三話「優しい風」
時間は少し戻り、アネモネはシャーロットの財布についていた魔道具を見つけた。
「魔道具だけ落とされてる……ありえない、あの子が気づいた?まさかそんなわけ……」
財布から外された魔道具に気を取られ、アネモネは気付かなかった。彼女の後ろに迫る影に……
「!」
――ガンッ
アネモネが気が付いたときにはもうすでに、遅かった。そうしてアネモネは後頭部を殴られ、平衡感覚が保てなくなる。悪魔は人間よりも耐久力があるのだが、今回は当たり所が悪い。
そうしてフラフラの足取りで、殴ってきた相手に反撃を喰らわせようとしたが、狙いが定まらず、また後頭部に一撃をもらい、今度は完全に気絶してしまった。
* * *
「ん……んん……」
再びアネモネが目を覚ました時、すぐに入ってきた情報は鉄臭い匂いだった。周りは暗くてよく見えないが、その匂いと、肌に伝わる嫌な空気から、この周りにはおぞましい物があると確信した。
「この臭い……はぁ……サラと出会ってほとんど嗅いだことなかったけど、久しぶりの臭い。今思うと嫌な臭いね」
はぁ、とアネモネはため息をつき、その場から立ち上がろうとする。すると、手元からジャラジャラという音とともに、手首辺りに重さを感じた。
「こんなの、私にしても無駄なのに……鍵」
アネモネがそう言葉にすると、どこからともなく鍵が出現し、手枷の鍵穴に刺さる。それをアネモネが回すと、ガチャリと音を立てて手枷が外れた。どのような鍵穴にも合い、どのような鍵をも解錠することのできるその鍵は、アネモネならではのものだ。
「さて……私をさらった馬鹿をぶっ潰しに行ってあげる」
そう言ってアネモネは、悪魔らしく不気味にニタリと笑った。
* * *
悪魔との契約をする者のほとんどが富や力などを求める者だ。そんな人間と契約した悪魔は、その契約内容を果たすためにはどんな手段も使う。例えば盗み。例えば魔法の知識、技術を与える。それらに様々な代価を付けて取引を持ち掛けてくる。そんな中に、自分では殺しや盗みをせずに、知識だけを与えて契約者自身にやらせる悪魔もいる。
「おい、悪魔。そろそろ騎士団にばれそうなんだ。いい知恵はないか?」
「そうですね……わたくしが差し上げたあの魔道具を使ってみるのはどうでしょう。それを使えば人目を引けますので、その間に……まぁ、ありきたりな作戦ですがね」
「そうだな。もう少しひねったモンが欲しいな」
「それよりも先に考えた方がいいのは、ご主人様たちの子供たちのことですが……」
そう言って悪魔は、眠っている10人ほどの子供たちをちらりと見た。子供たちが寝ている場所は、牛小屋のような、藁が敷かれているだけの場所である。
「ああ、奴隷か?そうだなぁ、連れて行くのは無理だから……ギルディ、お前にこいつらの魔力全部やるよ。好きなだけ食え」
「ほぉ……なんとも好条件。それでは明日にでもいただきましょうかな?」
そう言って顎髭を立派に伸ばし、執事のような恰好をしている悪魔、ギルディが舌なめずりをする。
――ガタンッ
「お?なんだ?起きてたのか?」
悪魔の契約者は物音がした方向を見てそんなことを言った。すると、物陰から一人の少年が顔を出す。
「ご、ごめんなさい……もう寝ます……」
「……そうだな、ちょっとこっちこい」
そう言うと、少年はびくびくとしながら、悪魔の契約者の元へと向かっていく。
「な、なんでしょうか?リグ様……」
「お前、今日は財布をこれだけスってきたんだな……しかも、この中には貴族の財布が何個もある。おおむねこの近くの学園の生徒のだろ?」
そう言って悪魔の契約者、もとい、リグは、少年の目の前に15個の財布を突き出す。
「はい……」
「まぁ、その褒美というわけで今日は特別に昼寝を許してるが……お前にはもっと褒美をやる」
「こ、光栄です……」
「ご主人様、どのような褒美なのでしょうか?」
「はっ、ギルディならわかるだろ?」
「子供にやらせるとは……わたくしのご主人様はとてもやさしいお方だ」
「もちろん。俺は今機嫌がいいからな」
そう言ってリグは高らかに笑う。それにつられて、ギルディも笑う。しかし少年は笑わない。この状況がどれだけ苦痛なのかを、少年はずっと知っている。ここにいる子供たちのほどんとは、ずっとリグの元で過ごしてきた。小さいころから盗みは悪いことだと教えられず、ただの使い捨ての駒として育てられてきた。そのせいで、この状況が苦痛だとも思わず、普通だと思っている子供たちが多いのだ。そんな状況の中で、少年ともう一人がこの状況を苦痛だと思っている。
「それじゃあ、さっそく褒美だな。ついてこい」
「……はい」
なんども逃げ出したいと思っていても、逃げ出すことすら許されない。逃げだしたら殺される。
(でも、どっちみち……すぐに……)
こんな時、ため息をつきたくなる。そうしていれば少しは気がまぎれる気がするからだ。でも、そんなことも今は許されない。
「おい……」
「はっ、はい!」
「なんだその顔は?」
「え?」
すると、リグは少年の胸ぐらをつかみ、壁にたたきつけた。少年は背中からたたきつけられる。
「反抗的な目だな?」
「そ、そんな!僕は……!」
少年がそう言うと、ギルディが鏡を出し、少年の顔を映した。そこには少年の顔が写っている。
「おい、俺を見てみろ」
「は、はい……」
そうして少年はリグのことを見る。その時、少年が横目で見た自分の顔は、リグをにらみつけていた。その瞬間、血の気がサァーと引いていく。
「俺に不満があるんだろ?言ってみろよ」
「も、もうしわけありません!もうしわけありません!」
そう言って少年は泣き叫ぶ。ボロボロと涙を流し、命乞いをする。
――バチンッ!
「いっ!……」
リグは大きく振りかぶり、少年の頬を叩いた。それはだんだんとエスカレートし、叩くは殴るに変わり、殴るは蹴るに変わり、蹴るは刺すに変わる。リグは手に持っているナイフを少年の足めがけて振り下ろす。それから手へと移動していく。
「も……うしわけ、ありません……」
「ちっ!この無能が!」
そう言ってリグは最後に、少年を蹴り飛ばす。
「ご主人様、それ以上はわたくしの食事が……」
「そういえばそうだったな……なら今食え。もうこいつはいらねぇ」
(そうだった……そう言えば僕は近いうちに殺されてたんだ……だったら、謝りなんてせずに……一回でも蹴ってやりたかった……)
「それじゃあ、いただきましょうか」
そう言ってギルディは少年の方へと歩を進める。
(ああ……ばいばい……皆……助かってほしかったなぁ……)
完全に目を閉じる少年。後悔の念が襲う。ここにいる不幸な子供たちが全員無事でいられますようにと少年は祈る。
「無事で……いて……」
そうつぶやいた。誰も聞いていないようなその願いは、誰にも届かないはずだった。
室内にも関わらず、風が吹いた。優しい風が少年の頬を撫でる。その瞬間、少年は気を失った。




