三話「迷子の迷子の妖精くん」
夏の夜に、サラはよく目を覚ます。主な理由は気温だろう。夏の夜に目を覚ますのは、サラにとってかなり嫌な事だった。なぜなら、夜に目を覚ますと、汗が気持ち悪くてなかなか寝付けないからだ。しかし、今年のサラは去年までの彼女とは違う。なぜなら、魔法を扱えるようになったからだ。小さな氷を生み出し、それを首や背中に当てる。それから水属性魔法で汗を拭きとり、風属性魔法で乾かす。そのついでに涼むのだ。
(ああ~、去年までだったら地獄だったけど、今年は違う!初級魔法だけで済むから魔力の消費も少なくて済むし……)
そんな風に、サラが涼んでいると、窓の方からコンコンと音が鳴った。気のせいか?とサラが無視していると、やはり音は鳴っているようだ。
(鳥かな?)
そう思い、真相を確かめるためにベットの近くのカーテンに手をかけたその時、サラは気が付いた。少しだけカーテンの向こうが発光している。サラはそれに驚いた拍子に、ついていた手をベットから踏み外し、ベットから落ちてしまった。
「っ……た~……」
しばらくサラが痛みに悶えていると、コンコンという音は鳴り止んだ。一体何だったんだろう?とサラは思いながら、寝るためにベットに横たわろうとすると、今度は、ゴン!という音がサラの耳に入ってきた。
「もう!何?!」
そうしてサラがカーテンを勢いよく開ける。するとそこには、小さな小さな生物が飛んでいた。人間のような生物だが、体は手のひらくらいの大きさしかなく、発行する羽が生えている。
「えっ?!」
サラは驚いて、その生き物をもっと見るために、窓の鍵を開け、中に招き入れた。
「やっと入れてくれたぁ……頭突きまでしちゃったよ。おかげで頭痛い」
「よ、妖精?」
「そう!僕こそは、妖精族の中で一番頭がいいヴェント!特別にヴェント様と呼んでもいいぞ!」
「……」
突然のことに言葉が出ないサラ。普通、妖精族は人間が一生に一度見ることができない人の方が多い。なぜなら、住んでいる場所が全く違うから。それに加えて、妖精族は人間を嫌う者が多いからだ。しかし、このヴェントという妖精は、サラに敵意を見せていない辺り、人間を嫌悪してはいないのだろう。
「どうした?僕のすごさに見とれて声も出ないのか?」
「あ、いや……妖精族がなんでこんな人里に……」
「実はな……この僕はグルメなんだ。それで、こっちの方から今まで食べたことのないような魔力の匂いがしてきたんだ……スンスン……おお!当たりだ!お前だろ!」
「あげないよ?」
「なぜだ!」
即答で魔力を与えないことを宣言したサラ。妖精族も魔物や天使たちと同じで魔法生物だ。基本的にはオドを食べる。しかし妖精族は、魔物や天使たちと違って、動物からオドを得るのではなく、植物から得ている。魔力が十分に満ちた場所で育った植物は、オドを含んでいるのだ。わざわざ野生動物からオドを摂取するなど危険なことをせずとも、植物からオドを摂取すれば危険は少ないということだ。それでも、動物の方がオドをとれる量は多い。だからこうしてヴェントのように動物から摂取する妖精も少数いるのだろう。
「だって私……」
そうしてサラはとっさに口を塞ぐ。この妖精に悪魔と契約をしていると言ってしまえば、この情報が誰かに漏れてしまうかもしれない。
「やっぱりなんでもない」
「気になるぞ~!」
「ちょっと静かにして!お母さんもお父さんも寝てるんだから!」
「やだ!僕はその話を聞くまで静かにしないぞ!」
「ぐっ…………妖精族の中で一番頭がいいんでしょ?それなのに人の話も聞けないとか……ほんとは一番頭が良くないんじゃないの?」
「なっ!」
即席で考えた悪口をサラは吐き出す。元々こういうのは得意ではないのだが、アネモネを意識すればちょっとはさまになるだろう。
(モネに謝らないとなぁ……)
そんなことを思っていると、ヴェントは涙目になりながら黙りこんだ。
(悪いけど、今はこの方がいいかな……)
「お前ぇ……僕を馬鹿にするなよぉ!」
「……あっ、この方法があった」
そうしてサラは魔法を試してみる。すると、周りの雑音がピタリとやんだ。"防音結界"の魔法だ。風属性魔法の結界で、結界外と結界内の音を完全に隔離することができる。
