一話「ガーネット家は」
サラとアネモネが入学してから、すっかり季節が移り替わり。季節は夏。長期休暇がそこまで迫っていた。長期休暇の間は実家に帰る生徒が多い。サラもその一人だ。
「モネって私と一緒に来るの?」
「ん~……私は育ての親に会いに行こうかな」
アネモネの育ての親。前々から聞いていたが、サラはその人物が気になって仕方がない。悪魔であることは確実だろうが、どんな容姿をしていて、どんな性格なのだろう。
「いつか私も会ってみていい?」
「……聞いてみる」
「わかった。夏休み中は会う?」
「……育ての親が行っていいって言ってくれたら会おうかな。『久しぶりだからずっといてよ~』って言われそうだけど」
「そっか……じゃあ、しばらくは会えないんだね」
「そうね」
少し悲しそうな表情を浮かべるサラ。すると、アネモネがサラに抱き着いてきた。
「ふぇ?!なに!?」
「しばらく会えないから、今のうちに魔力欲しい」
「……ん。わかった」
サラがそう言うと、アネモネはサラからオドをもらう。いつもよりも少し多めに、いつもよりも長めにもらう。サラの体から何かが抜けていく感じがする。
「ぷはっ……もうちょっと……」
「ちょ!それ以上は無理!また体調悪くなっちゃう!」
「む……わかった」
サラがそう言うと、アネモネが頬を膨らませる。いつもは大人っぽいのに、サラの魔力が絡んでくるとアネモネは少し子供っぽくなる。そんなアネモネを可愛いと感じながら、サラは実家に帰る準備をする。
「サラ……」
「ん?なに?」
「危なくなったらすぐに逃げて。何をしてもいいから、逃げて。必ず私が迎えに行くから」
「うん、ありがとう」
アネモネにそう言ってもらえると心強い。サラはそう思いながら、アネモネに笑いかける。それでも、心強いと思っていても、今まで二人がこれほど離れたことはなかったため、不安もある。
「モネ……」
「何?」
「私も……」
そう言ってサラはアネモネを抱きしめる。アネモネの体温がサラに伝わってくる。人間よりも少しだけ冷たい体温は、夏になれば心地いい。
「冷たくて気持ちいい……」
「……それだと冬になったら冷たくて寄ってくれないのかしら?」
「まさか。そんなことは絶対ないよ」
別に一生の別れというわけではないのに、もう会えないような雰囲気を出す二人。メアリーがこの場にいたのならノリノリでツッコんでいただろう。
サラがそう思ってると、アネモネはこんなことを言った。
「ちょっと甘えん坊さんになったのね……」
「さっきまでのモネもこんな感じだったよ」とサラは心の中でつぶやいた。その代わりにサラは笑いをこらえる。
「ちょっと。なに笑ってるの?」
「ううん。何でもない」
そうして時間は過ぎていく。終業式が終わり、生徒たちは学園の校門をくぐったり、まずは自室に戻ったりしている。サラとアネモネは、すぐに学園を出ていき、家に帰るための馬車に乗った。二人の帰る方向は真逆だったため、ここでお別れだ。
「それじゃあ、また夏休み明けにね」
「ええ……サラの魔力をもらうのもしばらくお預けね……」
二人はコソコソとそんな話をして、お互いの乗る馬車に乗った。
* * *
それから何日か経ち、サラは生まれた町へと帰って来る。約4ヶ月、この町を離れていただけが、ずいぶんと懐かしく感じる。特に何かが変わったわけでも無いのに、全てが違うように感じる。
「あ、八百屋のおじさん」
「おお!皆!サラちゃんが帰ってきたぞ〜!」
「へ?え?」
突然八百屋のおじさんは声を上げる。すると町中を歩いている人たちは一斉にサラの方を向いた。
この町でサラの両親が営んでいる薬屋は結構有名で、両親はこの町で顔が広いのだ。そのおかげでサラも町の人たちにはかなり知られている。もちろん、サラがラヒューエル学園に入学していることも。
「サラちゃんだわ」
「学園はどうしたんだ?」
