十一話「注目はサラに」
アネモネとシャーロットはそこの光景を呆然と眺めていた。爆発が起きた後に二人が魔法戦の会場を見て見ると、舞っていた砂埃が取っ払われ、そこの光景があらわになる。そこには、立っているサラと、倒れている相手の姿があった。
「サラが……勝った……よ、よかった……」
ふぅ~、と息を吐きだし、アネモネはその場に座り込んだ。
「攻撃を全部喰らってんじゃないわよ……危ないでしょ……」
そうつぶやいて、アネモネはその場を立ち去り、寮の方へと向かっていく。そんなアネモネにシャーロットもついてきた。
「何?」
「え、あ、いや……ただついてきてるだけです……」
シャーロットと知り合ったのは今朝だ。続かない会話のせいで、気まずい空気が二人の間に流れる。そして、そんな気まずい空気の中、シャーロットがこんなことを言ってくる。
「サラさんはすごいですね……あの生徒に勝つなんて……」
「フン。サラなんだから当たり前でしょ。……でも、攻撃を防がないのはダメね。あんなギリギリの戦いをして人為的魔力暴走を起こさなくても勝てたのに……」
そう言っているアネモネの顔は、涙目だった。シャーロットはそんなアネモネを見て、ドキリとする。まだ学園に入学して三日ほどしか経っていないが、アネモネは気が強いという感じが普段の行動や言動から見てわかる。そんなアネモネが涙目となると、サラの存在はアネモネにとってそれほど大きなものなのだろう。
「アネモネさん。今日はもう休んだ方がいいですよ」
「……そうする。サラに会ったら伝えておいて。私は寮部屋にいるって」
そう言ってアネモネは自室へと戻っていく。戻るとすぐに、寝室へと向かい、体をベットへと預けた。生まれて数百年の間、こんな気持ちになったことなんかなかった。前の契約者が死んでも、なんとも思わなかった。だけど……
「サラはやっぱり、トクベツ、なんだなぁ……」
にへらと、アネモネはだらしない笑みを浮かべる。サラは自分のトクベツ。そう思うと、アネモネの顔には勝手に笑みが浮かんでくる。この関係がずっと続いてほしい。そんな小さな願いを望む日が来るなんて、昔のアネモネなら考えもしなかっただろう。むしろその逆で、人間と絡むことすら嫌がっていたはずだ。
「早く帰ってこないかなぁ……」
そうしてアネモネが待っていると、まぶたが重たくなってくる。ふわふわとした感覚がアネモネを襲った。
* * *
「ただいま~」
サラは自室に戻ると、部屋の電気が消えていることに気が付いた。いつもなら居間の電気がついており、アネモネが本を読んでいるか、魔法を使って遊んでいるかのどちらかだ。そのどちらでもないのだとすると、寝ているのかもしれないと、サラは推測し、寝室の方を覗き込んだ。
そこには、スヤスヤと眠っているアネモネの姿があった。
「……ごめんね、心配させちゃったんだね……」
二人は契約者と契約した悪魔という関係だ。その関係は一本の糸のようなものでつながっており、お互いが近くにいると、その一本の糸を通じて、なんとなく相手の気持ちを理解することができる。そして、アネモネから送られてきた気持ちの中には、心配、安堵の気持ちが多くあった。つまり、今日の魔法戦でたくさん心配をかけたのだろう。
「アネモネは……夕食は後で上げようかな……私は食堂で食べてくるね」
そう言ってサラは寮部屋を出ていき、食堂へと向かった。サラの目には、いつものようにリスタが映る。リスタは眼帯をしているので、かなり目立つのだ。
「リスタさん。こんばんは」
「こんばんは、サラ様。今日の魔法戦、とても素晴らしい戦術でした。まさか人為的魔力暴走を使うなんて」
魔法の暴走とは、魔法の使い手の技術は関係なしに、魔力量が多ければ多いほど威力が大きくなる。つまり、マナを込めれば込めるほど威力は比例して大きくなる。反対に、威力の高い魔法を暴走させずに使おうとすると、それ相応の技術が必要なのだ。