「ほら、もううるさくしても大丈夫だよ」
「ふん!お前が悪口言ったこと、絶対覚えておくからな!」
サラがヴェントにそう言われ、素直に謝る。すると、満足そうに、「分かればいいのだ分かれば」と上から目線で言ってきた。
「さて、もう一度言うぞ。お前の魔力を僕にくれ!一回だけでいいから!お前だって目の前の美味しそうなリンゴを逃したりしないだろう?」
「う~ん……気持ちはわかるけど……」
「ならば!」
「ダメ~!」
「なぜだ!」
「先客がいるの!」
「先客?」
「そう、先客。だからあなたにはあげられないの」
そう言うと、ヴェントは何かを考える。そして、再び口を開いた。
「それなら、そいつと勝負させろ!」
「え、ええ?!」
「そいつと戦って僕が勝ったらお前の魔力をもらう!」
「ええと……それはできない……」
「どうしてだ?まさか嘘をついたのか?」
「嘘じゃないけど……その先客は遠くにいるから……」
「なんだ、距離なら僕たち妖精族には関係ない問題だ。まったく、人間は距離なんかに縛られているなんて……」
いちいちムカつく言い方なので、アネモネなら真っ先にキレていただろう。しかし、サラはそんなことよりも、ヴェントにサラの正体がばれることが一番問題なのだ。
「距離が関係ないって?」
「そのままの意味だぞ。妖精族はどんな距離でもひとっとびだからな」
にこりと純粋な笑みを向けられ、罪悪感と、不安が募り募っていく。妖精族は移動する場所の間に遮蔽物が無ければ、その場所へとワープができる。その距離の限度はおよそ数キロ。何回もワープを繰り返せば一瞬で目的地へと着くことができる。
「お前の先客というやつの魔力はもうわかった。あとは行くだけだ!」
そう言ってヴェントは窓から飛び出して行ってしまった。サラが慌てて窓の外を確認したが、もうすでにヴェントの姿はない。
「はぁ~……どうしよう……」
ヴェントがアネモネのことを悪魔だと知り、情報を漏らすことだけは避けたい。同じ魔法生物ということで、仲良くしてくれないだろうか。そう思っていると、図書館で見たある本の内容を思い出す。
"魔法生物の中でも、光属性を操る魔法生物と、闇属性を操る魔法生物はお互いを脅威だと思っているため、仲が悪い"
基本的に魔法生物が闇属性魔法を使うか、光属性魔法を使うかは、森を汚す存在か、森とともに生きる存在かによってくる。悪魔、すなわち魔物は、森を汚す存在に分類される。そして、妖精族は森とともに生きる存在である。この二つの条件があれば、魔物と妖精族は仲が悪いということが決定してしまうのだ。
「うぅ……」
どうしようかとサラが悩んでいると、サラの部屋の中に再びヴェントが飛び込んできた。そして、サラのベットの中に何かに怯えるように入り込んだ。
「ヴェント……」
「様をつけろ!あと、お前の先客が、あ、悪魔だなんて聞いてないぞ!お前はそんな人間だったのか!くそぉ~!」
(はい……そんな人間です……最初は脅されてたけど、今は悪魔と望んで契約した人間です……)
脳内でヴェントに謝りながら、サラはヴェントをなだめる。
「な、なんて言われたの?」
「……ぐすっ……私の友達から勝手に奪ったら……ぐすっ……一生出れない監獄に閉じ込めるって……」
「うわ~……」
動きを封じる錠と、てきとうな鉄の箱でもあれば妖精を捕まえて閉じ込めておけるだろう。昔、妖精が密漁され、高価で売られていたことがあった。その時は、ガラス瓶に入れて販売されていたようだ。まぁ、今はそんなことはどうでもいい。
「なんか可哀そう……ちょ、ちょっとだけならあげても大丈夫だよ」
なんとなく可愛そうになってきたサラは、少しだけ自分の魔力を与えることにする。
「うう……今は食べる気分じゃない……」
「ええ……?」
「くっ……このことは絶対に覚えておくからな!」
そう言ってヴェントは一瞬にしてサラの部屋から出ていった。そうしていつも通りの夜は戻ってくる。そう思い、サラが防音結界を解こうとすると、大事な事に気が付く。
「……あっ!私のこと口止めしておくの忘れてた!」
まだまだ心配なことはあるみたいだ。