「バカねぇ、夏休みでしょ」
そんな声たちが聞こえてくる。元々人に注目されることは苦手なのに、こうも注目されると、少し萎縮してしまう。それでも、学園で注目されてきた分、少しは苦手が克服できたのでは無いだろうか。
「わ、私、お母さんとお父さんのところに行ってきますね!」
そう言ってサラは走り去っていく。後ろの方から町の人たちの温かい視線を感じたが、恥ずかしさのあまり振り返ることはできなかった。
* * *
「あなたぁ……」
「ん?どうしたんだ?」
「サラに会いたい……」
「また言ってる。今日で5回目だよ?まだ昼にもなってないのに……」
サラの母親のシャロンは、愛娘に会いたいばかりに、口癖が「サラに会いたい」になっていた。ちなみにサラの父親であるヴィルが記録しているものによると、最高で42回も「サラに会いたい」と言っていた。
(今まではサラがこの町にいたからここまでひどくなかったけど……離れたらこんな感じになるんだなぁ)
ヴィルはそんなことを思いながら、シャロンの様子を見ていると、ガチャリと扉が開いた。客かと思い、ヴィルがそちらを向くと「ただいま」と声がした。
「「サラ!」」
二人が同時にそう言い、シャロンはサラに飛びつく。そのせいでサラはどさりと後ろへ倒れた。特に怪我をしていないようだが、シャロンはあわあわしていた。
「ごめんね、嬉しくてつい……怪我してない?痛く無い?傷薬ならたくさんあるから!」
「あはは。大丈夫だよ」
笑いながらサラはシャロンと一緒に立ち上がり、両親に「ただいま」と告げる。
「「おかえり」」
「最近夏の長期休暇に入ったから帰ってきたんだ」
「そうなの…あら?ラミュちゃんは?」
「ラミュ?……ああ!ラミュちゃんね!えっと、親のところに行ってるの」
アネモネがシャロンに言っていた偽名を忘れかけていたサラは、咄嗟にそのことを思い出した。
「そうなの?まぁあの子はこの町に住んでたわよね?」
「ああ、そのはずだったんだけど、親の都合で引っ越して、実家は別のところになったらしいの……だからこの夏には会えないらしいよ」
「あら?そうだったのね。残念。ラミュちゃんの親御さんにお礼をしたかったのに……」
シャロンはそう言って残念そうに肩を落とす。確かにサラは風を引いた時や魔法を教えてもらったことなどで、たくさんの恩がある。
(こう思うと、やっぱり私ってモネにたくさん助けられたんだなぁ……)
サラがそんなことを思いながら少しにやけていると、ヴィルがサラの頭を撫でた。
「学園はどうだった?」
「ん〜……楽しいんだけど、大変なこともあったよ」
「そうか……こっちはだいぶ大変だったぞ。主に母さんが」
「あ〜……」
最後の一言によって、サラは全てのことを察することができた。受験しにくときですらあれだったのだ。時間が経つともっとひどくなるのは容易に想像できた。
「もうちょっと子供離れしてもいいのに……」
「まぁまぁそんなこと言わないであげてくれ。サラは父さんと母さんの間に生まれた奇跡の子なんだから」
「大袈裟だよ〜私だって周りの子達と一緒で普通に生まれたでしょ?」
「うーん……大袈裟じゃなくて……まぁいいか。とりあえず大切だって思ってることはわかっていて欲しいな」
「わかってるよ」
ヴィルとサラがそんな話をしていると、そこにシャロンが入ってくる。
「二人とも、何の話をしてるの?私も混ぜて!」
「お母さんが毎日大変だったって話」
「それは……だって〜、サラが心配で心配で……」
「はいはい。心配してくれてありがとう」
そう言ってサラは笑う。シャロンはそれを見て泣きそうになっていたが、ゴシゴシと自分の目を擦って笑った。
「さて、サラも帰ってきたことだし、今日は薬屋をおやすみして、遊ぶわよー!」
「「おー!」」
ガーネット家の1日はこうして過ぎていくのであった。