そんな簡単にできる方法があるのならば、全員が魔力暴走の方を選ぶだろう。しかし、そうしない理由がちゃんとある。まず、魔力が暴走してしまうと、自分に被害が一番大きい。今回サラは、自分の攻撃を受ける瞬間に、ありったけのマナを込めて、氷属性の結界を張ったのだ。これはほとんど奇跡のようなもので、サラが助かった理由はよくわからないが、アネモネの言う、"上質な魔力"によるものだろう。そうだとしても、あの爆発ですぐに結界が壊れてしまったので、本当に奇跡としか言いようがない。
「あれで無傷なんて、一体どうやったんですか?」
「それが私にもよくわからなくて……」
賭けに勝っただけで、あとは祈るだけでした。としかリスタに説明できず、今度やろうとしても絶対に出来ないだろう。そんなことよりも、サラには心配なことがあった。それは……
「リスタさん、その……私の評判って……」
「……ああ、まぁ、簡単にいうならば『自ら魔法を暴走させておいて、無傷でいるすごい人』というのが周りからの評判ですね。何はともあれ、元々人間が扱うことのできる魔法を全て扱えている時点で注目の的だったサラ様が、この件でもっと注目を集めることになったでしょうね」
「うあっ……」
あまり目立つのは好きではないサラは、変な声を上げてしまう。こんなことなら推薦を受けて入学しなければよかったと思ってしまうが、その時は魔法を学ぶことしか考えていなかったので、今更後悔したって遅い。
「リスタさん……人の目ってどうやったら気にならなくなりますか?」
サラがそう言うと、リスタは難しそうな顔をする。
「私は最初から人目は気にしないタイプなので、わかりかねます……」
「うう……私もそんなタイプになりたいです……」
明日からの人の目に怯え、サラはしょぼんとする。そうしてサラとリスタが沈黙したことで、周りの声がサラの耳に入ってきた。その内容は、サラのものだ。
「り、リスタさん……これ食べてもらっていいですか?私、今すぐにでも帰りたいです……」
「はい、構いませんよ。今日はゆっくり休んでください」
「ありがとうございます……」
そう言ってサラは足早に食堂を去っていく。行きつく先はもちろん自室だ。今日はアネモネがもう寝ているので、いつもより音を消してお風呂に入り、歯磨きをして早々に眠りにつこうとした。すると……
「サラ?」
「あ、モネ、起きてたんだ」
「うん。今起きたとこ」
「あ、ごめんね。うるさかった?」
「ううん。大丈夫」
そう言ってアネモネはベットから立ち上がる。
「どうしたの?」
「サラ……」
アネモネがサラを呼ぶ声に、どうしてかアネモネの息の音が混じる。そうしてアネモネはサラのベットの中に入った。サラの眼前にはアネモネの顔がある。
「サラ、お腹空いたから。もらうね」
「き、昨日私の魔力ほとんど取ったでしょ!」
「でもお腹空いた……」
そう言ってアネモネはサラの頬に手を添え、魔力を少しもらった。魔力を取られたサラの瞼は、そのままゆっくり下がっていく。魔力を取られるということは、生命エネルギーを取られるということと同じだ。だから、空腹になったり、眠たくなったりする。
そうして完全にサラが目を閉じ、寝息を立てたころに、アネモネはサラのベットから離れ、自分のベットに腰かけた。ふと、カーテンの外を見たくなり、カーテンを開けると、綺麗な星空が見えていた。
「……新月だから、今日はよく星が見えるなぁ……」
そうしてアネモネは一つ、息を吐く。昨日魔力をもらったのに、今日お腹が空くなんてありえない。そんなことはアネモネが一番わかっている。それでも、なぜか今日は欲しくなってしまったのだ。
「私、わがままになったなぁ……」
そう言って、アネモネはまた夜空を見上げた。




