二話「妻の無言の一言」
サラとその家族は店を早めに閉めて、町へと遊びに来ていた。この町は小さいながらも有名なものがあった。それは石鹸だ。普段使う石鹸というと、材料に使われている油脂の匂いがするため、いい匂いとは言えないものだ。しかし、この町ではそんな石鹸を改良していい匂いの石鹸を作った人がいるのだ。それは瞬く間に有名になり、貴族も使うことが多くなったので、今では全国的にそんな石鹸が普及しているのだが、いまだにこの町の石鹸は大量生産されているものよりも質が良いと評判なのだ。
「サラ!見て見て!私この石鹸ずっと欲しかったの!サラが帰ってきた記念に買ってもいいわよね?」
「何で私に許可とるの?そういうのはお父さんか自分で決めて……」
「サラの口から聞きたいの!」
まるで子供のようなことを言い出すシャロン。シャロンの意見に賛成するような表情をしているが、サラは全く納得していない。そんな状態が数分続いたことで、サラが早々に折れた。
「買ってもいいよ」
「ありがとう!サラ!」
サラがいない間にだいぶ親バカになってしまったようだ。これから先、サラが働き始めたり、トラブルで簡単に会えなくなったら一体どうなってしまうのだろう。と、サラは思う。
「お母さん。お父さんが待ってるから早く行こう」
「ちょっとまって、こっちの香水が……いや、こっちの方が……」
久しぶりにいい物を買いに来たために、シャロンは目の前の商品に釘付けになっている。
「……お父さん、私じゃ無理だからお父さんが呼んできてよ」
「え~?サラが無理なら父さんも無理なんじゃないかな?」
「大丈夫。お母さんは私よりもお父さんにぞっこんだから」
「娘にそう言われるとちょっと恥ずかしいな」
「いいから行ってきて」
「わかったよ」
そうしてヴィルはシャロンに話しかける。最初は自分の世界に入っていたシャロンだったが、ヴィルが何かぼそぼそとシャロンにささやくと、すぐにシャロンの意識はヴィルに移る。その時に見た母親の顔が、乙女の顔をしていたことをとりあえず見なかったことにしたサラだった。
* * *
「お父さん……お父さん!」
「何?」
「お母さんに何言ったの?」
サラたちは今、レストランで食事が来るまで待っているところだった。しかし、母親の様子がずっとおかしいことにサラは疑問を持つ。
「ん~……ちょっと……ね?母さん」
「え、ええ、ええ。そう、よ……」
顔が真っ赤になるほどの言葉とは……ほんとに何言ったんだ。と思いながらも、サラは料理を待っていると、サラが頼んだ鮭のバターソテーが運ばれてきた。この町は海が遠いので、魚は珍しいのだ。
「それじゃあお先に。いただきま~す」
そうしてサラは鮭を口に運んだ。ラヒューエル学園でも魚を食べていたが、やはりレストランで食べる魚もおいしい。目の前でイチャイチャしている両親の姿が無ければもうちょっと美味しく感じたかもしれないが……
「二人とも……あんまり人前でイチャイチャしないでほしいんだけど……」
「ああ、ごめんごめん」
「……」
全く恥ずかしがらない父親と、ずっと乙女の顔から戻ってこない母親を見て、サラは将来が不安になる。仲が悪くなるという未来は全く想像がつかないが、逆に仲が良すぎても色々めんどくさくなりそうだ。
そんなことを考えていると、ちょうど両親の分の料理が運ばれてきた。予想通りイチャイチャは止まらないが、サラは見なかったことにする。
「母さん。はい、あ~ん」
「あ~ん……っ!美味しい……」
こんなやり取りがちょくちょく耳に入ってくるたび、サラは羞恥心でその場から消えたくなったが、何とか耐えきった。家に帰ったらすぐに休もう、と決意したサラだった。
「ごちそうさまでした」
二人よりも少し先に食べ始めたので、少し先に食べ終わったサラ。特にやることもなく、暇を持て余したので、周りをキョロキョロと見渡してみた。
