃げないでよ』
「っ?!」
空気を震わすようなその声を聴いたとたん、全員の体は固まった。魔法を使おうとしても使えない。移動しようとしても手足が動かない。
『俺の水晶は……お、あったあった。……あ~、派手に壊してくれちゃって』
まるで声に電気が纏っているような響く声。二重に聞こえるその声は、嫌でも耳に入ってくる。その場にいる全員の動悸が早くなる。呼吸が浅くなり、目の前の人物意外に目が行かなくなった。
「あ、あなたは何なんですか……」
『ん?俺?俺はね……あ~いや、やっぱ真名は教えねぇ。自分で考えてみやがれ』
そう言ってその人物は"姫"をつまみ上げる。体は人間族と同じくらいの大きさで、妖精族を捕まえるには十分な体の大きさだ。
「お、お前!姫様を離せ!」
『あん?』
その人物が威圧した瞬間、空気がビリビリと震えた。それで恐怖が限界まで達し、まだ子供の妖精たちは泣きだしてしまう。
『……"姫"しかいらないって話だったけど、どうせならお前たちも連れてくわ。ご主人様はいらないって言うだろうけど、俺がほしいから』
ケヒヒ、と嫌な笑みをこぼし、その人物は少し大きめの瓶の中に妖精たちを入れていった。謎の方法で抵抗できない妖精たちは、次々と虫かごに入れられる虫のようにガラス瓶に入れられていく。
『これで全部か?』
そう言って辺りをきょろきょろと見渡し、妖精が残って位に事を確認した謎の人物は、一瞬にして妖精を誘拐し、どこかへと連れ去ってしまった。
* * *
サラは久しぶりに家の手伝いで、薬草集めをしていた。前みたいに一つずつ手で摘み取っていくのではなく、欲しい薬草を風の刃で根元から切り、それを風の力でサラの近くまで持ってくる。しゃがんで摘み取るという工程は省けるようにはなったが、魔力操作という工程が増えたので、楽にはなっていない。むしろ、こっちの方が疲れるまである。それでも、これが自分の使う魔法のためになるなら。ということを自分に言い聞かせ、無心で薬草集めに集中していた。
「あ、魔物」
今までは小さな魔物でも、魔法で倒すのには一苦労だったが、独学で学んだ魔法とは違い、きちんとした魔法では威力が段違いに上がったので、今では難なく魔物を仕留められるようになっている。
「ふぅ……弱い魔物ばっかりなのはありがたいけど……私が魔法を使いだしてから、魔物が集まりやすくなった気がする……」
サラが感じていることは気のせいではない。マナとオドは質の良さが比例するので、魔法によってばらまかれたサラのマナに惹かれて、魔物が寄ってきているのだ。この辺りは弱い魔物しかいないので、それが一番の救いだろう。
「ふぅ……そろそろ切り上げようかな。午後は配達の手伝いもあるし」
そうしてサラは薬草集めをやめ、家に帰る。そうしようとした時、何かがサラの頭にぶつかってきた。
「痛っ!」
何かがぶつかったところをさすりながら、サラはあたりをキョロキョロと見渡す。すると、昨日の妖精が地面に倒れていた。サラにぶつかった時、バランスを崩して地面に落っこちてしまったのだろう。
「あれ?どうしたの?」
サラがそう聞いた。今日も魔力をもらいに来たのか?とサラが思っていると、ヴェントは大声を上げて、サラに懇願する。
「僕の仲間を探してくれ!」
「仲間?」
「仲間だ……集落の仲間……今日、ゆっくり集落に帰ってたんだ……それで、今から4分前くらいに集落に着いたら、皆いなくなってたんだ!」
そう言ってヴェントは泣き出す。小さな子供が親元を離れた時のように、ワンワンと……
「い、一回落ち着いて……」
「落ち着いてなんかられるか!長老も、僕たちの姫様も!いなくなったんだ!」
「ちょうどどこかに行ってたとか……」
「絶対違う!」
その言葉にサラは口を閉じる。これだけ真剣に言っているんだ。確証があるのだろう。
「どうしてそう思ったの?」
「姫様があの場所を離れるのは……緊急時だけって、妖精族の間では決まってたんだ。"姫"って呼ばれる妖精は、何があっても守らないといけないから……」
(妖精の姫……確かリスタさんから聞いた……妖精族の中でたった一体しか存在しないって……"姫の子供"しか"姫"になれないし、新しい姫が誕生したら、古い姫は命を落とす……それくらい稀有な存在……もし"姫"がいなくなったら、妖精族は衰退するって……)
「うぅ……ぐすっ……」
「……わかった。一緒に探そう」
こうやって何事にも協力してしまうのは、彼女の長所であり、短所である。確かに人のために何かをすることはいいことなのだが、それが法に触れていたり、自分に危険が及んだりするのなら、賢い選択とは言えないからだ。
「あ、ありがとう……」
それでも、必死に助けを求めている人を助けようと思ってしまうのは、アネモネも、その契約者も同じであった。
「姫のだいたいの位置はわかる?」
「分からない……なんでか姫様の魔力がいくつも感じるから……」
こうなれば魔力探知は使えない。原始的な方法で探し回るしかないだろう。それでも、善処は尽くしたい。そう思い、サラはすぐに行動に移した。