一度見たことがあるような人や、子供、会ったことはない人。サラの両親を微笑ましそうに見ている人。様々な人がいた。少しサラが恥ずかしさを感じていると、シャロンとヴィルの二人が料理を食べ終わる。
「私、先に出てるね」
今すぐにでもこの場から去りたかったサラは、支払いを両親に任せ、レストランを出る。するとその時、誰かがサラにぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「……」
サラにぶつかった人物は、ぶつかったことを謝りもせずに去っていく。顔が隠れるようにフードを被っている分、怪しく感じる。
するとそこへ、支払いを済ませた両親がレストランから出てきた。
「どうしたんだ?サラ」
「……何でもない。次はどこ行くの?」
さっきのことは気にしないことにして、次に行く場所を聞いてみる。
「そうだな……そろそろ帰ってもよさそうだ。母さんもこんな感じだし」
「……なんでずっと母さんは大人しいの?」
「サラ」
「何?」
「家族だからって聞いてはいけないことがあるんだぞ」
サラの背に嫌な汗が伝う。その時のヴィルの雰囲気は、悪魔でさえも怖気づきそうだった。まるで、巨大な何かを相手にしているかのようだ。
(お父さんは怒らせないようにしよう……)
「遊びたいなら一人で行っても大丈夫だよ。あ、でも、前みたいにならないように。しっかり人通りの多い場所を歩くこと!」
「わかってるよ。じゃ、私は町でも散歩してくるから」
雰囲気的に、両親を二人きりにさせておいた方がいいと感じたサラは、町を歩くことにした。
* * *
「もう……昔のこと思い出しちゃったじゃない……」
「昔?……そんなことも言ったっけ?」
「あなたって時々意地悪ね。記憶力はいいでしょ?」
シャロンとヴィルは、手を繋いで家へと帰っていく。会話の内容は昔話。二人が出会ったころの話だ。
「あははっ、そうだね。もちろん覚えてるよ」
「……"僕"って一人称も、サラが生まれてからはほとんど言わなくなったわね」
「そうだね……君と出会う前に出会った恩人が、息子の前では一人称が"父さん"だったからかな?とりあえず真似してみたくなったんだよ」
「その人、全く教えてくれないのよね……いつになったら教えてくれるのかしら?」
「そうだなぁ~……」
そうしてヴィルは悪戯っぽい笑みを浮かべる。シャロンはその表情にドキリとする。あの時みたいに、また惚れてしまう。
「っ!……ぅ……」
「あははっ、照れてる?」
「……いじわる!」
シャロンはそう言ってスタスタと早歩きで家の方向へと向かっていった。それをヴィルは追いかける。歩幅がヴィルの方がシャロンよりも1.5倍ほど大きいので、すぐに追いつく。
「待ってよ」
「待たない!」
そんなやり取りをしながら、二人は家へと帰っていく。いくつになってもこの二人はこんな感じなのだろう。サラがいつか、自立して、二人の元を離れて行っても……
「シャロン」
「な、なに?」
「僕たちの過去を、いつかサラに話すときは来るのかな?」
「突然どうしたの?そんなこと言うなんて……今まで私たちのことなんか話したがらなかったじゃない」
「……サラが、ラミュちゃんとどこかへ行ってしまう前に。と思っ………!」
ヴィルが話していると、突然シャロンはヴィルに口づけをする。普段、口づけはヴィルからして、彼女からすることは珍しい。これは、「今している話を止めてほしい」という、シャロンの無言の一言だ。
「あの二人なら心配しなくても大丈夫よ!だって、ラミュちゃんはしっかりしてるし、緻密な上級魔法だって使えるんでしょ?なら大丈夫!」
「シャロンがそう言うなら、僕はもう何も言わないよ。……さ、ちょっとだけ薬の調合でもしようか。明日からは普通に仕事をしよう」
「ええ」
そうして二人は薬の調合に取り掛かる。いつもより気合が入っていた二人は、サラが帰ってくるまで熱心に薬を調合していたのであった。




